道路建設の中止を求める地域住民らの控訴を棄却した事件
【事件分類】圏央道工事差止請求,道路建設工事差止請求控訴事件
【判決日付】平成22年11月12日
主文
1 別紙控訴人目録1及び2に記載の控訴人らの本件各控訴をいずれも棄却する。
2 別紙控訴人目録2及び3に記載の控訴人らの当審における新たな請求をいずれも棄
却する。
3 当審における訴訟費用は,控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
1 控訴人ら(2007年9月27日付け控訴の趣旨訂正申立書による。)
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人らは,別紙控訴人目録1及び2に記載の控訴人らに対し,東京都八
王子市裏高尾町地内八王子ジャンクション工事部分から同市南浅川町地内八王子南インター
チェンジ(仮称)工事部分までの一般国道468号(一般有料道路首都圏中央連絡自動車
道)(以下「圏央道」という。)の建設工事及びこれに伴う付帯工事(八王子南インター
チェンジ(仮称)建設工事を含む。)をしてはならない。
(3) 被控訴人中日本高速道路株式会社(以下「被控訴人中日本高速道路」という。
)は,別紙控訴人目録1及び2に記載の控訴人らに対し,高速自動車国道中央自動車道富
士吉田線(以下「中央道」という。)八王子ジャンクション(東京都八王子市裏高尾町地
内)建設工事(中央道と圏央道の八王子南インターチェンジ(仮称)方面との相互通行を
可能とする工事)をしてはならない。
(4) 被控訴人らは,各自,別紙控訴人目録2に記載の控訴人らに対し,各100
万円及びこれに対する平成19年6月24日から各支払済みまで年5分の割合による金員
を支払え。(当審における新たな請求)
(5) 被控訴人らは,各自,別紙控訴人目録3に記載の控訴人らに対し,各10万
円及びこれに対する平成19年6月24日から各支払済みまで年5分の割合による金員を
支払え。(当審における新たな一部請求)
(6) 訴訟費用は,第1,2審を通じて,被控訴人らの負担とする。
(7) 仮執行宣言
2 被控訴人ら
主文と同旨
第二 事案の概要等
(以下,八王子市内の町名等を表示する場合には「八王子市」を省略することがある。
)
一 概要
1 本件は,圏央道のうち東京都八王子市下恩方町北浅川橋橋梁工事部分から同市南
浅川町八王子南インターチェンジ(仮称)工事部分までの区間(以下「本件道路」という。
別紙1参照。)の建設工事(以下「本件工事」という。)について,これが行われる同市
裏高尾町や南浅川町等に居住する住民,高尾町や南浅川町等に所在する土地(高尾町○○
○○番,南浅川町○○○○番,等)に所有権(共有持分権)を有する者,裏高尾町に所在
する土地に賃借権(共有持分権)を有する者,裏高尾町に所在する土地に立木所有権を有
する者,あるいは,八王子城跡や高尾山等の自然等を保護することを目的として活動する
個人若しくは団体(権利能力なき社団),である原審原告ら1279名が,平成12年1
0月及び平成14年4月に本件訴訟を提起し,原審において,八王子城跡トンネルの掘削
工事及び高尾山トンネルの掘削工事を含む本件道路の建設工事並びにその完成と開通とに
よって,① 本件道路の周辺に居住する住民に大気汚染被害,騒音被害,振動被害及び低
周波空気振動被害,等による健康被害をもたらすおそれがあり,② 八王子城跡付近及び
高尾山の水脈や自然生態系を破壊し,八王子城跡及び高尾山並びに裏高尾の歴史的文化的
自然景観を破壊するおそれがある,③ 原審原告らの土地所有権,土地賃借権及び立木所
有権を侵害するおそれがある,④ 本件道路の建設には公共性・公益性がない,⑤ 本件
道路の建設には行政法規違反がある,などと主張して,人格権,環境権・自然景観権・自
然景観利益,土地所有権・土地賃借権・立木所有権,に基づき,それらが侵害されるおそ
れがあることを理由に,被控訴人らに対し,本件道路の建設工事及びこれに伴う付帯工事
(八王子ジャンクションや八王子南インターチェンジ(仮称)等の建設工事)の差止めを
求めた事案である。
なお,訴状において,上記原審原告らのほかに,「高尾山」,「ムササビ」,
「ブナ」,「八王子城趾」及び「オオタカ」も本件道路の建設工事の差止めを求める原告
とされていたが,原審は,平成13年1月29日に上記の「高尾山」等の訴えを本件から
分離し,同年3月26日に「高尾山」等は当事者能力を欠くとして各訴えを却下し,「高
尾山」等はこの判決を不服として東京高等裁判所に控訴したが(同庁平成13年(ネ)第
2095号),同裁判所は,同年5月30日,控訴を棄却する判決を言い渡し,この判決
は確定した。
2 平成19年6月15日,原審が,① 本件道路の完成と開通によって発生すると
予想される大気汚染,騒音,振動及び低周波空気振動が本件道路の周辺に居住する住民に
大気汚染被害,騒音被害,振動被害及び低周波空気振動被害,等をもたらし,健康被害
(生命及び身体の安全に対する具体的な危険)を生じさせるおそれがあるとは認められな
い(騒音については,遮音壁等を設置することを前提とする。),② 八王子城跡トンネ
ルの掘削工事によって水脈被害(観測孔2の水位低下等)及び自然生態系被害(八王子城
跡トンネル北口坑口におけるオオタカの営巣放棄),本件道路の橋梁や高架構造物による
八王子城跡や高尾山の山地景観被害,が生じたことは認められるものの,環境権・自然景
観権が侵害されるおそれがあることを理由とする差止請求は許されない,③ 本件道路の
建設又は完成によって原審原告らの土地所有権,土地賃借権又は立木所有権が侵害される
おそれがあるとは認められない,④ 本件道路の建設には公共性・公益性が認められる,
として,原審原告らの請求を棄却したため,控訴人らを含む374名が控訴した。控訴後,
15名が訴えを取り下げた。
3 原判決言渡し後の平成19年6月23日,本件道路のうちの下恩方町北浅川橋部
分から裏高尾町八王子ジャンクション部分までが完成しかつ八王子ジャンクションの一部
も完成して,圏央道のあきる野インターチェンジから八王子ジャンクションまでの区間約
9.6キロメートルが開通しかつ八王子ジャンクションの一部も開通して,中央道と圏央
道の北浅川橋方面との相互通行が可能となった。
上記のとおり,本件道路の一部が完成・開通しかつ八王子ジャンクションの一部
も完成・開通したことから,控訴人らは,2007年(平成19年)9月27日付け控訴
の趣旨訂正申立書により,訴えを変更し,前記第一の1に記載のとおり,(ア) 別紙控
訴人目録1及び2に記載の控訴人らにおいて,① 被控訴人らに対し,本件道路のうちの
未完成部分である八王子ジャンクション部分から八王子南インターチェンジ(仮称)部分
までの建設工事及びこれに伴う付帯工事(八王子南インターチェンジ(仮称)の建設工事
等)の差止めを求める請求に変更し,② 被控訴人中日本高速道路に対し,八王子ジャン
クションの未完成部分(中央道と圏央道の八王子南インターチェンジ(仮称)方面との相
互通行を可能とする工事)の建設工事の差止めを求める請求に変更し,(イ) 新たに,
① 別紙控訴人目録2に記載の控訴人ら(裏高尾町に居住する者)において,裏高尾町に
おける八王子ジャンクションの一部完成・開通と本件道路の八王子ジャンクションまでの
完成・開通とによって,大気汚染,騒音,振動及び低周波空気振動が発生し,圧迫感をも
たらす高架構造物が出現して,これにより生活環境破壊(豊かな生活環境の恵沢を享受す
る利益の侵害)が生じ,精神的苦痛を受けたとして,また,八王子城跡付近及び高尾山の
水脈や自然生態系が破壊され,高尾山及び裏高尾の良好な歴史的文化的自然景観が破壊さ
れ,裏高尾地区の平穏で静かな環境が破壊されて,精神的苦痛を受けたとして,慰謝料各
100万円とこれに対する平成19年6月24日から支払済みまで年5分の割合による遅
延損害金の支払を求め,② 別紙控訴人目録3に記載の控訴人ら(裏高尾町以外に居住す
る者)において,八王子ジャンクションの一部完成・開通と本件道路の八王子ジャンクシ
ョンまでの完成・開通とによって,八王子城跡付近及び高尾山の水脈や自然生態系が破壊
され,高尾山及び裏高尾の良好な歴史的文化的自然景観が破壊されて,精神的苦痛を受け
たとして,慰謝料各10万円とこれに対する平成19年6月24日から支払済みまで年5
分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
なお,上記の訴えの変更により,別紙控訴人目録3に記載の控訴人らで別紙控訴
人目録1に記載されていない者は,被控訴人らに対する本件道路の建設工事及びこれに伴
う付帯工事の差止めを求める訴えを取り下げ,また,別紙控訴人目録1及び2に記載の控
訴人らは,被控訴人らに対する本件道路の既完成部分の建設工事及びこれに伴う付帯工事
の差止めを求める訴えを取り下げた。
4 当審係属中,高尾町○○○○番の山林が同番1と2に分筆され,同番2の土地が
東京都収用委員会による収用裁決により収用されたことから,控訴人らのうち高尾町○○
○○番の山林を共有していた者(現在高尾町○○○○番1の山林を共有している者)は,
2008年(平成20年)6月27日付け控訴の趣旨の追加申立書により,「被控訴人ら
は,被控訴人国が収用した高尾町○○○○番2の土地と控訴人らが共有する高尾町○○○
○番1の土地との境界を誤解し,真実は高尾町○○○○番1の土地である場所に,その場
所が高尾町○○○○番2の土地に含まれると誤認して,圏央道建設工事の施工のために立
ち入ったり工作物を設置しようとしたりしており,また,現にフェンスを設置したり橋脚
や仮桟橋を設置したりしている。」と主張して,高尾町○○○○番1の所有権(共有持分
権)に基づき,被控訴人らに対し,妨害予防請求(立入禁止,工作物設置禁止,等)及び
妨害排除請求(橋脚や工作物の撤去等)を追加請求したが,被控訴人らはこれに異議を述
べ,当裁判所は,平成22年2月16日,これらの請求に係る訴えの追加的変更を民事訴
訟法143条1項により許さない旨の決定をした。
二 本件の前提事実
1 当事者
(1) 控訴人ら
控訴人らは,八王子市裏高尾町や南浅川町等に居住する者(裏高尾町に居住す
る者の位置は別紙2のとおりである。),高尾町,南浅川町及び裏高尾町に所在する土地
に所有権(共有持分権)を有する者,裏高尾町に所在する土地に賃借権(共有持分権)を
有する者,裏高尾町に所在する土地に立木所有権を有する者,あるいは,八王子城跡や高
尾山等の自然等を保護することを目的として活動する個人若しくは団体である(別紙控訴
人目録1の末尾に記載の7団体が権利能力なき社団であることは,証拠(甲14~19)
及び弁論の全趣旨によって認められる。)。なお,別紙控訴人目録1に記載の控訴人ら
(個人)は別紙控訴人目録3に記載の控訴人らの一部である。
控訴人らのうち,① その一部の者が共有する土地は,(ア)高尾町○○○○
番の山林,(イ)南浅川町○○○○番の山林,(ウ)裏高尾町○○○番4の山林,(エ)
又は裏高尾町○○○番7の山林,であり,② 一部の者が共有する土地賃借権の対象地は,
(ア)裏高尾町○○○番の山林,(イ)裏高尾町○○○番4の山林,(ウ)又は裏高尾町
○○○番7の山林,であり,③ 一部の者が立木所有権を有する土地は,(ア)裏高尾町
○○○番の山林,(イ)又は裏高尾町○○○番7の山林,である(なお,個々の控訴人に
ついては,別紙控訴人目録1ないし3の「氏名」欄に「①(ア)」のように記載してある。
)。
なお,後記のとおり,高尾町○○○○番,南浅川町○○○○番,裏高尾町○○
○番4,裏高尾町○○○番7の各土地について,本件道路の建設に必要な土地として,分
筆後の高尾町○○○○番2,裏高尾町○○○番4,裏高尾町○○○番27,裏高尾町○○
○番28,元土地である南浅川町○○○○番の各土地が,平成19年12月27日に東京
都収用委員会が行った土地収用法に基づく裁決により収用され,平成20年3月25日が
これらの土地の権利取得の時期及び明渡しの期限とされて,同月26日以降に被控訴人中
日本高速道路に所有権移転登記がされ,これらの土地上に存した立木は同日以降に伐採さ
れた。
(2) 被控訴人国は,道路法12条に基づき,圏央道の新設に係る事業を行う者
である(弁論の全趣旨)。
(3) 被控訴人中日本高速道路は,高速道路株式会社法に基づき,平成17年1
0月1日に設立され,日本道路公団等民営化関係法施行法により,原審係属中に本件訴訟
の被告の地位を日本道路公団から承継した。被控訴人中日本高速道路は,道路整備特別措
置法(平成11年法律第160号による改正前のもの)3条1項に基づく建設大臣(当時)
の許可を受けて,圏央道を有料道路として新設する者であり,また,中央道に係る事業に
ついては,同法2条2に基づき,被控訴人中日本高速道路がこれを行うものとされている
(乙177,弁論の全趣旨)。
2 圏央道の概要
圏央道は,神奈川県横浜市,同県厚木市,東京都八王子市,同都あきるの市,同
都青梅市,埼玉県鶴ヶ島市,同県久喜市,茨城県つくば市,千葉県成田市,同県木更津市,
等の東京都心から約40キロメートルないし60キロメートル圏内に位置する中核都市を
相互に連絡し,首都圏から放射状に伸びる高速自動車国道である第一東海自動車道(以下
「東名高速」という。),中央道,関越自動車道新潟線(以下「関越道」という。),東
北縦貫自動車道弘前線(以下「東北道」という。),常磐自動車道(以下「常磐道」とい
う。),東関東自動車道水戸線(以下「東関道」という。),東関東自動車道千葉富津線
(以下「館山道」という。)及び東京湾岸道路(以下「湾岸道」という。),等を相互に
結ぶことが予定されている総延長約300キロメートルの環状の高規格幹線道路である
(乙1)。
3 本件道路の概要
圏央道のうち,本件道路は,一般国道20号と連絡する八王子南インターチェン
ジ(仮称)から北に進み,高尾山トンネルをくぐり,一級河川多摩川水系小仏川,都道浅
川相模湖線及びJR中央本線を裏高尾橋(仮称)で跨ぎ,八王子ジャンクションで中央道
と連絡し,八王子城跡トンネルを通過した後,一級河川多摩川水系北浅川及び都道上野原
八王子線(陣馬街道)を跨ぐ北浅川橋に至る区間である(別紙1参照)。圏央道は,北浅
川橋から更に北上し,恩方トンネルを経て,八王子西インターチェンジ(建設中は「八王
子北インターチェンジ」と仮称されていた。)に至る。
本件道路は,明治の森高尾国定公園と都立高尾陣場自然公園を各トンネル構造に
より通過するものである(乙14の1・18~21頁)。以下,本件道路を含む青梅イン
ターチェンジから八王子南インターチェンジ(仮称)までの区間の道路建設事業を「本件
事業」と略称する。
4 環境影響評価等の略称
本判決においては,東京都が昭和63年12月に作成した「環境影響評価書 首
都圏中央連絡道路(一般国道20号~埼玉県境間)建設事業(昭和63年12月 東京都)
」における環境影響評価(乙14の1,2,乙15の1,2。原判決では,「昭和63年
環境影響評価」と称されている。)を「本件環境影響評価1」といい,東京都が平成8年
12月に作成した「環境影響評価書 首都圏中央連絡道路(神奈川県境~一般国道20号
間)建設事業(平成8年12月 東京都)」における環境影響評価(乙19の1,2,乙
20。原判決では,「平成8年環境影響評価」と称されている。)を「本件環境影響評価
2」という。そして,これらを合わせて「本件環境影響評価」という。また,被控訴人国
が平成14年3月に作成した「圏央道技術資料作成13G8報告書」(乙24)における
環境影響照査を「本件環境影響照査1」といい(原判決では「本件環境影響照査」と称さ
れている。),被控訴人国が平成17年9月に作成した「圏央道環境フォローアップ検討
16G21報告書」(乙248。原審では証拠として提出されていない。)における環境
影響照査を「本件環境影響照査2」という。そして,これらを合わせて「本件環境影響照
査」という(この略称に伴い,原判決に「本件環境影響照査」と記載されているものにつ
いては,後記引用に当たり,そのうち「本件環境影響照査1」とすべきものについて「本
件環境影響照査1」と訂正した。)。
三 争点
本件の争点は,(ア)① 大気汚染,騒音,振動及び低周波空気振動,等による健
康被害(人格権侵害)のおそれを理由とする本件工事の差止請求の可否,② 環境権・自
然景観権・自然景観利益に対する侵害のおそれを理由とする本件工事の差止請求の可否,
③ 土地所有権,土地賃借権又は立木所有権に対する侵害のおそれを理由とする本件工事
の差止請求の可否,④ 本件道路の建設についての公共性・公益性の有無,⑤ 本件道路
の建設についての行政法規違反の有無,(イ)① 本件道路の一部完成・開通及び八王子
ジャンクションの一部完成・開通による,大気汚染,騒音,振動及び低周波空気振動の発
生の有無,圧迫感をもたらす高架構造物の出現の有無,並びに,これらによる生活環境破
壊の有無,② 水脈や自然生態系の破壊の有無,歴史的文化的自然景観の破壊の有無,裏
高尾地区の平穏で静かな環境の破壊の有無,並びに,これらが肯定される場合の損害賠償
請求の可否(当審における新たな請求),である。
四 当事者の主張の要旨
当事者の主張の要旨は,以下のとおり付加,訂正,削除し,下記第三に当審におけ
る当事者の主張の要旨を掲げるほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概
要」の三(原判決8頁6行目)に記載された原判決別紙の各当事者の主張の要旨に記載さ
れたとおり(原判決131~249頁)であるから,これを引用する。
1 原判決139頁2行目の「放棄したとした」を「放棄したとしか」に改める。
2 原判決143頁11行目の「本件環境影響照査」を「本件環境影響照査1」に改
める。
3 原判決155頁3行目の「発声」を「発生」に改める。
4 原判決169頁7行目の「調査」を「調和」に改める。
5 原判決174頁16行目の「自然公園法」の次に「(平成21年法律第47号に
よる改正前のもの。以下同じ。)」を加え,同頁25行目の「環境庁自然環境保全審議会
会長」を「環境庁自然環境保全審議会自然公園部会長」に改める。
6 原判決176頁3行目の「ための」を「ために」に改める。
7 原判決179頁15行目の「収容」を「収用」に改める(以下,「収容」をすべ
て「収用」に改める。)。
8 原判決180頁11行目の「進め,」の次に「起業者の収用裁決申請を認めたも
ので,」を加え,同頁12・13行目の「第1次収容手続及び第2次収容手続自体」を
「第1次収用手続及び第2次収用手続の収用裁決手続自体」に改める。
9 原判決184頁12・13行目の「事由」を「自由」に改める。
10 原判決189頁4行目の「理由と」を「理由に」に改める。
11 原判決199頁18行目,同頁23行目,200頁3行目,同頁5行目及び同
頁16・17行目の各「本件環境影響照査」をいずれも「本件環境影響照査1」に改める。
12 原判決201頁9行目の「守るためには」を「守るために」に改める。
13 原判決203頁22行目の「パフモデルの」の次に「統計モデルの」を加える。
14 原判決204頁19行目の「本件環境影響照査」を「本件環境影響照査1」に
改める。
15 原判決225頁8行目の「大楽寺町測定室」を「大楽寺町測定局」に改め,同
行の「八木町測定室」を「八木町測定局」に改める。
16 原判決228頁2行目,同頁3行目,同頁10行目,同頁23行目,同頁末行,
229頁10・11行目,230頁25行目,235頁2行目,同頁20行目,236頁
1行目,同頁13行目,同頁26行目,239頁17行目,同頁23・24行目及び24
0頁21行目の各「本件環境影響照査」をいずれも「本件環境影響照査1」に改める。
17 原判決242頁4行目の「被告らは,」を削り,同頁6・7行目の「下級裁判
例」を「下級審裁判例」に改め,同頁15行目の「影響を」を「影響について」に改める。
第三 当審における当事者の主張の要旨
一 控訴人ら
1 大気汚染被害
(1) 原判決の三次元流体モデル(甲96,110)に対する評価への批判
ア 原判決は,八王子市の館町測定局での気象データを裏高尾における大気汚染
シミュレーションに使用することは問題であるとするが(原判決39~41頁),そもそ
も,三次元流体モデルで必要なのは,構造物・地形の影響を受ける前の風のデータであり,
本来であれば裏高尾地区の上空で一定の高度で区切って観測したデータを使うのが理想的
な方法ではある。しかし,裏高尾地区では被控訴人らもこのような観測は行っていないた
め,本来必要なデータそのものが存在しない。本来必要な地域の上空のデータで予測をし
ない限り信用できないものとすることは,控訴人らに不可能を強いるものである。裏高尾
は複雑な地形であり,そこで観測されるデータは地形的影響を受けた後の風でしかない。
したがって,年間データが揃っていてしかも裏高尾に一番近くかつ地形的影響のより少な
い館町測定局のデータを「よりまし」なデータとして使用したのである。
なお,原判決は,館町測定局と裏高尾地区の風向風速データが異なることを
指摘するが,裏高尾地区で得られたデータは,裏高尾の地形の影響を受けた後の風向風速
であるのに対し,館町測定局のデータは,地形の影響の少ない館町のデータであり,それ
は地形の影響を受ける前の裏高尾地区の上空に吹いている風に近いものと考えられ,風向
や風速が異なっていても不合理ではない。
イ 原判決は,三次元流体モデルは日交通量を使用しており,排出量の時間的変
化,風向,大気安定度などの変化が考慮されていないと批判する(原判決42頁)。確か
に,時間ごとの交通量と時間ごとの風向風速を対応させて予測すれば,より正確な予測が
可能ではあるが,時間ごとの時間交通量による計算は,三次元流体モデルでは膨大な計算
量になり,その計算には膨大な時間を費やさなければならず,いかにコンピューターの性
能が向上しても限界がある。そのため,控訴人らの三次元流体モデルでは日交通量で予測
をしているのであるが,ここで算出するのは年平均値であり,年平均値で換算すれば,日
交通量で計算しても時間交通量で計算しても,それほど大きな違いは結論としては生じな
いものである。
ウ 原判決は,「甲第96号証のケース2は,換気施設が年間を通じて全く機能
しないことを想定しているが,このようなケースは生じ得ない。ケース3及び4は,理論
上適用すべきでない拡散式を用いている。」と批判する(原判決43頁以下)。しかし,
控訴人らがケース1ないし4までに分けて検討した趣旨は,現実に起こる事象か否かとい
う視点からではなく,換気塔の影響が最大の場合から最小の場合を順次検討するという視
点によるものである。ケース2は,換気塔の機能が何らかの原因で期待できず,換気塔拡
散効果が最小の場合である。ケース3は,煙上昇高を変化させ,換気塔効果を最大に見積
もった場合である。ケース4は,ダウンウオッシュが生じた場合を想定したものであり,
現実的に生じ得る現象である。ケース1ないし4の区分けは,決して理論上誤った拡散式
の適用ではないし,仮にケース1ないし4の拡散式適用が誤りであったとしても,換気塔
の影響は全体から見れば小さいから(甲96・27頁図7-7),三次元流体モデルの結
論に影響を与えるものではない。
エ 原判決は,本件対象地域が圏央道と中央道の道路沿道地域であると決めつけ,
窒素酸化物と二酸化窒素の関係について,道路から離れた位置にあり窒素酸化物に占める
二酸化窒素の割合が大きくなる館町測定局の相関関係を使うと二酸化窒素の割合が大きく
なるが,これは誤りである,と批判する(原判決45頁以下)。しかし,甲第96号証な
どで調査したのは圏央道の沿道だけではない。裏高尾の住宅地は圏央道から1キロメート
ル近く離れたところまで続いている。このような圏央道の非沿道地域に対しては,通常の
沿道よりも一般地域での二酸化窒素と窒素酸化物との相関関係を使うことこそ正しいので
あり,町田街道から420メートルの位置にある館町測定局のデータを用いて換算するこ
とに何の問題もない。
(2) 追加調査
甲第248号証及び第254号証は,① 気象モデルのデータについて,裏高
尾の気象データ及び館町測定局以外のデータ(大楽寺町測定局,八木町測定局のデータ)
を用いる,② 日交通量ではなく時間交通量を用いる,③ 換気塔からの影響は考慮しな
い,という前提で追加調査を行ったものである。この追加調査からは,裏高尾の気象デー
タを使った方が過小に予測値が算出されること(甲254・図4-2),本件環境影響評
価が用いたプルーム・パフ式モデルを用いると,計算値は実測値よりも過小に出ること
(甲254・図4-3),裏高尾の気象データを用いると,計算値の方が実態よりも小さ
くなるという傾向はあるが,その裏高尾の気象データを用いても,圏央道完成時には裏高
尾には環境基準以上の汚染が広がること(甲254・図4-4),館町,裏高尾,八木町,
大楽寺町の4つの異なる八王子市内の測定点の気象データを用いて予測を行っても,いず
れも環境基準以上の汚染が裏高尾地区に現れることは異ならないこと(甲248・図3-
2,図3-3,図3-4),が明らかになったが,原判決はこれらの追加調査の結果を正
当に評価していない。
(3) パラメータの開示の問題
原判決は,「(三次元流体モデルが分類される)数値解析による予測方法は,
……,理論的には(プルーム・パフモデルが分類される)解析解による予測手法よりも様々
な発生源条件と気象条件に対応できる能力を持ったモデルであるといえる。」と評価しな
がら,「設定すべきパラメータが多く,パラメータの設定方法が適切でない場合には,よ
り簡単な解析解モデルよりも性能が劣ってしまうことが問題である。」とし(原判決31
頁),「また,三次元流体モデルの開発者自身も,……,三次元流体モデルにおけるパラ
メータの重要性と,検証や風洞実験の必要性を指摘しているところ,甲第96号証及び第
110号証にはパラメータの記載がなく,結果の妥当性について正しく評価できない。」
旨を述べている(原判決32~33頁)。確かに,予測シミュレーションにおいて最も重
要なのは,現実に起きていること及び起きるであろうことを再現できるかどうかであり,
現に,自動車公害防止計画や総量削減計画において実施されているシミュレーションは,
必ず現況再現シミュレーションを行っている。現況再現シミュレーションとは,現状の交
通量と排出係数によってシミュレーションを実施し,現実に観測されている大気汚染濃度
を再現できるかどうかを確認する作業であり,環境省は,再現性を評価する方法を総量規
制マニュアルに示し,再現性を確保してから将来予測を行うこととしている。パラメータ
の設定によって結論は異なるのであるから,パラメータの設定は重要な問題ではあるが,
パラメータは,モデルを構成している数値に過ぎないのであり,その一つ一つの正確性を
モデルを離れて単独に議論することは極めて困難な作業である上,それだけでは意味はな
い。問題は,モデル全体が正確であるか,モデル全体が現実の現象を説明できているか,
再現できているか,であり,下記のとおり,三次元流体モデルは,現実の現象を説明・再
現できていることが検証されている。
(4) 三次元流体モデルによる再現
ア 控訴人らは,原審において,三次元流体モデルによる再現ができるかを検証
した報告書を提出した(甲150。「「圏央道八王子ジャンクション建設事業に関する環
境への影響予測・評価等についての調査業務」における大気汚染拡散モデルの検証」)。
これは,現在の中央道による汚染実態の実測値と三次元流体モデルでの予測値との相関を
見たものであり,その相関が非常に良くとれていることが明らかとなった(甲150・図
3-3)。すなわち,現在の中央道による汚染実態の実測値とモデルの計算値とを比較し,
計算値と実測値の整合性を見ると,上記報告書9頁にあるように,計算値と実測値のポイ
ントが斜め45度(計算値と実測値が完全に一致する。)を中心に幅20パーセントの枠
内(濃い点線の範囲内)に広がっていることがわかる(甲150・9頁)。これは,計算
値と実測値が良く相関していることを示しており,総量規制マニュアルの分類によれば,
Aランクに分類できること,つまり,再現性が非常に高いことを示している。しかも,狭
い地域の中でこれだけたくさんの大気汚染実測データが面的に得られることは少なく,極
めて高い現況再現性であると評価することができる。したがって,三次元流体モデルは,
裏高尾において大気汚染の拡散状況を表現するモデルとして適切であるということができ
る。
イ この点,原判決は,甲第150号証の現況再現について,甲第96号証の検
証とはなっていないとし,その理由として,① 中央道沿道の二酸化窒素の高濃度測定値
が除外されていること,② 計算値といっても,バックグラウンド濃度の占める割合が高
く,実質的には実測値同士の比較になっていること,③ カプセルを使った二酸化窒素濃
度の測定は精度が劣る上,比較の対象が実測値ではなく実測濃度の「推計値」に過ぎない
こと,④ 排出係数やバックグラウンド濃度が甲第96号証が用いたものとは異なってい
ること,などを挙げている(原判決33頁以下)。
ウ しかしながら,控訴人らが甲第150号証で道路近傍での実測データを除外
したのは,それが高濃度であるからではなく,本件三次元流体モデルでの道路近傍の解像
度が低いことから,計算値と実測値の整合が取れないことが明らかであるから除外したの
である。つまり,本件三次元流体モデルは,道路近傍の濃度を予測することを目的として
いるのではなく,主に住居が存在する位置の二酸化窒素の濃度が将来どのようになるのか,
環境基準を超える濃度が住居にまで及ぶのか,を予測することを目的としている。そのた
め道路近傍でのメッシュの取り方はそれほど細かく細分化されておらず,せいぜい細かく
ても5メートル程度である。そのため,道路沿道は,解像度(精密度)は必ずしも高くな
く,また,濃度勾配が高いから,測定地点と道路との距離・高さなどにより,その濃度は
大幅に変わる。そのため,道路沿道で測定された実測値と道路近傍の解像度が必ずしも高
くない本件モデルでの計算値がずれてしまうのは当然であり,そもそも本件モデルが再現
することを目的としていなかった道路近傍の濃度を現況再現から除外するのはやむを得な
いことである。原判決は,総量規制マニュアルの趣旨からも高濃度地点を除外するのは正
しくないと指摘する(原判決34頁)。しかし,総量規制マニュアルは,窒素酸化物の主
な発生源である工場・事業所(固定発生源)と自動車(移動発生源)に対してそれぞれに
排出規制をかけた上,広域地域での総量としての窒素酸化物の総排出量を削減しようとす
るものであったが,現在では,工場・事業所という固定発生源よりも移動発生源の方が窒
素酸化物を排出する総量が多く,その規制が急がれており,近年では,自動車1台ごとの
排出規制(単体規制)まで行われている。この移動発生源の排出量の評価・予測地点は,
自動車からの窒素酸化物の排出を見ることが目的なのだから,道路沿道の高濃度地域の測
定局付近にならざるを得ない。そのため,総量規制マニュアルでは「高濃度地点等」すな
わち道路沿道地点を除外することは望ましくないとしているに過ぎない。したがって,本
件のように,道路近傍での汚染濃度だけではなく,住宅地域までの汚染までをも考慮して
いる場合には,そのまま総量規制マニュアルの趣旨が当てはまるものではない。
エ また,原判決は,計算値といってもバックグラウンド濃度が5割から7割程
度を占めているのであり,実測値に近く,実質的には実測値同士の比較を行っていると批
判する(原判決35~36頁)。しかし,実際には,バックグラウンド濃度14.9pp
bに対し,中央道からの影響を含めた合計濃度は,37.8ppbから18.9ppbま
で広範に広がっているのであり,これだけの濃度の広がりがあることからすれば,バック
グラウンド濃度が高いから整合性が取れやすいなどということにはならない。また,仮に
原判決の判示のとおり,バックグラウンド濃度の占める割合が5割から7割であるから計
算値との整合性がとれやすいのであれば,どのようなモデルを使っても計算値と実測値の
整合は簡単にとれることになる。しかし,実際には,プルーム・パフ式モデルでの予測で
は,計算値が実測値よりもかなり過小に算出され,全く整合はとれていないのである(甲
254・図4-3)。
オ また,原判決は,カプセルを使用した市民の大気汚染測定濃度は,6月と1
2月の2回,わずか3日間の測定に過ぎず,かつ,短期NO2濃度から長期NO2濃度に
推計した段階で実測値という客観的な濃度という意味は失われ,さらにNOxに返還した
段階ではおよそ実測値と呼べるものではない,とする(原判決36頁)。しかし,これは,
カプセルによる測定値の意味を不当に過小評価するものである。カプセルによる測定は,
全国各地で定期的に行われ,かつ測定地点が非常に多いことから,各地の大気汚染状況を
判定する上で貴重な資料である。各測定値は,常時測定局の数値との関係で補正値を求め
て補正を行っているため,全体の傾向については実測値との関連性は高く,その結果は十
分に信用し得るのである。原判決は,6月と12月の各3日間の測定しかしていないこと
を批判するが,本件環境影響評価でさえ,現状の測定値として観測しているのは,年間を
通じた観測ではなく,四季ごと各1週間であり(乙14の2・39頁),原判決の論理に
よれば,本件環境影響評価の基礎となった実測値も信用できなくなる。
カ また,原判決は,甲第150号証で甲第96号証の検証をするならば,交通
量,排出係数,道路構造等,甲第96号証と同じ数値を設定しない限り検証にはならない
のであり,現況と将来との間で明らかに状況が異なる場合に限って理論的に妥当な範囲で
異なる数値を設定することが許される,という(原判決37頁)。しかし,甲第96号証
はあくまでも将来予測を行ったものであるのに対し,甲第150号証は現状での中央道の
実測値と計算値とを比較したものであるから,将来における排出係数,交通量は,現況と
は異なっているのが当然であり,その異なった数値を用いたことは誤りではない。
キ 原判決は,さらに,甲第96号証に用いられた小型車類の排出係数が甲第1
50号証のそれの約2.7倍になっているが,排出係数がこのように上昇するということ
は考えにくい,甲第150号証のバックグラウンド濃度が14.9ppbなのに対し甲第
96号証のそれは20.8ppbであり,将来のバックグラウンド濃度がそれほど上昇す
るとも考えにくい,と批判する(原判決37頁以下)。しかし,甲第96号証の排出係数
もバックグラウンド濃度も,いずれも本件環境影響評価で用いられている数値と同じであ
る。この数値が将来の数値として考えにくいのであれば,本件環境影響評価の設定した数
値そのものに合理性がないことになる。
(5) 浮遊粒子状物質(SPM)
ア 原判決は,下恩方地区以外のSPM予測濃度は不明であるとしながら,東京
都下などで自動車単体対策が進行した結果,近年ではSPM汚染が大幅に改善したことな
どから,圏央道建設によるSPMの発生が沿道住民の生命及び身体の安全に具体的な危険
を与えるおそれは認められない,としている(原判決66頁以下)。しかし,そもそも,
平成14年の本件環境影響照査1では,下恩方地区においては,SPM予測濃度が0.0
96mg/立方メートルとされ,環境基準をわずかに0.004mg/立方メートル下回
っているに過ぎないのである。定速走行をする下恩方地区で環境基準をわずかに下回るに
過ぎないのであれば,加減速があり排出係数の大きくなる八王子ジャンクション部分では,
より高濃度のSPM汚染が予測できるのであり,裏高尾でのSPM汚染が環境基準を上回
ることは明らかである。
イ また,確かに,平成14年10月からの自動車単体規制で,都内のSPM濃
度は比較的安定してきている。しかし,そもそも,SPMの濃度は,都内では自排局で1
00パーセント環境基準を達成できないという異常な状態であったところ,ようやく自動
車単体規制が始まり,SPM汚染が好転しているのである。それは規制が始まったために
効果がいわば劇的に現れているに過ぎない。今後も同様にSPM汚染の改善が進むかどう
かは全く予測できないし,今後も引き続き実効性のある施策が続く保証もない。そもそも,
裏高尾の狭い谷地地形の地上50メートル近くに高速道路のジャンクションができ,そこ
に1日最大4万台以上の自動車が流入するのである。ジャンクションでは自動車の速度の
加減速があり,それに伴うSPMの排出係数も高い。都内ではSPMの環境基準が達成さ
れている状況があったとしても,巨大ジャンクションができる裏高尾において,本当に環
境基準をクリアできるのかどうかは,まさに「不明」なのである。原判決の認定は,科学
的裏付けのない希望的観測に過ぎない。
ウ さらに,SPMの中でも粒子径が2.5マイクロメートル(μm)以下の細
かい微粒子状物質(いわゆるPM2.5。SPMの65ないし70パーセントを占める。)
が健康被害という点からはより大きな問題であるところ,八王子市内の一般大気測定局の
ほとんどで,平成21年9月に環境省が告示した基準である1年の平均値15μg/立方
メートルを上回っている現状にあることからすれば(甲444),巨大ジャンクションが
できる裏高尾において,PM2.5が上記基準値をクリアするとは考えられないのである。
2 騒音被害
(1) 原判決に対する批判
ア 原判決は,控訴人らが「本件環境影響評価や本件環境影響照査による騒音の
予測値が,圏央道ができる前の現況騒音調査結果よりも低くなる結果になっているのは矛
盾であり,信用できない。」と批判したことに対し,不合理な理由で被控訴人国の説明を
そのまま受け入れている。すなわち,控訴人らが平成17年11月1日から2日にかけて
裏高尾町所在の控訴人X1宅の屋外及び屋内の騒音測定を実施したところ,夜間において,
屋外はLeq61dB,屋内はLeq47.1dBであった(甲249,250)。しか
し,原判決は,このような測定結果を無視し,控訴人X1宅の上記騒音実態を本件環境影
響評価1の現況調査とほぼ同程度の数値と判断した(原判決52頁)。国が行った本件環
境影響評価1の現況調査結果では,裏高尾の調査地点について,L50で朝50ホン,昼
間51ホン,夕49ホン,夜間50ホンであるが,L50とLeqとではLeqが約5d
B程度高い数値であることからすると,夜間50ホンはLeqでは約55dBと考えるべ
きであるから,本件環境影響評価1の現況調査である50ホンは,Leqでは55dBに
相当するところ,控訴人X1宅の騒音実態の屋外61dBはそれよりも6dBも高い数値
が出ていることを示しているにもかかわらず,原判決は,この結果に対し,本件環境影響
評価1の現況調査結果と同程度と誤って認識している点で誤っている。
イ 原判決は,本件環境影響評価や本件環境影響照査による騒音の予測値が現況
騒音よりも低値となるのは矛盾する(前記ア),中央道との合成音が加味されていない,
高架による反射音も加味されていない,との控訴人らの主張に対し,「遮音壁の設置によ
り約10dB,環境施設帯の設置により5~10dB,高機能舗装の設置により約3dB
の低減効果が見込まれ,また,騒音を防止するための方策として,本件道路,中央道,八
王子都市計画道路3・3・2号及び一般国道20号に遮音壁,環境施設帯が設置され,さ
らに,本件環境影響評価及び本件環境影響照査1では考慮されていなかった低騒音舗装
(高機能舗装)を導入するという対策も実施されることが予定されていると認められ(乙
169),そうすると,Leqで表示される同一音量の2つの音の合成により,合成音量
が3dB上昇し,高架道路の反射音により1~2dB上昇するとしても(甲266),本
件道路や既存道路に本件道路の建設による騒音の悪化要因を吸収するだけの防音対策が採
られることが予定され,本件環境影響評価及び本件環境影響照査1では,その前提の基に
騒音予測が実施されているのであるから,本件環境影響評価及び本件環境影響照査1の予
測結果が,現況の騒音被害よりも低いものであったとしても,不合理とはいえない。」旨
を判示した(原判決53頁)。しかし,遮音壁の設置により約10dB,環境施設帯の設
置により5~10dB,高機能舗装の導入により約3dBの低減効果が見込まれるという
のは,被控訴人らの主張をそのまま鵜呑みにしたものであって,何ら科学的な根拠を有し
ていない。遮音壁の騒音低減効果は,後記のとおりせいぜい約3dB程度であるし,環境
施設帯として高架の下に樹木を植えても遮音効果には何の意味もないことは明らかである。
ウ 現に,控訴人らは,被控訴人中日本高速道路が平成18年5月ころ控訴人X
1宅側の中央道南側に遮音壁(高さ3メートル)を設置したため,その後の騒音状況を調
査し,また,平成19年6月23日に裏高尾の八王子ジャンクションが一部完成し,中央
道からあきる野インターチェンジ方面への圏央道が開通したことから,開通前後の控訴人
X1宅の騒音も調査した。その結果を見ても,遮音壁の設置により約10dB,環境施設
帯の設置により5~10dB,高機能舗装により約3dBの騒音の低減効果が見込まれる
とする原判決が誤りであることは明らかである。すなわち,控訴人らは,平成18年6月
28日(水曜)午後10時から翌29日午前6時までの間,控訴人X1宅の屋外の騒音を
測定したが(測定場所は,甲第249号証,甲第250号証における測定場所と同じ地点
で,地上1.2メートルである。),その結果は,夜間屋外で59.2dB,Lmaxは
69.9dBであった(甲315)。この騒音レベルについては,原審でも主張したとお
り,裏高尾地区の控訴人らの住居地には「道路に面する地域」の環境基準を適用すべきで
なく,適用されるべき夜間の環境基準は45dBであるから(控訴人X1宅が都市計画法
上用途地域の定めがないB類型の地域に存するとしても,適用されるべき環境基準は45
dBである。),それを14dB以上も超えていることになる。しかも,控訴人X1宅の
家屋の遮音効果を約14dBとしても(甲第249号証,甲第250号証の控訴人X1宅
の騒音測定結果から,遮音効果を14dB(61dB-47dB)と考える。),室内の
騒音レベルは,睡眠妨害が出てくる30ないし35dBをはるかに超える45dBである
と予想され,中央道南側に遮音壁を設置しても,控訴人X1宅においては,環境基準を超
えて睡眠妨害が生じる騒音レベルの騒音被害が発生していることが明らかである。上記の
59.2dBの数値は,前記の平成17年11月の夜間の控訴人X1宅の屋外の騒音結果
の平均61dBと比較すると,2dB弱低い程度であり,遮音壁の設置によって約10d
Bの低減効果があるという原判決の認定には科学的な根拠がない。
被控訴人らは,控訴人X1宅の騒音レベルが60dB以下であるから,同人
宅に適用されるB類型の道路に面する地域の夜間の環境基準60dBを下回っていると主
張するが,前記のとおり,そもそも,睡眠妨害が明らかに生じるレベルである屋外60d
Bの環境基準の適用自体に問題があるというべきである(WHO欧州事務局は,2009
年10月に騒音による健康影響の防止を目的とした夜間騒音ガイドラインとして,Lni
ght屋外で40dBと定めている(甲445)。)。
エ 平成19年6月23日,中央道の八王子ジャンクションが一部完成・開通し,
中央道と圏央道のあきる野インターチェンジ方面との相互通行が開始された。その前後の
控訴人X1宅の騒音状況(屋外)の調査結果は,以下のとおりである(甲316)。
期間 平均Leq dB 期間 平均Leq dB
5月24日~25日 56.2 7月6日~7日 55.2
25日~26日 56.6 7日~8日 53.0
26日~27日 54.2 8日~9日 53.8
27日~28日 55.0 9日~10日 55.4
28日~29日 56.0 10日~11日 55.6
29日~30日 56.3 11日~12日 55.6
30日~31日 56.4 12日~13日 56.2
31日~6月1日 57.5 13日~14日 55.6
6月1日~2日 57.1 8月3日~4日 56.1
2日~3日 54.3 7日~8日 56.4
8日~9日 56.5
平均Leq dB 55.96 55.4
上記のとおり,八王子ジャンクション開通前後の控訴人X1宅の騒音測定結
果は,屋外ではほとんど変わらなかった(開通前の平均55.96dBに対して,開通後
の平均は55.4dB。)。これは,圏央道が開通しても八王子ジャンクションの交通量
は未だ1日約2万4000台(甲317,447)であり,事業者の予定交通量4万38
00台/日(乙20・35頁図1-12-4)の半分程度であることから,八王子ジャン
クション開通による騒音の増加がまだ顕著に現れていないに過ぎず,今後,圏央道の八王
子ジャンクション以南の開通による交通量の増加により,本件環境影響評価の予測交通量
程度に交通量が増加すれば,控訴人X1宅の騒音状況は悪化し,夜間の騒音状況は60d
Bに近づくかこれを超えることが予測される。後記甲第135号証の予測調査でも,控訴
人X1宅に近い地点であるE地点の予測値が夜間58dBで補正値が62dBとなってお
り(甲135・12~13頁),これによれば,控訴人X1宅の今後の騒音の悪化が予測
されると同時に,控訴人X1宅の上記騒音実態調査結果は,甲第135号証による騒音予
測の科学性を裏付けているともいえるものである。
また,控訴人らは,控訴人X2・X3宅の屋外の騒音状況を平成21年11
月13日から18日まで調査したが,その結果はおよそ48~49dBであり,夜間の睡
眠を確保するレベルといわれる受忍限度である屋外の45dBを3~4dBも超えている
ことが明らかになった(甲449)。
オ また,原判決は,本件道路の建設による高尾山の歴史的文化的自然景観と一
体となったサウンドスケープ(音風景。1960年代から1970年代にかけてカナダの
作曲家によって提唱された概念。)の破壊被害について判断をしていない点でも誤ってい
る。
(2) 時速80キロメートルを前提とした本件環境影響評価の問題点
中央道においては,車両は時速80キロメートル以上の速度で走行しているの
が常態であることは明らかである。控訴人らは,株式会社Bに委託して,平成17年11
月1日から2日にかけての控訴人X1宅の騒音実態調査を行った際,中央道の車両走行速
度も測定したが,その結果によれば,測定車両の走行速度は時速82キロメートルから1
03キロメートルで,測定した10台中,8台が時速90キロメートル以上で,大部分は
時速90キロメートルから100キロメートル前後で走行していた(甲249,250)。
速度が上がれば,それに従って走行車両の騒音値も上昇する。本件環境影響評価1によれ
ば,音源の平均パワーレベルを出す計算式に自動車の平均速度と騒音との関係式が示され
ており(乙14の1・177頁),これによると,平均速度の平均パワーレベルへの寄与
度は0.2V(Vは平均速度)である。これは,平均速度が時速10キロメートル上昇す
ると騒音のパワー平均は2dB上昇し,時速20キロメートル上昇すると騒音のパワー平
均は4dB上昇することを表している。したがって,本件環境影響評価1においては,裏
高尾の騒音レベルは夜間49dBと予測されているが,渋滞の少ない夜間は時速90キロ
メートル~100キロメートル以上の走行が常態であることからすると,それだけで騒音
レベルは2~4dB上昇するから,51~53dBとなり,夜間のA類型の環境基準40
dBを11~13dBも超えることになる。これに中央道との合成音や高架による反射音
などを加算すると,本件環境影響評価の予測騒音レベルより8ないし9dB上昇すること
になる。したがって,車両が圏央道を時速80キロメートルで走行することを前提として
騒音値を予測した本件環境影響評価は,実態を無視するものであって,誤っている。
(3) 甲第135号証(株式会社Bの騒音予測)の科学性
ア 株式会社Bの騒音予測によれば,地点予測では,夜間の騒音が等価騒音レベ
ルでLeq52dBから最高でLeq59dBが予測されている。
原判決は,控訴人らが将来予測調査を委託した株式会社Bの調査結果である
甲第135号証について,「実際に使用した地形データや予測地点の予測高さについて,
具体的な言及がなく,地点における評価,面的評価のいずれについても,地形による騒音
の反射や吸収の有無,そのほか地形が騒音の伝播に及ぼす影響について,どのような地形
のどのような状態をどのように考慮したのか全く明らかでないから,その騒音予測結果は,
科学的な根拠が存在しないに等しい。」旨を判示した(原判決54頁)。
イ しかし,甲第135号証は,予測手法についても具体的に解説しており,そ
れによれば,本件環境影響照査1(甲111)と同じ手法であり,交通量や速度など国土
交通省が圏央道の騒音予測で使ったのと同じデータに基づいて日本音響学会が提案してい
るASJモデル1998(B法)によって行ったと明記されている。本件環境影響照査1
の中では,このモデルの数式を長々と記載しているが,それは単に数式を書いているに過
ぎず,甲第135号証では同じ数式を記載しても無意味であるから記載しなかっただけで
ある(原審証人C)。
ウ また,原判決は,「実際に使用した地形データや予測地点の予測高さについ
て,具体的な言及がない。」旨をいうが,甲第135号証は,これらを明らかにしている。
すなわち,裏高尾地区の地形に関しては,2500分の1の地図を参照して,東西方向2
100メートル,南北方向1300メートルの範囲の地形を考慮し,メッシュ規模は東西
南北方向とも5メートル間隔とした,と明記されている(甲135・11頁)。甲第13
5号証の使用した地形データは,10万9200個あり,これらのデータを数値として開
示することは可能であるが,このような膨大なデータを提出することは,科学調査におい
ては一般的でなく,その結果のみを表示することが通常である。そして,裏高尾の地形の
データの結果を示したものが,甲第135号証の4頁の図3-2である。この図は,実際
に使った地形データを基に三次元的に表示したもので,これで十分というべきである。む
しろ,本件環境影響評価や本件環境影響照査における騒音調査こそ,その調査の結果が記
載されているだけであり,その予測過程やデータは全く明らかにされておらず,その科学
性は明らかにされていないというべきである。なお,騒音の予測高さは地上1.2メート
ルであり,このようなことは常識であって記載するまでもないことである。
エ 甲第135号証は,さらに現況再現シミュレーションも行って,使用した将
来予測のモデルの再現性のチェックを行っている。すなわち,日本音響学会の騒音予測手
法であるASJモデル1998は,一般的な場合を想定してモデルが構築されて検証され
ているため,必ずしもすべてのケースにおいて現況再現が可能とはいえないことから,中
央道の現況再現調査を行い,将来予測モデルの構築に反映させている。そして,実測値と
現況再現値とを比較した結果,全体的に再現できていること(その差は,道路に近い地点
(①~③,⑧)ではシミュレーション結果が3dB程度過小評価となり,高尾山登山道で
は昼間3dBほど過大評価となったが,これらは良好な数値というべきである。)が明ら
かとなったのである(甲135・11頁)。それに対し,本件環境影響評価や本件環境影
響照査の予測モデルは,実測値と現況再現値との比較さえ行っていないのであるから,そ
の信用性は科学的に検証されていないのである。しかも,甲第135号証は,株式会社B
が行った騒音の予測結果を本件環境影響照査1の予測結果と比較し,その結果を13頁の
表5-2で示しているが,それによれば,裏高尾西側近接空間(控訴人X18宅付近)で
は株式会社Bの予測が昼間55dB,夜間57dBであるのに対し,本件環境影響照査1
では昼間53dB,夜間55dBとされ,その差は2dB程度であり,裏高尾西側背後地
では株式会社Bの予測結果が昼間52dB,夜間54dBであるのに対し,本件環境影響
照査1では昼間52dB,夜間54dBとされて,同じ結果になっていることからすれば,
本件環境影響照査1とも予測結果の整合性がとれ,信用性が高いモデルであることが示さ
れているのである。
オ さらに,甲第135号証が使用したASJモデル1998では,将来の自動
車騒音規制を考慮して,自動車のパワーレベルを大型車で0.9dB,小型車で1.4d
Bほど低減させているが(甲135・9頁),その後,日本音響学会(道路交通騒音調査
研究委員会)は,ASJモデル1998を改良したASJRTNモデル2003において,
将来の規制強化は考慮せず,将来のデータの蓄積を待つこととしたとしているから,AS
JRTNモデル2003に従って将来の規制強化を考慮しないのであれば,それを考慮し
た甲第135号証の将来予測結果よりも予測数値が1dB程度大きくなることとなる。し
たがって,裏高尾の圏央道完成後の騒音予測は,車両の走行速度の実態(時速90ないし
100キロメートル)と上記ASJRTNモデル2003が将来的な規制強化を考慮して
いないことを併せ考慮すれば,甲第135号証の予測結果よりもさらに3ないし4dB程
度高くなるのである。
3 振動被害及び低周波空気振動被害
裏高尾地区に建設された八王子ジャンクションは,8本のループ式であり,都道
浅川相模湖線から地上約60メートルの高さにおいて,東西約800メートル,南北約3
00メートル,総延長約8キロメートルに及ぶ巨大なものであり,また,八王子城跡トン
ネル南坑口から高尾山トンネル北坑口を結ぶ巨大な高架橋梁(仮称裏高尾橋)は地上約6
0メートルの高さを通過するものである。中央道による低周波空気振動被害の調査によれ
ば,裏高尾町摺指地区の民家では,住民の測定によると,10Hz付近で75ないし80
dBとなった結果や,中央道から135メートル離れた民家でも10Hzで75dBを超
える結果が出ており,また,中央道による振動で戸や障子がガタガタと鳴る被害も出てい
るのであり,中央道の高架橋梁からの低周波空気振動は,裏高尾地区の住民の睡眠妨害を
引き起こしている。また,東京の環状7号線,産業道路,第2京浜などの幹線道路沿道の
調査によれば,L10値が52dB程度で,81パーセントの人が振動公害をかなり感じ
ると訴え,「建物の壁にひびが入ったり家の一部がゆがむ」という被害を訴える人が43
パーセントあったのであり,これらを踏まえれば,本件道路の建設によって裏高尾居住の
本件道路の沿道住民に振動被害及び低周波空気振動被害が発生することは明らかである
(甲511)。
4 高尾山の自然生態系の破壊
高尾山は,イギリス全土の植物の種類に匹敵する1300種類以上の植物,13
7種類の野鳥,5000ないし6000種類の昆虫,ムササビ等の28種類のほ乳類,が
生息しているところ,これは,744年の行基の薬王院開設以来,高尾山の位置,地形,
土壌などがその絶妙のバランスを崩すことなく,森が保護され,特殊・希少な自然生態系
が維持されてきた結果である。特に,高尾山に常緑広葉樹林,落葉広葉樹林(ブナ林等),
中間温帯林(モミ,ツガ,等)という複数の樹林があることは,極めて特殊である。とり
わけ,通常日本海側の多雪地域や太平洋側では海抜800メートル以上の地域にあるブナ
林が高尾山では北西側の斜面の凍結破砕作用によって海抜420メートルから生育してい
ることは,奇跡的というべきである。しかし,高尾山トンネルの掘削工事によって水脈が
破壊されると,地下水起源の水に依存して生息する植物の生育に深刻な影響を及ぼし,植
物を餌とする昆虫,昆虫を餌とする鳥類及びほ乳類の生育にも大きな影響を及ぼすことと
なり,高尾山の上記のような特殊・希少な自然生態系に与える影響は極めて深刻なもので
ある。原判決は,このような高尾山の自然生態系が有する極めて高い価値を十分に評価し
ておらず,不当である。
5 高尾山の水脈破壊
(1) 原判決の不当性
原判決は,「八王子城跡付近で発生した井戸涸れ等の現象」として,下恩方町
松竹地区における井戸涸れ,観測孔2の水位低下,御主殿の滝の滝涸れ,の各項目を掲げ,
それぞれの事実を認定した上で,技術検討委員会の発表した見解ないし判断を,その当否
を検討することなく掲げているが,以下のとおり,いずれも不当である。
(2) 下恩方町松竹地区における井戸涸れ
下恩方町松竹地区における井戸涸れの原因については,漏出した止水工事のセ
メントミルクが地下水脈を遮断したことによって発生したものであることを,控訴人X4
が原審において供述・陳述した(甲204・6~7頁)。これによれば,八王子城跡トン
ネル工事に伴う止水工事により,岩盤に注入されたセメントミルクが岩盤の割れ目を通り
滝ノ沢川の川底に達し,川沿いに流れていた伏流水の水路を遮断したために,特に渇水期
を中心として伏流水の流れを止め,下流の民家において井戸涸れを生じさせたものである
(甲203・3頁)。それにもかかわらず,原判決(59頁)は,原因についてはあえて
言及を避け,技術検討委員会が「井戸が涸れたのは,平成17年春季の少雨傾向によるも
ので,八王子城跡トンネル掘削の影響ではない」との判断を示したと認定することによっ
て,それがあたかも事実であるかのように判示しており,不当である。
(3) 観測孔2の水位低下
原判決は,八王子城跡の山頂付近に設置されている観測孔2の水位低下につい
ても,それが八王子城跡トンネルの工事によるものであることについて明言を避け,水位
の上昇については,必ずしも元に戻るかどうかの見通しがあるわけでもないのに,「止水
構造を早期に完成させることで,水位は徐々に上昇すると考えられる」との見解を示した
として(原判決60頁),あたかも技術検討委員会の「見解」が真実であるかのような印
象を与えている。なお,確かに,覆工止水工事の完成(平成19年2月24日)前後から
観測孔2の水位が上昇し始め,平成20年1月1日の時点ではTP(海抜)+335メー
トルの位置にあったが,それ以降,観測孔2の水位は再び低下しており,覆工止水構造が
完全でないことを示している(甲453)。
(4) 御主殿の滝の滝涸れ
原判決は,国史跡文化財である御主殿の滝の滝涸れについても,「技術検討委
員会は,城山川及び御主殿の滝の流量が,降雨量に大きく依存することから(乙102の
1),平成17年5月及び12月の城山川の表流水が見られなくなったのは,少雨傾向に
よるものであり,八王子城跡トンネル施工の影響とは考えられないとの判断を示し(乙1
28),平成18年1月以降の状況については,現時点でトンネル施工との明確な関係が
説明できないとした(乙132)。」として(原判決60頁),この技術検討委員会の見
解が正しいかどうかの吟味をしないまま,この見解が正しいかのような印象を与える判示
をしている。しかし,御主殿の滝の滝涸れが八王子城跡トンネルの工事の影響によるもの
であることについては,前記控訴人X4の原審における供述・陳述により明らかである
(別件行政訴訟の控訴審における本人尋問においても,同人は,「トンネル工事によって
岩盤内にあった裂罅水(岩盤の割れ目にたまった水)がトンネル内に引き込まれるか又は
トンネルに沿ってできたみずみちを通って他に流出したことにより,岩盤内の地下水位が
下がり,そのため城山川の河川水が地下に引き込まれることにより,城山川の流量が著し
く減少した。」と陳述している(甲256,257)。また,このことは,国土問題研究
会作成の調査報告書(甲314の1,2)によっても明らかにされており,技術検討委員
会の見解が誤りであることは明らかである。なお,八王子城跡トンネルの拡幅工事が開始
された平成17年10月19日からトンネル覆工止水工事が完成した平成19年2月23
日までの492日間で,御主殿の滝が涸れていた日数は257日であり,上記の期間の半
分以上の期間は涸れていたことになり(甲460),滝涸れの程度は深刻である。
(5) 坎井の井戸の水位
原判決は,坎井の井戸の水位についても触れ,「坎井の井戸の水位は,降雨量
に大きく依存しており(乙102の2),降雨量が少なかったことが炊井の井戸涸れの原
因であるという可能性もあり得,上記ボーリング調査が坎井の井戸涸れの原因であるとい
うことはできない。」としている(原判決61頁)が,しかし,坎井の井戸の水位が降雨
量に依存していることは一面の事実ではあっても,渇水期等水位が一定の水準以下になっ
た場合の水位の変化は,降雨とは別の要因によって影響を受けていることが指摘されてお
り(甲314の1,2),原判決の上記判断は,明らかに短絡的であり,誤りである。坎
井の井戸の井戸涸れの原因にボーリング調査や八王子城跡トンネルの工事の影響があるこ
とは否定できないものである。
(6) 高尾山の水脈被害
高尾山トンネルの掘削工事は,同様の小仏層という脆弱な地質構造をもつ八王
子城跡トンネルの掘削工事で発生したのと同じ水脈破壊を引き起こす。とりわけ,原審証
人Dが指摘したように,高尾山の北西側斜面は,凍結破砕作用による岩石の風化が活発で,
表土が不安定な場所であるところ,八王子ジャンクション付近からの自動車排ガスによる
汚染と気温の上昇の影響を直接受け,トンネル掘削工事による水脈破壊が加速するおそれ
が強い。そして,当該斜面にようやく生育するブナ類への影響も必至であり,蛇滝や琵琶
滝の滝涸れも十分に考えられる。
(7) 高尾山トンネル掘削工事による被害の発生
平成19年5月から高尾山トンネル掘削工事が開始されたが,平成19年10
月15日,高尾山トンネル南坑口付近の沢で,新たな沢涸れが起き(甲461),平成2
0年3月11日には,妙音谷の沢涸れ,湧水涸れ,等が発生した(甲462)。これらの
事実は,トンネル工事が水脈に影響を及ぼしていることを明らかに示すものである。
6 高尾山及び裏高尾の景観破壊
(1) 原判決は,本件道路の建設・完成が景観に与える影響について,「橋梁,
高架構造物,トンネル坑口等の人工構造物が,明治の森高尾国定公園や都立高尾陣馬自然
公園等の山地景観に相当な影響を与えることが推測され,高尾山や八王子城跡等の自然環
境を保護しようとする活動をしている者にとっては,大変好ましくない影響が生じること
は容易に推認できる。」としているが(原判決63~64頁),上記の判断は,以下のと
おり,最も重大な景観への影響に対する認識を欠き,また,認定した景観への影響に対す
る的確な評価も欠いており,誤りである。
(2) 第1点は,高尾山の山体及び自然生態系を含んだ一体としての歴史的文化
的自然景観の破壊を見過ごした誤りである。すなわち,高尾山トンネルの掘削工事は,高
尾山に水脈破壊を引き起こすことが必至であり,生育するブナ類への影響も必至である。
そもそも,高尾山にトンネルを通すこと自体が,高尾山の風土生命体としての価値,世界
遺産に匹敵する価値(2009年3月に発行されたミシュランの旅行ガイドは,高尾山を
富士山と同じ最高ランクの「3つ星」と評価した。)を破壊するものである。このことを
本件事業の根本問題として捉える必要がある(控訴人X5の陳述書(甲193),原審証
人Dの陳述書(甲207の1))。この点,「トンネルは山の中を通るのであり,山腹や
山頂を通す場合に比較して景観に影響を与えない。」との見方もあるが,それは景観の本
質を見誤るものである。高尾山の景観は,自然生態系的な価値に加えて,高尾山の完全性
といった山体自体の価値を含んでおり,山体を貫くトンネルは,まさにこの完全性を破壊
するものであり,重大な景観破壊といわなければならない。八王子城跡トンネルによる八
王子城跡とその遺構群への影響についても,高尾山と同様,すでに発生している水脈破壊
や水涸れといった物理的損傷に加えて,トンネル自体により山体景観の完全性を破壊する
点において,重大な景観破壊である。
(3) 第2点は,裏高尾の落ち着いた歴史的街並み景観を破壊することの判断を
欠いていることである。
原審証人Eは,裏高尾地区の特徴と圏央道建設による景観変化を的確に指摘し,
裏高尾地区に居住し続けることが困難となるほどに景観破壊が甚大であることを,以下の
とおり具体的に陳述し(甲209の1,2),証言している。すなわち,裏高尾地区は,
南側が明治の森高尾国定公園に接し,北側が高尾陣場自然公園に接していて,集落の住居
は,その谷間に立地し,静かなたたずまいを見せている。また,旧甲州街道沿いの集落で,
古い民家や休憩所が残る歴史的な景観が特徴である。裏高尾地区に接している高尾山には,
前記のとおり,植生等の豊かな自然生態系が残っている。地区住民は,山麓の四季折々の
景観の美しい変化を特に評価しており,その景観を日常生活のなかで不可欠なものと認識
している。旧甲州街道沿いの谷と山麓は険しくない断面を構成しているため,人間にとっ
て最も近しい自然である天空の広がりもあり,住む人々の視線で捉えられる山のシルエッ
トは,人々の日常生活に溶け込んでいる(甲209の1末尾添付の写真番号1,2)。街
道沿いの住宅では高尾山や猪ノ鼻山の緑を借景にした庭造りもみられ,人々の住まいの文
化の一面を窺うことができる(甲209の1末尾添付の写真番号3)。ところが,圏央道
建設による裏高尾地区の景観の変化は破壊的であり,その程度は甚大かつ顕著である。八
王子ジャンクション等の巨大施設こそ,「谷への眺望景観に巨大人工構造物が入り込んで
くる。」という重大な景観変化である。この景観への影響について,原審証人Eは,「ゆ
るやかな市街化によって描かれる建物のスカイラインとは比較しようがないほど大規模か
つ異形,突然の改変であり,破壊的である。」と評している。また,「人々が日常の生活
の中で抱いてきたシルエットの馴染み深さは,たちまちにして矮小化する。周囲の山を借
景とするこの地に見られる庭造りは,人々の庭を通じての自然観を示すが,この巨大人工
構造物は,自然観に悪影響を与え,庭と住まい造りの文化的営みに取り返しのつかない深
い傷を負わせることになると危惧される。」と,その景観破壊及び裏高尾地区に居住する
控訴人らが受ける精神的・人格的な被害が甚大であることを強調している。「旧街道沿い
の北側の住居では,八王子ジャンクションの構造物がその敷地の北側に迫り,居住者に堪
え難い圧迫感をもたらしている。この近景の改変は,住居の敷地におおいかぶさるような
印象を居住者に与えている(甲209の1末尾添付写真番号4~6)」。その結果,「敷
地からまた室内から見た極近景のこのような変化は,住居内における住み方のレベルにも
影響を及ぼすことが考えられ,居住し続けることが困難となる事態が起こることも予想さ
れる。」と,居住の継続が困難なほどの景観破壊であることも的確に指摘している。この
ような裏高尾の落ち着いた歴史的街並み景観とそこに居住してきた住民・控訴人らの景観
利益が重大な侵害を受けることについて,原判決は判断を欠いている。
7 裏高尾地区の環境破壊
裏高尾地区は南は明治の森高尾国定公園に北は都立高尾陣場自然公園に接してお
り,谷間に立地した集落は穏やかで静かなたたずまいを見せている。裏高尾に住む控訴人
らはこのような平穏で静かな環境の中でその恵みを受けながら日々生活してきた。控訴人
X1,同X6,同X2,同X7らは,長く裏高尾町に居住しており,一貫して圏央道の建
設に反対してきた。しかし,本件道路の建設による橋梁や高架構造物等の人工構造物は,
裏高尾地区の平穏で静かな環境を破壊するとともに,裏高尾の落ち着いた歴史的街並み景
観をも破壊し,さらには,圏央道の建設に反対した住民とこれを受け入れた住民との間に
深刻な対立をもたらし,かつての良好な隣人関係をも破壊したものであって,本件道路の
建設が違法であることは明らかである。
8 人格権に基づく差止請求権
(1) 大気汚染被害,騒音被害,振動被害及び低周波振動被害を根拠とする差止
請求のほかに,人格権を構成する「豊かな自然環境の享受によって精神の解放感など人間
としての豊かさを受ける権利」を根拠とする差止請求について,原判決は,「原告らは,
人格権を構成する人格的利益には,生命,身体,精神の安全や自由を享受する権利だけで
なく,豊かな自然環境の享受によって,精神の解放感など人間としての豊かさを受ける権
利も含まれると主張する。しかしながら,原告らが主張する豊かな自然環境の享受によっ
て,精神の解放感など人間としての豊かさを受ける権利は,原告ら各人の生命やその基盤
となる身体の健康状態及び精神的自由という個別具体的な権利と離れた一般的,抽象的な
ものであり,結局のところ,原告らが主張する環境権等と実質を同じくするものと解され
る。したがって,これを私法上の権利として承認し,差止請求権の根拠とすることはでき
ない。」と判断している(原判決89頁)。
(2) しかし,原判決が「自然環境の享受によって,精神の解放感など人間とし
ての豊かさを受ける権利は,原告ら各人の生命やその基盤となる身体の健康状態及び精神
的自由という個別具体的な権利と離れた一般的,抽象的なもの」としているのは誤りであ
る。控訴人らがそこで主張する「豊かな自然環境の享受によって精神の解放感など人間と
しての豊かさを受ける権利」は,あくまでも控訴人ら各人の生命やその基盤となる身体の
健康状態及び精神的自由という個別具体的な権利そのものであって,決してこれと離れた
一般的抽象的なものではない。その意味で,控訴人らが主張する公共的な性格を有する環
境権とは異なったものである。景観やレクリエーションを楽しむこと等の比較的高いレベ
ルの快適な生活を享受する人格的利益は,人が生きるために絶対不可欠なものというわけ
ではなく,また,具体的内容については代替できるものが多いため,人格権の保護範囲に
含まれないとの見解もあるが,5億年から6億年前に地球に誕生した生命は,それ自体が
自然であって,自然とともに存在してきたのである。そして,ヒトも本来自然の一部であ
って,自然とともに自然の中で生存してきたのである。豊かな自然との触れ合いにより,
人は癒やされたり生きるのに必要な活力を得たりしているのであり,人が生きるために豊
かな自然との触れ合いが絶対不可欠な場合もある。自然公園法1条が「この法律は,優れ
た自然の風景地を保護するとともに,その利用の増進を図り,もつて国民の保健,休養及
び教化に資することを目的とする。」と謳っていることは,同法が人にとって自然との触
れ合いが不可欠であるとの認識の上に立っていることを示すものである。すなわち,同条
は,自然の風景地の保護と利用の増進を図ることが国民(ヒト)の「保健,休養」と「教
化」にとって大きな意義を有することを表現したのである。そこにいう「保健,休養」は,
まさに控訴人らが主張する自然との触れ合いにより癒しや活力を得たりする効果にかかわ
るものである。また,そこでいう「教化」は,青少年の人格形成にとって自然との触れ合
いが重要な意義を有することを示しているし,成人となった後も自然から多くを学ぶとこ
ろがあることを表現しているのである。特に裏高尾に居住している控訴人らにとっては,
高尾山の豊かな自然は生きていく上で不可欠な存在であるし,また,距離的には裏高尾よ
り離れた場所に居住していても,高尾山での豊かな自然との触れ合いを求めて頻繁に高尾
山を訪れている控訴人らにとっても,高尾山の豊かな自然は生きていく上で不可欠の存在
であり,他では代替できない存在なのである。
(3) 原判決は,前記のとおり,景観破壊や自然環境破壊に関し,「橋梁,高架
構造物,トンネル坑口等の人工構造物が,明治の森高尾国定公園や都立高尾陣馬自然公園
等の山地景観に相当な影響を与えることが推測され,高尾山や八王子城跡等の自然環境を
保護しようとする活動をしている者にとっては,大変好ましくない影響が生じることは容
易に推認できる。」と認定した。原判決が認定したこのような景観破壊や自然環境破壊が
控訴人らの人格権侵害をもたらすことは明らかであるから,「豊かな自然環境の享受によ
って精神の解放感など人間としての豊かさを受ける権利」も差止請求権の根拠となるとい
うべきである。
9 環境権に基づく差止請求権
(1) 原判決は,「環境権の対象たる環境の内容を分類し,具体化しようという
試みは評価できるが,上記分類の中で最も具体的であると思われる大気,水,土ないし地
盤という個々の環境要素をとってみても,いまだ,不確定かつ流動的なもので,それが現
にある状態を指すものか,あるべき状態を指すものか,更に,その環境要素に対する認識
及び評価についても個々人に差異があるのが普通であり,これを普遍的に一定の質を持っ
たものとして捉えることは困難である。」として,「現時点においては,裁判所が法を適
用するに当たり,環境権を,私法上の権利といい得るような明確な実体を持ったものとし
て,認識し解釈することについては,躊躇せざるを得ない。」と判断している(原判決8
7頁)。
(2) しかし,原判決は,控訴人らの主張に対する理解を誤っている。控訴人ら
の主張する環境権は,類型化により,私法上の権利といい得るような明確性を獲得したも
のであって,裁判所が認識し解釈することができるだけの明確な実体を有するものである。
原判決は,前記のとおり,「上記分類の中で最も具体的であると思われる大気,水,土な
いし地盤という個々の環境要素をとってみても,いまだ,不確定かつ流動的なもので,そ
れが現にある状態を指すものか,あるべき状態を指すものか」不明確であるとするが,自
由権的環境権では,妨害排除請求の場合は,侵害以前の環境の質を問題としているのであ
り,妨害予防請求の場合は,現にある状態での環境の質を問題としているのである。また,
水,土ないし地盤といった大気以外の環境要素についても,自由権的環境権では,妨害排
除請求の場合は,現にある水質,地盤の状態が基準となり,これらについても客観的な内
容を有しているのであって,原判決が指摘するような不明確かつ流動的なものでないこと
は明らかである。原判決が指摘する「その環境要素に対する認識及び評価についても個々
人に差異があるのが普通であり,これを普遍的に一定の質を持ったものとして捉えること
は困難である。」との批判も当たらない。すなわち,控訴人らが主張する環境権により保
障されるべき環境利用の具体的な内容と方法は,多数の権利者の意思に基づいて定まるも
のであって,個々人による差異を認めるものではない。慣行又は関係する権利者全員によ
る権利内容の変更の決定によって地域ごとに常に特定されているのである。このように,
控訴人らが主張する環境利用の具体的内容は,裁判以前に客観的に決まっており,まさに,
普遍的に一定の質を持ったものとして捉えることができるものであり,その存否の判断に
ついても,高度な政策的判断や専門技術的な知識を要するものではなく,裁判官による判
断に本質的に馴染むものである。
(3) 原判決が「上記分類の中で最も具体的であると思われる大気,水,土ない
し地盤という個々の環境要素をとってみても,いまだ,不確定かつ流動的なもので」と記
載していることからすると,控訴人らが主張する自然環境利用権が最も具体的であるが,
それでも私法上の権利といい得るような明確な実体を持つものとは認められないのである
から,自然環境利用権よりも具体的でない自然公物利用権については,なおさら私法上の
権利性が認められることはないと結論付けることになると思われる。しかし,控訴人らが
主張する自然公物利用権についても,私法上の権利性が認められるにふさわしい具体的内
容を持っている。すなわち,自然公物利用権の客体たる個々の自然公物は,その具体的性
質に適した利用目的と地勢のあり方から特定される。権利者は,それを性質にふさわしい
方法で利用して,快適な生活を享受する等の利益を受けることができる。例えば,公共用
水面,自然海浜,岩礁,等で海水浴,潮干狩,魚釣り,散歩,等を楽しみ,干潟に渡り鳥
が飛来し生息することを楽しむことができ,あるいは公共用水面を魚介類を保存培養させ
る水産資源として利用し収益することができる。このように,自然公物利用権の具体的内
容は,生活環境利用権と同様に慣行として古くから既に行われている環境利用により客観
的に決まっているのである。
(4) 本件において環境権の客体である高尾山及び八王子城跡は,古くから数え
切れない多くの人々に清浄な空気,静かさ(その中で感じる風のそよぎ,葉ずれの音,川
のせせらぎ,動物や虫の鳴き声),季節ごとの自然の営み,等を惜しみなく与え続けてき
た。人は視覚のみならず,触覚・聴覚・嗅覚からも高尾山の恵みを受けるのである。人々
は,登山や森林浴やバードウォッチング等のために高尾山を訪れては,高尾山から心の癒
しを得,心に潤いを与えられてきた。動植物・地形・地質・歴史の学習及び研究の場とし
て,また小学生の遠足など教育の場としての価値も高い。高尾山を何百回も歩いたという
人,高尾山のそばに居を移してしまう研究者さえいる。さらに,例えば,高尾自然体験学
習林の会では,「おもしろ体験の集い」,「シイタケの菌打ち」,「自然観察会」,等を
開催するなどの活動がなされている。このような利用は慣行として古くから続いてきたの
であり,控訴人ら主張の自然公物としての高尾山及び八王子城跡の共同利用の主な内容と
なるものである。そして,原判決が認定した景観破壊や自然環境破壊が控訴人らのこのよ
うな高尾山及び八王子城跡の自然公物利用権を侵害することは明らかである。環境権に基
づく差止請求権は認められるべきである。
10 景観権ないし景観利益に基づく差止請求
(1) 原判決は,最高裁平成18年3月30日第一小法廷判決・民集60巻3号
948頁(以下「国立景観訴訟最高裁判決」という。)について,「最高裁は,良好な景
観に近接する地域内に居住し,その恵沢を日常的に享受している者は,良好な景観が有す
る客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有するものというべきであり,これらの
者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益(景観利益)は,法律上保護に値するものと
判示したが,景観利益の内容が現時点においては景観利益を超えた「景観権」という権利
性を有するものであることを否定しているのであって,原告らが主張するように景観権を
差止請求の根拠となすことを認めていない。上記判決に従えば,差止請求をなす者は良好
な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有することが必要であると
ころ,本件において,原告らは,高尾山又は八王子城跡の良好な景観に近接する地域内に
居住し,その恵沢を日常的に享受しているとまでは認めがたく,したがって,これらの良
好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有するとは認めがたい。」
と判示した(原判決88頁)。
(2) しかし,原判決は,国立景観訴訟最高裁判決が景観利益を超えた「景観権」
を認めていないことをもって直ちに景観利益が差止請求の根拠とはならないとの結論を導
き出している点で問題がある。すなわち,国立景観訴訟最高裁判決は,① 景観利益が民
法709条の「法律上保護に値する利益」であることを認めたが,② 「私法上の権利と
いいうるような明確な実体を有するものとは認められない」として,その「権利性」を否
定し,③ 違法性の判断について,「被侵害利益である景観利益の性質と内容,当該景観
の所在地の地域環境,侵害行為の態様,程度,侵害の経過等を総合的に考察して判断すべ
き」であるとし,「景観利益の保護とこれに伴う財産権等の規制は,第一次的には,民主
的手続により定められた行政法規や当該地域の条例等によってなされることが予定されて
いる」とし,そこから「違法な侵害に当たるといえるためには,少なくとも,その侵害行
為が刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり,公序良俗や権利の濫用に該当
するものであるなど,侵害行為の態様や程度の面において社会的に容認された行為として
の相当性を欠くことが求められる」とし,④ 係争事案に上記の一般論を適用し,「大学
通り周辺の景観に近接する地域内の居住者は,……,上記景観について景観利益を有する」
ものの,(ア) 本件建物は行政法規に違反していないこと,(イ) 本件建物は相当の
容積と高さを有するが,その点を除けば外観に周囲の景観との調和を乱すような点がある
とは認めがたいこと,(ウ) その他刑罰法規,行政法規,公序良俗違反,権利濫用に該
当する事情はうかがわれないこと,から,本件建物が景観利益を違法に侵害する行為に当
たるとはいえないと結論づけたのである。したがって,国立景観訴訟最高裁判決が,「私
法上の権利」であれば差止請求が認められるが「法律上の利益」であればそうではないと
いう考え方をとったのか,景観利益には私法上の権利性はないが「法律上の利益」が認め
られるだけでも場合によっては不法行為に基づく差止請求・原状回復請求が認められると
の考え方をとったのかは必ずしも明らかではない,との評価が一般的である。
(3) 国立景観訴訟最高裁判決が「第一次的には民主的手続により定められた行
政法規や当該地域の条例等によって保護されることが予定されている」景観利益について,
「法律上保護されるべき利益」と認めたことは,「景観=公益」という従来の発想を打ち
破り,控訴人ら主張の環境権が私法上の権利として認められる途を開いたものと評価でき
る。そして,仮に私法上の権利性の点を措いて考えても,本件道路の建設が自然公園法5
6条1項等の行政法規に違反し,また,本件環境影響評価についても控訴人らが主張する
様々な瑕疵が存在することからも,本件道路の建設について不法行為に基づく差止請求が
認められてしかるべき事案であったことを原判決は見落としている。
(4) また,原判決が,「原告らは,高尾山又は八王子城跡の良好な景観に近接
する地域内に居住し,その恵沢を日常的に享受しているとまでは認めがたく,したがって,
これらの良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有するとは認
めがたい。」としている点についても,国立市の景観と高尾山及び八王子城跡の景観利益
との価値的な相違を無視している点で誤りである。前記のとおり,自然と離れては存在す
ることができないヒトにとって豊かな自然がもたらす癒しの力や生きる活力を与える力,
人格の形成や発展に及ぼす力の重要性・必要性は極めて大きい。それゆえに,この豊かな
自然との触れ合いを求めて人々は高尾山や八王子城跡を訪れるのである。このように,極
めて貴重な自然公物の利用権については,「密接な利害関係を有する」範囲も当然に広げ
て考えられるべきである。以上の点を仮に措いても,原判決は,裏高尾に居住しまさに日
常的に高尾山や八王子城跡の豊かな自然の恵沢を受けている控訴人らの存在を無視するも
のであって,不当である。
(5) また,景観利益の享受主体に地域的な限界を設けるべきか否かについては,
景観利益の内容・性質に応じて検討されるべきである。国立景観訴訟最高裁判決では,国
立市の大学通りという都市景観の破壊が問題となったのに対し,本件の高尾山や八王子城
跡のように公共財としてあらゆる人に利用の機会を提供する性質をもつ場合における自然
的・歴史的・文化的な景観については,その恵沢を享受する個人であれば誰でもその個人
的利益が法的保護を受けるものとして認められるべきである。前記の環境基本法3条に定
める基本理念に加え,同法14条で定める国家施策の指針として,① 人の健康が保護さ
れ,及び生活環境が保全され,並びに自然環境が適正に保全されるよう,環境の自然的構
成要素が良好な状態に保持されること,② 生物多様性が保全されること,③ 人と自然
との豊かな触れ合いが保たれること,が求められており,当該自然は,人為が加わった調
和的な歴史的自然も含まれるから,自然的構成要素はもちろん,歴史的構成要素も個人の
享受利益として法的保護の対象となる。したがって,本件の場合の歴史的文化的自然景観
の利益享受主体については,都市景観とは異なり,場所的な近接性や利益享受の日常性が
必須要件とはならないというべきである。とりわけ国史跡である八王子城跡の文化遺産的
価値や国定公園である高尾山の自然的・文化的な価値は,その利益が広範に提供されるべ
きものとして形成されており,また,その価値が一時的に触れ合うだけであっても利益享
受者にとっては極めて貴重なものなのである。
(6) 以上のとおり,控訴人らの景観利益は,いずれも法律上保護に値するもの
である。しかも,当該個人的利益は,客観的に高度の自然的・歴史的・文化的な価値を基
礎としており,現在人にとどまらず過去長年にわたって多数人に当該景観利益を提供して
きた価値と未来の世代に引き続き提供し続ける価値とを持っている極めて高度の公益性を
備えたものとして,2重の利益構造を有している。また,違法性の解釈に当たっては,国
立景観訴訟最高裁判決の事案における私権相互の対立と異なり,景観利益が持つ個人的利
益と公益的利益とを考慮した利益衡量が求められる。すなわち,本件における景観利益は,
第一次的には,被控訴人国や東京都が将来の世代や国民・都民のために保全の責任を担っ
ているものであり,また,景観利益享受者に対して人と自然との豊かな触れ合いを確保す
る責務を担っている関係にある。他方で,加害行為である圏央道の建設事業については,
それ自体の公益性が確保される必要があるだけでなく,多様な個人的な景観利益を内包す
る高尾山の公益的利益を凌駕する公益的価値を有するかが問われなければならない。しか
し,後記のとおり,圏央道の建設事業についての公益性はなんら裏付けがなく,少なくと
も高尾山の上記公益的利益に比肩するような公益性は全くないのであり,しかも,圏央道
の建設事業は,その事業認定が違法であるだけでなく,自然公園法,文化財保護法,東京
都環境影響評価条例,等の行政法規にも違反するものであるから,その侵害行為の違法性
も顕著である。
したがって,国立景観訴訟最高裁判決の趣旨を合目的的に解すれば,被控訴人
らによる景観利益の侵害を理由とする控訴人らの差止請求は認容されるべきである。
11 土地所有権,土地賃借権及び立木所有権に基づく差止請求
原判決は,「本件道路の建設工事により,第1原告Aらの土地又は土地利用権に
……自然生態系や景観への侵害を超えた損害が生じると認めるに足りる証拠はなく,上記
原告らの差止請求は認められない。」と判断した(原判決90頁)。
しかし,この判断は,土地所有権によって保護されるべき利益について狭く捉え
ている点で問題がある。確かに,土地所有権によって保護されるべき利益は,所有者の人
格的利益とは区別される経済的利益であるが,地域の性質から人の居住等に利用されるの
が適当な土地の経済的利益には,居住すべき人の生命や健康等の人格的利益に対応した利
益が当然に含まれている。したがって,その土地の居住者の人格権を侵害するような行為
は,土地所有権をも侵害することになる。土地所有権は,一定の良好な条件を整えた環境
の享受をも保護内容とするのである。
12 圏央道の公共性・公益性
(1) 広域的視点からの公共性・公益性の欠如
ア 原判決は,「圏央道の整備の目的」として,「圏央道は,地域間の交流を拡
大し,地域経済及び地域産業の活性化を促すとともに,都心部への交通の集中を緩和し,
都心部一極集中型から多極分散型への転換による首都圏全体の調和のとれた発展に貢献す
ること等を目的に計画された環状道路であり,外環道,中央環状線等とともに,都心部の
多数の慢性的な渋滞や沿道環境の悪化等を大幅に解消するための道路として,位置づけら
れてきた。」とする(原判決75頁以下)。
しかし,この判断は,被控訴人らの主張を引用したに過ぎない。被控訴人ら
は,圏央道が都心から約40ないし60キロメートル圏に位置する都市を相互に連絡する
ことにより,都心部への交通の集中が緩和されると主張してきたが,圏央道の建設に賛成
していた石原舜介東京工業大学工学部教授(当時)の論文(昭和59年6月に雑誌「高速
道路と自動車」に掲載されたもの(甲170)。以下「石原論文」という。)によれば,
「単に東京に集中する交通をバイパスして都心に乗り入れる交通を緩和するための目的で
あるならば,東京都心から40ないし50kmにあるのではあまり役に立たず,むしろ外
郭環状道路のほうがより効果を上げることができる」とされ,また,「横浜から見ると,
首都圏中央連絡道路の機能は,環状ではなく,放射的性格を持つ。」ともされている。同
教授は,圏央道を業務核都市を育成するための放射的性格を持つ道路と位置づけており,
圏央道のバイパス効果は限りなく小さいという点を指摘しているのである。また,原判決
は,事業評価監視委員会による再評価に言及した上で,「圏央道の位置づけ自体は変わっ
ていないと認められる。」として,圏央道の整備効果に関する被控訴人らの主張が現在も
正しいものと判断しているが,事業評価監視委員会自体が事業推進ありきという結論を出
すための行政の追認機関であるという点を看過しており,「圏央道の位置づけ自体は変わ
っていない」ことこそが不合理であるというべきである。高度成長期に計画された計画が
今なお有効であるのか,人口も減少に転じ,低成長の時代に入り,環境問題が重要課題と
なり,とりわけ,地球温暖化対策が焦眉の課題の現在,道路政策はむしろ見直されなけれ
ばならないのである。この点,原判決は,一般論として「既定の道路整備事業も含め柔軟
に見直されるべきものである。」とするのみで,「見直されるべきもの」が見直されなか
ったのはなぜか,なされた再評価においてなぜ見直しがされなかったのかについて,何ら
判断しておらず,不当である。
イ 原判決は,圏央道が「外環道,中央環状線とともに都市部の交通混雑を緩和
する」として,「圏央道の整備が及ぼす首都高速道路東京線への効果について,外環道及
び中央環状線等の道路の整備状況を前提に,被告らが試算した結果は,平日昼間の平均走
行速度については,平成9年度の時点では40km/時であったのに対して,平成14年
度は46km/時に向上するというものであり,渋滞損失時間(実際にかかる時間と規制
速度で走行した場合にかかる時間との差)については,平成9年度の時点では10万台時
/日であったのに対し,平成14年度は6万台時/日に減少するというものである。」と
認定している(原判決76頁以下)。
しかし,これも被控訴人らの主張を引用しただけのものであり,その当時に
おける被控訴人らの単なる予測に過ぎず,道路整備も予定通り進んでいない状況では,こ
れらの数値も検証のしようがない。
ウ 原判決は,「圏央道自体に交通需要が認められる」として,「一般国道16
号以遠(16号が通過する市町村を含む。)に起点及び終点を持つ交通については,交通
量で35%に相当する15万台/日,走行量で48%に相当する448万台キロメートル
/日であり,圏央道以遠(圏央道が通過する市町村を含む。)に起点及び終点を持つ交通
については,交通量で10%に相当する4万台/日,走行量で14%に相当する132万
台キロメートル/日となっている。これらの交通の相当程度は,圏央道が整備されること
により,東京都区部を通過することなく起点から終点に到達することが可能となると推認
できる。」とする(原判決77頁)。
しかし,原判決は,なぜ一般国道16号の外外交通が圏央道を利用すると断
定するのかその根拠を示していない。3環状(都心環状線を含めれば4環状)が完成した
ときにそれぞれの環状道路に転換する通過交通がどの程度あるかについて被控訴人らは一
切示したことはないにもかかわらず,原判決は,圏央道にもその内側の一般国道16号の
外側からの通過交通が「相当程度」転換すると決めつけ,一体どの程度が転換するのか具
体的な説明もない。被控訴人らでさえ,圏央道に転換するのは主として圏央道の外外交通
であると認めており,内側からは立川,相模原など一部の圏央道に近いところから転換す
る可能性があるとしているに過ぎない。一口に「一般国道16号以遠」といっても,埼玉
県や特に千葉県では一般国道16号と圏央道との距離はかなり離れている。この点,圏央
道促進論者である清水草一氏による「首都高はなぜ渋滞するのか!?」(甲318)によ
れば,「東に行けば行くほど,圏央道は都心から遠く離れて行く。西側では5キロから1
0キロだった国道16号線との間隔が,東北道では約13キロ,常磐道では約23キロ,
東関東道ではなんと約30キロにまで広がっている。」(167頁)とされており,それ
にもかかわらず,これをすべてひとくくりにして転換の可能性を論ずることは極めて大雑
把であり,不合理であるし,また,埼玉県では東部においてすでに外環道が完成している
ことを原判決は考慮していない。他方,多摩地域では一般国道16号と圏央道は接近して
おり,八王子などは一般国道16号及び圏央道以遠の地域に入っているから,せいぜい一
般国道16号と圏央道の距離が比較的近い南多摩,神奈川県の一部が追加的に転換可能な
地域であるに過ぎない(しかも,それが有料の圏央道に必ず転換する保証はない。)。千
葉県では,前記のとおり,一般国道16号と圏央道は離れており,圏央道への転換は考え
られない(南部では海岸に近くなる上,館山自動車道という高速道路が既にできている。
北部では千葉市内を通過するなど交通量の多い地域を通るが,これらの地域から都区部を
通過する交通が圏央道に転換するとは考えられない。)。神奈川県には,一般国道16号
と圏央道の間には交通量の多い地域があるが,都心方向に向かうには首都高速湾岸線や横
羽線などがあり,圏央道のごく近くを起点又は終点とするものを除いてわざわざ圏央道を
通る必要は少ない。原判決が指摘する「走行量448万台キロメートル/日,交通量15
万台/日」という数値は,多いようにも思われるが,その中身を検証すれば,上記のとお
り,転換可能性のある交通量は限られているというべきである。
エ 原判決は,「交通混雑の原因としては当然のことながら,自動車が都心部を
走行する距離にも関係してくるところ,圏央道以遠に起点及び終点を持つ通過交通は,そ
れ以外の交通と比較して走行距離が長いという交通特性を有するものであるから,圏央道
へ転換される効果も大きいものであって,単純な交通量の割合で転換の効果を論じるのは
相当ではない。」としている(原判決78頁)。
しかし,走行量と渋滞量を関係づけた文献はなく,渋滞は,個別の交通隘路
における交通容量を超える交通量が時間的に集中することによって起こるのであるから,
論理的にも走行量と渋滞量は無関係である。一日の総走行量には,渋滞していない時間帯
の走行量や渋滞していない区間の走行量も含まれるのであるから,その関係は薄いという
べきである。
オ 原判決は,「通常,通行する道路を選択する場合には,出発地と目的地の距
離だけでなく,所要時間等を総合して検討するのであって,最短距離となるルートを常に
選択するわけではない。東京都や埼玉県のように,圏央道と一般国道16号が近接してい
る地域については,都区部通過交通から圏央道に転換する場合には,圏央道以遠に起点及
び終点を持つ都区部通過交通だけでなく,圏央道の内側,特に,一般国道16号以遠にあ
る地域と同地域又は圏央道以遠とを結ぶ都区部通過交通も多く含まれると考えられるので
あって,圏央道以遠に起点及び終点を持つ交通のみが圏央道に転換し得る交通であると限
定するのは妥当でない。」とする(原判決78頁)。
これは,外環道や首都高速を通るのが最短距離であっても,圏央道を通った
方が早く行ける場合もあるという理解であるが,そのような場合が多いとの推測には根拠
がない。そもそも,圏央道内側からいったん圏央道へ出て,改めて圏央道内側に戻るよう
な場合,アプローチ距離(圏央道に行くまでのアクセス距離と圏央道から目的地に行くま
でのイグレス距離の合計)は相当長くなるはずである。にもかかわらず,外環道や中央環
状線を通るよりもなお圏央道を通るほうが早いほど外環道や中央環状線が渋滞していると
いうようなことが常時起こるとは想定されないはずである。人口減少社会が到来する中で,
首都高も中央環状線ができれば渋滞の60パーセントは解消するとされており(甲319)
,外環道の報告書でも,圏央道外側の交通でさえ,圏央道ではなく,あえて外環道を通る
ケースが想定されている。最短距離ではなく最速ルートを選ぶというのは,一見その通り
であるが,実際には料金も加味されなければならないのである。外環道の均一料金(現行
500円)に対して圏央道は料金が高く,値下げ要求に応じて社会実験と称した割引を行
っているくらいであり,料金抵抗を考慮してもなお圏央道が選ばれることが「多い」とす
る根拠はない。この点,原判決も,「都心からより近い外環道の方が,より都区部の渋滞
緩和効果をあげるであろうことも推認される。」と認めているのであり(原判決79頁),
そうであるならば,外環道を利用せずにあえて遠回りの圏央道を利用するような場合が
「多い」ことについての合理的な根拠と説明が必要なはずであるが,原判決はそのような
根拠を示さず,単に結論を示しているのみである。
カ 圏央道に都区部通過交通がどの程度転換するかという問題は,実際には末梢
的な問題に過ぎない。渋滞に関する交通工学の理論によれば,渋滞緩和のために新しく道
路をつくる必要はない。「「交通渋滞」徹底解剖」(大口敬編著 交通工学研究会発行
(平成17年8月)。甲320。)によれば,「どの程度車を減らせば渋滞はなくなるの?
」の節で,「結論から言えば,車を減らす必要はない。」とされている。1日の単位でみ
れば,交通容量は交通量より大きく,渋滞が日を越えて持ち越されることはない。交通需
要の「時空間的集中」が交通渋滞発生の本質」なのである(甲320・27~28頁)。
また,「渋滞のメカニズムと対策」(越正毅ほか・生産研究41巻10号。甲321。)
によれば,その集中の度合いは,1時間単位でみると,「交通需要が交通容量を超過する
割合は数%~十数%程度である」とされ,したがって,その解決の方策として,「ある時
間帯で超過している数%~数十%の交通量を前後の時間帯にずらすことができれば交通渋
滞は解消してしまう」のである。このような交通需要管理の技術の研究は進んでおり,文
献も多く刊行されている。圏央道を建設しなくても,このような交通需要管理の手法を活
用すれば渋滞解消は可能なのである。原判決は,このような交通需要管理についても一部
肯定的な姿勢をとりつつも,結局は安易に道路整備の必要性を認めており,不当というべ
きである。
キ 以上のとおり,圏央道の建設により都区部通過交通の「相当程度」の迂回効
果が得られるとする原判決の認定には根拠がない。被控訴人らが依拠する首都高速の走行
量(24時間交通量に区間距離を乗じたものの合計)は,1551万台キロメートル(平
成11年)であるが,平成17年の首都高速の走行量は1422万台キロメートルとなっ
ており,既に8.3パーセントの走行量の減少が認められる(甲322)。走行量の減少
は交通量の減少によるものである。すなわち,断面交通量の合計は,平成11年の205
万8598台から平成17年には195万1296台へと5.2パーセント減少している
(甲322。観測地点が異なる場所があるので,両年で共通の観測地点23箇所を合計。)
。警視庁の統計(甲323)でも,全日平均の通行台数は,平成11年度には85万60
00台であったものが,平成17年度には83万台になっている。このように,8.3パー
セントもの走行量が実際に減少しても,首都高速の渋滞が解消されているわけではない。
すなわち,下表のとおり(出典は,平成17年及び18年の警視庁交通年鑑。単位はキロ
メートル。),平成11年から平成17年までを見ても,首都高速の平日平均の渋滞距離
は一時減少したが,その後横這いから微増傾向にあるのである。
渋滞距離 km当たり渋滞距離
測定区間 363km 403km 363km 403km
1999(年) 78 0.19
2000 83 86 0.23 0.21
2001 74 78 0.20 0.19
2002 71 75 0.20 0.19
2003 72 76 0.20 0.19
2004 77 80 0.21 0.20
2005 80 0.22
2006 79 0.22
巨費を投じて圏央道を建設しても,被控訴人らの計算でも8.3パーセント
の走行量を減らすことは到底できないが,仮に走行量を減らしたとしても,首都高速の渋
滞が解消されるわけではない。混雑度,混雑時平均旅行速度を平成11年と平成17年で
比較すると,平均値で見ると,混雑度は減少しているが,旅行速度が上昇しているわけで
はなく(平均旅行速度が高いほどスムーズに交通が流れていることを意味する。),走行
量が減少しても,平均旅行速度は7~9パーセントも減少しているのである(甲322)。
首都高速の走行量の減少は,交通量の減少によるものであるが,渋滞は個別事情に依存す
る点が大きいため,交通量の減少も旅行速度や混雑度の変化と対応しているわけではない
のである(むしろ,ソフトな手法である平成18年6月からの違法駐車の取締りの強化に
より,一般道路の渋滞距離は大きく減少している。すなわち,警視庁の統計によれば,平
成11年の都内の一般道路の渋滞量は296キロメートルであったが,平成18年には2
08キロメートルとなり,約3割ほど短縮された。また,上記の取締り強化の施行1年後
の効果として,主要10路線での渋滞長は25パーセントも減少し,平均走行時間は8パー
セント減少したとされている(甲324の1,2)。)。したがって,圏央道への迂回に
よって交通量・走行量を多少減少させることができたとしても,渋滞緩和には役立たない
のである。
ク 甲第277号証によれば,都心部を通過する交通のうち,その走行距離が2
0キロメートル以上の交通は約25万台とみられるが(甲277・24頁),そのうち,
圏央道の外から来て都区部を通り圏央道の外に抜ける外外交通は,4万台/日である(甲
277・27頁)。これは,問題とされている都心部通過交通のうち圏央道に転換する可
能性のある理論上最大の交通量であるが,これでも都区部交通量705万台/日のわずか
0.6パーセントに過ぎず,かつ,この4万台がすべて圏央道を利用するわけではなく,
千葉県から神奈川県や静岡県以西に行くような交通は,アクアライン又は湾岸線を利用す
ると考えられ,実際の圏央道の建設による都心部の渋滞緩和の効果はせいぜい1万数千台
/日程度に過ぎず,これは,都区部交通量705万台/日の約0.2パーセント程度に過
ぎないものである。
ケ なお,圏央道よりも都区部の渋滞緩和に直接的・具体的な効果を持っている
中央環状線のうち,未開通部分であった池袋から新宿までの間が開通し(平成19年12
月22日),新宿渋谷線が開通し(平成22年3月28日),そして,品川線が開通する
ことによって(平成25年度開通予定),首都高速の渋滞の相当程度が解消され又は更な
る解消が見込まれている。これに対し,圏央道八王子ジャンクションの開通(平成19年
6月)前後による首都高速の渋滞量の変化に関するデータはないのであり(甲488の1
~7),この点からも圏央道による都区部の渋滞緩和効果は疑問である。
コ なお,平成19年6月の八王子ジャンクションの開通による環状道路機能の
効果について,被控訴人らは,平成19年7月2日付け記者発表(乙187。以下「7月
記者発表」という。)では,開通効果が都心側に及んだと発表したが(乙187・1枚目
上から3つ目の○),同月30日に開催された第3回「圏央道開通の効果を地域と考える
懇談会」の資料2(甲333。以下「懇談会資料2」という。)では,乙第187号証と
同様の図を用いているにもかかわらず,「都心側の交通量は減少しています。」という説
明文を削除しており,これは,都心側の交通量には変化がなかったことを示すものである。
また,被控訴人らが圏央道による環状道路機能が発揮されていることの根拠として挙げる
乙第185号証の交通量データ(一般国道16号の昭島市小荷田交差点における八王子ジ
ャンクション開通前後の交通量調査結果)は,平成19年12月17日に訂正発表されて
いるが(甲329),訂正後のデータの測定根拠が明らかでなく,その検証は不可能であ
るが,これによっても八王子ジャンクションからあきる野インターチェンジまでの区間の
整備効果について有意な交通量の差はなく,これが環状道路機能が発揮されている根拠と
なることはなく,このように後に根拠も明らかでない訂正がされた交通量データからなる
乙第185号証は,証拠としての価値が低いというべきである。
(2) 地域的視点からの公共性・公益性の欠如
ア 原判決は,自動車保有台数が増えると交通量が増加するという理解をしてい
るようであるが,自動車保有台数の増加が交通量及び交通事故の増加にはつながらないの
である(自動車の保有台数自体も横這い又は減少傾向にある(甲492,493)。)。
また,原判決は,平成11年度道路交通センサス(以下,「道路交通センサス」を単に
「交通センサス」という。)の交通量データを示し,一般国道16号の八王子市滝山町一
丁目の交通量の伸びが大きいとし,また,滝山町一丁目の混雑度が控訴人らが主張する1.
4であったとしても高い混雑度を示していることになると認定している。この点,被控訴
人らは2.25という混雑度の数値を主張していたにもかかわらず,原判決は,「いずれ
にせよ,」として,この点についての判断を避けている(原判決81頁)。そもそも,混
雑度という概念自体が自由に操作可能な無意味な数値・概念であるが,滝山町一丁目は現
実には渋滞していない状況にあり,上記の被控訴人らの主張する混雑度の数値は,現実と
合っていない。すなわち,滝山町一丁目の一般国道16号沿道には,F三多摩店,G東京
支店集配センター(多摩),H西東京ベース店,I八王子総合物流センター・八王子支店
配送センター,という運送会社の事業所が実に4か所も存在している。FとHは約20年
前から,Iは13年前から,そしてGは約8年前から営業している。もし混雑度が示すよ
うな渋滞が発生している場所であるならば,運送会社は立地しないはずであり,また,事
業運営上致命的な問題であるから,移転を検討するはずである。事業認定申請書にある滝
山町一丁目の混雑度は,現実を反映していない間違ったものであり,滝山町一丁目の交通
量が増加し,交通渋滞が生じているという原判決の判断は誤っている。
イ 原判決は,前記平成11年の交通センサスのデータを基に,一般国道16号
の大型車混入率が高いとし,圏央道による迂回効果を期待しているが,圏央道開通区間で
ある東京都西多摩郡瑞穂町二本木の大型車混入率は,平成11年の交通センサスで45.
8パーセント,平成17年の交通センサスで46.8パーセントと高いままとなっている。
大型車混入率は,平成6年で50.2パーセント,平成9年で49.4パーセントと減少
しているようであるが,12時間交通量と大型車混入率から12時間大型車交通量を計算
すると,平成6年から平成9年にかけて大幅に増加し,平成9年から平成11年までは横
這いであるが,平成17年になると増加している。全国的に貨物車は減少している傾向に
あるが,一般国道16号を通る大型車は圏央道が延伸しても減少していないことから,一
般国道16号の大型車は圏央道には迂回していないことが分かるのである。料金に敏感な
経済合理的な事業者は,容易に有料道路を利用するものではない。
ウ 原判決は,乙第83号証に依拠し,一般国道16号の交通事故が平成13年
にかけて増加していると認定しているが,乙第83号証は,その出典・根拠が不明である。
エ 原判決は,「現在既に行われている一般国道16号や一般国道411号の拡
幅工事やバイパス工事により,交通渋滞,交通事故の増加傾向等の交通問題が,一定程度,
緩和していることが認められるが,一般国道16号や一般国道411号に関する既存の整
備計画によって,上記の交通問題が完全に解消しているとまでは認められず,圏央道の建
設によって予想される上記効果を否定するものではない。」とするが(原判決82頁),
地域的な視点で見ても,圏央道による交通問題の緩和が合理的に説明されたことはない。
原判決は乙第77号証や乙第78号証に依拠しているが,これは事業認定のために示され
た単なる期待値に過ぎず,合理的な根拠を有するものではない。特に,乙第78号証の3
45頁には,圏央道整備による幹線道路の交通量減少効果として「圏央道全線整備後の効
果として,国道16号の交通量が20%減少する。圏央道内側(23区を除く)の交通量
は約16%減少する。」と記載されているが,圏央道内側(23区を除く)の交通量の定
義,どの幹線道路の交通量がどの位減るのかも不明であり,根拠も全く示されていないも
のである。現に,一般国道16号等の既存の道路の整備計画の実施等(一般国道16号の
瑞穂町箱根崎西交差点の立体化,八王子~瑞穂間拡幅工事,無料化社会実験,一般国道4
11号の新滝山街道の整備,等)によって,既に交通混雑の緩和,解消が進んでいるので
ある(甲495~502)。
オ 原判決が認定した鶴ヶ島ジャンクション~青梅インターチェンジ,青梅イン
ターチェンジ~日の出インターチェンジ,日の出インターチェンジ~あきる野インターチ
ェンジの整備効果は,そもそも圏央道の延伸効果ではない。開通区間末端のインターチェ
ンジには交通が集中するが,その集中交通の一部は,そこからさらに圏央道が延伸すると
その末端のインターチェンジに移る。この延伸による交通量の変動を整備効果とするのは,
いわばマッチポンプに過ぎない。延伸の有無ではなく,圏央道の有無で比較するべきであ
り,青梅インターチェンジ開通の前からの交通量データの経年変化を生活道路,幹線道路
について明らかにすることが圏央道の整備効果を示す唯一の方法というべきであり,この
点が明らかにされない限り,圏央道の整備効果,圏央道の公共性についての合理的な説明
はされていないというべきである。
カ 被控訴人らは,乙第89号証において,青梅市今井三丁目と羽村市小作台の
都道の2地点の交通量の減少を示し,青梅インターチェンジ周辺の生活道路における交通
量が減少したと主張する。しかし,実際には,青梅インターチェンジ周辺の7地点での平
成11年と平成17年の交通センサスの交通量(24時間)を比較すると,すべての地点
で平成17年の交通量が増加している。このように,周辺都道の交通量が減少していない
ことから,日の出インターチェンジの開通と青梅インターチェンジ周辺の交通量は無関係
であり,何ら開通効果は得られていないというべきである。少なくとも,乙第89号証に
示された開通前後の都道2地点の交通量の減少は,きわめて限定された価値のない観測値
に過ぎず,このような交通量の比較では正しい交通状況の変化を把握することは不可能で
ある。
キ 被控訴人らは,平成19年6月23日に開通した八王子ジャンクションから
あきる野インターチェンジまでの区間における圏央道の開通直後の整備効果を主張するが,
① 一般国道411号の八王子市丹木町三丁目の交通量の減少は,圏央道の延伸によって
あきる野インターチェンジの出入り交通量が減少したことによるもので,圏央道建設前と
比べれば増加しており,圏央道の整備効果とはいえず,② 一般国道16号の昭島市小荷
田交差点における大型車交通量,渋滞長の減少等については,日変動を含んでいる1日だ
けの比較であり,直ちに圏央道の整備効果と結びつけることはできず,また,控訴人らが
警視庁から得た交通量データから考えると,小荷田交差点の交通量データには大きな疑問
があり,同じ日の圏央道の大型車交通が1100台増加している資料もなく,被控訴人ら
の主張は信頼できない。
ク 原判決は,「八王子ジャンクションから青梅インターチェンジまでの区間が
供用開始された場合,……,また八王子市から厚木市まで43分の,それぞれ時間の短縮
効果があると推計されている。」としているが(原判決84~85頁),これは,圏央道
が全線開通した場合の時間短縮効果とされており(乙93の2・15頁),明らかな誤り
である。また,圏央道の開通効果は,その料金からも大いに疑問視されている。八王子市
長や八王子市議会は,圏央道促進の立場で開通効果に期待していたが,料金が高いとして
開通イベントに欠席するなどして料金引き下げを求め,社会実験として料金が引き下げら
れたが,八王子から青梅に行くには中央道,圏央道と三角形の2辺を走行する必要がある
ため,料金を引き下げても950円であり,八王子~青梅間の時間短縮効果は絵に描いた
餅というべきである。
ケ 原判決は,前記のとおり,圏央道の整備による地域経済,地域産業の活性化
が期待できるとするが,道路を整備すると,その道路によって接続された経済的競争力が
高い地域が道路沿いの経済力の弱い地域の活力を吸い上げてしまうという現象(ストロー
効果)が生ずるのであり,圏央道が地域の経済や産業を活性化する要因となるとはいえな
いのである(甲507~509)。
13 費用便益分析
(1) 原判決は,事業費の増加膨張の程度は不明であるが被控訴人らの行った費
用便益分析は費用便益分析マニュアルに基づいてされたものであるから「一応,合理的な
ものと推定できる。」としている(原判決85頁)。
しかし,控訴人らが原審でも主張したとおり,「費用」側で大部分を占める事
業費については,被控訴人らが算定に用いた推定事業費に対して,既開通区間の実績事業
費は既に5300億円と約1.5倍近くに膨張していること(甲274の20),他方で,
「便益」については,事業者が採用している推計手法によるリンク旅行時間が過大な推計
であること(甲274の1の1・8頁以下),誘発交通を考慮していないこと,により,
過大な推計となっており,実際には,便益が約4分の1ないしはそれ以下に低下するから
(甲274の1の1・19頁以下),費用便益分析マニュアルによったとしても,費用便
益比(BCR)は1.0を下回っている可能性が高く,被控訴人らの費用便益分析を合理
的であると認める根拠はない(費用便益比が1.0を下回る場合には,国土交通省によっ
ても,事業を行うべきではないとされている(甲436,437)。)。また,「コンク
リートより人へ」を掲げる新政権の誕生もあり,現在では,そもそも公共事業に対する
「公益性」の考え方自体が大きく変化しているのである。
(2) また,被控訴人らの費用便益分析については,① 本件事業の費用便
益比が1.0を超え,公益性を有することの立証責任は,証明の公平な負担の見地から,
被控訴人らが負うものと解すべきであるにもかかわらず,費用便益分析に用いた道路網や
リンクごとの交通量などについてのデータの開示を被控訴人らが拒んでいること,② 費
用便益分析についてコンサルタント会社(株式会社J)に対する丸投げ的な業務委託をし,
同社の作業内容を確認していないこと,③ その信用性を疑わせる(費用便益分析マニュ
アル(甲439の8)どおりに分析せずに恣意的に分析していることを疑わせる)種々の
疑惑が存在すること(具体的には,Ⅰ 交通事故件数が過大であり,交通事故減少便益算
定式が誤っている疑惑,Ⅱ 走行時間短縮便益の算定において,節約時間の計算結果が過
大であったのを時間価値原単位を最小とすることによって調整した疑惑,Ⅲ 交通量推計
の配分手法につき,旅行時間を過大推計する傾向のあるQV式(各道路に段階的に配分さ
れる交通量(Q)によって,その道路の速度(V)を低減させ,各ルート間の競合性と各
道路の容量を考慮するもの。)を用いながら,QV式を用いた理由やデータを明らかにし
ない疑惑,Ⅳ 便益を水増しして過大に見積もっている疑惑,等。),④ 控訴人らが情
報公開法により取得した費用便益分析に関する資料(甲468の1~甲476)と別件訴
訟における国土交通省の担当者による説明に食い違いがあること(コンサルタント会社か
ら業務委託の結果納品された成果物,費用便益分析の対象区域,将来OD表の作成主体,
相模原インターチェンジから海老名北インターチェンジまでの交通量推計の不存在),⑤
便益を過大に出していること(具体的には,Ⅰ 将来交通需要予測が過大であり(平成
20年,国土交通省は,2020年代の予測交通量を最大13パーセント下方修正せざる
を得なくなった(甲477)。),Ⅱ 走行時間短縮の金額に換算する車種別の時間価値
が異常に高く(平成20年,国土交通省は,費用便益分析マニュアルを改訂し,車種別の
時間価値を約3割減額せざるを得なくなった。),Ⅲ 建設費の増大を見込まず(八王子
ジャンクションから青梅インターチェンジまでの建設費は,平成18年度までで1500
億円増加している(甲414,480,481)。),Ⅳ 分析対象道路網を広大にとっ
ている(八王子ジャンクションと愛川との間の費用便益分析では,対象道路全体の119
80.3キロメートルのうち,その他の道路の合計は11883.1キロメートルと99
パーセントを占め,平成42年度の走行時間短縮便益(644.44億円)の94パーセ
ント(624.68億円)がその他の道路の便益となっている(しかも,走行時間短縮は
誤差の範囲ともいうべき平均12秒以下である。)(甲356)。),等の要因による。)
,などの問題があり,信用性に欠ける。
(3) 別訴(高尾山事業認定取消訴訟)においてK教授が指摘したように(甲4
24),控訴人らの費用便益分析には,さらに,以下のような多くの問題がある。
すなわち,① 費用便益分析について,公開されているデータが不完全なため,
再評価・再測定が不可能であり,第三者による検証可能性がなく,科学的分析とはいえな
い。② 「社会的費用便益分析」(Social Cost Benefit Anal
ysis)を厳密に適用していない。走行時間短縮と走行費用短縮といういわば財務分析
にとどまっている。交通事故による社会的費用の減少のみが評価・測定されており,大気
汚染による社会的費用の評価・測定が全く考慮されていない。道路の価格は,P=Cp
(走行費用)+Ct(時間の現在価値費用)+Cs(安全の社会的費用)+Ce(環境汚
染の社会的費用)の数式で計られるべきである。③ 費用便益分析の適用報告書では,
「整備なし」と「整備あり」という用語を用いており,あたかもWith and Wi
thout Comparison Method(プロジェクトを実施した場合と実施
しなかった場合との比較方法)を用いているかのようであるが,実は,Before a
nd After Comparison Method(プロジェクトの前と後の比較
方法)を用いている。なぜならば,「整備あり」の場合に,外環道の完成や首都圏の交通
ネットワーク整備をも前提にしており,After the Projectとの比較方
法を採用しているからである。圏央道の区間ごとのプロジェクト評価を行う場合,その区
間ごとのプロジェクトが完成した場合の影響のみを評価・測定するように修正しなければ
ならない。④ 費用便益分析の適用報告書では,Modefied Origin Ap
proach(修正オリジン法。プロジェクトの評価を実施する場合には,基本的に直接
的な影響を評価・測定し,間接的な影響は,直接的な影響では考慮できないもののみを修
正するという考え方。)が採用されていない。間接的な影響を受ける外環道や首都圏交通
網まで含めているのは,過大評価であり,誤りである。⑤ 費用便益分析の適用報告書で
は,純便益の評価・測定法として,消費者余剰の増大分の評価・測定という方法論を正し
く選択しておらず,過大評価を行っている(道路投資による通行料金の上昇による需要の
減少と,道路投資による通行量の増大による需要増大との相関関係での消費者余剰の増大
分を正しく評価・測定していない。)。⑥ 圏央道と一体となる首都圏の環状道路網の一
環として計画された東京湾アクアラインでは,純便益の現在価値は,約1兆0366億円
のマイナスであり,費用便益比は0.180と1よりはるかに小さい結果となる(甲42
5)。⑦ 圏央道は,厳密な社会的費用便益分析による評価・測定を行えば,建設を中止
すべき道路事業に入る可能性が大きい。⑧ 本来の交通需要予測は,道路交通だけでなく,
鉄道,船,歩行,自転車などすべての交通手段による交通需要予測から道路配分交通量を
予測して分析するものであるが,被控訴人らの費用便益分析の前提である交通需要予測は,
道路交通のOD表に基づくものしか対象としていない点で不十分である。
(4) ミープランは,イギリスのケンブリッジ大学のマーシャル・エシェニック
教授の研究チームにより1978年に開発されたコンピューター・システムであるが,都
市・地域活動をシミュレーションする経済計量システムとして,また,その関連では世界
唯一の商業ベースのシステムとして,既に30年間にわたって世界各国で実用的な目的で
使われ,実績を上げている。このミープランは,都市の活動,すなわち,考察する都市地
域における世帯や一次・二次・三次の各産業(工場・会社・店舗及びそれらの雇用)が土
地利用という観点から見て地域内の経済バランスを保つべく一体どこに立地するのか,ま
た,その間の道路や鉄道等公共輸送を使った交通ネットワークを人が移動する際その移動
の総費用という経済的観点から見てどの道路あるいはどの鉄道路線等をどう利用するのか,
といった経済・社会における土地利用と交通という都市活動を,今までの経済・社会理論,
統計数学などを基に,ミープランコンピューター内で動かしてみせるシステムであるが,
これによれば,圏央道の八王子ジャンクションから相模原インターチェンジまでの費用便
益比(平成42年を基準とする。)は0.38となり({走行時間短縮便益712億円+
走行費用減少便益601億円+交通事故減少便益164億円}÷総費用3861億円≒0.
38。甲429。),1.0を大きく下回るから,建設を中止すべき道路事業に入ること
が明らかである。
14 行政法規違反
(1) 文化財保護法違反
原判決は,「少なくとも,観測孔2の水位低下のほか,平成18年1月以降の
御主殿の滝涸れについては,八王子城跡トンネル工事が影響を与えているものと推認でき
る。」と判示し(原判決61頁),「八王子城跡トンネル工事により,観測孔2の水位低
下及び御主殿の滝涸れが発生し,オオタカが営巣を放棄した。このように高尾山や八王子
城跡の自然生態系や景観が損なわれていることは否定できない。」と判示した(原判決8
6頁)。旧文化財保護法91条2項(現文化財保護法168条1項1号)は,「各省各庁
の長以外の国の機関が,重要文化財又は史跡名勝天然記念物の現状を変更し,又はその保
存に影響を及ぼす行為をしようとするときは,あらかじめ,文化庁長官の同意を求めなけ
ればならない。」と定めているところ,原判決は,上記認定によって,本件事業に関する
平成10年と平成13年の文化庁長官の同意が,本件工事により史跡である八王子城跡を
毀損するおそれについて,同意の当時に既に懸念され各方面から指摘されていたにもかか
わらず,これを軽視し,そのおそれについて十分に検討することなくなされたものである
こと,したがって,同意について定めた上記規定に実質的に違反するものであることを示
唆しているのである。文化庁長官は,上記の同意に際して,旧文化財保護法91条5項
(現文化財保護法168条5項)に基づき,「八王子城跡の現状を変更しない」旨を勧告
していた。したがって,同規定によれば,文化庁長官が勧告した条件に反する結果が生じ
た場合,当該国の機関は直ちに文化庁長官の同意を得た措置を中止し,当該条件を満たす
ことができるようになるまで当該措置を再開することが許されないものと解すべきである。
本件において,史跡としての八王子城跡の毀損という八王子城跡の現状に極めて重大かつ
深刻な変更が生じた以上,万全な対策の目処が立たないままに工事の再開をすることは許
されないはずである。しかるに,被控訴人らは,止水工事に大きな限界があるにもかかわ
らず,止水工事により万全な対策が可能であると強弁して,いったん中止した八王子城跡
トンネルの掘削工事を再開したのである。こうした被控訴人らの行為は,上記文化財保護
法の規定に対する重大な違反行為である。
(2) 絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律違反
原判決は,オオタカに関して,「八王子城跡トンネルの工事の影響により平成
11年ころから漸減し,平成14年には八王子城跡トンネル北口坑口付近における営巣を
放棄するに到ったものと推認できる。」と判示し(原判決62頁),「八王子城跡トンネ
ル工事により,観測孔2の水位低下及び御主殿の滝涸れが発生し,オオタカが営巣を放棄
した。このように高尾山や八王子城跡の自然生態系や景観が損なわれていることは否定で
きない。」(原判決86頁),と判示した。絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に
関する法律(以下「種の保存法」という。)9条は,国内野生動植物種の生きた個体を
「捕獲,採取,殺傷または損傷してはならない」(以下,これらの行為を「捕獲等」とも
いう。)旨を定め,オオタカは,国内希少野生動植物種に指定されているところ,オオタ
カに従来からの八王子城跡内での営巣を放棄させた本件工事は,オオタカの本質的行動で
ある採餌や営巣に大きな影響を与え,オオタカの生息地を消失させ,オオタカの生息地を
破壊することによって,オオタカの生息環境を著しく悪化させ,その本質的行動パターン
を傷つけたといえる。したがって,八王子城跡トンネルの掘削工事は,オオタカの「生息
地及び生育地の消滅」,「生息及び生育環境の悪化」を来す行為に該当し,そのことによ
ってオオタカが死の危険に直面させられているから,本件工事は,少なくとも,種の保存
法9条が禁止する「生きた個体」の「殺傷」若しくは「損傷」に該当し,違法な行為であ
ることは明らかである。また,このような被控訴人国の行為は,種の保存法2条1項によ
って課せられた「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存のための総合的な施策を策定
し,及び実施する」責務にも抵触する行為である。
(3) 自然公園法違反,都市計画法違反,環境影響評価手続違反,土地収用手続
違反
ア 自然公園法違反
高尾山は昭和42年に国定公園に指定されたところ,本件道路の建設は,生
物多様性条約8条(a)の我が国の国内履行の制度としてのO談話(昭和48年のL環境
庁自然環境保全審議会自然公園部会長による同部会の答申内容についての談話であり,国
立公園等における道路の新設はその高い必要性と代替手段がないことが前提とされ,道路
建設に伴う人的要因が大きな自然環境の破壊の誘因となるおそれのある地域は,あらかじ
め慎重に避けるよう配慮されるべきであるとともに,計画,設計,施行等の各段階を通じ
て,自然環境に対する影響が最小限度にとどまるよう考慮されるべきである,などとする
もの。)に違反し,また,自然公園法(平成21年法律第47号による改正前のもの)は,
同法の定める国定公園の特別地域に工作物を設置する場合には都道府県知事の許可が必要
である旨を定めているが(同法13条3項),国が行う行為については,例外的に同許可
を必要とせず,都道府県知事との協議で足りる旨を定めているところ(同法56条1項),
東京都知事は,国土交通省との協議において,国土交通省から提出された図面に不整合が
あるのに,また,トンネル掘削工事の影響を判断するのに最も基本的かつ重要な資料であ
る水平ボーリングコア等の資料の提出を受けないで,さらには,代替案の検討をすること
もなく,形式的に同意しているのであって,これら一連の手続は,実質的に自然公園法5
6条1項に違反するものである。
イ 都市計画法違反
本件道路に関する東京都知事の都市計画決定は,都市計画案及び環境影響評
価案の住民に対する説明が不十分なまま,東京都環境影響審議会から出された答申(上記
環境影響評価案に対して57項目の改善点を指摘するもの。)も反映されることなく決定
され,また,昭和63年12月20日の八王子都市計画審議会の瑕疵ある採決(当時の八
王子都市計画審議会条例6条3項によれば,審議会の議事は,「可否同数のときは,会長
の決するところによる。」とされており,この「会長の決する」とは,審議会採決の席上
で決しなければならないのに,同審議会長はそれを行わず,八王子都市計画道路の変更採
決を単に自己の票を加えて賛成多数で可決扱いとした。)の上にされた八王子市長の意見
を前提になされたものであって,都市計画法16条1項及び18条1項に違反するもので
ある。
ウ 環境影響評価手続違反
本件環境影響評価には,① 住民に対する情報公開が不十分であること,②
前記のとおり,大気汚染及び騒音に関する環境影響評価の内容に誤りがあること,③
前記のとおり,景観に関する環境影響評価の内容に誤りがあること(トンネルによる高尾
山全体の景観破壊,ジャンクション・高架橋による裏高尾の景観破壊),④ 地質,地下
水位,換気塔工事に関する環境影響評価の内容に誤りがあること(前記のとおり,八王子
城跡トンネルの掘削工事によって井戸涸れや観測孔2の地下水位の低下等の現象が生じて
おり,平成19年10月29日には,換気塔において人為的なミスに基づく大規模なひび
割れ等が発見され(甲512~517),高尾山トンネルの掘削工事によって,南坑口の
沢で沢涸れや土壌水分データの異常が生じ(甲456,461,462,519~521)
,岩盤にひび割れが生じ(甲518),また,城山八王子トンネル(仮称)の掘削工事に
よって,平成20年3月26日に北坑口上り線で崩落事故が発生し(甲522),榎窪川
の沢涸れが発生した(甲524の1~5,甲525)。これらのことからすれば,八王子
城跡トンネル及び高尾山トンネルの掘削工事が地質,地下水に与える影響につき,本件環
境影響評価は,評価を誤ったものである。),などの違法がある。したがって,本件環境
影響評価については,① 改正前の東京都環境影響評価条例29条に従い,再度,事情変
更による環境影響評価を実施すべきであったのに,これをしなかった違法,② 本件工事
の工事期間については,工事完了予定時期が2回変更され,いずれも変更の届出がなされ
ているところ,変更の届出のあった事業について,環境影響評価の再実施を定めた平成1
0年の改正後の都条例36条に従い,再度,環境影響評価を実施すべきであったのに,こ
れをしなかった違法,③ 平成5年11月に環境基本法が成立したことに伴い,平成9年
6月に環境影響評価法が成立し,従前のような環境基準達成型から環境への負荷の実行可
能な低減を目指すベターエディション型への転換が求められ,そのために代替案の検討も
必須になり,環境影響評価の評価基準の変更があったのであるから,環境影響評価を再実
施すべきであったのに,これを行わなかった違法,がある。
エ 土地収用手続違反(事業認定手続違反)
本件事業についての土地収用手続は,裏高尾町内の中央道八王子ジャンクシ
ョン建設工事に関する事業についての手続(以下「第1次収用手続」という。)と,裏高
尾町内から南浅川町内までの圏央道建設工事,裏高尾町内の中央道八王子ジャンクション
建設工事及び南浅川町内から館町内までの一般国道20号改築工事(八王子南バイパス)
に関する事業についての手続(以下「第2次収用手続」という。)とが進行しており,第
1次収用手続については,現行の土地収用法(以下「新土地収用法」という。)附則2条
の規定により,平成13年改正前の土地収用法が適用されるところ,新土地収用法の附帯
決議により,具体的な事業認定手続においては新土地収用法の内容を踏まえた運用を図る
ことが求められているので,したがって,第1次収用手続及び第2次収用手続のいずれに
おいても新土地収用法の内容を踏まえた運用を図ることが必要であるが,しかし,第1次
収用手続及び第2次収用手続のいずれにおいても,実際に行われた事業説明会,公聴会,
社会資本整備審議会,等の意見聴取等は,いずれも,住民参加の拡充の必要性の認識に基
づき情報公開や住民参加の手続を保障することによりその透明性や公正性を確保し事業認
定の信頼性を高めるという新土地収用法の趣旨(事業説明会の開催,公聴会の開催,社会
資本整備審議会からの意見聴取,事業認定理由の公表,等を義務付けるものである。)に
反するものであり(事業説明会や公聴会における起業者の説明は一方的かつ誠実さに欠け
る態様でなされ,質問にも十分に答えず,形骸化したものであり,社会資本整備審議会の
委員の構成も起業者側に偏り,議事録も公開されず,認定理由の公表も限定的なものであ
った。),違法である。
(4) 行政法規違反と不法行為
上記(1)ないし(3)に記載の行政法規に違反する被控訴人らの行為は,同
時に控訴人らに対する民法上の不法行為をも構成するものである。なぜなら,控訴人らが
主張する人格権や環境権は,憲法13条及び25条に根拠を置く権利であるところ(環境
基本法の中の特に「環境の恵沢の享受と継承等」について定めた3条は,「環境を健全で
恵み豊かなものとして維持することが人間の健康で文化的な生活に欠くことができないも
のである」と明記して,環境権が憲法25条に根拠をもつ基本的人権としての実質を有す
ることを明らかにしている。),被控訴人らの行為は,上記の各行政法規に違反すること
によって,当該各法規が保護しようとする人格権や環境権という控訴人らの私的権利を侵
害しているといえるからである。
15 損害賠償請求
(1) 原判決言渡し後の平成19年6月23日,本件道路のうち下恩方町北浅川
橋部分から裏高尾町八王子ジャンクション部分までが完成・開通しかつ八王子ジャンクシ
ョンの一部も完成・開通して,中央道と圏央道の北浅川橋方面との相互通行が可能となっ
た。これによる控訴人らの損害は二つに大別することができる。一つは,裏高尾町に居住
する別紙控訴人目録2に記載の控訴人らに生じた人格権の侵害たる生活環境破壊による精
神的苦痛であり,他の一つは別紙控訴人目録2及び3に記載の控訴人らが有する景観利益
が侵害されたことによる精神的苦痛である。
(2) 裏高尾町に居住する控訴人X8,同X1,同X6,同X2,同X9らは,
当審における本人尋問において,一様に,自宅から見える八王子ジャンクションの橋脚に
よる強い圧迫感について供述しており,また,大気汚染被害,騒音被害,振動被害につい
ても訴えており,その程度は深刻である。裏高尾町に居住しない控訴人らも,高尾山を訪
れた際の景観被害について陳述している(控訴人X10(甲240の2),同X11(甲
240の16),同X12(甲240の42),同X13(甲240の66),同X14
(甲240の107),同X15(甲240の125),同X16(甲240の143))
。
(3) 国立景観訴訟最高裁判決は,景観利益が不法行為における保護の対象とな
り,景観利益が侵害されれば,一定の要件のもとに損害賠償請求が認められることを判示
した。
(4) 高尾山は,明治の森高尾国定公園の中核として自然公園法が適用され,ま
た,八王子城跡は,国指定史跡として文化財保護法が適用されるほか,都立高尾陣場自然
公園の中核の一つであり,別紙控訴人目録2に記載の控訴人らが居住する裏高尾地区もま
た都立高尾陣場自然公園の中に位置するから,ともに東京都自然公園条例の適用を受ける
ものである(甲378)。国立景観訴訟最高裁判決は,国立市の大学通りという「都市景
観」を素材として景観利益保護の判断を示したが,この理論は,本件のような,歴史的又
は文化的な環境的要素に加えて国定公園及び都立自然公園に指定された自然的環境という
要素が加わったいわば「里山的景観」においてもそのまま妥当するものである。そして,
高尾山及び裏高尾の良好な景観に近接する地域内に居住しその恵沢を日常的に享受してい
る別紙控訴人目録2に記載の控訴人らは,良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対し
て密接な利害関係を有するものというべきであり,上記控訴人らが有する高尾山及び裏高
尾の良好な景観の恵沢を享受する景観利益は,当然に法律上保護に値するものである。そ
して,本件の場合,国立景観訴訟最高裁判決の審理対象となったのが純然たる都市景観で
あるのに対して,自然公園地域内の里山的景観という自然環境的要素が大きな価値として
加わった景観であることからすると,その景観利益を享受する主体は,厳密に同地域内に
居住する別紙控訴人目録2に記載の控訴人らに限定されず,別紙控訴人目録3に記載の控
訴人らのように同地域外に居住してはいるが高尾山の良好な景観を愛し「自然公園」とい
ういわば国民的都民的財産の恵沢を享受すべく足繁く同地域を訪れかつ同地域の自然保護
に日常的に関心を持って協力してきた上記控訴人らにおいても,景観利益を有するものと
いうべきであり,これらの者が有する景観利益は法律上保護に値するものと解すべきであ
る。
(5) 国立景観訴訟最高裁判決は,景観利益の違法な侵害となるかどうかは,被
侵害利益である景観利益の性質と内容,当該景観の所在地の地域環境,侵害行為の態様,
程度,侵害の経過,等を総合的に考察して判断すべきであるとし,そして,ある行為が景
観利益に対する違法な侵害に当たるといえるためには,少なくとも,その侵害行為が刑罰
法規や行政法規の規制に違反するものであったり,公序良俗違反や権利の濫用に該当する
ものであるなど,侵害行為の態様や程度の面において社会的に容認された行為としての相
当性を欠くことが求められるとしている。この点,本件道路の建設工事は,先に述べたと
おり,文化財保護法違反,自然公園法違反,都市計画法違反,環境影響評価手続違反,土
地収用手続違反(事業認定手続違反),等の行政裁量権の逸脱・濫用が認められ,行政法
規の規制に違反するものであるから,控訴人らの景観利益に対する違法な侵害に当たるも
のである。
(6) 以上によれば,裏高尾町に居住する別紙控訴人目録2に記載の控訴人らは
少なくとも100万円の,別紙控訴人目録3に記載の控訴人らは少なくとも10万円の,
不法行為に基づく損害賠償請求権を有しているものである。
よって,別紙控訴人目録2及び3に記載の控訴人らは,上記の慰謝料とこれに
対する八王子ジャンクションの完成・開通の日の翌日である平成19年6月24日から支
払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める(なお,別紙控訴人目録3に記
載の控訴人らの請求は一部請求である。)。
二 被控訴人ら
1 差止請求等における違法性の判断枠組み
(1) 原判決は,「国の行う公共事業が第三者に対する関係において違法な権利
侵害ないし法益侵害となるかどうかを判断するに当たっては,侵害行為の態様と侵害の程
度,被侵害利益の性質とその内容,侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と
程度等を比較検討するほか,被害の防止に関して採り得る措置の有無及びその内容,効果
等の事情をも考慮し,これらを総合的に考察して決すべきものであるところ,」として
(原判決64頁),差止請求における違法性の判断枠組みを判示している。このようない
わゆる総合衡量的受忍限度判断の手法は,基本的には,損害賠償請求の場合も差止請求の
場合も同様に当てはまるものと解される。ただ,差止請求を認容すべき違法性があるかど
うかを判断するに当たって考慮すべき要素は,損害賠償請求を認容すべき違法性があるか
どうかを判断するに当たって考慮すべき要素とほぼ共通するものの,差止めと金銭による
賠償という請求内容の相違に対応して,違法性の判断において各要素の重要性をどの程度
のものとして考慮するかについては,おのずから相違があるというべきである(最高裁平
成7年7月7日第二小法廷判決・民集49巻7号2599頁。以下「最高裁平成7年判決」
という。)。具体的にいえば,差止請求の場合は,損害賠償請求の場合に比して,上記各
要素の中でも公共性の要素については,より大きな位置づけが与えられるというべきであ
る。
(2) 以上のように,公共工事の差止請求が認容されるためには,各要素を総合
的に考察した結果,公共工事を実施する公共性ないしは公益上の必要性という重要な要素
を考慮してもなお差止めを認めなければならない重大な違法性があることが必要となると
いうべきである。そして,後記のとおり,本件道路の建設(工事中及び工事完成後)によ
り発生すると予測される大気汚染や騒音等によって本件道路の沿道の住民に具体的な健康
被害が及ぶものとは到底いえない一方で,本件道路を含む圏央道の整備には公共性ないし
公益上の必要性が認められるのであるから,最高裁平成7年判決の論理によれば,控訴人
らの被控訴人らに対する本件道路の建設工事の差止請求が認められる余地がないことはも
ちろん,別紙控訴人目録2及び3に記載の控訴人らが被控訴人らに対して当審において求
めた八王子ジャンクション等の完成・開通による生活環境破壊及び景観破壊を理由とする
損害賠償請求も認められないというべきである。
2 環境権・自然景観権,人格権に基づく差止請求の可否
(1) 環境権
ア 原判決は,控訴人らが主張する環境権に基づく差止請求について,「差止め
が相手方に作為又は不作為を命じて,その権利の行使を直接制約するという強力な手段で
あることにかんがみれば,……,環境権を私法上の権利として認めることはできないとい
うべきである。」,「したがって,原告らが主張する自然公物利用権,生活環境利用権と
いうような環境権を,差止請求権の根拠と解することはできない。」,と正当に判示して
いる(原判決87~88頁)。
イ これに対し,控訴人らは,「控訴人らの主張する環境権は,類型化により,
私法上の権利といい得るような明確性を獲得したのであって,裁判所が認識し解釈するこ
とができるだけの明確な実体を有するものとなっている。」と主張する。
しかし,控訴人らが主張する環境権なるものは,これを認める明文の規定や
最高裁の判例が存在しないばかりか,定義も明確でなく,権利の内実や外延すら画するこ
とができないものである。差止請求権の根拠となる権利は,少なくとも物権類似の排他性
(不可侵性)を持つ支配権であることが必要とされ,生命及び身体に比肩し得るような重
大な保護法益に関するものに限定されるべきものであるから(いわゆる北方ジャーナル事
件上告審判決(最高裁昭和61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁)),
控訴人らが主張する環境権なるものを差止請求の根拠とすることはできないものである。
(2) 自然景観権・自然景観利益
ア 原判決は,環境権の一側面としての自然景観権も,私法上の権利として差止
請求権の根拠とはならない旨を正当に判示した。
イ これに対し,控訴人らは,原判決は,国立景観訴訟最高裁判決についての理
解を誤っており,景観利益に基づく差止請求は認められるべきであると主張する。
しかし,国立景観訴訟最高裁判決においても,景観利益の内容を私法上の権
利といい得るような明確な実体を有するものとは認められておらず,一般論として,景観
権の権利性を明確に否定している。差止請求権の根拠と認められるためには,前記のとお
り,物権の場合と同様に排他性を有する権利でなければならないと解されるから,控訴人
らが主張するような景観利益なるものが差止請求権の根拠となり得ないことは明らかであ
る。
(3) 人格権ないし人格的権利(豊かな自然環境の享受によって精神の解放感な
ど人間としての豊かさを受ける権利)
ア 原判決は,控訴人らが主張する上記の人格権ないし人格的権利の内容という
ものは,豊かな自然環境の享受によって精神の解放感など人間としての豊かさを受ける権
利という控訴人ら各人の生命やその基盤となる身体の健康状態及び精神的自由という個別
具体的な権利と離れた一般的抽象的なものであるから,結局のところ,控訴人らが主張す
る環境権等と実質を同じくするものと解され,これを私法上の権利として承認し,差止請
求権の根拠とすることはできない旨を正当に判示した(原判決89頁)。
イ これに対し,控訴人らは,控訴人らの主張する人格権ないし人格的権利はあ
くまでも控訴人ら各人の生命やその基盤となる身体の健康状態及び精神的自由という個別
具体的な権利そのものである旨を主張する。
しかし,控訴人らが主張するところを前提としたとしても,結局のところ,
控訴人らの主張する人格権ないし人格的権利なるものは,その内実において,控訴人らが
主張する環境権や自然公物利用権等と異なるところはなく,これらが排他性を有する権利
に該当する余地はないから,差止請求権の根拠とはなり得ないものである。
3 土地所有権,土地賃借権,立木所有権に基づく差止請求の可否
(1)ア 原判決は,控訴人らの土地所有権,土地賃借権,立木所有権に基づく差
止請求について,自然生態系や景観への侵害を超えた損害が生じると認めるに足りる証拠
はなく,控訴人らの差止請求は認められない,と正当に判示した(原判決90頁)。
イ 控訴人らは,高尾町,南浅川町,裏高尾町に所在の土地の所有権若しくは賃
借権又は立木の所有権に基づいて,当該土地及び立木の場所と本件事業に係る工事の場所
との位置関係にかかわらず,また,本件事業に係る工事の内容及び進行の程度いかんにか
かわらず,本件道路に係るすべての工事(ただし,当審においては,八王子ジャンクショ
ンから八王子南インターチェンジ(仮称)までの工事)の差止めを求めている。
しかし,控訴人らは,上記各請求について,土地所有権,土地賃借権,立木
所有権に関するどのような法的利益が侵害されるのか,どのような法的根拠に基づくどの
ような内容の請求なのか,といった点について何ら具体的な主張をしておらず,その内容
は不明確というほかはない。抽象的・観念的な土地所有権,土地賃借権,立木所有権から
具体的な工事位置や工事内容及び進ちょく状況を問わない一体的な本件道路に係るすべて
の工事の差止めを求める控訴人らの請求が失当であることは明らかである。なお,控訴人
らは,「地域の性質から人の居住等に利用されるのが適当な土地の経済的利益には,居住
すべき人の生命や健康等の人格的利益に対応した利益が当然に含まれている。したがって,
その土地の居住者の人格権を侵害するような行為は,土地所有権をも侵害することになる。
」と主張するが,同時に「確かに,土地所有権によって保護されるべき利益は,所有者の
人格的利益とは区別される経済的利益である。」とも主張しており,それにもかかわらず,
居住者の人格権を侵害するような公害に対しては,土地所有権又は土地賃借権を根拠に差
止請求が可能であるとする控訴人らの主張は,独自の見解に基づくものであり,裁判実務
上採用される余地がないものであって,控訴人らの上記主張は失当というほかない。
(2) なお,控訴人らが土地所有権,土地賃借権及び立木所有権に基づく差止請
求の根拠としていた高尾町○○○○番,南浅川町○○○○番,裏高尾町○○○番4,裏高
尾町○○○番7,の各土地のうち,本件道路の建設に必要な土地(分筆後の高尾町○○○
○番2,裏高尾町○○○番4,裏高尾町○○○番27,裏高尾町○○○番28,元土地で
ある南浅川町○○○○番)については,平成19年12月27日に東京都収用委員会が行
った新土地収用法に基づく裁決により,平成20年3月25日が権利取得の時期及び明渡
しの期限とされて(乙239の1~3),同月26日以降に被控訴人中日本高速道路に所
有権移転登記がされた。また,本件道路の建設工事地内の立木については,上記の土地の
権利取得期日後にすべて伐採された。
4 本件事業の適法性
(1) 本件事業の実施は,以下のとおり,広域的な視点及び地域的な視点の双方
の視点から,公共の利益に対する相当な寄与が見込まれるところである。これは,都市再
生本部決定,全国総合開発計画(現在は,首都圏広域地方計画),首都圏整備計画,都市
計画区域の整備・開発及び保全の方針並びに本件環境影響評価等においても記述されてお
り,また,関東地方整備局事業評価監視委員会においても,本件事業の公共性が認められ
ている。
(2) 圏央道の整備による首都圏全体の広域的視点からの利益
ア 圏央道は,首都圏から放射状に伸びる高速自動車国道と相互に連絡すること
により,広域的な利便性を飛躍的に高めるとともに,他の環状のネットワークである外環
道や中央環状線と有機的に連絡し,長距離輸送交通や観光交通等の都心部を通過するだけ
の交通を都心部からバイパスさせることにより,慢性的に発生している都心部の交通混雑
を緩和し,首都圏全体の円滑かつ安全な交通の確保を図るものである。さらには,上記の
首都圏全体の円滑かつ安全な交通の確保が地域間交流の拡大や産業活動の活性化を促すこ
ととなり,東京近郊に位置する八王子市や青梅市等の都市の発展に大きく貢献するととも
に,都心部一極集中型から多極分散型への転換を図り,首都圏全体の調和のとれた発展に
貢献するものである。これらの高速道路ネットワークは,一体的に首都圏の広域交通をさ
ばくもので,圏央道,外環道及び中央環状線の3環状道路は,それぞれのネットワーク上
の位置に応じて異なる機能を有し,相互に補完的,相乗的な機能を果たすものである。圏
央道は首都圏及び全国に関連する交通や広域物流交通を担い,並行して走る一般国道16
号などの一般国道や周辺街路の交通・環境等の負荷を軽減し,横浜港や成田空港から首都
圏及び全国各地への物流の効率化を支援する役割を担っている。なお,首都圏における環
状道路の整備率は,現在4割程度であり,海外主要都市に比べて著しく遅れているのが現
状である。
イ 本件事業のうち,あきる野インターチェンジから八王子ジャンクションまで
の区間については,平成19年6月23日に開通したところであるが,開通後の交通量に
ついては,平成19年8月の平均日交通量において,圏央道の利用交通(八王子ジャンク
ションから八王子西インターチェンジまでの間の交通量2万6400台/日)のうち約5
割(1万4000台/日)が放射道路である中央道と関越道を連続利用し,圏央道の環状
道路機能が発現していることを確認している(乙185・1枚目及び3枚目)。また,開
通2年後の交通量の取りまとめ結果(平成19年7月から平成21年6月までの平均日交
通量)においても,上記区間の利用交通の約4割が中央道と関越道を連続利用しており,
引き続き環状道路として利用されていることを確認している(乙241)。
ウ 控訴人らは,原判決が,① 圏央道は外環道及び中央環状線とともに都市部
の交通混雑を緩和する,② 圏央道自体に交通需要が認められる,③ 東京都心近郊の都
市の発展と都市部一極集中型から多極分散型への転換に資する,と判示したことについて,
石原論文(甲170)を引用し,圏央道のバイパス効果は限りなく小さいと主張する。
しかし,石原論文は,圏央道批判を展開しているのではなく,圏央道の重要
性及びその早急な整備の必要性を述べるものである。石原論文のうち,「首都圏中央連絡
道路が,単に東京に集中する交通をバイパスして都心に乗り入れる交通を緩和するための
目的であるならば,……あまり役に立たず,むしろ外郭環状道路のほうがより効果を上げ
ることができるであろう。」(甲170・10頁)との部分は,石原教授が圏央道は「首
都圏の中で業務核都市を育成するための戦略的道路」(同頁)であり外環道とは異なる性
格をも持ち合わせた路線であることを強調した表現であると思われるのであって,控訴人
らが,その文脈を理解しないまま,同教授の上記部分だけ取り出して,あたかも同教授が
圏央道のバイパス効果を限りなく小さいと判断しているかのように主張するのは失当であ
る。また,控訴人らは,同教授は「横浜から見ると,首都圏中央連絡道路の機能は,環状
ではなく,放射的性格を持つ。」とも指摘しているとして,これをもって,圏央道には環
状道路としてのバイパス効果はない旨の主張の裏付けとする。しかし,石原論文は,圏央
道には環状的性格と放射的性格の二面性があることや,上記の戦略的道路としての圏央道
を早期に整備することの必要性について述べるものであり,控訴人らは,論者の趣旨を正
解しないままに一部の表現を恣意的に取り出して引用しているに過ぎないのであり,失当
である。
エ また,控訴人らは,原判決が,一般国道16号以遠に起点及び終点を持つ交
通並びに圏央道以遠に起点及び終点を持つ交通が,圏央道が整備されることにより,都区
部を通過することなく起点から終点に到達することが可能となると推認できる,と判示し
たことに対して,なぜ一般国道16号の外外交通が圏央道を利用すると判断したのか明ら
かにされていないなどと批判する。
しかし,原判決が正当に判示しているように,通常,通行する道路を選択す
る場合には,出発地と目的地との距離だけでなく所要時間等を総合して検討するのである
から,最短距離となるルートを常に選択するわけではない。東京都や埼玉県のように,圏
央道と一般国道16号が近接している地域については,都区部通過交通から圏央道に転換
する場合には,圏央道以遠に起点及び終点を持つ都区部通過交通だけでなく,圏央道の内
側に特に一般国道16号以遠にある地域と同地域又は圏央道以遠にある地域とを結ぶ都区
部通過交通も多く含まれると考えられるのであって,圏央道以遠に起点及び終点を持つ都
区部交通のみが圏央道に転換し得る交通であると限定するのは妥当ではなく,控訴人らの
上記の批判は理由がない。
オ さらに,控訴人らは,平成19年6月の八王子ジャンクション等の開通によ
る環状道路機能の効果について,① 被控訴人らは,7月記者発表では開通効果が都心側
に及んだと発表したが(乙187・1枚目上から3つ目の○),その後に開催された第3
回「圏央道開通の効果を地域と考える懇談会」の資料2(懇談会資料2。甲333。)で
は,乙第187号証と同様の図を用いているにもかかわらず,「都心側の交通量は減少し
ています。」という説明文を削除しており,これは,都心側の交通量には変化がなかった
ことを示すものである,② 被控訴人らが圏央道による環状道路機能が発揮されているこ
との根拠として挙げる乙第185号証の交通量データは,平成19年12月17日に訂正
発表されているが(甲329),訂正後のデータの測定根拠が明らかでなく,その検証は
不可能である上,これによっても,八王子ジャンクションからあきる野インターチェンジ
までの区間の整備効果について有意な交通量の差はなく,環状道路機能が発揮されている
根拠とはならず,後に根拠も明らかでない訂正がされた交通量データからなる乙第185
号証は証拠としての価値が低い,などと批判する。
しかし,7月記者発表と懇談会資料2は,ともに事業者らが,平成19年6
月23日に開通した八王子ジャンクションと圏央道とにより接続された中央道と関越道に
おける各交通量の推移を「都心部のモノ・ヒトの流れ」に変化が生じたことに着目して分
析したものである。7月記者発表は,八王子ジャンクションが開通した6月23日が土曜
日であったことから,その翌週の月曜日から木曜日までの平日4日間における圏央道,中
央道及び関越道の24時間平均交通量を速報値として取りまとめた上,同年7月2日(月
曜日)に公表したものである。7月記者発表で事業者らが着目した点は,関越道郊外方向
から圏央道にアクセスしている交通量であり,5枚目の左上のグラフに示すように,鶴ヶ
島ジャンクションとその北側に位置する関越道鶴ヶ島インターチェンジ断面の交通量は,
開通前及び開通後ともに9万1000台/日であるが,鶴ヶ島ジャンクションを経由し圏
央道方面に走行している台数は,開通前の1万8100台/日に比し,開通後は2万02
00台/日と約10パーセント増加し,かつ,中央道の調布インターチェンジから高井戸
インターチェンジまでの間の交通量も900台減少している点である。他方,懇談会資料
2は,同年7月30日に開催した「第3回圏央道の開通効果を地域と考える懇談会」で配
布した資料であるが,開通後1か月以上が経過していたため,7月記者発表と同じ週の通
常平日として取り扱っている月曜日から金曜日までの平日5日間の交通量を取りまとめた
ものである。控訴人らは,7月記者発表と懇談会資料2の記載ぶりを比較して,都心側の
交通量には変化がなかったことが明らかとなったと主張するが,懇談会資料2の交通量を
見れば,関越道の所沢インターチェンジから大泉ジャンクションまでの間では1000台
/日の交通量減少が確認されているとともに,中央道の調布インターチェンジから高井戸
インターチェンジまでの間の交通量は300台の増加に留まっており(甲333・2枚目)
,全体として都心側への交通量が減少しているのである。したがって,単に都心側の交通
量が減少しているとの文章が記載されているか否かによって都心側の交通量に変化がなか
ったと断定する控訴人らの主張は失当である。
(3) 圏央道の整備による地域的視点からの利益
ア 本件事業が行われる東京都多摩地域においては,南北方向の幹線道路として,
一般国道16号,同411号等があるが,これらの道路は,八王子市,あきる野市,青梅
市等の既成市街地を通過していることから,各所で慢性的な交通渋滞を起こし,これらの
交通渋滞が沿線の環境悪化や交通事故の誘発等の様々な問題を引き起こしている。こうし
た交通問題等に対処するために計画された圏央道が整備されると,圏央道が多摩地域(八
王子市,あきる野市,青梅市,等)の南北方向の幹線道路として機能するとともに,現在
一般国道16号等の幹線道路が担っている交通の一部が圏央道に流入することにより,上
記幹線道路の交通混雑も解消され,周辺の市街地生活道路に流入していた通過車両が排除
され,地域全体の交通の流れが改善されるとともに,既設幹線道路・市街地生活道路につ
いて交通事故の減少により本来の生活道路としての機能が回復される(乙77・25~2
6頁,乙78・345~351-1頁)。また,本件事業の完成により,地域間の交流の
拡大や産業活動の活性化が促され,八王子市や青梅市等の発展といった都市機能の強化も
図られ,さらには,緊急時における一般国道16号等の代替ルートや緊急物資の輸送ルー
トとして災害地の緊急交通機能も確保されるのであり,本件事業は社会基盤の整備上必要
かつ重要な事業である。
イ 平成19年6月23日に開通した圏央道の八王子ジャンクションからあきる
野インターチェンジまでの区間の開通前後(平成19年6月13日及び同月27日)の交
通量調査によれば,一般国道411号の八王子市丹木町三丁目交差点付近においては,1
万7700台/日から1万3800台/日へと交通量が約2割(3900台/日)減少し,
あきる野インターチェンジから八王子市左入町交差点までの所要時間も23分から16分
に約3割(7分)減少した(乙187)。一般国道16号の昭島市小荷田交差点において
は,圏央道の上記区間の開通前後(平成19年6月13日及び同年9月27日)の交通量
を比較した結果,大型車交通量が1万7600台/日から1万6500台/日へと110
0台/日減少し,渋滞長も本線・外回りの右折レーンにおいて1430メートルから43
0メートルへと概ね3分の1に短縮されるなど,圏央道の上記区間の開通に伴う交通量減
少効果が実際に確認されている(乙185・1枚目及び6枚目)。さらに,圏央道の上記
区間開通1年後の調査(平成20年6月24日)においても,開通前の交通量との比較の
結果,小荷田交差点において,大型車交通量が1万7600台/日から1万5100台/
日へと2500台/日(約14パーセント)減少し,渋滞長も本線・外回りの右折レーン
において1430メートルから870メートルへと560メートル(約39パーセント)
減少している(乙218・5枚目)など,上記と同様に圏央道の上記区間の開通に伴う交
通量減少効果が引き続き確認されている。上記区間の開通前後の平成18年8月と平成1
9年8月における月平均日交通量を比較したデータにおいても,一般国道16号で約38
00台/日(約10パーセント),一般国道411号(上り線)で約2000台/日(約
21パーセント)の交通量の減少が確認されており(乙185・1枚目及び5枚目),圏
央道開通の効果(並行する一般道の渋滞緩和)が恒常的に発揮されていることが裏付けら
れている。
ウ 圏央道の上記区間開通1年後の交通量調査の結果によると,圏央道と一般国
道16号の間に存在する生活道路において,大型車の交通が,開通前に比べて,田園通り
では約25パーセント,新奥多摩街道では約24パーセント,それぞれ減少し,また,朝
夕のピーク時においても,田園通り,奥多摩街道,新奥多摩街道でそれぞれ8~37パー
セント減少している(乙218・1枚目及び4枚目)。一方,圏央道を利用する大型車は,
開通前と比べて約211パーセント(約4600台)増加しており,生活道路と高規格幹
線道路の機能分担が進んでいることが窺われる(乙218・4枚目)。
エ 原判決は,「こうした交通問題等に対処するため計画された圏央道が整備さ
れると,圏央道が多摩地域(八王子市,青梅市等)の南北方向の幹線道路として機能する
とともに,現在,一般国道16号等の幹線道路が担っている交通の一部が圏央道に流入す
ることにより,上記幹線道路の交通混雑の解消や周辺の市街地生活道路に流入していた通
過車両の排除がなされ,地域全体の交通の流れが改善され,さらに,既設幹線道路・市街
地生活道路について交通事故の減少に寄与するため,より本来の生活道路としての機能回
復が図られる。」とした上で(原判決82頁),圏央道の整備による地域的視点からの利
益について,「本件事業によって,一般国道16号等の幹線道路の交通混雑の解消や周辺
の市街地生活道路に流入していた通過車両を排除し,既設幹線道路・市街地生活道路につ
いて本来の生活道路としての機能回復を目指すものでもあり,地元自治体や住民等の期待
もよせられており,本件事業には公益上の必要性ないし公共性が認められる。」と正当に
判示している(原判決86頁)。
オ これに対し,控訴人らは,一般国道16号の八王子滝山町一丁目では現実に
は渋滞は生じていない旨を主張し,その根拠として,滝山町一丁目の一般国道16号沿道
には運送会社の事業所が4か所も存在しているところ,仮に被控訴人らが主張する混雑度
が示すような渋滞が発生しているのであれば,それは事業運営上致命的な問題であるから,
運送会社は事業所の移転を検討するはずである,と主張している。しかし,控訴人らは,
そもそも,道路の渋滞と企業の立地との関連性について何ら科学的な根拠を示していない
から,上記の主張は理由がないこと明らかであるが,加えて,控訴人らは,混雑度が1.
0よりも大きいという意義(混雑度が1.0よりも大きいということは,その道路区間が
持つべきであるとして計画時に設定された交通量の水準を実交通量が超えたことを意味す
る。乙186。)を正解していないものである。
カ また,控訴人らは,事業認定申請書(乙77)及び事業認定参考資料(乙7
8)について,後者(乙78・345頁)において,圏央道全線整備後の交通量減少効果
として,一般国道16号の交通量が20パーセント減少するなどとされている予測・期待
は不合理なものであるのに,これらをそのまま無批判に採用した原判決の判断は根拠を欠
くものであるなどと批判するが,先に述べたとおり,原判決は,この点について,一般国
道16号や一般国道411号などにおいて現に生じている混雑度の高さや交通事故の多発
等の事実を認定した上で,圏央道の整備による地域的視点からの利益を肯定したものであ
って,それは合理的な根拠に基づく正当な判断というべきである。実際にも,圏央道の八
王子ジャンクションからあきる野インターチェンジまでの区間の開通に伴い周辺道路の交
通量減少効果が確認されていることは,先に述べたとおりである。
キ また,控訴人らは,平成19年6月の圏央道の八王子ジャンクションからあ
きる野インターチェンジまでの区間の開通による整備効果について,データの信頼性など
に問題があるとして,① 一般国道411号の丹木町三丁目の交通量減少は,圏央道延伸
によりあきる野インターチェンジの出入り交通量が減少しただけで,圏央道建設前と比べ
ると増加しており,圏央道の整備効果とはいえない,② 一般国道16号の小荷田交差点
における大型車交通量,渋滞長の減少等については,日変動を含んでいる1日だけの比較
になっており,直ちに圏央道の整備効果と結びつけることはできず,控訴人らが警視庁か
ら得た交通量データから考えると,小荷田交差点の交通量データには大きな疑問があり,
同じ日の圏央道の大型車交通が1100台増加している資料もない,などと論難するが,
被控訴人らは,圏央道の八王子ジャンクションからあきる野インターチェンジまでの区間
の開通前の平成19年6月13日と開通約1年後の平成20年6月24日における当該区
間の周辺道路である一般国道16号と一般国道411号の交通量を調査し,大型車の減少
や渋滞長の減少を示した上で渋滞緩和効果を実証しているものであって,これにより整備
効果を述べることに何ら不合理な点はないというべきである。また,先に述べたとおり,
小荷田交差点における交通量は,調査した2回において,圏央道開通に伴う減少効果が実
際に確認されているのであって,開通前後の1日だけの比較であり直ちに圏央道の整備効
果と結びつけることはできないという控訴人らの上記主張は,失当である。さらに,大型
車交通量についても,上記と同様,2回の調査において交通量の減少及び渋滞長の減少が
実際に確認されているのであるから,これらの効果が圏央道の開通によるものであると判
断することは妥当である。
(4) 費用便益分析
費用便益分析は,道路事業の効率的かつ効果的な遂行のため,各事業の評価に
当たり,社会・経済的な側面から事業の妥当性を評価するものであり,道路建設に伴う費
用の増分とそれによる便益の増分とを金銭に換算して比較することにより,事業の評価を
行う手法である。費用便益分析は,国土交通省道路局及び都市・地域整備局が作成した
「費用便益分析マニュアル」(以下「マニュアル」ともいう。)に基づいて実施される。
マニュアルは,学識経験者から構成される検討委員会において,パブリックコメントの結
果や海外事例等を踏まえて審議されるものであり,作成時点における最新のデータと知見
に基づいて作成されるものである。なお,マニュアルは,作成時点で得られた知見に基づ
きその時点における標準的な手法としてまとめられるものであるから,その性質上,改定
されるべきものであり,実際にも,平成10年6月のマニュアル策定後,平成15年8月,
平成20年11月に順次改定されている(乙245の1~3)。
被控訴人らは,これまでの本件事業に関する事業評価監視委員会の開催に当た
って,当該時点における最新のマニュアルに基づき,費用便益分析を行っている。すなわ
ち,平成11年1月20日,本件事業の再評価に関し,学識経験者等の第三者から構成さ
れる事業評価監視委員会が開催され,その際,被控訴人国から同委員会に対し道路整備の
効果に関する説明がされ,同委員会は,本件事業の継続を了承した(乙92の1,2)。
また,事業評価監視委員会は,平成14年12月19日及び平成18年12月7日にも開
催され,被控訴人国から同委員会に対して道路整備の効果に関する説明がされ,同委員会
は,本件事業の継続を了承した(乙93の1,2・14~19頁,乙244)。これらの
事業評価監視委員会に対する説明に際して実施された本件事業の各区間における最新の費
用便益分析結果によれば,八王子ジャンクションから青梅インターチェンジまでの区間の
費用便益比(基準年は平成11年度)は,「2.2」とされており(乙92の2・21ペー
ジ),八王子ジャンクションから日の出インターチェンジまでの区間の費用便益比(基準
年は平成15年度)は,「2.7」と見込まれている(乙93の2・13頁)。また,八
王子ジャンクションから相模原インターチェンジ(仮称)までの区間の費用便益比(基準
年は平成18年度)は,「2.9」と見込まれている(乙246・13頁)。
以上のように,本件事業の公益性は,費用便益分析の観点からも認められると
ころである。
(5) 地元関係者の期待
本件事業に高度の公益性・必要性が認められることは,多くの地元住民や沿線
自治体等が圏央道そのものの必要性を前提として早期供用開始を求めていることからも明
らかである。すなわち,圏央道の東京都内の沿線のすべての市町村の首長及び議会議長か
らなる「首都圏中央連絡道路建設促進協議会」からは,平成21年7月30日,「首都圏
の更なる発展と環境改善に向けて,「首都圏中央連絡自動車道」の更なる事業進捗を図り,
(仮称)八王子南インターチェンジの供用,そして東名高速道路や東北自動車道までの連
絡が,目標宣言プロジェクトどおり図られるよう事業を推進すること。」といった要望が
なされ(乙247・5枚目),平成5年12月以降,多摩地区の圏央道の沿線すべての市
町村議会から,地方自治法99条の規定に基づき,「圏央道の早期供用を求める意見書」
が提出され,平成15年以降についても,引き続き複数の市町村議会から意見書が提出さ
れ(乙11の1~8,乙96の1~9),圏央道の東京都内の沿線すべての市町村の全議
会議員のうち約9割に当たる168名(平成15年7月24日現在)の議員からなる「圏
央道を促進する議員ネットワーク」からも,平成15年7月24日,一日も早い圏央道東
京都内区間全線の供用を図ることについて,強い要望がなされ(乙97),また,本件事
業が実施される沿線では,平成5年以降,6つの市町の住民有志による圏央道建設を促進
する組織が発足するとともに,平成6年8月には,6組織の連絡会であり約10万人の会
員数を有する「圏央道を促進する市町民の会連絡会」が設立され(乙8),上記の各団体
からは,平成15年7月4日,国土交通大臣に対して,約3万2000人の署名を添えて,
「私たちは,圏央道について速やかに工事を進め,中央道,甲州街道まで一日も早く開通
するように求めます。このことを市民の約3万2千人の署名を添えて強く要望します。」
との要望がなされるに至っているのである(乙98)。
5 差止請求における違法性の判断枠組みと環境基準の位置付け
(1) 前記1のとおり,国の行う公共事業が第三者に対する関係において違法な
権利侵害ないし法益侵害となるかどうかを判断するに当たっては,侵害行為の態様と侵害
の程度,被侵害利益の性質とその内容,侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内
容と程度,等を比較衡量するほか,被害の防止に関して採り得る措置の有無及びその内容,
効果等の事情も考慮し,これらを総合的に考察して決すべきものであり(最高裁平成10
年7月16日第一小法廷判決・訟務月報45巻6号1055頁),その結果,差止めが認
められるためには,差止めることによって生ずる侵害者側の損失ないし社会的損失を無視
してもなお差止めを認めるのが相当であると判断される程度の違法性があることが必要で
ある。
(2) 環境影響評価においては,環境基準等を環境保全目標としているところ,
公害対策基本法(昭和42年法律第132号。ただし,同法は,環境基本法の施行に伴う
関係法律の整備等に関する法律(平成5年11月19日法律第92号)1条により廃止さ
れたが,現在においても,同法2条により,環境基本法(平成5年11月19日法律第9
1号)16条1項により定められた基準とみなされる。)は,「政府は,大気の汚染,水
質の汚濁,土壌の汚染及び騒音に係る環境上の条件について,それぞれ,人の健康を保護
し,及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準を定めるものとする。」
(公害対策基本法9条1項,環境基本法16条1項)と規定して,環境基準を「人の健康
を保護し,及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準」と規定し,「政
府は,……,第一項の基準が確保されるように努めなければならない。」と規定している
(公害対策基本法9条4項,環境基本法16条4項)。
(3) 特に,大気汚染に係る環境基準のうち,二酸化窒素(NO2)についての
ものは,WHO(世界保健機構)の大気汚染物質に関する専門委員会が昭和38年に示し
た大気汚染のガイドの4つのカテゴリーのうち,「ある値またはそれ以下の値ならば現在
の知識では直接的にも間接的にも影響が観察されない濃度と暴露時間との組み合わせ」で
あるレベル1に相当するものであり(昭和48年6月12日環大企第143号各都道府県
知事等あて環境庁大気保全局長通知「大気汚染に係る環境基準について」(乙149・7
51~757頁)),人の健康に好ましからざる影響を与えることのないよう十分に安全
を見込んで設定されたものである。現行の環境基準は,昭和53年7月に改定されている
が,それも,「国民の健康保護に問題の生ずるおそれはなく,またこれを超えたからとい
って直ちに疾病又はそれにつながる影響が現れるものではない」(昭和53年7月17日
環大企第262号各都道府県知事等あて環境庁大気保全局長通知「二酸化窒素に係る環境
基準の改定について」(乙25・766~779頁))とされている。
(4) 騒音に係る環境基準についても,「騒音に係る環境基準の指針設定に当た
っては,環境基準の基本的性格にかんがみ,聴力喪失など人の健康に係る器質的,病理的
変化の発生の有無を基礎とするものではなく,日常生活において睡眠障害,会話妨害,作
業能率の低下,不快感などをきたさないことを基本とすべきであ」り,「騒音に係る環境
基準はいわゆる狭義の人の健康の保持という見地からではなく,生活環境の保全という広
い立場から設定されなければならないと考えられ」ており(生活環境審議会公害部会騒音
環境基準専門員会第1次報告・解説),環境基準を超えたからといって,直ちに人の生命
身体の安全に影響が現れるというものではない(乙62・242~245頁)。
(5) このように,環境基準は,将来に向けてのより積極的先進的な行政上の目
標設定を念頭に置いて設けられたものであり,政府及び地方公共団体が環境の保全に関す
る施策を講ずる上での指標となるものであり,その設定に当たっては安全性が見込まれて
いるのであるから,これを超えたからといって直ちに人の生命及び身体の安全に影響が現
れるというものではないとともに,本件事業に関して実施された本件環境影響評価等の結
果に照らすと,本件道路が建設され供用が開始されることにより生ずる大気汚染及び騒音
の程度は,いずれも環境基準を超えるものでないか又は環境に及ぼす影響が少ないもので
あるから,控訴人らの生命及び身体の安全に被害が及ぶ具体的な危険性はないというべき
である。
6 本件環境影響評価等
(1) 本件道路の建設を含む本件事業の実施が環境に及ぼす影響については,都
市計画決定権者である東京都知事(以下「都市計画知事」ともいう。)が本件事業の都市
計画の決定を行うに際して実施した本件環境影響評価において,調査,予測及び評価が行
われているところである。本件環境影響評価においては,本件事業の実施が環境に及ぼす
影響について,事業内容から環境に影響を及ぼすおそれのある行為・要因を抽出し,地域
の概況から把握した環境の地域特性を考慮することにより選定した大気汚染,水質汚濁,
騒音,振動,低周波空気振動,日照阻害,電波障害,陸上植物,陸上動物,水生生物,地
形・地質,史跡・文化財,景観の各項目について,既に得られている科学的知見により調
査,予測及び評価を行い,地域の特性,環境の保全のために講じる措置,評価の指標等を
勘案して,下記のとおり,「影響は少ない」としているところである(乙14の1,2及
び乙15の1,2(本件環境影響評価1),乙19の1,2及び乙20(本件環境影響評
価2))。
(2) 本件環境影響評価
ア 大気汚染
本件環境影響評価は,工事の完了後における一酸化炭素(CO),二酸化窒
素(NO2)及び二酸化硫黄(SO2)について予測・評価している。評価に当たっては,
それぞれの物質について,本件環境影響評価時の環境基準(旧環境基準)をそれぞれ「評
価の指標」とした。予測・評価の結果は,一酸化炭素については,八王子南インターチェ
ンジ(仮称)部である南浅川,八王子ジャンクション部である裏高尾,八王子城跡トンネ
ルの坑口部である下恩方において,いずれも旧環境基準を大幅に下回るものである(乙1
4の1・145頁,乙15の1・145頁,乙19の1・101頁,乙20・101頁)。
また,二酸化窒素及び二酸化硫黄についても,南浅川,裏高尾及び下恩方において,いず
れも評価の指標である旧環境基準を下回るものである(乙14の1・145~146頁,
乙15の1・145~146頁,乙19の1・101頁,乙20・101頁)。したがっ
て,本件道路の供用開始に伴う大気への影響は少ないと考えられ,控訴人らが主張するよ
うな大気汚染による被害が発生することはない。
イ 騒音
本件環境影響評価は,工事の完了後における道路交通騒音について予測・評
価している。評価に当たっては,本件環境影響評価時の環境基準のうち,「A地域(主と
して住居の用に供される地域)のうち2車線を越える車線を有する道路に面する地域」の
基準値である,朝(6時~8時)55ホン,昼間(8時~19時)60ホン,夕(19時
~23時)55ホン,夜間(23時~6時)50ホン(昭和46年5月25日閣議決定
(乙21・124頁),昭和47年5月1日東京都告示第519号(乙22の1),平成
8年5月31日東京都告示第691号(乙22の2))を「評価の指標」とした(以下,
これも含めて「旧環境基準」という。)(乙14の1・165~166頁,乙15の1・
165~166頁,乙19の1・106~107頁,乙20・106~107頁)。本件
環境影響評価の本件道路に係る予測・評価の結果は,南浅川,裏高尾及び下恩方において,
遮音壁や環境施設帯の設置といった環境保全対策を講ずることによりいずれの地点のいず
れの時間帯においても旧環境基準を下回るものである(乙14の1・191,209頁,
乙15の1・191,209頁,乙19の1・122,126頁,乙20・122,12
6頁)。したがって,控訴人らが主張するような騒音による被害が発生することはない。
(3) 本件環境影響照査
ア 将来交通量の推計と照査すべき項目
本件環境影響照査における将来交通量の算出に当たっては,照査時点におけ
る最新の自動車起終点調査の結果から,各地域ごとの発生交通量及び集中交通量である現
況発生集中交通量を把握した。次に,将来交通量推計年における人口や国民総生産の予測
値から,将来交通量推計年における輸送人数及び輸送トン数を推計し,同時点における予
測自動車保有台数を考慮の上,全国及び各地域ブロックの走行台キロを推計した。さらに,
上記現況発生集中交通量に将来の走行台キロの伸び率を乗じ,将来交通量推計年における
各地域ブロックごとの発生集中交通量を推計し,そこから同年における将来の分布交通量
を推計した。そして,この分布交通量を将来交通量推計年における道路網に配分して,将
来交通量を算出した。
本件環境影響照査1実施時における将来交通量については,上記の方法によ
って平成6年度自動車起終点調査結果より八王子ジャンクションから八王子西インターチ
ェンジまでの区間の平成32年の将来交通量を推計した結果,1日当たり4万6000台
となり,本件環境影響評価における平成12年の計画交通量である同4万3800台(乙
14の1・18頁)と比べて,同2200台の増加となった(乙24・2-30頁)。
また,本件環境影響照査2実施時における将来交通量についても,同様に平
成11年度自動車起終点調査結果より八王子南インターチェンジ(仮称)から八王子ジャ
ンクションまでの区間の平成42年の将来交通量を推計した結果,1日当たり4万160
0台となり,本件環境影響評価における計画交通量である同3万7000台(乙14の1・
18頁,乙15の1・18頁)と比べて,同4600台の増加となった(乙248・24
頁)。
このように,本件環境影響照査実施時の将来交通量が本件環境影響評価時の
交通量を上回ったため,本件環境影響評価以降に新たに得られた最新の知見に基づき,本
件環境影響評価において計画交通量を基礎として予測・評価が行われた項目のうち,自動
車の走行が要因となって環境への影響が想定される予測・評価項目で交通量の変更により
評価が変わる可能性があるものとして,工事の完了後の施設の供用に伴う「大気汚染」,
「騒音」,「振動」,「低周波音」(本件環境影響評価における低周波空気振動と同じ)
の4項目を対象として,本件環境影響照査1及び2を実施した。そして,再予測計算をし
た各項目の予測値は,下記のとおり,照査時点における評価の指標(照査時点における環
境基準等。なお,本件環境影響照査1及び2時点並びにそれ以降における環境基準につい
ては,以下,「現環境基準」という。)を下回るあるいは適切な環境保全のための措置を
講ずることによって評価の指標(現環境基準等)を下回るというものであった(乙24・
2-42,2-77,2-94,3-5,3-22,3-28頁,乙248・33,54,
67,71,86,90頁)。
イ 大気汚染
本件環境影響照査1では,一酸化炭素,二酸化窒素,二酸化硫黄について,
裏高尾と下恩方でそれぞれ予測し(乙24・2-43~2-45頁),また,本件環境影
響照査2では,一酸化炭素,二酸化窒素,二酸化硫黄について,南浅川と裏高尾でそれぞ
れ予測した(乙248・33頁)。いずれの照査においても,いずれの地点についても現
環境基準を下回り十分に環境保全が図られることが確認されている。また,本件環境影響
照査1においては,本件環境影響評価で予測対象とされなかった浮遊粒子状物質(SPM)
についても照査が行われている。SPMについては,近傍の一般局における過去5年間
(平成8年から平成12年まで)の平均値を将来のバックグラウンド濃度として仮定し,
本件道路からの寄与濃度を足し合わせて評価した。その結果は,下恩方で日平均値が0.
096mg/立方メートルとなり,現環境基準を下回ることが確認されている(乙24・
3-5頁)。なお,下恩方以外の地区については,インターチェンジ及びジャンクション
部で加減速が発生し,そのような本線の走行パターンと異なる加減速区間における走行パ
ターンに対応したSPMについての排出係数の知見が確立していないことから,照査対象
外としたものである(乙150の1・44頁,乙248・71頁参照)。したがって,控
訴人らが主張するような大気汚染による被害が生じるおそれがないことは明らかである。
ウ 騒音
本件環境影響照査1及び本件環境影響照査2においては,現環境基準である
等価騒音レベル(Leq)による予測・評価が行われている。現環境基準によれば,「幹
線交通を担う道路に近接する空間」(近接空間)の背後地である「道路に面する地域」に
おける環境基準値は,「A地域(主として住居の用に供される地域)のうち2車線以上の
車線を有する道路に面する地域」では昼間において60dB,夜間において55dB,
「B地域(相当数の住居と併せて商業,工業等の用に供される地域)のうち2車線以上の
車線を有する道路に面する地域」では昼間において65dB,夜間において60dB(乙
25・8014頁,乙63・276~278頁)とされている。本件環境影響照査1では,
本件環境影響評価において予測した際と同じ環境保全対策を講ずるとの前提で,昼間は裏
高尾で52dB,下恩方で55dB,夜間は裏高尾で54dB,下恩方で54又は55d
B,とそれぞれ予測され(乙24・3-25頁),また,本件環境影響照査2では,昼間
は南浅川町(八王子南バイパス及び一般国道20号の影響を加えた予測。以下同様。)で
55dB(背後地,高さ1.2メートル。以下同様。乙253・16,21頁),裏高尾
で52dB,夜間は南浅川町で51dB,裏高尾で53dB,とそれぞれ予測されており,
いずれの地点においても,A地域の2車線以上の車線を有する道路に面する地域の現環境
基準を下回ると予測されている(乙248・87頁)。
以上のとおり,本件環境影響照査1及び本件環境影響照査2においては,し
かるべき環境保全措置を講ずることにより現環境基準を遵守することが可能であると予測
されており,控訴人らが主張するような騒音被害が生じるおそれはないことが明らかであ
る。
(4) 八王子ジャンクションからあきる野インターチェンジまでの区間の供用開
始後の環境調査
被控訴人中日本高速道路は,平成19年6月23日の圏央道の八王子ジャンク
ションからあきる野インターチェンジまでの区間の開通を受けて,平成19年12月に大
気質,騒音,振動,低周波音の4項目について,周辺4か所(裏高尾,下恩方,美山,上
川)において環境調査を行った(乙229)。その結果は,大気質について,一酸化炭素,
二酸化窒素,二酸化硫黄のいずれも,調査各地点で現環境基準を下回っていることを確認
し(乙229・2~3頁),また,騒音についても,各地点で各時間帯において現環境基
準を下回っていることを確認した(乙229・3頁)。
以上のとおり,被控訴人中日本高速道路が行った圏央道の上記区間の開通後の
調査においても,大気質,騒音,振動,低周波音のいずれもが現環境基準を下回っており,
十分に環境保全が図られることが確認されており,控訴人らが主張するような被害が生じ
るおそれはないことが明らかである。
7 大気汚染
(1) 本件環境影響評価等における大気汚染の予測・評価に誤りがないこと
ア 大気拡散式(プルーム式・パフ式)
(ア) 本件環境影響評価では,大気汚染の予測に当たり,気象の現地調査の
結果から,「建設省所管ダム,放水路及び道路事業環境影響評価技術指針について」(昭
和60年9月26日付け建設事務次官通知)の別添「建設省所管道路事業環境影響評価技
術指針」(以下「建設省技術指針」という。乙30・70頁。)及び都条例に基づく「東
京都環境影響評価技術指針」(以下,その後改訂されたものを含めて「東京都技術指針」
という。乙64・32頁。)において採用されている大気拡散式である,有風時(風速が
1メートル/秒を超える場合)にプルーム式,静穏時(風速1メートル/秒以下の場合)
にパフ式を用いている(乙14の1・98頁)。この予測手法は,有風時には正規型プルー
ム式,弱風時には簡易パフ式(無風時におけるパフ式を拡散幅が拡散時間の一次関数であ
ると仮定して時間積分を行ったもの。)を大気拡散式として用いることを基本としている。
このうち,拡散幅については,既存の実測値や実験データから設定することになっている
ので,上記拡散式は,プルーム型・パフ型の統計モデルの性格を持つものといえる。建設
省技術指針等に示された上記の予測方法は,拡散係数そのものを与えるのではなく,実測
や実験データに基づいて拡散幅を定めるものとなっており,いろいろな条件におけるデー
タに基づいて拡散幅を定めることにより,予測に適用できる手法となっている。そして,
複雑な地形や建物等は拡散を促進させることや,拡散式を用いた大気汚染の予測は年平均
値を予測するものであって特定の風向における影響が大きくないことなどを考慮すると,
上記の技術指針に示された予測方法はかなり広い範囲で適用することができる(乙31・
48頁)。
(イ) このように,本件環境影響評価におけるプルーム式・パフ式の拡散幅
は,理論値に加え,道路沿道における様々な気象条件等における実測値も考慮されている
ものであり,裏高尾地区における接地逆転層の影響についても,設定した拡散幅に反映さ
れていることから,上記拡散モデルによる予測は適切なものである。そして,このことは,
裏高尾地区を対象とした本件風洞模型実験においても確認されているところである(乙1
4の1・98頁,乙14の2・15~21頁)。
(ウ) また,本件環境影響照査1及び本件環境影響照査2においても,照査
時点における最新の知見に基づき,上記と同様のモデル式を用いることとし,本件環境影
響照査1においては,東京都技術指針(平成11年7月23日告示893号。乙66。)
及び「道路環境影響評価の技術手法その1」(平成12年10月建設省土木研究所。以下
「技術手法1」という。乙150の1。)に基づき,本件環境影響照査2においては,東
京都技術指針(平成15年1月。乙249。),技術手法1及び「自動車排出係数の算定
根拠」(平成15年12月国土交通省国土技術政策総合研究所,乙250。)に基づき,
実施した。
イ 控訴人らの主張に対する反論
控訴人らは,本件環境影響評価1の実施に際して用いた拡散幅に対して,
「大気汚染の予測手法の適用性に関する調査業務報告書」(甲148。以下「調査業務報
告書」という。)における「広域拡散を予測する場合には道路横断方向が150m以上に
なる。……,現行マニュアルの予測手法をそのまま広域汚染予測に適用することは避ける
べきである。」との記載(152頁)を根拠に,本件環境影響評価1で用いられた拡散幅
は,道路沿道150メートル以上の広範囲を対象としていながら,道路環境整備マニュア
ルのとおりの拡散幅であり,将来予測が不正確であることは明らかである,などと主張す
る。
しかし,控訴人らが根拠とする調査業務報告書の記載事項は,プルーム・パ
フ式モデルの理論的な適用限界を示したものではない(実際に調査した道路構造の規模及
び実測地点の最大値を予測範囲としているに過ぎない。)。また,本件環境影響評価1で
は,裏高尾地区における実際の地形,気流の状態,温度分布などを再現した本件風洞模型
実験を行い,プルーム・パフ式モデルにより行った裏高尾地区の大気汚染予測値の妥当性
を検証し,確認している。したがって,プルーム式・パフ式を適用した本件環境影響評価
1には何ら不合理は点はない。
ウ SPM(浮遊粒子状物質)
(ア) SPM(浮遊粒子状物質)については,本件環境影響評価を実施した
時点においては,評価を行うのに十分な汚染予測手法が確立していなかったため,予測評
価の対象としなかったものの,本件環境影響照査1においては,下恩方地区での日平均値
は環境基準を下回ることを予測している(乙24・3-5頁)。加えて,SPMについて
は,国や地方公共団体によって現在も改善施策が進められ,実際にも効果が現れている。
東京都内のSPM濃度に関していえば,減少あるいは横這いである旨の分析がされている
上(乙155・35頁,乙156・31頁),国や東京都及びその周辺の地方公共団体に
よっても,SPMに関する改善施策が積極的に進められており(乙157~167),平
成18年及び平成19年の東京都及び環境省の発表によっても,SPMの年平均値の推移
については改善傾向が認められるのであり(乙180,181),改善の期待に根拠がな
いという批判は当たらない。そして,現在においても実際に改善効果が現れていることは,
平成21年7月21日に東京都が発表した「平成20年度大気汚染状況の測定結果につい
て」において,SPMについて,「一般局では,昨年に続いて2年連続全46局で(環境
基準を)達成しました。」,「自排局では,昨年に続いて4年連続全34局で(環境基準
を)達成しました。」とされ(乙251・1頁),また,環境省が発表した「平成20年
度大気汚染状況について」(乙252・1頁)においても,SPMの年平均値の推移につ
いては,一般局自排局とも近年緩やかな改善傾向がみられるとされていることなどから明
らかなように,SPMに関する環境改善は,もはや単なる期待にとどまらず,具体的に改
善が進んでいるのである。
(イ) 控訴人らは,本件環境影響照査1では下恩方地区のSPM濃度は環境
基準をわずかに0.004mg/立方メートル下回っているに過ぎず,加減速があり排出
係数の大きくなる八王子ジャンクション部分ではより高濃度のSPM汚染が予測でき,裏
高尾でのSPM汚染は環境基準を上回ることは容易に予測できる,と主張するが,本件環
境影響照査1の時点はもとより,本件環境影響照査2の時点においても,加減速車線が含
まれる区間の走行パターンに対応した排出係数の設定方法が解明されていないために予測
を行っていないものであり(乙150の1・44頁,乙248・71頁),予測を行って
いないこと自体はやむを得ないものである。
(2) 控訴人らの行った大気汚染シミュレーションの問題点
ア 控訴人らの実施した大気汚染シミュレーション(甲96,110)の結果は
信頼性が低いこと
控訴人らは,原判決が控訴人らの実施した三次元流体モデルを用いた大気汚
染予測(甲96,110)の結果を採用しなかったことについて批判するが,控訴人らに
よる三次元流体モデルを用いた大気汚染予測には,① 気象モデルとして,裏高尾地区の
気象条件を代表するとはいい難くかつ地形その他の影響を受けていないともいい難い館町
測定局の気象条件を用いているため,裏高尾地区の風向・風速を再現できていない,②
発生源モデルとして日交通量を用いているため,時間の変化にともなう排出量の変化,風
向の変化及び大気の安定度の変化が全く考慮されていない,③ 拡散モデルとして,およ
そ生じ得ない状況を前提とするケース,理論的に適用すべきではない拡散式を用いている
ケースが含まれている上,用いたパラメータを何ら明らかにしていない,④ NOxをN
O2に変換する際,変換割合が最も大きくなる館町測定局における相関関係を用いている
ため,実際より高いNO2濃度が算定されている可能性がある,等の問題点が存在するの
であって,このような大気汚染予測は信用に値するものとはいえない。
控訴人らは,上記①の点について,「三次元流体モデルで本来必要な上空の
データで予測をしない限り信用できないものとすることは,控訴人らに不可能を強いるも
のである。」,「したがって,年間データが揃っていてしかも裏高尾に一番近くかつ地形
的影響のより少ない館町測定局のデータを「よりまし」なデータとして使用したのである。
」などと主張するが,これは,控訴人ら自らが本来必要なデータを用いずに便宜的なデー
タを用いたに過ぎないことを自認するものであり,また,館町測定局のデータが地形的影
響がより少ないとする点も根拠が不明であって,いずれにしても失当である。また,控訴
人らは,上記②の点について,「時間ごとの時間交通量による計算は,三次元流体モデル
では膨大な計算量になり,その計算には膨大な時間を費やさなければならず,いかにコン
ピューターの性能が向上しても,限界がある。」として,何ら自己の予測手法の合理性を
裏付ける理由とはならない主張を行い,「ここで算出するのは年平均値であり,年平均値
で換算すれば,日交通量で計算しても時間交通量で計算しても,それほど大きな違いは結
論としては生じない。」として,何ら合理的な根拠を示さない断定をしており,失当であ
る。さらに,控訴人らは,上記③及び④の点について,「控訴人らがケース1ないし4ま
でに分けて検討した趣旨は,現実に起こる事象か否かという視点からではなく,……。仮
にケース1ないし4の拡散式適用が誤りであったとしても,換気塔の影響は全体から見れ
ば小さい。」とか,「甲第96号証などで調査したのは圏央道の沿道だけではない。……。
このような圏央道の非沿道地域に対しては,……町田街道から420メートルの位置にあ
る館町測定局のデータを用いて換算することに何の問題もない。」とかいうが,いずれも
被控訴人らの主張及び原判決の判断に対する有効な反論とはなっていない。
イ 甲第96号証の正確性を検証したとする甲第150号証も信頼性が低いこと
(ア) 控訴人らは,三次元流体モデルを用いた大気拡散予測である甲第96
号証の正確性を検証したとして提出した甲第150号証を原判決が採用しなかったことに
ついても批判するが,甲第150号証についても,① 自動車排出ガスが高濃度となる道
路近傍での検証が行われていないこと,② 半分ないし7割程度まではバックグラウンド
濃度という実測値が多くを占める計算値と呼ばれるものと実測値とを比較しているに過ぎ
ないこと,③ 実測値と計算値との整合性を確認したものではなく,実測濃度の「推計値」
と計算値との整合性を確認したものに過ぎないこと,④ 排出係数やバックグラウンド濃
度等について合理的な理由なく甲第96号証と異なる数値を用いていること,などの種々
の看過できない問題点を含むものであり,甲第150号証を採用しなかった原判決は正当
というべきである。
(イ) 控訴人らは,上記①の点について,検証報告書(甲150)において
は,道路近傍の濃度予測が目的ではないから除外した旨を主張するが,道路近傍の濃度予
測が目的ではないとして検証の前提からその測定値を除外するのであれば,道路近傍の予
測値を甲第96号証の予測結果からも除外すべきであって,控訴人らの主張は整合性がと
れていないし,控訴人らは,「道路近傍」がどの範囲を指すのか,どの範囲まで検証が不
可能なのか等の説明もしないまま除外しているのであって,このような科学的根拠を欠く
恣意的な手法は適切でないというべきである。
(ウ) また,控訴人らは,上記②の点について原判決の判断を批判するが,
道路端から離れた地点においては自動車排ガスの影響は大きくなく,バックグラウンド濃
度の占める割合が高くなるため,道路近傍の実測値を除外すれば,控訴人らのいう計算値
と実測値との整合性が図られやすくなるのは当然であり,これに対して,仮に道路からの
影響が大きい道路近傍での実測値と計算値との検証を加えた場合には,現況再現結果(甲
150・10頁)は更に悪くなることが容易に予想される。甲第150号証では,道路端
の高濃度域を除外したため,検証の対象となっている地点におけるNOxの範囲は,20
ないし30ppbに集中している(甲150・9頁図3-3)。しかも,計算値といわれ
るNOxの値には,そもそも,明確な根拠もないまま単に測定濃度が最も低かったという
だけの理由で中央道の影響が最も少ないとする場所の実測値から推定したバックグラウン
ド濃度である14.9ppbが含まれているから,計算値といわれるもののうち三次元流
体モデルにより算定された実際のNOxの計算値は,約5ないし15ppbということに
なる。つまり,甲第150号証では,実測値と計算値とを比較するとしていながら,その
計算値なるものの半分ないし7割程度まではバックグラウンド濃度という実測値が占めて
いるのであるから,当該部分については,実質的には,同じ実測値同士の比較を行ってい
ることになるのである。三次元流体モデルにおける予測の正確性を検証するという本来の
趣旨からいえば,道路からの発生源寄与濃度について,三次元流体モデルにより予測した
計算値と,実測値からバックグラウンド濃度相当の値を差し引いた値とを比較し,検証す
べきところ,そのような作業はされていない。したがって,甲第150号証は,甲第96
号証中道路から離れた地点における予測について三次元流体モデルの正確性及び信頼性を
裏付けるものということはできないのである。
(エ) また,控訴人らは,上記③の点について,原判決が「6月と12月の
各3日間のみのデータで年間を代表させるにはデータが不足しているというべきである。」
と判示した(原判決37頁)ことに対し,本件環境影響評価における手法と信頼性におい
て差異はないと批判するが,そもそも,カプセルを使用した簡易測定法は,風や温度,湿
度の影響を受けやすく,環境基準で定められていたザルツマン試薬を用いる吸光度法と比
べて精度が悪いといわれており,もちろん環境基準に定められた測定方法でもなく,その
結果を環境影響評価の結果と同列に扱うことはできないというべきである。他方,本件環
境影響評価が四季ごとに各1週間の調査をしたことは,当該道路環境整備マニュアルや最
新の知見である技術手法に沿った適正なものであり,これと,甲第96号証における測定
手法とを同一に論じることはできず,控訴人らによる三次元流体モデルを用いた大気汚染
予測は,科学的根拠を欠く信頼性のないものといわざるを得ないものである。
(オ) さらに,控訴人らは,上記④の点について,甲第96号証はあくまで
も将来予測を行ったものであり本件環境影響評価と同様の数値を使用している旨を主張す
るが,そもそも,排出係数について,甲第96号証で適用した拡散モデル及び当該拡散モ
デルから導き出されたNOxの推計濃度の妥当性を検証するというのであれば,甲第15
0号証で適用する排出係数についても甲第96号証と同様に本件環境影響評価の数値を用
いるのは当然のことであって,控訴人らの上記主張は,両者で異なる数値を用いたことに
ついての合理的な理由とはなり得ないものである。
(カ) バックグラウンド濃度について,甲第150号証では,現況濃度が0.
0149ppmという前提で現在の裏高尾地区におけるNOx濃度を推計し,他方,甲第
96号証では,将来濃度が0.0208ppmという前提で将来の裏高尾地区におけるN
Ox濃度を推計しているところ,将来のバックグラウンド濃度がそれほどに増加すると考
えることは不自然である。甲第96号証で予測したNOx濃度の正確性を検証するのが甲
第150号証の目的であるならば,甲第96号証と甲第150号証において設定するバッ
クグラウンド濃度は近似した値とするか又は将来増加する理由を明確に示すべきであると
ころ,甲第150号証では,甲第96号証と大きくかけ離れたバックグラウンド濃度を採
用したことについて合理的な説明は全くなされておらず,信用することができないもので
ある。
ウ 控訴人らの実施した追加調査(甲248,254)は評価に値しないこと
控訴人らは,① 気象モデルについて,裏高尾の気象データ及び館町測定局
以外のデータ(大楽寺町測定局,八木町測定局のデータ)を用いる,② 日交通量ではな
く時間交通量を用いる,③ 換気塔からの影響は考慮しない,との前提で行ったとする追
加調査(甲248,254)を根拠に,第1に,裏高尾の気象データを使った方が過小に
予測値が算出される,第2に,プルーム・パフ式モデルでは計算値が実測値とほとんど相
関がとれないほどに過小に算出される,などと主張する。
しかし,控訴人らが行った三次元流体モデルによる大気拡散計算(甲96)
及びその検証(甲150)について多くの誤りや不備があることの被控訴人らの上記の指
摘は,甲第248号証及び第254号証の再計算についても同様に当てはまるものであり,
大楽寺町測定局及び八木町測定局は,館町測定局よりさらに市街化された地域にありかつ
標高の低い場所に位置しているのであるから,データの内容や精度に問題があり,これら
の追加調査も信用することができないものである。
8 騒音
(1) 本件環境影響評価等の予測・評価に誤りがないこと
ア 本件環境影響評価等の予測手法が適正であること
本件環境影響評価における騒音の予測は,建設省技術指針(乙30)及び東
京都技術指針(乙52)に記載された方法により行われたものであり,また,本件環境影
響照査1における騒音の予測は,道路環境影響評価の技術手法その2(平成12年10月・
乙150の2)に記載された方法,本件環境影響照査2における騒音の予測は,道路環境
影響評価の技術手法その2(平成16年度改訂版)(平成16年4月,乙253)に記載
された方法により行われたものである。このように,騒音の予測に当たっては,被控訴人
国及び地方公共団体の定める手法に基づき行うことが一般的であり,本件環境影響評価等
における騒音に係る予測手法は適正なものである。
イ 使用する環境基準
本件環境影響評価においては,旧環境基準(乙14の1・209頁,乙19
の1・126頁,乙21・123~125頁)の「道路に面する地域」の指針値に照らし
て道路交通騒音に関する評価が行われ,本件環境影響照査においては,現環境基準(乙2
4・3-21頁,乙25・8013~8016頁,乙248・86頁)の「幹線交通を担
う道路に近接する空間」及び「道路に面する地域」の指針値に照らして,道路交通騒音に
関する評価をし,併せて旧環境基準による評価も行っている(乙24・2-76頁,乙2
48・53頁)。
なお,控訴人らは,「道路に面する地域」の適用範囲に関して,まさに道路
に接しているか道路端からせいぜい20メートルの距離にある地域に限定すべきである旨
を主張するが,原判決も正当に判示しているように,「道路に面する地域」の適用範囲を
画する際に道路からの距離を考慮することは適当でなく,むしろ,道路騒音の影響を受け
る地域全体が「道路に面する地域」に当たるものとして緩和された環境基準の適用を認め
ることが,旧環境基準の制定の趣旨に沿うものというべきである。現環境基準についても,
「道路に面する地域」とは,「道路交通騒音が支配的な音源である地域」を意味するもの
とされ,「道路交通騒音の影響が及ぶ範囲は,道路構造,沿道の立地状況等によって大き
く異なるため,道路端からの距離によって一律に道路に面する地域の範囲を確定すること
は適当ではない。」とされているのであり,「道路に面する地域」は,道路端からの距離
にかかわらず,「道路騒音の影響を受ける地域」と解するのが相当である。
ウ 本件環境影響評価等の予測・評価の結果
本件環境影響評価では,下恩方,裏高尾及び南浅川の各予測域(予測地域)
は,いずれも,旧環境基準のA地域のうち2車線を超える車線数を有する道路に面する地
域として評価が行われ,予測騒音レベルは,いずれの予測域でも旧環境基準を下回るもの
と判断された(乙14の1・191頁,乙19の1・126頁。)。また,被控訴人らは,
本件環境影響照査1において,平成32年における将来交通量を用いて裏高尾予測域及び
下恩方予測域の道路交通騒音を予測し,本件環境影響照査2において,平成42年におけ
る将来交通量を用いて裏高尾予測域及び南浅川予測域の道路交通騒音を予測した。本件環
境影響照査1では下恩方及び裏高尾の各予測域が,また,本件環境影響照査2では裏高尾
及び南浅川の各予測域が,いずれも,現環境基準の「幹線交通を担う道路に近接する空間」
(近接空間)又は「A地域のうち2車線以上の車線を有する道路に面する地域」(道路に
面する地域)として照査が行われ,遮音壁等の設置を実施することによりいずれの地点も
現環境基準を下回るものと判断された(乙24・2-75~2-78及び3-25頁,乙
248・54,87頁)。
以上によれば,本件道路の建設によって本件道路の沿道に発生すると予測さ
れる騒音により本件道路の沿道住民の生命及び身体の安全に具体的な危険が生じるおそれ
はないということができる。
エ 本件環境影響評価等の走行速度
控訴人らは,本件環境影響評価等における騒音予測は,単に道路交通法上の
制限速度を上限とした速度(時速80キロメートル)を前提としたものであるから,走行
の実態を前提とした予測とはいえず,被害の予測や被害防止の視点からの環境影響評価及
び環境影響照査とはいえないと主張し,原判決に対しても,高速道路の走行速度の実態に
目をつぶっており,実態に即した平均走行速度を予測することができないなどというのは
科学的態度に欠けたものであると批判する。
しかし,建設省技術指針においては,「予測は,第4で設定された環境要素
の項目について,一般的な条件下における環境の状態の変化を明らかにすることにより行
うもの」(乙30・69頁)とされており,道路の新設に際しては,道路を走行する車が
設計速度の範囲内で設定される規制速度を遵守し通常その速度において走行できることを
予定しているのである。したがって,この点について,「平均走行速度を規制速度の上限
値,道路交通法上の最高速度を考慮して設定した本件環境影響評価及び本件環境影響照査
の予測結果は不合理とはいえない。」とした原判決の判断(原判決54頁)は,正当なも
のである。
(2) 控訴人らの主張に対する反論
ア 株式会社Bの騒音予測(甲135)に関する主張について
控訴人らは,原判決が控訴人らの騒音予測評価(甲135)の信頼性を否定し
たことを批判するが,原判決も正当に判示したように,同評価においては,シミュレーシ
ョンの計算範囲の設定において実際に使用した地形データや各予測地点の予測高さについ
て具体的な記載がなく,地点における評価及び面的評価のいずれについても,地形による
騒音の反射や吸収の有無,そのほか地形が騒音の伝播に及ぼす影響について,どのような
地形のどのような状態をどのように考慮したのかが全く明らかでなく,科学的な根拠が存
在しないものというべきである。この点について控訴人らが当審において主張するところ
も,結局,予測高さが地上1.2メートルであること,地形データの結果が甲第135号
証の4頁の図3-2であることの説明にとどまり,上記の問題点を解消するものではない。
また,控訴人らは,① 高速道路における走行速度の実態(時速90~10
0キロメートルでの走行)からすれば,甲第135号証の予測結果からさらに2ないし3
dB高い結果となる,② 甲第135号証が用いたモデル(ASJモデル1998)は,
将来の自動車騒音規制を考慮して自動車のパワーレベルを低減させているのに対し,その
改良モデル(ASJRTNモデル2003)はこれを考慮していないから,当該改良モデ
ルを基にすれば,予測結果はさらに1dB程度高くなる,などと主張する。
しかし,上記①の点については,平均走行速度を規制速度の上限値,道路交
通法上の最高速度を考慮して設定することが合理的であることは前記のとおりであり,上
記②の改良モデルの点についても,本件環境影響照査2においては,2003年の改良モ
デル(ASJRTNモデル2003)を用いており(乙248・73頁),その結果,甲
第135号証と同じ地域である裏高尾地区における予測結果は等価騒音レベル(Leq)
で52から54dBとされていて,いずれも現環境基準を下回っているのであるから(乙
248・87頁),この点も理由がないというべきである。
イ 中央道南側の遮音壁設置後における控訴人らによる騒音調査結果(甲315)
について
控訴人らは,上記騒音調査結果の評価に際し,夜間における屋外の環境基準
については,裏高尾地区の控訴人らの住居地には「道路に面する地域」の環境基準を適用
すべきではないとして,一般地域の屋外の環境基準である45dB,屋内については睡眠
妨害が出てくる30ないし35dBで評価すべきことを前提として,平成18年6月28
日に控訴人X1宅で行った騒音調査結果(甲315)において,屋外では,控訴人らの主
張する一般地域の屋外の環境基準を14dBも超える数値(59.2dB)が出ている上,
屋内でも環境基準をはるかに超える騒音により睡眠妨害が生じている,などと主張する。
しかし,甲第315号証の騒音調査結果の信用性に関する問題を措いて,仮
に同結果を前提としたとしても,控訴人X1宅が存在する地域に適用すべき環境基準は,
「B地域のうち2車線以上の車線を有する道路に面する地域」に係る基準であり,夜間に
ついては「60dB以下」との基準が適用されるべきものである。すなわち,屋外の環境
基準の適用については,地域の類型に応じて評価をすることとされ,地域の類型の当ては
めについては,都道府県知事が指定することとされているところ(乙25・8013頁以
下),控訴人X1宅が存在する地域は,都市計画法8条1項1号の規定により用途地域の
定められていない地域であるため(乙122),「騒音に係る環境基準について」に定め
る地域の類型の「B」に当たることになる(乙123)。そして,上記のとおり,控訴人
X1宅が存在する地域に適用すべき環境基準は,「B地域のうち2車線以上の車線を有す
る道路に面する地域」に係る基準であり,夜間については「60dB以下」との基準が適
用されることとなる(乙25・8014頁)。したがって,控訴人らの行った騒音調査結
果を前提にしたとしても,控訴人X1宅における騒音は環境基準を下回っているというべ
きである。また,屋内に関する基準について,本件環境影響評価等で適用した環境基準は,
睡眠妨害に対する影響も適切に考慮されており,このことは,原判決も正当に判示してい
るとおりである。
したがって,中央道南側の遮音壁設置後における控訴人らによる騒音調査結
果(甲315)を踏まえても,適正な環境基準の当てはめがされれば,騒音に関する環境
基準を下回っていると認められるから,控訴人X1宅に睡眠妨害等が生じているという控
訴人らの批判は理由がない。
ウ 控訴人らによる八王子ジャンクション等の開通後における騒音調査結果(甲
316)について
控訴人らは,圏央道の八王子ジャンクションからあきる野インターチェンジ
までの区間が開通した前後の控訴人X1宅の騒音測定結果(甲316)について,「屋外
ではほとんど変わらなかったが,これは交通量が未だ事業者ら(被控訴人ら)の予定交通
量の半分程度であるためであり,今後予測交通量程度に交通量が増加すれば,夜間の騒音
状況は60dBに近づくかこれを超えることが予測される。」などと主張する。また,株
式会社Bの騒音予測(甲135)で控訴人X1宅と近い地点であるE地点の予測値が夜間
58dBで補正値が62dBとなっていることを考慮すると,上記騒音測定結果(甲31
6)は,甲第135号証の予測と符合するものであるから,甲第135号証における騒音
予測の科学性が裏付けられている,とも主張する。
しかし,控訴人らの上記主張は,交通量と騒音予測との関係を明らかにして
おらず,具体的な予測結果の数値も示していないため,科学的根拠がないものである。ま
た,原判決も正当に判示しているように,計画交通量4万3800台/日(乙14の1・
18頁,乙15の1・18頁)で予測・評価された本件環境影響評価の結果は,裏高尾を
含む各予測地域において,いずれも環境基準を下回るものである上,本件環境影響評価後
のデータである計画交通量4万6000台/日(乙24・2-30頁)に基づいて実施さ
れた本件環境影響照査1の結果においても,遮音壁を若干嵩上げすることにより裏高尾を
含むいずれの地点においても現環境基準を下回るものとされているのであるから,控訴人
らの上記主張は理由がない。また,騒音測定結果(甲316)が甲第135号証の予測と
符合するもので甲第135号証の科学性が裏付けられているとの控訴人らの主張について
も,前記のとおり,甲第135号証自体,そもそも科学的な根拠に乏しいものであり,こ
の点についての控訴人らの主張も理由がない。
9 振動
原判決も正当に判示するように,本件道路の建設により本件道路沿道において本
件環境影響評価等で予測された程度を超える振動が発生するとは認められず,かつ,予測
された振動は,振動規制法(昭和51年6月10日法律第64号)16条1項,同施行規
則12条に基づき,都道府県知事(なお,平成11年7月16日法律第87号による改正
により,現在は市町村長。)が道路管理者に対して道路交通振動の防止のための必要な措
置を要請する限度(以下,これを「要請基準」という。この要請基準は,道路交通振動に
より道路周辺の生活環境を著しく損なうことのないよう制定されたものであり,夜間の要
請基準値は,主として睡眠影響に着目し,昼間の要請基準値は,住民反応調査結果等も考
慮して定められたものである。)(昭和51年11月10日総理府令第58号,昭和52
年3月30日東京都告示第242号,平成12年3月31日東京都告示第419号)を超
えないものであって,本件道路の沿道住民の生命及び身体の安全に具体的な危険が生じる
おそれがあると認めることはできないというべきである(乙14の1・218,232,
236頁,乙14の2・88頁,乙15の1・232,236頁,乙19の1・144,
145,148頁,乙20・144,148頁,乙24・2-94頁,乙25・8501,
8503の2~3,8509頁,乙27の1,2)。
10 低周波空気振動
原判決も正当に判示するように,本件道路の建設により本件道路の沿道において
本件環境影響評価等で予測された程度を超える低周波空気振動が発生するとは認められず,
かつ,予測される低周波空気振動は,一般環境中に存在している音圧レベルの範囲内にあ
るため,本件道路沿道の住民の日常生活に支障のない程度のものということができ,住民
の生命及び身体の安全に具体的な危険が生じるおそれがあると認めることはできないとい
うべきである(乙14の1・237~239頁,乙15の1・237~239頁,乙19
の1・149~153頁,乙20・149~153頁,乙24・3-26~3-28頁,
乙248・88~90頁)。
11 自然生態系や景観への影響
(1) 覆工止水工事の完成に伴う地下水位の上昇
原判決は,観測孔2の水位低下につき,八王子城跡トンネルの掘削工事が影響
を与えているものと推認できると判示したが,原審の口頭弁論終結後である平成19年2
月24日に八王子城跡トンネルの覆工止水構造が完成したところ,覆工コンクリート構築
後のトンネルルート付近の岩盤地下水の挙動を早期に把握することを目的としてトンネル
外側に設置された水圧計によれば,水圧は,覆工止水構造完成前である同年1月10日こ
ろから,止水構造部の中間付近で上昇傾向となり(乙188),その後の同年2月16日
ころには,上り線及び下り線のすべての水圧測定地点において水圧の上昇が認められると
ともに,同年2月8日ころからは,従前より岩盤地下水の動向を計測していた観測孔2の
水位も上昇し始めた(乙189)。このような水位上昇傾向は,平成17年度の第3回技
術検討委員会(平成17年11月11日)において得ていた「観測孔2の地下水位は,リー
ミングTBMによる拡幅掘削の進行に伴い,低下傾向を示しているものの,早期に覆工コ
ンクリートが構築されることにより,水位は徐々に上昇すると考えられる。」(乙139・
3枚目)との見解を裏付けるものということができ,八王子城跡トンネルの掘削工事が適
切な工法であったことを根拠付ける事実である。また,上記のような岩盤地下水の水位上
昇傾向は,平成19年2月8日以降も継続し,覆工止水構造が完成した後の同年3月5日
においても,トンネル外側に設置されているすべての水圧測定箇所で水圧が上昇し続け
(乙190),観測孔2の水位も,同月22日までの約1か月半で約13メートルの上昇
が認められた(乙191)。そして,技術検討委員会(平成19年3月26日)では,こ
のような状況をもって,「これまでの観測井戸の水位の上昇から,止水構造(同年2月2
4日完成)は予定どおり機能していると判断できる。このことから地下水全体が回復し始
めてきていると考えられる。」との見解が示された(乙191・9枚目)。なお,観測孔
2の水位は,先進導坑の掘削が完了した平成16年8月以降,TP(海抜)+345メー
トルで推移してきたが,平成17年10月19日のトンネル拡幅掘削の開始に伴い予測ど
おり約30メートル低下し,平成19年1月まではTP+315メートルで推移してきた
ところ,その後,覆工止水構造の完成に伴い,平成19年2月8日ころから1年4か月ぶ
りに上昇傾向を示し始め,その後上昇と下降を繰り返しながら徐々に上昇し,平成21年
8月11日現在では水位はTP+343.8メートルにまで上昇し,地下水位は予測どお
り上昇している(乙254・4~5枚目)。これらにつき,技術検討委員会(平成21年
8月24日)は,「今後も上昇下降を繰り返しながら,長期的にみると回復を続け,将来
的には安定するものと判断される。」との見解を示している(乙254・19枚目)。以
上によれば,地下水は,起業者(被控訴人ら)の当初の予測どおり,工事が完了すればも
との状態に回復すると認めるのが妥当である。
(2) オオタカへの影響
ア 原判決は,本件事業のオオタカへの影響について,「八王子城跡トンネル北
口坑口付近において営巣していたオオタカは,八王子城跡トンネルの工事の影響により,
平成11年ころから漸減し,平成14年には,八王子城跡トンネル北口坑口付近における
営巣を放棄するに到ったものと推認できる。」と判示したが(原判決62頁),そもそも,
オオタカに対する影響については,仮にこれがあったとしても,原判決も判示するとおり,
本件訴訟における控訴人らの各請求を基礎付けるものではなく,この点を措いても,以下
のとおり,現在においても,八王子城跡トンネル北口坑口付近を含む下恩方地区において
オオタカは営巣を継続しており,オオタカが繁殖できる生育環境は維持されているのであ
る。
イ 「猛禽類保護の進め方」に則り保全対策を実施していること
(ア) 被控訴人らは,平成8年7月に下恩方地区にオオタカの生息が確認さ
れたことから,同年11月,学識経験者や猛禽類の専門家からなる「圏央道オオタカ検討
会」(以下「オオタカ検討会」という。)を設置し,圏央道工事がオオタカの生息環境に
及ぼす影響について継続して調査し,下恩方地区においてオオタカの繁殖を確認し続けて
おり,オオタカ検討会の意見を聴取しながら,「オオタカの保全については,安定した生
息・繁殖が維持できるようにすること」を基本方針とし,「猛禽類保護の進め方」(環境
庁)(甲23)を踏まえてオオタカ検討会から提案された下記のオオタカとの共生を目指
す方策として,モニタリングを始めとする各保全対策を実施しつつ,慎重に工事を進め,
下恩方地区においてオオタカの繁殖を確認し続けており,その結果,工事の影響によりオ
オタカが下恩方地区において営巣を放棄した事実は存在しないことを確認している。
オオタカ検討会は,平成10年1月,人とオオタカとが共存できる環境作
りのための全般的方策を取りまとめた「オオタカとの共生をめざして-圏央道オオタカ検
討会のとりまとめ-」(乙194)を発表し,同年10月には,実際の工事内容を反映し
た具体的なオオタカと道路の共生を目指す方策を取りまとめた「オオタカとの共生をめざ
して・その2」(乙195)を発表した。これらは,オオタカ等の猛禽類については,そ
の生態等が十分に解明されておらず,上記「猛禽類保護の進め方」においても,「調査や
保護方策の検討に当たっては,猛禽類に詳しい専門家の指導助言を仰ぐことが肝要である。
」(甲23・1頁)とされている趣旨を適切に踏まえたものである。
(イ) オオタカ検討会においては,3年間に及ぶ継続調査の結果,平成8年
ないし平成10年のオオタカの営巣地は,各年の高利用域(前記「猛禽類保護の進め方」
に従って抽出した,採餌場所,主要な飛行ルート,主要な旋回場所,等を含むオオタカが
主として利用する区域。)に含まれており,また,いずれの高利用域にも本件工事の工事
区域が含まれていたが(乙194・3枚目,乙195・3頁),当該工事区域は,「営巣
中心域」(「猛禽類保護の進め方」の47頁の定義によれば,営巣地,営巣木及びそこに
近接する監視やねぐらのためのとまり場所,餌処理場所,等を含む区域であり,広義の営
巣地として一体的かつ慎重に取り扱われるべき区域のこと。)に含まれていないと判断さ
れたことから(乙195・4頁),「オオタカとの共生をめざして・その2」では,「あ
えて営巣中心域を設定するために,オオタカに必要以上の刺激を与える調査を行うことな
く,高利用域のみ設定して,オオタカと道路の共生を目指す方策を決め」た(乙195・
4頁)。これは,高利用域において適切な保全対策を行うことが,オオタカの生息環境を
保全することになるという考えに基づいて保全対策を講じることとしたものであり,言い
換えれば,被控訴人らは,当初発見された営巣木にオオタカが営巣を続けることではなく,
下恩方地区において,オオタカの生育環境の維持が図られ,営巣及び繁殖が継続されるこ
とを主眼として,保全対策を検討することとしたものである。この点,前記「猛禽類保護
の進め方」によれば,オオタカの繁殖期の生態として,「毎年巣を造りかえることが多い
が,中には2~3年にわたって補修しながら使われる巣もある。」(甲23・36頁)と
されており,オオタカは,毎年同じところに営巣を行うとは限らないとされている。また,
「定点調査では狩場の位置や行動域を十分把握できない場合」があり,巣立ち後の幼鳥も,
「森林内に潜んでいることが多いため,その位置を特定し観察することは難しい」とされ
ており,さらに,営巣木を特定する際の留意点についても,「営巣期の前期(造巣・抱卵
期)に,調査といえども度々営巣地へ踏み込むことは,繁殖個体にストレスを与え,最悪
の場合には繁殖中断に結びつくこともあり得るため,過度の調査は控えるべきである。」
とされている(甲23・78頁)。
(ウ) これらのことからすれば,被控訴人らが講じた保全対策は,オオタカ
について,安定した生息・繁殖を維持するとの前記「猛禽類保護の進め方」の趣旨に合致
したものというべきである。
ウ 下恩方地区においてオオタカの生息・繁殖が維持されていること
前記のように,被控訴人らは,オオタカの調査においては,下恩方地区でオ
オタカの生息環境の維持が図られ継続して繁殖していることを確認することに主眼を置い
ているため,営巣地の確認作業は行っているものの,営巣期に営巣確認の調査のために巣
に接近することによる営巣放棄や巣の破壊を避け又は翌年度以降の営巣や繁殖に及ぼす影
響を最小限とすべく,調査回数・時間など調査頻度を制限している。このため,従前,巣
や食痕は発見されたものの,雛や親鳥の姿を確認するに至らないまま調査を終了せざるを
得ないことなどもあった。被控訴人らは,このように,確実に営巣が確認されたとまでは
いえない場合,オオタカ検討会に巣,食痕,幼鳥その他の確認状況に関する資料を示した
上で専門家の意見を求めることとしている。そして,営巣地そのものが確認されていない
場合であっても,巣立ち間もない幼鳥の鳴き声や飛翔の確認,営巣地周辺における食痕の
発見などを総合的に判断し,平成8年から平成13年までについては,繁殖が継続されて
いることを確認している(乙196・3枚目)。さらに,平成14年12月から原審口頭
弁論終結前の平成18年8月までの繁殖期(毎年12月から8月まで)におけるモニタリ
ング調査では,下恩方地区で継続的に飛翔が確認されており(乙201・2~34枚目),
「雛の巣立ち」,「複数回の交尾」,「営巣木周辺での食痕」,「幼鳥の飛翔」,「幼鳥
の鳴き声」なども確認されており,上記の各年に実施したオオタカ検討会では,下恩方地
区においてオオタカが継続して繁殖しているとの意見が示されている(乙196・1枚目
及び3枚目,乙197~200)。なお,八王子ジャンクションからあきる野インターチ
ェンジまでの区間の供用が開始された平成19年の繁殖期における調査でも,継続的に飛
翔が確認されているほか,「継続的な成鳥の営巣木周辺へ「とまり」,「出入り」」,
「営巣木付近で成鳥の「交尾」」,「営巣木のある方向へ「餌運搬」をしている成鳥」,
「3羽の雛」,「営巣木周辺における「幼鳥の飛翔及びとまり」を8回」,「2羽の「幼
鳥の鳴き声」」,などが確認され,上記区間の供用開始後の平成19年9月13日に開催
されたオオタカ検討会においても,「オオタカは八王子市下恩方地区において,今年も継
続的に繁殖している。これまで,考えられる各種保全対策を実施してきた。オオタカの地
域個体群は維持されている。」との意見を得ている(乙201・35~39枚目,乙20
2)。以上のとおり,下恩方地区においては,本件道路の建設工事がオオタカの営巣・繁
殖に深刻な影響を与えてはおらず,オオタカの地域個体群は維持されているという結論を
得ているものである。
(3) 景観への影響
原判決は,「本件事業の規模や内容からすると,橋梁,高架構造物,トンネル
坑口等の人工構造物が,明治の森高尾国定公園や都立高尾陣馬(ママ)自然公園等の山地
景観に相当な影響を与えることが推測され,高尾山や八王子城跡等の自然環境を保護しよ
うと活動している者にとっては,大変好ましくない影響が生じることは容易に推認できる。
」と判示したが(原判決63~64頁),そもそも,原判決も判示するとおり,景観への
影響は,それ自体が本件訴訟における控訴人らの各請求を基礎付けるものではない上,本
件事業においては,景観に与える影響についても配慮されている。すなわち,本件環境影
響評価1においては,本件事業の周辺地域に,明治の森高尾国定公園,都立高尾陣場自然
公園等の山地景観が存することから(乙14の1・72頁,乙15の1・72頁),高尾
山からの眺望,裏高尾における眺望など,地域景観の特性等を考慮して代表的眺望地点を
選定し,現地踏査及び写真撮影によるフォトマップの作成等により調査した上(乙14の
1・420~426頁,乙15の1・420~426頁),景観の変化についての予測を
行っている(乙14の1・427~453頁,乙15の1・427~453頁)。そして,
道路構造形式,デザイン,色彩等について各種調査をし,詳細な設計を行うとともに,構
造物の設置される箇所の自然的歴史的文化的条件を十分に検討し,必要に応じて専門家の
意見を設計に反映させることにより,構造物が本来持つべき機能と視覚的機能とを調和さ
せ,景観的配慮を行っていくこととし,盛土・切土のり面,環境施設帯等には速やかに樹
林による緑の創造を図り,人工構造物の全体若しくは一部を視界から覆い隠すなどし,道
路と周辺景観との融合を図ることにより,本件事業による景観への影響は少ないものと考
えるとの評価を行ったものであり(乙14の1・454,455頁,乙15の1・454,
455頁),このような評価は,合理的な根拠に基づく正当なものというべきである。ま
た,八王子ジャンクションについては,施設の大半(ランプ,換気塔等)を中央道北側に
配置している。そのため,裏高尾町の多くの住宅が存在している都道浅川相模湖線(旧甲
州街道)付近からは施設が見えにくくなっていることや(乙255),高尾山トンネルに
ついては,山中に単独の換気塔を設けることなく,高架橋を通じて八王子ジャンクション
内の地下に設けた換気室にダクトにより排気を引き込み,先に開通した八王子城跡トンネ
ルの排気と集約して処理を行うこととしており,景観に与える影響の低減を図っている。
12 行政法規違反
(1) 文化財保護法違反の主張に対して
控訴人らは,原判決が,観測孔2の水位低下,御主殿の滝の滝涸れ及びオオタ
カの営巣放棄に八王子城跡トンネルの掘削工事が影響を与えていると推認し,高尾山や八
王子城跡の自然生態系や景観が損なわれていることは否定できないと判示したことは,本
件事業に関する文化庁長官の同意が工事により史跡である八王子城跡を毀損するおそれに
ついて軽視し十分に検討することなくなされたものであることを示すものであり,同意に
ついて定めた旧文化財保護法91条2項(平成16年法律第61号による改正前のもの。
現行文化財保護法168条1項1号。)に実質的に違反することを示唆するものである,
などと主張する。
しかし,旧文化財保護法91条1項は,史跡名勝天然記念物の現状を変更し又
はその保存に影響を及ぼす行為をしようとする際には関係省庁の長はあらかじめ文部科学
大臣を通じ文化庁長官の同意を求めなければならないと定めているところ,事業者(被控
訴人国)は,史跡八王子城跡に与える影響についての資料を提出し,八王子城跡トンネル
掘削工事開始前の平成10年4月28日に上記同意を得ているのであり(乙203),ま
た,上記の同意をするに際してどのような資料に基づきどのような検討をするかといった
事柄は,原則として文化庁長官の判断に委ねられているというべきであるから,文化庁長
官の同意が同項の規定に違反しないことは明らかであり(東京地裁平成17年5月31日
判決も同旨である(乙121・241~242頁)。),控訴人らの主張は失当である。
(2) 種の保存法違反の主張に対して
控訴人らは,原判決が,オオタカの営巣放棄について,八王子城跡トンネルの
掘削工事が影響を与えていると推認し,高尾山や八王子城跡の自然生態系や景観が損なわ
れていることは否定できないと判示したことをもって,八王子城跡トンネル掘削工事は種
の保存法9条が禁止する「殺傷」若しくは「損傷」に該当する違法な行為であると主張す
る。
しかし,種の保存法は,第2章の個体等の取扱いに関する規制において,国内
希少野生動植物種個体を直接保護するための禁止規定である9条を設け,「生きている個
体は,捕獲,採取,殺傷又は損傷をしてはならない。」(同条1項)と定め,第3章の生
息地等の保護に関する規制において,国内希少野生動植物種の保存の必要性の程度等に応
じて,「生息地等保護区」(36条),「管理地区」(37条),「立入制限地区」(3
8条),「監視地区」(39条)を定め,そして,これらの地区内における一定の行為を
禁止する規定として37条4項を設けており,それぞれの地区指定の目的に応じて,行為
の禁止や一部制限をすることとしているのである。このような種の保存法の構造に照らせ
ば,同法9条が国内希少野生動植物種個体を直接保護する趣旨で規定されたものであり,
同法36条ないし39条等が国内希少野生動植物種個体の生息地の環境を保全する趣旨で
規定されたものであることは明らかであって,本件事業が施行される地域に種の保存法3
6条1項に規定する「生息地等保護区」に指定された区域が存在しない以上,本件事業が
オオタカの捕獲等に該当する余地もないから,控訴人らの上記主張は失当である。
なお,前記のとおり,控訴人らが,種の保存法に違反すると主張する根拠は,
オオタカの営巣放棄という事実にあるところ,前記のとおり,下恩方地区においては引き
続きオオタカの「安定した生息・繁殖」が維持されているのであるから,この点からも控
訴人らの主張は失当というべきである。
(3) 自然公園法違反の主張に対して
控訴人らは,本件道路の建設は自然公園等における道路建設についての基本的
考え方(O談話)に違反しており,東京都知事はトンネル掘削工事の影響について十分に
検討することなく同意しており,これら一連の手続は実質的に自然公園法(平成21年法
律第47号による改正前のもの)56条1項に違反するものである,などと主張する。
しかし,本件事業については,明治の森高尾国定公園の特別地域内にトンネル
が建設されることから,自然公園法56条1項に基づき東京都知事に対する協議が行われ,
東京都知事より異存がないとの回答を受けているのであるから(乙204),自然公園法
に違反しているという事実はない。また,控訴人らが東京都知事による検討が不十分であ
ると主張する点につい(ママ)は,自然公園法56条1項の協議に際してどのような資料
の提出を求め,提出された資料についてどのように検討するかといった事柄は,原則とし
て,当該行為を行う東京都知事の判断に委ねられているのであるから(上記東京地裁判決
も同旨である(乙121・238頁)。),控訴人らの上記主張も失当である。
(4) 都市計画法違反の主張に対して
控訴人らは,本件道路についての都市計画決定手続が,住民らの反対を無視す
る形で強行された不適切かつ不十分なものであって,都市計画法16条1項に違反してい
る上,八王子市長が賛成の意見を提出したことを前提として審議された八王子都市計画審
議会の意思形成過程にも重大な瑕疵があり,その瑕疵を帯びた東京都の都市計画地方審議
会の賛成の答申を受けた知事の決定は,都市計画法18条1項に違反する,などと主張す
る。
しかし,① 都市計画の案を作成するに当たって住民の意見を反映させるため
の措置を講ずるか否かは,都市計画決定権者である都道府県知事の裁量に委ねられており
(都市計画法16条1項),控訴人らが主張する関係市町村での説明会は任意で開催され
たものに過ぎないから,同説明会における説明内容いかんが都市計画決定の違法事由とな
ると解する余地はなく,② 都市計画法18条1項の規定に基づく関係市町村の意見聴取
についても,都道府県知事は,特段の事情がある場合を除き,関係市町村の意見に拘束さ
れることなく都市計画決定をすることができるというべきである(前記東京地裁判決も同
旨である(乙121・231~233頁)。)。したがって,都市計画法違反に関する控
訴人らの上記主張も理由がない。
(5) 環境影響評価手続違反の主張に対して
ア 控訴人らは,昭和63年に東京都が実施した本件環境影響評価1は,「景観
への影響」について誤った判断をしており,また,本件環境影響評価実施後の平成10年
に環境影響評価法が制定施行されたことに伴い都条例や技術指針も改正されたことにより,
新たな検討を行うべきであったにもかかわらずこれを行わなかった上,平成11年の事業
認定を受ける際に行った調査(本件環境影響照査1)も,限定された項目の調査にとどま
り,到底適正なものとはいえないのであるから,このように起業者ら(被控訴人ら)が環
境影響評価の再実施を行わなかったことは,旧東京都環境影響評価条例29条及び新都条
例36条に違反する,などと主張する。
イ しかし,環境影響評価の実施は,事業者の義務ではない上,環境影響評価法
は,事業の実施後に環境影響評価を再度行うことまで求めているものではない。このこと
は,環境影響評価法32条1項の文言とこれを受けた「環境影響評価法の施行について」
(平成10年1月23日付け環境庁企画調整局長通知。乙205。)第8の1(1)によ
れば対象事業を現に実施中の事業については環境影響評価その他の手続の再実施の対象と
されていないことからも裏付けられる。本件事業は,平成5年12月に工事着手し(乙2
06),環境影響評価法が施行された時点(平成10年政令第170号により,平成11
年6月12日から施行。)において既に工事実施中であったことから,そもそも環境影響
評価法の対象事業とはならず,環境影響評価その他の手続の再実施の対象ともなり得ない
ものである。また,環境影響評価法の施行に伴い,東京都環境影響評価条例は改正され
(平成10年12月25日公布,平成11年6月12日施行。),その後,平成12年1
0月13日(平成13年1月6日施行),平成14年7月3日(平成15年1月1日施行)
にも改正されている。環境影響評価の再実施については,新都条例63条及び64条(旧
都条例28条及び29条)に規定されているが,同63条(旧28条)は,同62条(旧
27条)に基づく事業内容の変更に伴い変更届があった条例対象事業についての環境影響
評価の手続の再実施に係る規定であるところ,本件事業は,同62条(旧27条)に掲げ
る事項の変更は行っていないため,当該変更届を提出しておらず,環境影響評価の再実施
を要しないものである。また,新都条例64条(旧都条例29条)は,環境影響評価書の
縦覧期間の満了後5年を経過した後に工事に着手しようとする場合の環境影響評価の再実
施に係る規定であるところ,本件事業は,平成元年2月21日に環境影響評価の縦覧を終
了し,それから5年を経過する前の平成5年11月8日に旧都条例29条に基づき着工届
けを提出しているから,環境影響評価の手続の再実施を必要としないものである。
ウ さらに,控訴人らは,平成11年の事業認定を受ける際に行った調査(本件
環境影響照査1)も限定された項目の調査にとどまり到底適正なものとはいえないなどと
主張するが,事業認定の際に実施した本件環境影響照査1は,本件環境影響評価以降に得
られた新たな知見に基づき,本件事業の実施が環境に及ぼす影響について補足的に照査を
行ったものであり,これは都条例によって義務付けられた事後調査ではなく,その結果は
あくまでも土地収用法の事業認定を受けるに当たって参考資料として起業者らから提出さ
れたものに過ぎないのである。すなわち,都条例に基づく環境影響評価は,都市計画法の
都市計画決定手続に合わせて行われるものであるが,他方,事業認定の際に行った補足的
な照査(本件環境影響照査1)はあくまでも任意に行ったものに過ぎないのであるから,
後者の照査の不十分さを理由として前者の環境影響評価が手続違反であるということはで
きず,控訴人らの主張は理由がないものである。また,景観への影響については,変化予
測を行い,本件事業による景観への影響は少ないと考えるとの評価を適切に行ったことは
前記のとおりであり,この点についての控訴人らの主張も理由がない。
13 損害賠償請求に対して
(1) 控訴人らは,本件道路のうち下恩方町北浅川橋部分から裏高尾町八王子ジ
ャンクション部分までが完成・開通しかつ八王子ジャンクションの一部も完成・開通して,
中央道と圏央道の北浅川橋方面との相互通行が可能となったことから,当審において,控
訴人らの人格権ないし人格的利益,環境権ないし環境的利益に対する侵害を理由として,
不法行為に基づく損害賠償金(裏高尾町に居住する別紙控訴人目録2に記載の控訴人らに
おいて各自100万円,裏高尾町以外に居住する別紙控訴人目録3に記載の控訴人らにお
いて各自10万円)を被控訴人らに対して請求する。
(2) そして,控訴人らは,景観利益の侵害につき,国立景観訴訟最高裁判決を
引用し,「圏央道建設による裏高尾地区の景観の変化は破壊的であり,その程度は甚大か
つ顕著である。景観利益の侵害による損害賠償は認められるべきである。」と主張する。
しかしながら,国立景観訴訟最高裁判決は,都市における景観が問題となった
事案であって,自然の景観や眺望が問題となる本件のような場合に直接妥当するかは必ず
しも明らかではない。この点を措くとしても,本件事業の都市計画決定及び本件環境影響
評価は,都市計画法,被控訴人国の通達及び都条例に基づき適切に手続が行われているの
であって,これよれば,本件工事は社会的に容認された行為と解するのが相当である。本
件環境影響評価においても,合理的な根拠に基づいて,「本件事業による景観への影響は
少ないものと考える。」との正当な評価がなされている。景観利益に関して,侵害行為の
態様や程度の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くといえないことは
明らかである。
(3) なお,原判決は,「行政法規の規制違反や行政手続の違法性は侵害行為の
相当性の判断の一要素と解されるところ,前記2のとおり,原告らに被侵害者の生活妨害
や健康被害を生じさせる性質でない景観利益などの法律上保護に値する被侵害利益が認め
られないのであるから,侵害行為の相当性について判断する余地はない。」と判示してお
り(原判決91頁),この判示も正当なものである。
第四 当裁判所の判断
一 結論
1 当裁判所も,控訴人らの本件各請求,すなわち,(ア) 別紙控訴人目録1及び
2に記載の控訴人らにおいて,① 被控訴人らに対し,本件道路のうちの未完成部分であ
る八王子ジャンクション部分から八王子南インターチェンジ(仮称)部分までの建設工事
及びこれに伴う付帯工事(八王子南インターチェンジ(仮称)の建設工事等)の差止めを
求める請求,② 被控訴人中日本高速道路に対し,八王子ジャンクションの未完成部分
(中央道と圏央道の八王子南インターチェンジ(仮称)方面との相互通行を可能とする工
事)の建設工事の差止めを求める請求,(イ) 当審における新たな請求である,① 別
紙控訴人目録2に記載の控訴人らにおいて,裏高尾町における八王子ジャンクションの一
部完成・開通と本件道路の八王子ジャンクションまでの完成・開通とによって,大気汚染,
騒音,振動及び低周波空気振動が発生し,圧迫感をもたらす高架構造物が出現して,これ
により生活環境破壊が生じ,精神的苦痛を受けたとし,また,八王子城跡付近及び高尾山
の水脈や自然生態系が破壊され,高尾山及び裏高尾の歴史的文化的自然景観が破壊され,
裏高尾地区の平穏で静かな環境が破壊されて,精神的苦痛を受けたとして,慰謝料各10
0万円とこれに対する平成19年6月24日から支払済みまで年5分の割合による遅延損
害金の支払を求める請求,② 別紙控訴人目録3に記載の控訴人らにおいて,八王子ジャ
ンクションの一部完成・開通と本件道路の八王子ジャンクションまでの完成・開通とによ
って,八王子城跡付近及び高尾山の水脈や自然生態系が破壊され,高尾山及び裏高尾の歴
史的文化的自然景観が破壊されて,精神的苦痛を受けたとして,慰謝料各10万円とこれ
に対する平成19年6月24日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を
求める請求,をいずれも棄却すべきものと判断する。その理由の要旨は次のとおりである。
2 差止請求について
本件道路及び八王子ジャンクションの各未完成部分の建設工事の差止めを求める
請求については,国の行う公共事業(本件事業もこれに該当する。)が第三者に対する関
係において違法な権利侵害ないし法益侵害となるかどうかを判断するに当たっては,侵害
行為の態様と侵害の程度,被侵害利益の性質と内容,侵害行為の持つ公共性ないし公益上
の必要性の内容と程度等を比較検討するほか,被害の防止に関して採り得る措置の有無及
びその内容,効果等の事情をも考慮し,これらを総合的に考察して決すべきものであると
ころ(最高裁平成10年7月16日第一小法廷判決・訟務月報45巻6号1055頁,最
高裁平成7年7月7日第二小法廷判決・民集49巻7号2599頁,最高裁昭和56年1
2月16日大法廷判決・民集35巻10号1369頁),以下に述べるとおり,(ア)
たとえ本件道路及び八王子ジャンクションの各未完成部分の完成・開通によりある程度の
大気汚染,騒音,振動及び低周波空気振動が生じるに至るとしても,本件道路及び八王子
ジャンクションの各未完成部分の完成・開通によって環境基準等を超える大気汚染,騒音,
振動及び低周波空気振動が恒常的に発生して控訴人らに社会共同生活上受忍すべき限度を
超える大気汚染被害,騒音被害,振動被害及び低周波空気振動被害をもたらすおそれがあ
るとは認められず(騒音については,遮音壁等の環境保全措置を講ずることを前提とする。
),(イ) また,たとえ本件道路及び八王子ジャンクションの各未完成部分の完成によ
って八王子城跡付近及び高尾山の水脈や自然生態系にある程度の影響が生じるに至るとし
ても,控訴人らの受忍限度を超えて水脈や自然生態系に被害が生じるおそれがあるとは認
められず(水脈への影響はさほど大きいものとは認められず,掘削工事の終了によって元
の状態に回復する可能性が十分にあると認められる。自然生態系への影響は少ないものと
認められる。),また,たとえ本件道路及び八王子ジャンクションの各未完成部分の完成
によって裏高尾の景観に少なからぬ変化が生じるに至るとしても(高尾山自体の景観には
さはどの変化は生じないものと推測される。),そして,別紙控訴人目録2に記載の控訴
人らが高尾山及び裏高尾の自然景観について景観利益を有しているとしても(八王子城跡
については景観利益を有しないものと認められる。また,別紙控訴人目録1に記載の控訴
人らは高尾山及び裏高尾の自然景観について景観利益を有しないものと認められる。),
この景観利益が違法に侵害されるおそれがあるものとは認められず,(ウ) さらに,控
訴人らの土地所有権,土地賃借権又は立木所有権が侵害されるに至るおそれがあるものと
も認められず,(エ) 他方,本件事業には公共性ないし公益上の必要性があると認めら
れ,(オ) 本件事業に行政法規違反があるとは認められないから,結局,本件工事が控
訴人らに対する関係において違法な人格権ないしは人格的利益の侵害,違法な環境権・自
然景観権・自然景観利益の侵害,違法な土地所有権・土地賃借権・立木所有権の侵害,と
なることはなく,したがって,本件道路及び八王子ジャンクションの各未完成部分の建設
工事の差止めを求める請求はこれを棄却すべきである。
3 損害賠償請求について
本件道路及び八王子ジャンクションの各一部完成・開通による損害賠償請求(当
審における新たな請求)については,(ア) 本件道路及び八王子ジャンクションの各一
部完成・開通によって環境基準等を超えた大気汚染,騒音,振動及び低周波空気振動が発
生して控訴人らに社会共同生活上受忍すべき限度を超える大気汚染被害,騒音被害,振動
被害及び低周波空気振動被害が生じているものと認めることはできず,また,高架構造物
によって社会共同生活上受忍すべき限度を超える圧迫感被害が生じているものと認めるこ
ともできず,控訴人らの生活環境がその社会共同生活上受忍すべき限度を超えて破壊され
ている(豊かな生活環境の恵沢を享受する利益が侵害されている)ものと認めることもで
きないものであり,(イ) また,① 本件道路及び八王子ジャンクションの各一部完成・
開通によって八王子城跡付近及び高尾山の水脈や自然生態系に生じた影響が控訴人らの受
忍限度を超えるものであったとは認められず(水脈への影響はさほど大きなものではなか
ったと認められ,掘削工事の終了によって元の状態に回復する可能性が十分にあるものと
認められる。自然生態系への影響は少なかったものと認められる。),② 本件道路及び
八王子ジャンクションの各一部完成・開通によって裏高尾の景観に生じた変化は,別紙控
訴人目録2に記載の控訴人らの受忍の限度内になおあるものというべきであり,同控訴人
らが裏高尾の自然景観について有するとする景観利益を違法に侵害したものとはいえず
(別紙控訴人目録3に記載の控訴人らは裏高尾の自然景観について景観利益を有しない。)
,③ さらに,別紙控訴人目録2に記載の控訴人らが有するとする裏高尾地区の平穏で静
かな環境を享受する利益については,裏高尾地区の環境の変化はなお同控訴人らの受忍の
限度内にあるものというべきであるから,結局,本件道路及び八王子ジャンクションの各
一部完成・開通による損害賠償請求(慰謝料請求)も棄却を免れないものである。
二 認定事実
当裁判所が認定した事実は,以下のとおり付加,訂正及び削除し,下記四に当裁判
所の補充の認定を掲げるほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」
の一に記載のとおり(原判決8頁8行目から64頁2行目まで)であるから,これを引用
する。
1 原判決9頁1行目の「それぞれ」から同頁2行目の「平成19年6月を,」まで
を「あきるのインターチェンジから八王子ジャンクションまでの延長約9.6kmの区間
については平成19年6月に,それぞれ供用が開始された。」に改め,同頁3・4行目の
「区間について平成21年度を,それぞれ」を「区間については,平成23年度を」に改
め,同頁5行目の「148」の次に「,238」を加える。
2 原判決11頁5行目の次に行を変えて以下のとおり加える。
「 平成18年12月7日にも上記事業評価監視委員会が開催され,同委員会は本
件事業の継続を了承した(乙244)。」
3 原判決11頁14行目の「都立高尾陣馬自然公園」を「都立高尾陣場自然公園」
に改め,同頁末行・12頁1行目の「都市計画変更し」を「都市計画道路を変更し」に改
める。
4 原判決12頁2・3行目の「都市計画変更をした」を「都市計画道路を変更した」
に改め,同頁6行目の「「昭和63年環境影響評価」」の次に「又は「本件環境影響評価
1」」を加え,同頁9行目の「「平成8年環境影響評価」」の次に「又は「本件環境影響
評価2」」を加える。
5 原判決13頁4行目の「本件環境影響照査」を「本件環境影響照査1」に改め,
同頁5行目の「実施した。」を「実施し,また,平成17年9月,同様の趣旨で,平成4
2年の将来交通量を基礎として,「圏央道環境フォローアップ検討16G21 報告書」
における環境影響照査(以下「本件環境影響照査2」という。)を実施した。」に改め,
同頁8行目の「平成19年6月」の次に「に開通し」を加え,同頁10行目の「平成21
年度」を「平成23年度」に改め,同頁10・11行目の「乙144」を「乙238」に
改め,同頁14・15行目の「平成19年6月開通目標に向けて,工事が進められている
(乙144)。」を「平成19年6月に工事が完成し,開通した(弁論の全趣旨)。」に
改め,同頁16行目及び20・21行目の各「都立高尾陣馬自然公園」をいずれも「都立
高尾陣場自然公園」に改める。
6 原判決14頁24行目及び15頁9行目の各「都立高尾陣馬自然公園」を「都立
高尾陣場自然公園」にいずれも改める。
7 原判決17頁11行目,13行目,22頁20行目,21行目,23頁5行目及
び11行目の各「本件環境影響照査」をいずれも「本件環境影響照査1」に改める。
8 原判決25頁4行目の次に行を変えて以下のとおり加える。
「c 本件環境影響照査2(乙248)
被告らは,平成17年9月,平成42年の将来交通量予測を基本として,本
件環境影響照査1と同様の手法で本件環境影響照査2を実施した。本件環境影響照査2に
おける日平均値の年間2パーセント除外値は次のとおりであり,いずれの地点でも環境基
準と同程度又は環境基準を下回り,十分環境保全が図られると結論づけられている(乙2
48・33,71頁)。
Ⅰ 一酸化炭素
裏高尾予測域 1.4ppm
南浅川町予測域 2.4ppm
Ⅱ 二酸化窒素
裏高尾予測域 0.028ppm
南浅川町予測域 0.032ppm
Ⅲ 二酸化硫黄
裏高尾予測域 0.002ppm
南浅川町予測域 0.003ppm
Ⅳ SPM
神奈川県相模原市城山町城山四丁目(本件道路外の圏央道沿道地域で
あるが,測定地点のうちで最も本件道路に近接する(最も北側に位置する)地点。) 0.
05mg/立方メートル等」
9 原判決25頁8行目の「本件環境影響照査」を「本件環境影響照査1」に改め,
同頁25行目の「実施」を「建設」に改める。
10 原判決26頁24行目の「館町測定質」を「館町測定室」に改める。
11 原判決30頁21行目の「本件環境影響照査」を「本件環境影響照査1」に改
める。
12 原判決31頁末行の末尾に「米国における1979年及び1980年の自動車
排出ガス拡散モデルについての性能評価に関するレポートにおいても,トレーサーガス拡
散実験のデータによれば,正規型プルームモデル式のモデル4つは4つの数値解析モデル
よりも明らかに性能がよく,数値解析モデルは計算に手間がかかる割には性能が良くない
とされている(乙53・300頁)。」を加える。
13 原判決34頁18行目の「除外している」の次に「(平成9年当時の市民によ
る二酸化窒素濃度の測定地点は96箇所とされている(甲96・8頁表4-10)のに対
し,甲第150号証では,平成9年度の二酸化窒素濃度測定結果に示された地点数は合計
82箇所とされている(4頁表3-6及びその下部の注を参照。)。)」を加える。
14 原判決36頁1行目の「含まれている」の次に「(8頁)」を加える。
15 原判決40頁20・21行目の「東から西へ」を「西から東へ」に改める。
16 原判決41頁16行目の「状態とである」を「状態である」に改め,同頁20
行目の「できない」の次に「(甲第254号証についても,気象データ以外の予測の前提
条件・手法について,先に述べた甲第150号証と同様の多くの問題があり,信用するこ
とができない。)」を加える。
17 原判決46頁6行目の「本件環境影響照査」を「本件環境影響照査1」に改め
る。
18 原判決48頁10・11行目の「5~10dB数値が高くなるとされている」
を「住居系地域の昼間は約10dB,夜間は約8dB,商工業系地域の昼夜は7~8dB,
道路に面する地域の昼間は約5dB,夜間は約10dB,数値が高くなるとされている」
に改め,同頁14行目の「乙19の1及び2」の次に「,乙248」を加える。
19 原判決50頁15行目の「191頁,」の次に「209頁,」を加え,同頁1
7行目及び23行目の各「本件環境影響照査」をいずれも「本件環境影響照査1」に改め
る。
20 原判決51頁14行目の「本件環境影響照査」を「本件環境影響照査1」に改
め,同頁19行目の次に行を変えて以下のとおり加える。
「(d) また,平成42年の将来交通量予測を基本として平成17年9月に行わ
れた本件環境影響照査2においても,南浅川町予測域については,本線路肩に4m,中央
帯側に3m,上り線の一部路肩に5+1m,3m,ランプ路肩に3m,八王子南バイパス
路肩に4mの遮音壁を設け,ランプ及び八王子南バイパスの一部に10mの環境施設帯を
設ける騒音対策を講じ,裏高尾予想域については,本線両側及び中央道に3mの遮音壁,
20mの環境施設帯を設ける騒音対策を講じることによって,中央値(L50)は,南浅
川町予測域においては,朝48dB,昼間49dB,夕48dB,夜間46dB,裏高尾
予測域においては,朝49dB,昼間49dB,夕47dB,夜間49dBと予測され,
同様の騒音対策を講ずるとの前提で,等価騒音レベル(Leq)は,南浅川予測域のうち,
近接空間では,昼間60dB,夜間54dBと予測され,道路に面する地域のうち近接空
間の背後地では,昼間55dB,夜間51dBと予測され,また,裏高尾予測域のうち,
近接空間では,昼間52dB,夜間54dBと予測され,道路に面する地域のうち近接空
間の背後地では,昼間52dB,夜間53dBと予測され,いずれの地点においても現環
境基準を下回るものと判断された(乙248・54,87頁)。」
21 原判決52頁12行目の「対応関係」の次に「(道路に面する地域においては,
夜間のLeqの数値は夜間のL50の数値より約10dB高くなる。)」を加え,同頁2
2行目の「設置すること」を「設置し,本線両側に高さ5mの遮音壁を設置し,環境施設
帯を各20m設置すること」に改める。
22 原判決53頁2行目の「約3dBの」の次に「騒音」を加える。
23 原判決55頁25行目の「乙24・2-94頁」の次に「,乙248・67頁」
を加える。
24 原判決56頁14行目の「本件環境影響照査」を「本件環境影響照査1」に改
め,同頁19行目の次に行を変えて以下のとおり加える。
「 また,平成42年の将来交通量予測を基本として平成17年9月に行われた本
件環境影響照査2においても,南浅川町予測域において昼間(午前8時から午後7時まで)
及び夜間(午後7時から午前8時まで)ともに42dB,裏高尾予測域において昼間及び
夜間ともに46dBとされ,要請基準を下回るものと評価された(乙248・67頁)。」
25 原判決57頁9行目の次に行を変えて以下のとおり加える。
「ウ なお,本件環境影響照査1においては,平成32年における裏高尾予想域の
低周波音圧レベルの予測値はL50(1~80Hzの50パーセント時間率音圧レベル。
参考評価指標(一般環境中に存在するレベル)は90dB。)が72dB,LG5(1~
20HzのG特性5パーセント時間率音圧レベル。参考評価指標(平均的な被験者が知覚
できるレベル)は100dB。)が80dB,下恩方予測域の予測値はL50が78dB,
LG5が85dBとされ,本件環境影響照査2においては,平成42年における裏高尾予
想域の低周波音圧レベルの予測値はL50が71dB,LG5が79dB,南浅川町予測
域の予測値はL50が66dB,LG5が75dBとされ,いずれの環境影響照査におい
ても,すべての予測域において上記各参考評価指標を下回るものとされた(乙24・3-
28頁,乙248・90頁)。」
26 原判決58頁17行目の「292件」を「292軒」に,同頁18行目の「1
46件」を「146軒」に,同行の「42件」を「42軒」に,同頁21行目の「6件」
を「6軒」に,それぞれ改める。
27 原判決59頁12行目の「までの」を「まで」に改める。
28 原判決61頁17行目の「のほか,」から同行の「滝涸れ」までを削り,同頁
21行目の「断じることができず,」を「断じることはできない。」に改め,同行の「仮
に」から24行目末尾までを行を改めて以下のとおり改める。
「 仮に,それらの現象が八王子城跡トンネルの掘削工事に起因しているとしても,
技術検討委員会の上記各見解(これらの見解は,過去の降雨量のデータ,八王子城跡トン
ネルの掘削工事施工前後の水量データ,八王子城跡トンネルの掘削工事の工法,等を踏ま
えたもので,合理的なものであると認められる。)を踏まえれば,工事が完了すれば元の
状態に回復する可能性が高いというべきである。
なお,平成19年2月24日に八王子城跡トンネルの覆工止水構造が完成した
が,覆工コンクリート構築後のトンネルルート付近の岩盤地下水の挙動を早期に把握する
ことを目的としてトンネル外側に設置した水圧計の測定値によれば,水圧は,覆工止水構
造完成前である同年1月10日ころから止水構造部の中間付近で上昇傾向となり(乙18
8),その後の同年2月16日ころには,上り線及び下り線のすべての水圧測定地点にお
いて上昇が認められるとともに,同年2月8日ころからは,従前より岩盤地下水の動向を
計測していた観測孔2の水位も上昇し始めた(乙189)。このような岩盤地下水の水位
上昇傾向は,平成19年2月8日以降も継続し,覆工止水構造が完成した後の同年3月5
日においても,トンネル外側に設置しているすべての水圧測定地点で水圧が上昇し続け
(乙190),観測孔2の水位も,同月22日までの約1か月半で約13メートルの上昇
が認められた(乙191)。そして,技術検討委員会(平成19年3月26日開催)は,
このような状況を踏まえ,「これまでの観測井戸の水位の上昇から,止水構造(同年2月
24日完成)は予定どおり機能していると判断できる。このことから地下水全体が回復し
始めてきていると考えられる。」との見解を示した(乙191・9枚目)。
また,観測孔2の水位は,先進導坑の掘削が完了した平成16年8月以降TP
(Tokyo Peil(東京湾平均海面)=海抜)+345メートルで推移してきたが,
平成17年10月19日のトンネル拡幅掘削工事の開始に伴い,予測どおり約30メート
ル低下し,平成19年1月まではTP+315メートルで推移してきたところ,その後,
覆工止水構造の完成に伴い,平成19年2月8日ころから1年4か月ぶりに水位は上昇傾
向を示し始め,上昇下降を繰り返しながら徐々に上昇し,平成21年8月11日現在では
水位はTP+343.8メートルにまで上昇し,地下水位は予測どおり上昇している(乙
254・4~5枚目)。これらのことについて,技術検討委員会(平成21年8月24日
開催)は,「今後も上昇下降を繰り返しながら,長期的にみると回復を続け,将来的には
安定するものと判断される。」との見解を示した(乙254・19枚目)。」
29 原判決62頁4行目の末尾に「他方,八王子城跡トンネルの掘削工事が下恩方
地区全体におけるオオタカの営巣・繁殖に深刻な影響を与え,オオタカの地域個体群が下
恩方地区において全く維持されていないとまでは認めることができない。」を加える。
30 原判決63頁11行目の次に行を変えて以下のとおり加える。
「オ 他方,① オオタカ検討会では,営巣地そのものが確認されなくても,巣立
ち間もない幼鳥の鳴き声や飛翔の確認,営巣地周辺における食痕の発見などで総合的に判
断し,平成8年から平成13年までについて,オオタカの繁殖が継続されていることを確
認していること(乙196・3枚目),② 平成14年12月から平成18年8月までの
繁殖期(毎年12月から8月まで)におけるモニタリング調査でも,下恩方地区でオオタ
カの継続的な飛翔が確認されており(乙201・2~34枚目),「雛の巣立ち」,「複
数回の交尾」,「営巣木周辺での食痕」,「幼鳥の飛翔」,「幼鳥の鳴き声」なども確認
され,上記の各年に開催されたオオタカ検討会でも,下恩方地区においてオオタカが継続
して繁殖しているとの意見が示されていること(乙196・1,3枚目,乙197~20
0),③ 八王子ジャンクションからあきる野インターチェンジまでの区間の供用が開始
された平成19年の繁殖期における調査でも,継続的にオオタカの飛翔が確認されている
ほか,「継続的な成鳥の営巣木周辺への「とまり」,「出入り」」,「営巣木付近での成
鳥の「交尾」」,「営巣木のある方向へ「餌運搬」をしている成鳥」,「3羽の雛」,
「営巣木周辺における「幼鳥の飛翔及びとまり」が8回」,「2羽の「幼鳥の鳴き声」」
などが確認され,供用開始後の平成19年9月13日に開催されたオオタカ検討会におい
ても,「オオタカは八王子市下恩方地区において,今年も継続的に繁殖している。これま
で,考えられる各種保全対策を実施してきた。オオタカの地域個体群は維持されている。」
との意見が出されていること(乙201・35~40枚目,乙202),④ 「猛禽類保
護の進め方-特にイヌワシ,クマタカ,オオタカについて-」(環境庁自然保護局野生生
物課)(甲23)によれば,オオタカの繁殖期の生態として,「毎年巣を造りかえること
が多いが,中には2~3年にわたって補修しながら使われる巣もある。」(甲23・36
頁)とされていること,が認められ,これらの各事情を踏まえれば,下恩方地区に繁殖し
ているオオタカが八王子城跡トンネルの北口坑口付近において営巣を行わなくなったとし
ても,八王子城跡トンネルの掘削工事が同地区全体におけるオオタカの営巣・繁殖に深刻
な影響を与えて,オオタカの地域個体群がもはや下恩方地区において全く維持されていな
いとまで認めることはできないものである。」
31 原判決63頁13・14行目の「都立高尾陣馬自然公園等」を「都立高尾陣場
自然公園等」に改め,同頁22行目の「(乙14の1・427~453頁)。」の次に,
「また,八王子ジャンクションについては,施設の大半(ランプ,換気塔等)を中央道北
側に配置しているため,裏高尾町の多くの住宅が存在している都道浅川相模湖線(旧甲州
街道)付近からは施設が見えにくくなっていることや(乙255),高尾山トンネルにつ
いては,山中に単独の換気塔を設けることなく高架橋を通じて八王子ジャンクション内の
地下に設けた換気室にダクトにより排気を引き込み,先に開通した八王子城跡トンネルの
排気と集約して処理を行うこととしており,景観に与える影響を低減することについての
一定程度の配慮がされている(弁論の全趣旨)。」を加え,同頁25行目の「都立高尾陣
馬自然公園等」を「都立高尾陣場自然公園等」に改め,同頁末行の「推測され,」から6
4頁2行目末尾までを「推測される。」に改める。
三 争点についての判断
本件の各争点について当裁判所の判断は,以下のとおり付加,訂正及び削除し,下
記四に当裁判所の判断を掲げるほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所
の判断」の二の1ないし4に記載のとおり(原判決64頁4行目から91頁19行目まで)
であるから,これを引用する。
1 原判決67頁1行目の「不明である」の次に「(前記のとおり,本件環境影響照
査2においては,神奈川県相模原市城山町城山四丁目(本件道路外の圏央道沿道地域であ
るが,測定地点のうちで最も本件道路に近接する(最も北側に位置する)地点。)におい
て0.05mg/立方メートル等とされている。)」を加え,同頁6行目の「(乙165
~167)。」の次に「また,平成19年8月17日に東京都が発表した「平成18年度
大気汚染状況の測定結果について」(乙180)においても,「一般局では,46局中4
5局で達成しました。達成率は98%でした。」,「自排局では,昨年に続いて2年連続
全34局で達成しました。」,「非達成の港区白金局は,基準を超えた日が年間で3日で
したが,そのうち2日が連続したため非達成となりました。」とされ,平成19年11月
30日に環境省が発表した「平成18年度大気汚染状況について」(乙181)において
も,SPMの年平均値の推移については,近年ゆるやかな改善傾向がみられるとされてい
る。さらに,平成21年7月21日に東京都が発表した「平成20年度大気汚染状況の測
定結果について」(乙251・1頁)においても,SPMについて,「一般局では,昨年
に続いて2年連続全46局で(環境基準を)達成しました。」,「自排局では,昨年に続
いて4年連続全34局で(環境基準を)達成しました。」とされ,環境省が発表した「平
成20年度大気汚染状況について」(乙252・1頁)においても,SPMの年平均値の
推移については一般局自排局とも近年ゆるやかな改善傾向がみられるとされている。」を
加える。
2 原判決69頁13行目の「実体」を「実態」に改め,同行の「要幹線道路」を
「主要幹線道路」に改める。
3 原判決70頁6行目の「しかも,」から同頁15行目末尾までを削る。
4 原判決74頁13行目の「前記一5(2)イ(ア)b(b)」を「前記一5(2)
イ(ア)b(b)~(d)」に改め,同行の「本件環境影響照査」を「本件環境影響照査
1」に改め,同頁15行目の「予測され,」の次に「また,本件環境影響照査2における
裏高尾予測域の夜間の騒音レベルは,近接空間でLeq54dB,近接空間の背後地でL
eq53dBと予測され,」を加える。
5 原判決75頁8行目の「本件環境影響評価」の次に「及び本件環境影響照査」を
加え,同頁10行目の「範囲内にあるため,」を「範囲内にあり,また,参考評価指標を
下回るものであるため,」に改める。
6 原判決76頁14行目の「規定の」を「既定の」に改め,同頁15行目の「含め,
」の次に「その位置づけ及び目的に合理性が認められなくなったものについては」を加え,
同頁19行目の「位置づけ」の次に「及び目的が合理性を有すること」を加える。
7 原判決77頁1行目の「差」の次に「に交通量をかけたもの」を加える。
8 原判決79頁19行目の次に行を変えて以下のとおり加える。
「(d) なお,本件事業区間のうち,圏央道八王子ジャンクションからあきる野
インターチェンジまでの区間が平成19年6月23日に開通したが,開通後の交通量につ
いては,平成19年8月の平均日交通量において,圏央道の利用交通(八王子ジャンクシ
ョンから八王子西インターチェンジまでの区間の交通量2万6400台/日)のうち約5
割(1万4000台/日)が放射道路である中央道と関越道を連続利用し,圏央道の環状
道路機能が発現していることが確認され(乙185・1枚目及び3枚目),また,開通2
年後の交通量の取りまとめ結果(平成19年7月から平成21年6月までの平均日交通量)
においても,約4割(同区間の平均交通量2万1700台/日のうち,9200台/日)
が中央道と関越道を連続利用しており,引き続き環状道路機能を生かした利用がされてい
ることが確認されている(乙241)。」
9 原判決80頁25行目の「5万0300台」の前に「約」を加える。
10 原判決81頁10行目の「正確な」から11行目の「主張するが,」までを
「平成11年度交通センサスによる滝山町一丁目の青信号比28(原告らは,この青信号
比の根拠は不明であるとする。)は,平成17年度交通センサスにより明らかとなった滝
山町一丁目の青信号比29(代表交差点である堂方上交差点におけるもの)が誤っている
ことからすれば(青信号時間を44秒,信号サイクル長を150秒として算出されたもの
であるが(44/150×100),実際の青信号時間は80秒,信号サイクル長は14
0秒であり,これによれば,正しい青信号比は57である(80/140×100)。),
同様に誤りであり,正確な上記青信号比(57)によって混雑度を計算すれば,1.4に
過ぎないと主張し,その主張に沿った証拠(甲282)を提出するが,上記平成17年度
交通センサスにおける滝山町一丁目の青信号比29は,堂方上交差点における一般国道1
6号の相互の進行方向(拝島橋方面からの左折及び堂方上第二方面からの右折)の青信号
時間を基準にしたものと考えられ(これに対し,被告らの主張する青信号比57は,堂方
上交差点の東方(堂方上東方面)及び北方(栗の沢方面)の各道路と一般国道16号との
相互通行が可能な時間をも青信号時間に含めたものと考えられる。甲282。),これが
誤っているとは認められない上,」に改め,同頁13行目の「といること」を「というこ
と」に改める。
11 原判決83頁1行目の「35%減少し,」を「最大35%減少し(川越市道・
川越市笠幡),」に改め,同頁2行目の「減少した」の次に「(入間市道・入間市新久)」
を加える。
12 原判決84頁22行目の「八王子ジャンクション」を「厚木インターチェンジ
(仮称)」に改め,同頁25行目の「また」の次に「,八王子ジャンクションから厚木イ
ンターチェンジ(仮称)までの区間が供用開始された場合,」を加える。
13 原判決85頁2行目の次に行を変えて以下のとおり加える。
「e 平成19年6月23日に開通したあきる野インターチェンジから八王子ジャ
ンクションまでの区間における開通前後(平成19年6月13日及び同月27日)の交通
量調査によれば,一般国道411号の八王子市丹木町三丁目交差点付近においては,交通
量が1万7700台/日から1万3800台/日へと約2割(3900台/日)減少し,
あきる野インターチェンジから八王子市左入町交差点までの所要時間も23分から16分
に約3割(7分)減少した(乙187)。一般国道16号の昭島市小荷田交差点において
は,圏央道の上記区間の開通前後(平成19年6月13日及び同年9月27日)の交通量
を比較した結果,大型車交通量が1万7600台/日から1万6500台/日へと110
0台/日減少し,渋滞長も本線・外回りの右折レーンにおいて,1430メートルから4
30メートルへと概ね3分の1に短縮したなど,圏央道の上記区間の開通に伴う一般国道
の交通量減少効果が実際に確認された(乙185・1枚目及び6枚目)。さらに,上記区
間の開通1年後の調査(平成20年6月24日)においても,昭島市小荷田交差点におい
ては,上記区間の開通前の交通量との比較の結果,大型車交通量が1万7600台/日か
ら1万5100台/日へと2500台/日(約14パーセント)減少し,渋滞長も本線・
外回りの右折レーンにおいて,1430メートルから870メートルへと560メートル
(約39パーセント)減少する(乙218・5枚目)など,圏央道の上記区間の開通に伴
う一般国道の交通量減少効果が引き続き確認された。上記区間の開通前後の平成18年8
月と平成19年8月における月平均日交通量を比較したデータにおいても,中央道から関
越道までの間の一般国道16号で約3800台/日(約10パーセント),一般国道41
1号(上り線)で約2000台/日(約21パーセント)の交通量の減少が確認された
(乙185・1枚目及び5枚目)。また,上記区間の開通1年後の交通量調査の結果によ
ると,圏央道と一般国道16号との間に存在する生活道路において,大型車の交通量が,
開通前に比べ,田園通りでは約25パーセント,新奥多摩街道では約24パーセント,そ
れぞれ減少し,朝夕のピーク時においても,田園通りで8パーセント(朝),33パーセ
ント(夕),奥多摩街道で23パーセント(朝),37パーセント(夕),新奥多摩街道
で21パーセント(朝),35パーセント(夕),それぞれ減少している(乙218・1
枚目及び4枚目)。その一方,圏央道を利用する大型車は,上記区間の開通前と比べて約
211パーセント(約4600台)増加しており,生活道路と高規格幹線道路の機能分担
が進んでいることが窺われる(乙218・4枚目)。」
14 原判決85頁13行目の末尾に「また,平成18年度第3回関東地方整備局事
業評価監視委員会に提出された資料によれば,相模原インターチェンジ(仮称)から八王
子ジャンクションまでの区間の便益及び費用の現在価値(基準年は平成18年度)は,便
益が1兆1045億円,費用が3861億円と算定され,費用便益分析の算定結果は「2.
9」とされている(乙246・13頁)。」を加え,同頁18行目の「事業費が」から同
頁19行目の「不明である。」までを「そのことによって直ちに本件事業の公益性が失わ
れ,本件道路の建設工事を中止すべきことになるということはできない。」に改める。
15 原判決86頁17行目の「前記一5(5)及び(6)」を「前記一5(5)~
(7)」に改め,同頁17・18行目の「観測孔2の水位低下及び御主殿の滝涸れが発生
し,オオタカが営巣を放棄した。」を「観測孔2の水位低下が発生し,八王子城跡トンネ
ルの北側坑口付近におけるオオタカの営巣が放棄され(しかしながら,前記のとおり,オ
オタカの地域個体群が下恩方地区においてもはや維持されていないとまでは認めることが
できない。),また,橋梁,高架構造物,トンネルの坑口等の人工構造物は,都立高尾陣
場自然公園や明治の森高尾国定公園の景観に一定の影響を与えている。」に改め,同頁1
9行目の「自然生態系や景観が損なわれていること」を「自然生態系や景観に一定の影響
が及んでいること」に改める。
16 原判決87頁22・23行目の「困難である。」の次に「原告らは,「自由権
的環境権に基づく妨害排除請求の場合は,「侵害以前の環境の質」を問題とし,妨害予防
請求の場合は,「現にある状態での環境の質」を問題としているのであり,いずれも客観
的・具体的な内容を有している。」旨を主張するが,「侵害以前の環境」及び「現にある
状態での環境」といった限定を付したとしても,なお,その概念(環境要素の内容)は不
確定かつ流動的であり,それに対する認識及び評価については,個々人によって差異があ
ることが通常であるから,差止請求をなし得る権利性を付与するに足りる客観性・具体性
を有するものと認めることは困難であるといわざるを得ない。」を加える。
17 原判決88頁19行目の「否定しているのであって,」から同頁末行末尾まで
を「否定している。そして,同判決は,「ある行為が景観利益に対する違法な侵害に当た
るといえるためには,少なくとも,その侵害行為が刑罰法規や行政法規の規制に違反する
ものであったり,公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなど,侵害行為の態様
や程度の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くことが求められると解
するのが相当である。」と判示している。これによれば,まず,都市景観を問題とした国
立マンション最高裁判決の論旨が本件のような自然景観(山地景観)に対しても当然に当
てはまるかどうか疑問であるが,仮にこの点をしばらく措くとしても,自然景観を含む景
観利益が差止請求の根拠となり得る利益であるとまでいうことはできないから,景観利益
を根拠とする差止請求も認めることはできないものというべきである。」に改める。
18 原判決90頁3行目冒頭から同頁5・6行目の「あるけれども,」までを「高
尾山や八王子城趾の環境保護を目指す原告らが本件訴訟に至った動機は理解し得るが,」
に改め,同頁8行目冒頭から11行目末尾までを削り,同頁21・22行目の「賃借権共
有持分権を有している」の次に「(前記第二の一1(1)を参照。)」を加え,同頁22
行目の「しかしながら,」から同頁25行目末尾までを「しかしながら,そもそも,これ
らの原告らがその土地所有権又は土地賃借権に基づくどのような利益の享受(例えば,所
有土地又は賃借土地の経済的利益の享受,所有土地又は賃借土地の現実的・物理的支配利
益の享受,等)が本件道路の建設によって侵害されると主張しているのか,必ずしも判然
とせず,そして,いずれを理由とするものであっても,原告らの差止請求はこれを認容す
ることができないものである。なぜなら,本件道路の建設によって原告らの所有土地又は
賃借土地の経済的利益の享受や現実的・物理的支配利益の享受等が違法に侵害されるおそ
れがあると認めるに足りる証拠はないからである。」に改める。
19 原判決91頁2行目の「土地上の」の次に「立木を所有することは前記認定の
とおりであり(前記第二の一1(1)参照。),」を加え,同頁5行目から7行目までを
以下のとおり改める。
「 しかしながら,原告らがその立木所有権に基づくどのような利益の享受が本件
道路の建設によって侵害されると主張しているのか,必ずしも判然とせず,そして,その
主張が,立木の経済的利益の享受が侵害されたこと,あるいは,立木の現実的・物理的支
配利益の享受が侵害されたことのいずれであったとしても,立木所有権の侵害によって原
告らが被る被害は金銭的な填補が可能であるから,立木所有権の侵害を理由とする原告ら
の差止請求はこれを認容することができないものである。」
四 当裁判所の補充の認定・判断
1 大気汚染について
(1) 本件環境影響評価及び本件環境影響照査の内容及び予測手法について
ア 前記二で原判決を引用して認定したとおり,東京都は,昭和63年の本件環
境影響評価1(圏央道のうち,南浅川町地内の八王子南インターチェンジ(仮称)工事部
分から下恩方町北浅川橋橋梁工事部分までの区間(本件道路)及び北浅川橋橋梁工事部分
から青梅市今井五丁目の埼玉県境までの区間を対象事業区間とする。)及び平成8年の本
件環境影響評価2(圏央道のうち,南浅川町地内の八王子南インターチェンジ(仮称)工
事部分から同町の神奈川県境までの区間を対象事業区間とする。)において,予測地域の
現況を把握するため,道路構造,地形,周辺土地の利用状況,等を勘案して,計画路線沿
線地域を10地域(本件環境影響評価1においては,南浅川,裏高尾,下恩方,美山,川
口,上代継,日の出,管生中,河辺,新町の各地域,本件環境影響評価2においては,南
浅川。(乙14の1・81頁,乙19の1・75頁))に区分し,その地域を代表すると
考えられる地点を調査地点として調査し,この調査地点の存する地域について,計画路線
の位置,構造及び計画路線沿線の土地利用状況を考慮して予測地域を設定し,後記ウの手
法に基づき,本件工事完了後の各予測地域における一酸化炭素,二酸化窒素及び二酸化硫
黄の濃度(本件道路の寄与濃度及びバックグラウンド濃度)の予測を行った。これらの予
測・評価の結果は,一酸化炭素については,八王子南インターチェンジ(仮称)部である
南浅川,八王子ジャンクション部である裏高尾,八王子城跡トンネルの坑口部である下恩
方において,いずれも評価の指標である環境基準を大幅に下回り(乙14の1・145頁,
乙15の1・145頁,乙19の1・101頁,乙20・101頁),二酸化窒素及び二
酸化硫黄については,南浅川,裏高尾及び下恩方において,いずれも評価の指標である環
境基準を下回るというものであった(乙14の1・145~146頁,乙15の1・14
5~146頁,乙19の1・101頁,乙20・101頁)。
イ また,先に原判決を引用して認定したように,被控訴人らは,平成14年3
月,本件環境影響照査1を実施し,当時の最新知見並びに後記ウ及びエの手法に基づき,
平成32年の将来交通量を基礎として,一般国道20号以北の地域(本件環境影響評価1
の対象事業区域と同じ。本件道路に関しては,裏高尾予測域と下恩方予測域が該当する。)
の一酸化炭素,二酸化窒素,二酸化硫黄及びSPMの濃度の予測を行った。さらに,被控
訴人らは,平成17年9月,同様の趣旨で平成42年の将来交通量を基礎として,八王子
ジャンクション以南の地域(相模原インターチェンジ(仮称)までの区間。本件道路に関
しては,裏高尾予測域と南浅川予測域が該当する。)について,当時の最新知見並びに後
記ウ及びエの手法に基づき,本件環境影響照査2を実施し,一酸化炭素,二酸化窒素,二
酸化硫黄及びSPMの濃度の予測を行った。これらの予測・評価の結果は,いずれの地点
においても,環境基準と同程度又は環境基準を下回り,十分に環境保全が図られると結論
付けるものであった(乙24・2-43~2-45,3-5頁,乙248・33,71頁)
。
ウ 本件環境影響評価では,大気汚染の予測に当たっては,気象の現地調査の結
果から,「建設省所管ダム,放水路及び道路事業環境影響評価技術指針について」(昭和
60年9月26日付け建設事務次官通知)の別添「建設省所管道路事業環境影響評価技術
指針」(建設省技術指針。乙30・70頁。)及び都条例に基づく「東京都環境影響評価
技術指針」(東京都技術指針。乙64・32頁。)において採用されている大気拡散の予
測手法である,有風時(風速が1m/秒を超える場合)にプルーム式,静穏時(風速1m
/秒以下の場合)にパフ式の予測式を用いている(乙14の1・98頁,乙19の1・8
5頁)。この予測手法は,有風時には正規型プルーム式を,弱風時には簡易パフ式(無風
時のパフ式を拡散幅が拡散時間の一次関数であると仮定して時間積分を行うもの。)を用
いることを基本とするものであるが,この予測手法においては,拡散係数そのものを与え
るのではなく,いろいろな条件下における実測データや実験データに基づいて拡散幅を定
めるものとなっており,プルーム・パフ型の統計モデルといった性格を有すること(もと
もとのプルーム式及びパフ式による予測は,拡散場が平坦であること,拡散係数が拡散場
で一定であることなどを仮定して導かれたものであるが,上記各技術指針における拡散幅
は,理論値に加え,道路沿道における様々な気象条件等における実測値も考慮されている。
),複雑な地形や建物等は気流を乱して拡散を促進させること,拡散式を用いた大気汚染
の予測は,年平均値を予測するものであって,特定の風向における影響がそれほど大きく
ないこと,などを考慮すると,この予測手法はかなり広い範囲で適用することができるも
のというべきである(乙31・48頁)。そして,裏高尾地区における接地逆転層の影響
についても本件環境影響評価において設定した拡散幅に反映されていることから,本件道
路の沿道についての上記プルーム・パフ型の統計モデルによる予測手法は適切なものとい
うことができ,このことは,裏高尾地区を対象とした本件風洞模型実験においても確認さ
れているところである(乙14の1・98頁,乙19の1・85頁)。
エ また,本件環境影響照査においても,照査時点における最新の知見に基づき,
上記と同様のモデル式を用いることとされ,本件環境影響照査1は,東京都技術指針(平
成11年7月23日告示893号。乙66)及び「道路環境影響評価の技術手法その1」
(平成12年10月建設省土木研究所。技術手法1。乙150の1。)に基づき,本件環
境影響照査2は,東京都技術指針(平成15年1月。乙249。),技術手法1及び「自
動車排出係数の算定根拠」(平成15年12月国土交通省国土技術政策総合研究所,乙2
50。)に基づき,実施されたものであり,それらの予測手法はいずれも適切なものとい
うべきである。
オ 以上のような本件環境影響評価及び本件環境影響照査の内容に照らせば,本
件道路の完成・開通によって生じると予測される大気汚染がその環境基準を超えて控訴人
らに社会共同生活上受忍すべき限度を超える大気汚染被害を恒常的にもたらし健康被害
(控訴人らの生命及び身体の安全に対する具体的な危険)を生じさせるものと認めること
はできないというべきであるから(先に原判決を引用して述べたとおり,環境基準は,
「人の健康を保護し,及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準」(公
害対策基本法9条1項,環境基本法16条1項)として定められたものであり,将来に向
けてのより積極的,先進的な行政上の目標設定を念頭に置いて設けられたものであるから,
環境基準を超えない程度の大気汚染であれば,少なくともこれによって本件道路の沿道住
民に健康被害(生命及び身体の安全に被害が生じる具体的な危険)が発生するおそれはな
いというべきである。),本件道路の完成・開通によって生ずると予測される大気汚染を
理由とする控訴人らの本件道路の建設工事の差止請求はこれを認容することができないも
のというべきである。
(2) 控訴人らが実施した三次元流体モデルを使用した大気汚染シミュレーショ
ン(甲96,110)について
ア 控訴人らは,当審において,重ねて,控訴人らが実施した三次元流体モデル
を使用した大気汚染シミュレーション(甲96,110)によれば,本件道路の完成・開
通によって環境基準を上回る大気汚染が生ずると予測されると主張し,そのシミュレーシ
ョン結果は,その検証結果である甲第150号証並びに追加調査結果である甲第248号
証及び甲第254号証によって,正確性・信用性が担保されていると主張する。
しかしながら,先に原判決を引用して述べたように,控訴人らによる三次元
流体モデルを用いた上記の大気汚染シミュレーションには,① 気象条件として,裏高尾
地区とは気象条件(昼夜の風向や風速,接地逆転層の発生,等)の異なる館町測定局の気
象データを用いているために,裏高尾地区の風向風速等を忠実に再現できていないこと,
② 発生源条件として,日交通量を用いているため,時間の変化に伴う排出ガス量の変化,
風向の変化,大気の安定度の変化が考慮されていないこと,③ 拡散モデルとして,およ
そ生じ得ない状況を前提とするケース,理論的に適用すべきではない拡散式を用いたケー
スが含まれている上,用いたパラメータが明らかにされていないこと(三次元流体モデル
のような数値解による予測手法は,パラメータ設定が不適切な場合には,プルーム・パフ
式モデルのような解析解による予測手法より性能が劣る結果になり得るものである。),
④ NOxをNO2に変換する際,変換割合が最も大きくなる館町測定局における相関関
係を用いているため,実際より高いNO2濃度が算定されているおそれがあること,等の
問題点が存するのであって,これらの問題点にかんがみれば,控訴人らによる三次元流体
モデルを用いた大気汚染シミュレーションの結果はにわかに採用することができないもの
というべきである。
イ この点につき,控訴人らは,原判決を批判して,「三次元流体モデルで本来
必要な裏高尾地区の上空のデータで予測をしない限り信用できないとするのは,控訴人ら
に不可能を強いるものである。」,「年間データが揃っていてしかも裏高尾に一番近くか
つ地形的影響のより少ない館町測定局のデータを「よりまし」なデータとして使用した。」
,「時間ごとの時間交通量による計算は,三次元流体モデルでは膨大な計算量になり,そ
の計算には膨大な時間を費やさなければならず,いかにコンピューターの性能が向上して
も限界がある。」,「年平均値で換算すれば,日交通量で計算しても時間交通量で計算し
ても,それほど大きな違いは結論としては生じない。」,「控訴人らがケース1ないし4
までに分けて検討した趣旨は,現実に起こる事象か否かという視点からではなく,換気塔
の影響が最大の場合から最小の場合を順次検討するという視点によるものである。……,
仮にケース1ないし4の拡散式適用が誤りであったとしても,換気塔の影響は全体から見
れば小さいから,三次元流体モデルの結論に影響を与えるものではない。」,「裏高尾の
住宅地は圏央道から1キロメートル近く離れたところまで続いている。このような圏央道
の非沿道地域に対しては,通常の沿道よりも一般地域での二酸化窒素と窒素酸化物との相
関関係を使うことこそ正しいのであり,町田街道から420メートルの位置にある館町測
定局のデータを用いて換算することに何の問題もない。」,と主張する。
しかしながら,控訴人らのこれらの主張は,上記アで述べた問題点の発生が
控訴人らにとって不可避的であったことの理由を述べるものではあっても,これらの問題
点を不問に付すことを可とさせるものではなく,控訴人らのこれらの主張を踏まえて検討
しても,なお三次元流体モデルを使用した上記の大気汚染シミュレーションの信用性はこ
れをにわかに認めることができないものというべきである。
ウ 控訴人らは,三次元流体モデルによる大気汚染シミュレーション(甲96)
の正確性を検証したとして提出した甲第150号証を原判決が採用しなかったことについ
ても批判する。
しかし,先に原判決を引用して判示したように,甲第150号証についても,
① 自動車排出ガスが高濃度となる道路近傍での検証が行われていないこと(道路端の高
濃度の14地点における測定値を除外している。平成9年当時の市民による二酸化窒素濃
度の測定地点は96箇所とされている(甲96・8頁表4-10)のに対し,甲第150
号証では,平成9年度の二酸化窒素濃度測定結果に示された地点数が合計82箇所とされ
ていることから(4頁表3-6及びその下部の注を参照。),14地点が除外されたもの
と認められる。道路端から離れた地点においては自動車排ガスの影響は大きくなく,NO
xのバックグラウンド濃度の占める割合が高くなるため,道路近傍の実測値を除外すれば,
控訴人らの主張する計算値と実測値との整合性が図られやすくなるのであるから,このよ
うな道路近傍の実測値を除外した前提での「現在の中央道による汚染実態の実測値と三次
元流体モデルでの予測値との相関が非常に良くとれている(甲150・図3-3)。」と
の控訴人らの主張は,にわかに採用することができないものである。),② 甲第150
号証は,半分ないし7割程度までがバックグラウンド濃度という実測値が多くを占める計
算値と呼ばれるものと実測値とを比較しているに過ぎないこと,③ 実測値と計算値との
整合性を確認したものではなく,実測濃度の「推計値」(市民により測定された平成9年
6月と同年12月の各3日間のNO2平均濃度からNO2の年平均濃度を「推計」し,そ
れからさらにNOxの年平均濃度を「推計」したもの。なお,市民の行ったカプセルを使
用した簡易測定法は,風や温度や湿度の影響を受けやすく,環境基準(乙25)で定めら
れているザルツマン試薬を用いる吸光度法(NO2を吸収発色液(ザルツマン試薬)中に
吸収させてジアゾ化し,さらにカップリングによってアゾ色素として発色させ,これを吸
光度測定するもの(甲123・22頁))と比べて,精度が悪いといわれており(弁論の
全趣旨),環境基準に定められた測定方法でもなく,その結果を本件環境影響評価等の結
果(環境基準に定められた方法により四季ごとに各1週間調査をしたもの)と同列に扱う
こともできない。)と計算値との整合性を確認したものに過ぎないこと,④ 排出係数や
バックグラウンド濃度等について,合理的な理由なく甲第96号証と異なる数値を用いて
いること(甲第150号証の目的が甲第96号証によるNOx濃度の正確性を検証するこ
とにあるのであれば,原則として甲第96号証の数値を用いるべきであるのに,例えばバ
ックグラウンド濃度については,甲第96号証では0.0208ppmという数値を用い
ているのに,甲第150号証では0.0149ppmという数値を用いており,不合理で
ある。),等の問題が存するのであって,甲第150号証もにわかに採用することができ
ず,甲第150号証を採用しなかった原判決の判断は正当というべきである。
エ 控訴人らは,① 気象モデルのデータについて,裏高尾の気象データ及び館
町測定局以外のデータ(大楽寺町測定局,八木町測定局のデータ)を用いる,② 日交通
量ではなく時間交通量を用いる,③ 換気塔からの影響は考慮しない,という前提で行っ
たとする追加調査結果(甲248,254)を根拠に,裏高尾の気象データを使った方が
過小に予測値が算出される(甲254・図4-2),本件環境影響評価が用いたプルーム・
パフ式モデルを用いると,計算値は実測値よりも過小に出る(甲254・図4-3),な
どと主張して,三次元流体モデルを用いた大気汚染シミュレーションの結果の正確性を主
張する。
しかしながら,控訴人らが行った三次元流体モデルによる大気汚染シミュレー
ション(甲96)及びその検証(甲150)についての上記アないしウで述べた問題点は,
上記の調査結果(甲248,254)によってもそれらのすべてが解消されるものではな
いのであり(特に,甲第96号証におけるパラメータの設定に合理性があることの検証は
できず,また,甲第150号証において道路近傍での測定値を除外したことの合理性も認
めることができない。),また,大楽寺町測定局及び八木町測定局は,館町測定局よりも
さらに市街化された地域にあり,かつ,標高も低い場所に位置するのであって(甲96・
3頁),裏高尾地区における大気汚染予測との関係ではこれらの地域の気象データを重要
視することは適当でないから,上記の調査結果(甲248,254)を踏まえても,なお,
控訴人らの行った三次元流体モデルを用いた上記の大気汚染シミュレーションの結果を採
用することはできないものである。
オ 以上によれば,建設省技術指針や東京都技術指針等に定められたプルーム・
パフ式の予測式を用いた本件環境影響評価及び本件環境影響照査による大気汚染の予測結
果(環境基準を満たし環境保全が図られると結論付けるもの)が控訴人らが実施した三次
元流体モデルを用いた大気汚染シミュレーションの結果に照らして不合理であって信用で
きず,上記三次元流体モデルを用いた大気汚染シミュレーションの結果こそ信用すべきで
ある(したがって,本件道路の完成・開通によって環境基準を超える大気汚染が生じるも
のである。),とはいえないというべきである。
カ なお,被控訴人中日本高速道路が平成19年12月に行った圏央道の八王子
ジャンクションからあきる野インターチェンジまでの区間の環境調査の結果によれば,裏
高尾において,一酸化炭素の1時間値の1日平均値は0.3~0.5ppm,1時間値の
8時間平均値は0.3~0.6ppm,二酸化窒素の1時間値の1日平均値は0.011
~0.028ppm,二酸化硫黄の1時間値の1日平均値は0.000~0.001pp
m,1時間値の最高値は0.003ppmとされ,下恩方において,一酸化炭素の1時間
値の1日平均値は0.3~0.5ppm,1時間値の8時間平均値は0.3~0.6pp
m,二酸化窒素の1時間値の1日平均値は0.007~0.021ppm,二酸化硫黄の
1時間値の1日平均値は0.000~0.001ppm,1時間値の最高値は0.004
ppmとされており,いずれも環境基準を下回っていることが認められ(乙229),こ
れらは,上記の判断を支えるものというべきである。
(3) SPMについて
ア 控訴人らは,本件環境影響照査1による下恩方地区のSPM予測濃度が0.
096mg/立方メートルとされ,環境基準をわずかに0.004mg/立方メートル下
回っているに過ぎないこと,加減速があり排出係数の大きくなる裏高尾の八王子ジャンク
ション部分では下恩方地区より高濃度のSPM汚染が発生すると予測できること,自動車
単体規制が始まり都内のSPM濃度は低減しているが,今後も同様に改善が進むかどうか
は予測できないこと,SPMの中でも粒子径が2.5マイクロメートル以下の細かい微粒
子状物質(いわゆるPM2.5。SPMの65ないし70パーセントを占める。)が健康
被害という点からはより大きな問題であるが,八王子市内の一般大気測定局のほとんどで,
平成21年9月に環境省が告示した基準である1年の平均値の15μg/立方メートルを
上回っていること,などからすれば,本件道路の開通によるSPMの発生によって沿道住
民の生命及び身体の安全に具体的な危険が生じるおそれがあるとは認められないとした原
判決の判断は誤っている,と主張する。
イ しかし,まず,本件環境影響評価においてSPMが予測の対象とされなかっ
たのは,本件環境影響評価当時,自動車の走行に起因して発生するSPMについて,その
生成と移流,拡散と二次生成粒子に係るメカニズムが解明されていなかったことによるも
のであって(弁論の全趣旨),そのこと自体はやむを得ないものであるところ,上記のと
おり,本件環境影響照査1による下恩方地区のSPM予測濃度は0.096mg/立方メー
トルとされ,環境基準を下回っており,また,本件環境影響照査2においても,神奈川県
相模原市城山町城山四丁目(本件道路外の圏央道沿道地域であるが,測定地点のうちで最
も本件道路に近接する(最も北側に位置する)地点。)において0.05mg/立方メー
トル等とされ,環境基準を下回っているのである(なお,本件環境影響照査においても,
加減速のある八王子ジャンクションについては,その走行パターンに対応した排出係数の
設定方法が解明されていないため,予測が行われていないが,これもやむを得ないところ
である(乙150の1・44頁,乙248・71頁)。)。そして,東京都内のSPM濃
度に関しては,減少あるいは横這い状態である旨の分析がなされている上(乙155・3
5頁,乙156・31頁),国や地方公共団体によって現在も改善施策が進められていて
(乙157~167),実際にその効果も現れており,原審口頭弁論終結後である平成1
9年8月17日に東京都が発表した「平成18年度大気汚染状況の測定結果について」
(乙180)においては,「一般局では,46局中45局で達成しました。達成率は98
%でした。」,「自排局では,昨年に続いて2年連続全34局で達成しました。」,「非
達成の港区白金局は,基準を超えた日が年間で3日でしたが,そのうち2日が連続したた
め非達成となりました。」とされ,平成19年11月30日に環境省が発表した「平成1
8年度大気汚染状況について」(乙181)においても,SPMの年平均値の推移につい
ては,近年ゆるやかな改善傾向がみられるとされている。さらに,平成21年7月21日
に東京都が発表した「平成20年度大気汚染状況の測定結果について」(乙251・1頁)
においても,SPMについて,「一般局では,昨年に続いて2年連続全46局で(環境基
準を)達成しました。」,「自排局では,昨年に続いて4年連続全34局で(環境基準を)
達成しました。」,とされており,さらに,環境省が発表した「平成20年度大気汚染状
況について」(乙252・1頁)においても,SPMの年平均値の推移については,一般
局自排局とも近年緩やかな改善傾向がみられるとされている。
以上の点を考慮すると,控訴人らの上記主張は採用することができないもの
というべきである。
ウ なお,控訴人らは,前記PM2.5について,八王子市内の一般大気測定局
のほとんどで平成21年9月に環境省が告示した基準である1年の平均値15μg/立方
メートルを上回っている(したがって,巨大ジャンクションである八王子ジャンクション
付近においてはより高い値を示すはずである。)旨を主張し,その主張に沿う証拠(甲4
44)を提出する。
しかし,それによっても,本件道路の沿道地域におけるPM2.5の値は明
らかではなく(甲第444号証に掲げられた測定局の存在する地域(八王子市明神町,片
倉町,横山町,館町,西寺方町,大楽寺町,川口町)は,裏高尾町等の本件道路の沿道地
域とは,地形的な条件や交通量の条件をかなり異にすると考えられる。),そして,PM
2.5の値は,近年顕著な減少傾向にあること(甲第444号証によれば,4つの測定局
における平成17年のPM2.5の値は,それぞれ,19μg/立方メートル(片倉町。
平成7年においては30μg/立方メートルであった。),18μg/立方メートル(館
町。平成7年においては25μg/立方メートルであった。),17μg/立方メートル
(大楽寺町。平成12年においては23μg/立方メートルであった。)及び15μg/
立方メートル(川口町。この数値は,上記環境省の基準に適合するものである。)である。
),が認められ,これらの事情を踏まえれば,控訴人らの主張事実にもかかわらず,なお,
本件道路の完成・開通によるSPMの発生によって本件道路の沿道住民の生命及び身体の
安全に具体的な危険が生じるおそれがあるとは認められないというべきである。
(4) まとめ
以上のとおりであり,本件道路の完成・開通によって生じると予測される大気
汚染がその環境基準を超えて控訴人らに社会共同生活上受忍すべき限度を超える大気汚染
被害を恒常的にもたらし健康被害(控訴人らの生命及び身体の安全に対する具体的な危険)
を生じさせるものと認めることはできないものである。
2 騒音について
(1) 本件環境影響評価及び本件環境影響照査の内容について
ア 先に原判決を引用して認定したとおり,東京都は,本件環境影響評価におい
て,既存道路の状況,道路の構造,地形,周辺土地の利用状況,等から,各地域(本件環
境影響評価1においては,南浅川,裏高尾,下恩方,美山,上川,牛沼,油平,下代継,
菅生尾崎,友田,羽西,今寺,今井の各地域,本件環境影響評価2においては,南浅川。
(乙14の1・158頁,乙19の1・103頁))を代表すると考えられる地点を調査
地点として調査し,この調査地点について道路交通騒音及び環境騒音の現況調査を行い,
この調査地点の存する地域について,計画路線の位置,構造及び計画路線沿線の土地の利
用状況を考慮して予測地域を設定し,本件工事完了後の本件道路の交通に起因して生じる
道路交通騒音(騒音レベルの中央値(L50))の予測を行った。予測地域のうち,本件
道路の沿道部分に位置するのは,南浅川予測域,裏高尾予測域,下恩方予測域であるが,
本件環境影響評価は,昭和63年に実施された本件環境影響評価1及び平成8年に実施さ
れた本件環境影響評価2のいずれにおいても,環境保全対策として遮音壁及び環境施設帯
を設置することを前提に,上記のすべての予測域において,環境基準のA地域のうち2車
線を超える車線を有する道路に面する地域として評価を行い,その結果は,予測騒音レベ
ルはいずれも旧環境基準を下回るものと判断された(乙14の1・191,209頁,乙
19の1・126頁)。
イ また,先に原判決を引用して認定したとおり,被控訴人国は,平成14年3
月,本件環境影響照査1において,本件環境影響評価後のデータに基づいて,本件環境影
響評価において採用された手法と同じ手法により,平成32年における将来交通量を試算
し,それを用いて,裏高尾予測域及び下恩方予測域の道路交通騒音(中央値(L50))
を予測し,また,本件環境影響評価後に導入された等価騒音レベル(Leq)について参
考に照査し,さらに,平成17年9月,本件環境影響照査2において,平成42年の将来
交通量予測に基づいて,裏高尾予測域及び南浅川町予測域について同様の照査を行った。
本件環境影響照査においては,下恩方,裏高尾及び南浅川の各予測域はいずれも現環境基
準の「幹線交通を担う道路に近接する空間」(近接空間)又は「A地域のうち2車線以上
の車線を有する道路に面する地域」(道路に面する地域)として照査が行われ,また,環
境保全対策として遮音壁及び環境施設帯を設置しあるいは遮音壁を嵩上げすることを前提
に照査が行われ,その結果は,すべての地点において現環境基準を下回るものと判断され
た(乙24・2-75~2-78頁,3-25頁,乙248・54,87頁)。
ウ 以上のような本件環境影響評価及び本件環境影響照査の内容に照らせば,本
件道路の完成・開通によって生じると予測される騒音がその環境基準を超えて控訴人らに
社会共同生活上受忍すべき限度を超える騒音被害を恒常的にもたらし健康被害(控訴人ら
の生命及び身体の安全に対する具体的な危険)を生じさせるものと認めることはできない
というべきであるから(前記のとおり,環境基準は,「人の健康を保護し,及び生活環境
を保全する上で維持されることが望ましい基準」として定められたものであり,将来に向
けてのより積極的,先進的な行政上の目標設定を念頭に置いて設けられたものであるから,
環境基準を超えない程度の騒音であれば,少なくともこれによって本件道路の沿道住民に
健康被害(生命及び身体の安全に被害が生じる具体的な危険)が発生するおそれはないと
いうべきである。),本件道路の完成・開通によって生ずると予測される騒音を理由とす
る控訴人らの本件道路の建設工事の差止請求もこれを認容することができないものという
べきである。
(2) 控訴人らの主張について
ア 控訴人らは,「平成17年11月1から2日にかけて裏高尾町所在の控訴人
X1宅の屋外及び屋内の騒音測定を実施した結果,夜間において,屋外はLeq61dB,
屋内はLeq47.1dBであり(甲249,250),睡眠妨害を受ける騒音状態にあ
った(裏高尾における睡眠妨害被害の発生の基準は,屋外45dB,屋内30~35dB
とすべきである。)。原判決は,このような測定結果を無視している。」,「原判決は,
遮音壁の設置によって約10dBの騒音低減効果が得られるとするが,中央道南側に遮音
壁が設置された後の平成18年6月28日午後10時から翌29日午前6時までの間に控
訴人X1宅の屋外の騒音を測定したところ,夜間において屋外で59.2dBであり(甲
315),遮音壁の設置による低減効果は約2dBに過ぎず,依然として睡眠妨害を受け
る騒音状態にあった。」,と主張する。
しかしながら,前記のとおり,本件環境影響評価及び本件環境影響照査にお
いて,裏高尾予測域の騒音予測値はいずれも環境基準を下回るものであり,控訴人らの上
記甲第315号証の騒音調査結果を前提としても,控訴人X1宅が所在する地域に適用す
べき環境基準は,「B地域のうち2車線以上の車線を有する道路に面する地域」に係る基
準であり,夜間については「60dB以下」の基準が適用されるべきものである。すなわ
ち,屋外の環境基準の適用については,地域の類型に応じて評価をすることとされており,
地域の類型の当てはめは都道府県知事が指定することとされているところ(乙25(「騒
音に係る環境基準について」(平成10年9月30日環境庁告示第64号))・8013
頁以下),控訴人X1宅が存在する地域は,都市計画法8条1項1号の規定により用途地
域の定められていない地域であるため(乙122),上記「騒音に係る環境基準について」
に定める地域の類型の「B」に該当し(乙123),したがって,控訴人X1宅が所在す
る地域に適用すべき環境基準は,「B地域のうち2車線以上の車線を有する道路に面する
地域」に係る基準であり(「道路に面する地域」の概念については後述する。),夜間に
ついては「60dB以下」の基準が適用されることとなる(乙25・8014頁)。そう
とすれば,中央道南側の遮音壁設置後に控訴人X1宅で測定された上記の59.2dBの
数値は,環境基準を下回っているのであり,これを踏まえれば,控訴人X1宅に社会共同
生活上受忍すべき限度を超える騒音被害が恒常的に生じて健康被害(控訴人X1の生命及
び身体の安全に対する具体的な危険)が発生するおそれがあると認めることはできないも
のというべきである。
なお,控訴人らは,原判決が,本件環境影響評価の際の裏高尾の騒音の調査
結果(L50で朝50ホン,昼51ホン,夕49ホン,夜50ホン)について,それが前
記平成17年11月1から2日にかけての控訴人X1宅の屋外及び屋内の夜間における騒
音の測定結果(屋外Leq61dB,屋内Leq47.1dB)とほぼ同程度の数値と考
えられると判示したこと(原判決52頁)を批判するが,先に原判決に付加して判示した
とおり,道路に面する地域においては,夜間のLeqの数値は夜間のL50の数値より約
10dB程度高くなる関係にあるから(甲79),原判決の判示は相当であり,控訴人ら
の上記の主張は理由がないというべきである。
イ 控訴人らは,本件環境影響評価及び本件環境影響照査が用いた騒音に関する
環境基準の「道路に面する地域」の適用範囲に関して,道路からの受益の有無を基準とし
て,まさに道路に接しているか道路端からせいぜい20メートル以内の位置にあるかいず
れかの地域に限定すべきである旨を主張する。
しかし,旧環境基準が定められた経緯(乙62)によれば,「道路に面する
地域」の環境基準値は,道路の公共性を中心として,当該地域の道路による受益性,道路
交通騒音の実態,などをも総合的に踏まえて定められたものと認められ,道路からの受益
性の観点が主として考慮されたものではないから,「道路に面する地域」の適用範囲を画
するに当たって,道路からの距離を重視することは適当でなく,道路の公共性を重視して,
道路交通騒音の影響を受ける地域全体が「道路に面する地域」に当たるものとして,緩和
された環境基準の適用を認めるのが相当というべきであって,これと同旨の原判決の判示
は正当というべきである。
控訴人らは,最高裁平成7年7月7日第二小法廷判決・民集49巻7号18
70頁を上記主張の根拠として引用するが,同判決は,国道43号線の沿道に居住する住
民につき,「原審の適法に確定した事実関係によれば,本件においては,共通の被害であ
る生活妨害によって被る精神的苦痛の程度は侵害行為の中心である騒音の屋外騒音レベル
に相応するものということができるところ,原審は,……を勘案して,(一) 居住地に
おける屋外等価騒音レベルが六五以上の騒音に暴露された被上告人らは,本件道路端と居
住地との距離の長短にかかわらず受忍限度を超える被害を受けた,(二) 本件道路端と
居住地との距離が二〇メートル以内の被上告人らは,(1) その全員が排気ガス中の浮
遊粒子状物質により受忍限度を超える被害を受けた,(2) 騒音及び排気ガスによる被
害以外の心理的被害等を併せ考えると,屋外等価騒音レベルが六〇を超える騒音に暴露さ
れた者が受忍限度を超える被害を受けたと判断したものである。要するに,原判決は,受
忍限度を超える被害を受けた者とそうでない者とを識別するため,居住地における屋外等
価騒音レベルを主要な基準とし,本件道路端と居住地との距離を補助的な基準としたもの
であって,この基準の設定に不合理なところがあるということはできず,所論の違法はな
い。」と判断したものであって,道路から居住地までの距離が20メートル以内でありか
つLeqが60dBを超えれば住民らが常に受忍限度を超える騒音被害を受けていると判
断したものではないから,同判決が上記の控訴人らの主張の根拠となるということはでき
ないものである(なお,上記事件の関連事件において,最高裁平成7年7月7日第二小法
廷判決・民集49巻7号2599頁は,上記の受忍限度を超える被害を受けた住民らの国
道43号の供用差止請求を道路の公益性(産業物資流通のための地域間交通への相当の寄
与)を理由に棄却した原審の判断を是認している)。
ウ 控訴人らは,本件環境影響評価及び本件環境影響照査における騒音予測が道
路交通法上の制限速度(時速80キロメートル)を前提としていることにつき,それは実
態に反しており,時速100キロメートルを前提とすれば,騒音は約4dB増大し,環境
基準に反する結果となる,と主張する。
しかし,建設省技術指針においては,「予測は,第4で設定された環境要素
の項目について,一般的な条件下における環境の状態の変化を明らかにすることにより行
うもの」(乙30・69頁)とされており,道路の新設に際しては,道路を走行する車が
設計速度の範囲内で設定される規制速度を遵守して通常その速度で走行することを予定し
ているのであり,本件環境影響評価及び本件環境影響照査が時速80キロメートルを前提
としていることには根拠があるのである。そして,道路における車両の走行速度は,時刻,
天候,道路の傾斜,交通密度,車種,運転者の技量,等に左右され,また,通常の運転者
であれば,道路交通法上の最高速度(法定速度)を常に意識して運転しているものと認め
られるから(本件道路及び八王子ジャンクション部分の道路交通法上の制限速度は時速8
0キロメートルである。),控訴人らが主張するように本件道路又は中央道において車両
が時速90キロメートルないし100キロメートルで走行することが常態であるとまでは
いえないというべきであり,この点の控訴人らの主張は採用することができないものとい
うべきである。
エ 控訴人らは,控訴人らが行った裏高尾地区における騒音予測シミュレーショ
ン(甲135)を科学的な根拠を欠くものと判断した原判決を批判し,① 甲第135号
証においては,本件環境影響照査1と同じ手法により,交通量や速度など本件環境影響照
査1で使用されたのと同じデータに基づき,日本音響学会が提案しているASJモデル1
998(B法)によって予測を行ったことが明記されている,② 裏高尾地区の地形に関
しては,2500分の1の地図を参照して,東西方向2100メートル,南北方向130
0メートルの範囲の地形を考慮し,メッシュ規模は東西南北方向とも5メートル間隔とし
たことも明記されており,その裏高尾の地形のデータの結果を示したものが甲第135号
証の4頁の図の3-2である,③ 甲第135号証においては,現況再現シミュレーショ
ンも行っており,使用した将来予測のモデルの再現性のチェックまで行っている,④ 甲
第135号証においては車両の走行速度を時速80キロメートルとしているが,車両の走
行速度の実態(前記のとおり,時速90ないし100キロメートル)に合わせれば,騒音
の予測数値は,甲第135号証の数値よりさらに2ないし3dBほど高い結果となる,⑤
甲第135号証が使ったASJモデル1998では,将来の自動車騒音規制を考慮して,
自動車のパワーレベルを大型車で0.9dB,小型車で1.4dBほど低減させているが,
同モデルを改良したASJRTNモデル2003では将来の規制強化は考慮されていない
から,この改良モデルによれば,予測数値はさらに1dB程度大きくなる,と主張する。
確かに,控訴人らが行った裏高尾地区における騒音予測シミュレーション
(甲135)においては,本件環境影響照査1が用いた手法(ASJモデル1998(B
法))と同じ手法が用いられていること,裏高尾地区の地形に関しては,2500分の1
の地図を参照して,東西方向2100メートル,南北方向1300メートルの範囲の地形
を考慮し,メッシュ規模を東西南北方向とも5メートル間隔としており,裏高尾地区の地
形のデータの結果を示したものが甲第135号証の4頁の図の3-2であること,一定の
現況再現シミュレーションを行っていること,が認められる(原審証人C)。
しかしながら,先に原判決を引用して述べたとおり,これらの各事実を前提
としても,なお,甲第135号証は,地点における評価及び面的な評価のいずれにおいて
も地形による騒音の反射や吸収の有無,そのほか地形が騒音の伝播に及ぼす影響について
どのように考慮したかが不明というべきであるから,甲第135号証はにわかに採用する
ことができないものというべきである。
なお,車両の走行速度を時速90ないし100キロメートルと設定すること
が相当でないこと(車両の走行速度を時速80キロメートルと設定することが相当である
こと)は先に述べたとおりであり,また,控訴人らが主張する上記改良モデル(ASJR
TNモデル2003)についても,本件環境影響照査2においては同改良モデルが用いら
れており(乙248・73頁),それによる裏高尾地区における予測結果は等価騒音レベ
ル(Leq)で52ないし54dBとされており,現環境基準を下回っていることが認め
られる(乙248・87頁)。
以上の点を考慮すれば,甲第135号証の内容を踏まえて検討しても,本件
環境影響評価及び本件環境影響照査による本件道路の完成・開通による騒音予測の結論
(本件道路の完成・開通によって発生すると予測される騒音は環境基準を下回り沿道住民
に健康被害をもたらすおそれがあるものではない。)の妥当性が左右されるものではない
というべきである。
オ 控訴人らは,八王子ジャンクション開通前後の控訴人X1宅の騒音測定結果
(甲316)につき,屋外ではほとんど変化がなかったのは,八王子ジャンクションの交
通量が未だ事業者ら(被控訴人ら)の予測した交通量の半分程度であるためであり,今後
予測交通量程度に交通量が増加すれば,控訴人X1宅の夜間の騒音状態は60dBに近づ
くかこれを超えることが予測される,と主張する。
しかし,控訴人らの上記主張は,交通量の増加と騒音の増加との関係を明ら
かにしておらず,また,具体的な予測結果の数値及びその根拠も示していない上,八王子
ジャンクションから八王子北インターチェンジ(現八王子西インターチェンジ)までの計
画交通量4万3800台/日(乙14の1・18頁,乙15の1・18頁)で予測・評価
された本件環境影響評価1の結果は,各予測地域においていずれも旧環境基準を下回るも
のであった上,本件環境影響評価後のデータである同区間の平成32年の将来交通量4万
6000台/日(乙24・2-30頁)に基づいて実施された本件環境影響照査1の結果
によっても,遮音壁を嵩上げすることなどにより,いずれの地点においても現環境基準を
下回るとされているのであるから,控訴人らの上記主張は採用することができないものと
いうべきである。
カ 控訴人らは,八王子南インターチェンジ(仮称)付近の南浅川町の国道20
号の沿道住民には,本件道路の完成により受忍限度を超える睡眠妨害の騒音が発生するお
それがある旨を主張するが,本件環境影響評価2においては,遮音壁等を設置することを
前提に南浅川予測域においても予測騒音レベルは旧環境基準を下回るものと判断されてお
り,本件環境影響照査2においても,遮音壁を設置することなどを前提に現環境基準を下
回るものと判断されているから,控訴人らの上記主張は採用することができない。
(3) まとめ
以上のとおりであり,本件道路の完成・開通によって生じると予測される騒音
がその環境基準を超えて控訴人らに社会共同生活上受忍すべき限度を超える騒音被害を恒
常的にもたらし健康被害(控訴人らの生命及び身体の安全に対する具体的な危険)を生じ
させるものと認めることはできないものである。この判断は,裏高尾に住む控訴人らの騒
音被害に関する当審における陳述及び供述(甲350の6,368の4,377の1,3
77の2の1,377の3,控訴人X8,同X1,同X7,同X2及び同X9の各本人尋
問の結果)を踏まえて検討しても,変わらない。
なお,被控訴人中日本高速道路が平成19年12月に行った圏央道の八王子ジ
ャンクションからあきる野インターチェンジまでの区間の環境調査の結果によれば,測定
された騒音レベル(Leq)は,昼間(6時から22時)及び夜間(22時から6時)に
おいて,裏高尾ではそれぞれ55dB及び54dB,下恩方ではそれぞれ51dB及び4
8dBであり,いずれも現環境基準を下回っていたことが認められ(乙229),これは,
上記の判断を支えるものというべきである。
(4) サウンドスケープについて
控訴人らは,本件道路の建設による高尾山の歴史的文化的自然景観と一体とな
ったサウンドスケープ(音風景)の破壊被害を主張するが,環境要素の一つとして自然の
音(例えば,鳥のさえずり,虫の鳴き声,木々の葉音,川のせせらぎ,等)を積極的に評
価することは首肯できるとしても,未だサウンドスケープの概念自体が社会において一般
的に成熟した明確な内容を有するものとして認識されているとはいい難く(サウンドスケー
プの概念は,1960年代から1970年代にかけて,カナダの作曲家R.マリー・シェー
ファーによって提唱された概念である(甲206の1,2,甲267の1)。),また,
それを享受する者の範囲も不明確というほかないから,健康被害の防止を趣旨として設定
された騒音に関する環境基準への適合性の議論とは別に,上記のようなサウンドスケープ
に対する破壊のみを理由として本件道路の建設工事の差止めを認めたり不法行為の成立を
認めたりすることはできないものというべきである。
3 振動及び低周波空気振動について
(1) 先に原判決を引用して認定したとおり,本件道路の完成・開通により本件
道路の沿道において本件環境影響評価及び本件環境影響照査で予測された以上の振動又は
低周波空気振動が発生するとは認められず(本件環境影響評価及び本件環境影響照査にお
いては,予測される振動は,いずれも要請基準を超えないものとされ,予測される低周波
空気振動は,一般環境中に多様に存在している音圧レベルの範囲内にあり,又は参考評価
指標(L50では90dB(一般環境中に存在するレベル),LG5では100dB(平
均的な被験者が知覚できるレベル))を超えないものとされている(乙14の1・236,
239頁,乙19の1・148,153頁,乙24・2-94,3-28頁,乙248・
67,90頁)。),本件道路の完成・開通によって生じると予測される振動又は低周波
空気振動がその要請基準等を超えて控訴人らに社会共同生活上受忍すべき限度を超える振
動被害又は低周波空気振動被害を恒常的にもたらし健康被害(控訴人らの生命及び身体の
安全に対する具体的な危険)を生じさせるものと認めることはできないから,本件道路の
完成・開通によって生ずると予測される振動又は低周波空気振動を理由とする控訴人らの
本件道路の建設工事の差止請求もこれを認容することができないものというべきである。
(2) 控訴人らは,中央道沿道の裏高尾町摺指地区の民家で10Hz付近で75
ないし80dBの数値となったとする住民の低周波振動の測定結果があること,中央道か
ら135メートル離れた民家でも10Hzで75dBを超える低周波振動の結果が出てい
ること,また,東京の環状7号線,産業道路,第2京浜などの幹線道路沿道の調査では,
L10値が52dB程度で,81パーセントの人が振動公害をかなり感じると訴え,建物
の壁にひびが入ったり家の一部がゆがむという被害を訴える人が43パーセントあったこ
と,などを主張して,本件道路の完成・開通によって沿道住民に振動被害及び低周波空気
振動被害が生じるおそれがある旨を主張する。
しかし,控訴人らの上記主張の根拠となる振動被害に関するデータ(甲511)
は,その内容が抽象的であり,その測定対象の範囲も測定方法も不明であって,その正確
性・信頼性を検証することができず,にわかにこれを採用することができないものである。
本件環境影響評価及び本件環境影響照査の前記の結果に照らしても,控訴人らの上記主張
は採用することができないものであり,この判断は,裏高尾に住む控訴人X1の振動被害
に関する当審における陳述(甲350の6)及び供述(本人尋問の結果)を踏まえて検討
しても,変わらない。
(3) なお,被控訴人中日本高速道路が平成19年12月に行った圏央道の八王
子ジャンクションからあきる野インターチェンジまでの区間の環境調査の結果によれば,
測定された振動レベル(L10)は,昼間(8時から19時)及び夜間(19時から8時)
において,裏高尾ではいずれも30dB未満,下恩方ではそれぞれ30dB及び30dB
未満とされており,いずれも要請基準を下回っていることが認められ,また,測定された
低周波音(L50,LG5)は,下恩方において,L50が66ないし76dB,LG5
が71ないし77dBであり,いずれも参考評価指標を下回っていることが認められ(乙
229),これらは,上記の判断を支えるものというべきである。
4 水脈について
(1) 被侵害利益
控訴人らは,八王子城跡トンネルの掘削工事及び高尾山トンネルの掘削工事に
よる水脈破壊を主張し,環境権の侵害を理由として本件道路の建設工事の差止めを請求す
るが,そもそも,控訴人らが八王子城跡付近又は高尾山の水脈に対して何らかの具体的な
権利又は法律上保護されるべき利益を有しているとは認められないから,これが侵害され
るおそれがあることを理由とする本件道路の建設工事の差止請求は既にこの点において認
容することができないものである。
(2) 八王子城跡トンネルの掘削工事による水脈への影響
仮に上記の点をしばらく措くとしても,以下のとおり,八王子城跡トンネルの
掘削工事による八王子城跡付近の水脈への影響はさほど大きなものとは認められず,掘削
工事の終了によって今後元の状態に回復する可能性が十分にあるものと認められるから,
この点からも,本件道路の建設工事の差止請求は認容することができないものである。
ア 下恩方町松竹地区の井戸涸れについて
平成13年10月末に下恩方町松竹地区で発生した井戸涸れについては,下恩方
町松竹地区の井戸涸れが生じた時期と北浅川橋橋脚工事の時期とが一致しており,同工事
の完了後に同地区の井戸の水位が回復したことが認められること(乙34,35)からす
ると,北浅川橋橋脚工事によって下恩方町松竹地区の井戸涸れが発生したものと認めるの
が合理的である(八王子城跡トンネルの掘削工事によってではない。)。被控訴人らも,
本件道路の北浅川橋橋脚工事の施工の際に地下水を汲み上げたことに原因があるとして,
補償を行っている(乙34~37)。
イ 滝ノ沢川下流地域の井戸涸れについて
(ア) 技術検討委員会によれば,滝ノ沢川下流地域については,平成6年よ
り井戸の水位観測が行われており,そのデータから,八王子城跡トンネルの掘削工事の前
後にかかわらず,井戸の水位が降雨と応答していることが確認され,滝ノ沢川下流地域の
井戸が涸れたのは平成17年春の小雨傾向(同年3月1日から5月21日までの間のこの
地域(八王子城跡地区,高尾山地区)の降水量は106.5mmであり,これは昭和33
年から平成16年までの同期間の降水量の平均値である300.4mmの約3分の1であ
る。)によるものであると結論付けられているところ(乙128),その内容は合理的で
あって,信用できるものである(滝ノ沢川の上流部と下流部との流量の相関関係は,八王
子城跡トンネルの掘削工事の前後で同様の傾向を示し,八王子城跡トンネルの掘削工事の
影響を受けたことを示す兆候は認められず,また,地下水位の変化も,八王子城跡トンネ
ルの掘削工事の前後を問わず,日降水量の変化とほぼ一致していることが認められる(乙
38,39)。)。
(イ) 控訴人らは,「八王子城跡トンネルの掘削工事に伴う止水工事により,
岩盤に注入されたセメントミルクが岩盤の割れ目を通り滝ノ沢川の川底に達し,川沿いに
流れていた伏流水の水路を遮断したために,特に渇水期を中心として伏流水の流れを止め,
下流の民家において井戸涸れを生じさせた。」と主張し,控訴人X4の原審における供述
及び陳述等(甲203,204)は,その主張に沿うものである。
しかし,控訴人らのこの主張や控訴人X4の陳述・供述等の内容が客観的
に裏付けられているとまではいい難く,控訴人らの主張を直ちに採用することはできない
ものであり,むしろ,上記の証拠(乙38,39,128)に照らせば,滝ノ沢川下流地
域の井戸涸れは,なお,平成17年春の小雨傾向によるものと認めるのが相当である。上
記控訴人X4の陳述・供述等を踏まえて検討しても,滝ノ沢川下流地域の井戸涸れが被控
訴人らの行った八王子城跡トンネルの掘削工事に起因するものとまでは認めることができ
ないものである。
ウ 観測孔2の地下水の水位低下について
(ア) 観測孔2の地下水の水位低下は,八王子城跡トンネルの掘削工事に起
因するものと認められるが,しかし,以下のとおり技術検討委員会の意見を踏まえて止水
対策が講じられており,その後の観測孔2の水位の回復状況等をみると,八王子城跡トン
ネルの掘削工事の完了により,今後,水位は元の状態に回復する可能性が十分にあり,同
工事が八王子城跡付近の水脈に及ぼした影響はさほど大きくはないというべきである。
(イ)(a) 被控訴人らは,八王子城跡トンネルの掘削工事が周辺の地下水
に与える影響を観測するため,岩盤深部及び地山浅部に合計7か所の観測孔を設置し,平
成11年10月11日から八王子城跡トンネルの掘削工事を行っていたところ,平成14
年1月22日から同年2月1日にかけて,観測孔2の水位がTP+348mからTP+3
35mまで13m低下した(甲84の1,2,甲104,107の1,乙57)。
(b) 技術検討委員会は,平成14年1月22日の観測孔2の水位低下は,
「トンネル掘削が進み予定していた城山川集水域に近づいたことを示すものであり」,
「今後トンネルの掘削が進み観測孔2に近づくにつれて(水位が)低下し(最大で20~
30m),観測孔2付近を通過後覆工止水を施工しトンネル内に水を引き込まない構造が
完成した後に,水位が徐々に上昇する。」との意見を示した(乙57)。
(c) 被控訴人らは,平成14年1月22日,トンネルの掘削工事を一時
休止し,トンネルの湧水を抑えるための応急止水注入工事を実施し,その後,本格的止水
注入工事を実施し,同年9月3日に切羽前方区間の止水注入工事を完了した(乙57)。
その後,同年10月28日,トンネルの掘削工事が再開され,平成15年11月からは
「先進導坑(シールド掘削)+NATM(機械掘削)工法」による施工が開始され(これ
らの工法は,掘削が地盤に与える影響を少なくする工法であると認められる(弁論の全趣
旨)。),平成16年8月に上下線とも先進導坑(シールド)が貫通した(乙126,1
27,130,131)。トンネルの掘削工事の再開後,観測孔2の水位は上昇傾向を示
し,TP+345mを超えるところまで水位が上昇したが,平成17年10月19日から
トンネル拡幅掘削工事を開始したところ,同月22日ころから観測孔2の水位が再びTP
+315mまで低下した(乙130)。この水位低下はあらかじめ予想されていたもので,
技術検討委員会は,止水構造を早期に完成させることで水位は徐々に上昇すると考えられ
るとの見解を示した(乙132,139)。
(d) その後,平成19年2月24日に八王子城跡トンネルの覆工止水構
造が完成したが,覆工止水コンクリート構築後のトンネルルート付近の岩盤地下水の挙動
を早期に把握することを目的としてトンネル外側に設置された水圧計の測定値によれば,
地下水の水圧は,覆工止水構造完成前である同年1月10日ころから止水構造部の中間付
近で上昇傾向となり(乙188),その後の同年2月16日ころには,上り線及び下り線
のすべての水圧測定地点において水圧の上昇が認められるとともに,同年2月8日ころか
らは,従前より岩盤地下水の動向を計測していた観測孔2の水位も上昇し始めた(乙18
9)。このような岩盤地下水の水位上昇傾向は,平成19年2月8日以降も継続し,覆工
止水構造が完成した後の同年3月5日においても,トンネル外側に設置されているすべて
の水圧測定地点で水圧が上昇し続け(乙190),観測孔2の水位も,同月22日までの
約1か月半で約13メートルの上昇が認められた(乙191)。
(e) 技術検討委員会(平成19年3月26日開催)は,上記の状況を踏
まえ,「これまでの観測井戸の水位の上昇から,止水構造(平成19年2月24日完成)
は予定どおり機能していると判断できる。このことから地下水全体が回復し始めてきてい
ると考えられる。」との見解を示した(乙191・9枚目)。
(f) なお,平成21年8月11日現在では,観測孔2の水位はTP+3
43.8メートルにまで上昇し,地下水位は技術検討委員会の予測どおり上昇している
(乙254・4~5枚目)。このことにつき,技術検討委員会(平成21年8月24日開
催)は,「今後も上昇下降を繰り返しながら,長期的にみると回復を続け,将来的には安
定するものと判断される。」との見解を示した(乙254・19枚目)。
(ウ) 以上の事実経過(八王子城跡トンネルの掘削工事の着工,観測孔2の
水位低下,掘削工事の中止,止水注入工事の施工,掘削工事の再開(先進導坑(シールド
掘削)+NATM(機械掘削)工法による施工),観測孔2の水位上昇,先進導坑完了,
拡幅掘削工事の開始,観測孔2の再度の水位低下,覆工止水構造の完成,観測孔2の水位
上昇の開始及び継続,等の経過)及び技術検討委員会の上記各見解によれば,八王子城跡
トンネルの掘削工事が八王子城趾付近の水脈に影響を与えたことは否定できないとしても,
その影響はさほど大きくはなく,工事の完成によって今後元の状態に回復する可能性が十
分にあるものと認められる。
エ 御主殿の滝の滝涸れについて
(ア) 御主殿の滝について,平成17年5月22日に1度滝涸れが発生し,
その後同年12月20日以降にも滝涸れが頻発している事実が認められる。
しかしながら,技術検討委員会の見解では,① 御主殿の滝に水を供給す
る城山川は,もともと崖錘及び渓流堆積物(土砂)が分布し,河川水が地表に現れないで
地中を流れる箇所もあり,従前より,流量が少ない時は,下流の流量が上流より少なくな
ることが判明していたこと,② 城山川の流量は,降雨に対して極めて明瞭に応答し,ピー
クの出現及び減衰が早い傾向にあることから,降雨に大きく依存していると認められるこ
と,③ 八王子城跡トンネルを挟んだ流量観測点間の流量の相関は,八王子城跡トンネル
の掘削工事の前後で大きな変化がないこと,④ 前記のとおり,この地域の平成17年3
月1日から同年5月21日までの間の降水量は,昭和33年以降の同時期の平均降水量の
約3分の1に過ぎないこと,⑤ この地域の平成17年10月21日から同年12月20
日までの間の降水量も,昭和33年以降の同時期の平均降水量(167.5mm)の約3
分の1(49.5mm)に過ぎないこと,などから,平成17年5月と同年12月の御主
殿の滝の滝涸れはそれぞれその時期の小雨傾向によるものとされており(乙125,12
8,132),その内容は,降水量と河川の流量に関する他の関係証拠(乙38,39)
とも合致し,合理的であって,信用することができるものというべきである。
(イ) 控訴人らは,八王子城跡トンネルの掘削工事によって,岩盤内にあっ
た裂罅水(岩盤の割れ目にたまった水)がトンネル内に引き込まれたか又はトンネルに沿
ってできたみずみちを通って他に流出したかし,これにより岩盤内の地下水位が下がり,
そのため城山川の河川水が地下に引き込まれることにより城山川の流量が著しく減少し,
これが御主殿の滝の滝涸れの原因である旨を主張し,控訴人X4の原審における供述及び
陳述等(甲256,257)はその主張に沿うものである。
(ウ) しかしながら,控訴人らのこの主張や控訴人X4の陳述・供述等の内
容が客観的に裏付けられているとまではいい難く,控訴人らの上記主張を直ちに採用する
ことはできず,むしろ,技術検討委員会の上記見解(平成17年5月と同年12月の御主
殿の滝の滝涸れがそれぞれの時期の小雨傾向に起因するとの見解)が他の関係証拠とも符
合していて信用できることからすれば,控訴人X4の上記陳述及び供述等を踏まえても,
なお御主殿の滝の滝涸れが八王子城跡トンネルの掘削工事に起因するものとは認めること
ができないというべきである。
(3) 高尾山トンネルの掘削工事による水脈への影響
控訴人らは,高尾山トンネルの掘削工事の開始後において,平成19年10月,
高尾山トンネル南坑口付近の沢で沢涸れが起こり,現在でも降雨がなければ水涸れが頻発
している(甲461),平成20年3月,「中里介山妙音谷草庵跡」の石塔が建つ妙音谷
の沢涸れ・湧水涸れが発生した(甲462),平成21年8月から高尾山トンネルの直上
にある稲荷山尾根に設置されている土壌水分データ(T17-1)に異常値が観測される
ようになった,琵琶滝周辺の岩盤の剥がれが目立つ,と主張するが,仮にこれが事実であ
るとしても,八王子城跡トンネルの掘削工事の場合と同様に高尾山トンネルの掘削工事の
終了によりこれらは元の状態に回復する可能性が十分にあるものと推測されるから,高尾
山トンネルの掘削工事による水脈破壊を理由とする控訴人らの本件道路の建設工事の差止
請求も認容することができない。
(4) まとめ
控訴人らは,八王子城跡トンネル及び高尾山トンネルの掘削工事による水脈破
壊を主張するが,上記のとおり,八王子城跡トンネルの掘削工事による水脈への影響はさ
ほど大きなものとは認めらず,工事の終了によって今後元の状態に回復する可能性が十分
にあるものと認められ,また,高尾山トンネルの掘削工事による水脈への影響も工事の終
了によって元の状態に回復する可能性が十分にあるものと推測されるから,本件道路の完
成・開通によって生ずると予測される八王子城跡付近又は高尾山の水脈破壊を理由とする
本件道路の建設工事の差止請求はこれを認容することができないものである。
5 自然生態系について
(1) 被侵害利益
控訴人らは,八王子城跡トンネルの掘削工事及び高尾山トンネルの掘削工事に
よる八王子城跡付近及び高尾山の自然生態系の破壊を主張し,環境権の侵害を理由として
本件道路の建設工事の差止めを請求するが,そもそも,控訴人らが八王子城跡付近及び高
尾山の自然生態系に対して何らかの具体的な権利又は法律上保護されるべき利益を有して
いるとは認められないから,これが侵害されるおそれがあることを理由とする本件道路の
建設工事の差止請求は既にこの点において認容することができないものである。
(2) 自然生態系への影響
仮に上記の点をしばらく措くとしても,以下のとおり,トンネル掘削工事によ
る八王子城跡付近又は高尾山の自然生態系への影響は少ないものと認められるから,この
点からも本件道路の建設工事の差止請求は認容することができないものである。
ア オオタカへの影響
(ア) 八王子城跡トンネルの北口坑口付近に営巣していたオオタカが平成1
4年には同所における営巣を放棄した事実は,これを認めることができる。
(イ) しかしながら,① 被控訴人らは,本件道路の建設に際し,オオタカ
の高利用域全体における生育環境を保全する目的でオオタカ検討会がとりまとめた「オオ
タカとの共生をめざして」(乙194)及び「オオタカとの共生をめざして・その2」
(乙195)が提案する保全対策(衝撃音や振動の低減を図ることを目的とする機械掘削
工法の採用,オオタカの生活サイクルに配慮した工事工程,坑外仮設備への遮蔽・遮音施
設の設置,粉じん・濁水の抑制,周辺の自然環境との調和,等)を実施したものと認めら
れ(乙194,195,弁論の全趣旨),先に原判決を引用して認定したとおり,オオタ
カ検討会では,営巣地そのものが確認されなくても,巣立ち間もない幼鳥の鳴き声や飛翔
の確認,営巣地周辺における食痕の発見などで総合的に判断し(営巣中心域を確認するた
めの調査を行うことは,オオタカに必要以上の刺激を与えることから,必ずしも適切とは
いえず(乙195),このような調査手法が不十分なものとはいえない。),平成8年か
ら平成13年までについて,オオタカの繁殖が継続されていることを確認していること
(乙196・3枚目),② オオタカ検討会による平成14年12月から平成18年8月
までの繁殖期(毎年12月から8月まで)におけるモニタリング調査によれば,下恩方地
区でのオオタカの継続的な飛翔が確認されており(乙201・2~34枚目),「雛の巣
立ち」,「複数回の交尾」,「営巣木周辺での食痕」,「幼鳥の飛翔」,「幼鳥の鳴き声」
なども確認されていて,上記の各年に開催されたオオタカ検討会では,下恩方地区におい
てオオタカが継続して繁殖しているとの意見が示されていること(乙196・1枚目及び
3枚目,乙197~200),③ 圏央道の八王子ジャンクションからあきる野インター
チェンジまでの区間の供用が開始された平成19年の繁殖期における調査でも,継続的に
オオタカの飛翔が確認されているほか,「継続的な成鳥の営巣木周辺への「とまり」,
「出入り」」,「営巣木付近での成鳥の「交尾」」,「営巣木のある方向へ「餌運搬」を
している成鳥」,「3羽の雛」,「営巣木周辺における「幼鳥の飛翔及びとまり」が8回」
,「2羽の「幼鳥の鳴き声」」などが確認され,上記区間の供用開始後の平成19年9月
13日に開催されたオオタカ検討会においても,「オオタカは下恩方地区において,今年
も継続的に繁殖している。これまで,考えられる各種保全対策を実施してきた。オオタカ
の地域個体群は維持されている。」との意見が出されていること(乙201・35~40
枚目,乙202),④ 「猛禽類保護の進め方-特にイヌワシ,クマタカ,オオタカにつ
いて-」(環境庁自然保護局野生生物課)(甲23)によれば,オオタカの繁殖期の生態
として,「毎年巣を造りかえることが多いが,中には2~3年にわたって補修しながら使
われる巣もある。」(甲23・36頁)とされていること,などに照らせば,前記のとお
り,下恩方地区におけるオオタカが八王子城跡トンネルの北口坑口付近における営巣を放
棄したとしても,八王子城跡トンネルの掘削工事が下恩方地区全体におけるオオタカの営
巣・繁殖に深刻な影響を与えてしまい,オオタカの地域個体群がもはや下恩方地区におい
ては全く維持されていないとまでは認めることができないものというべきである。
イ その他の生物への影響
(ア) 控訴人らは,当審(ママ)おいて,重ねて,「高尾山は,イギリス全
土の植物の種類に匹敵する1300種類以上の植物,137種類の野鳥,5000ないし
6000種類の昆虫,ムササビ等の28種類のほ乳類,が生息しているところ,これは,
744年の行基の薬王院開設以来,高尾山の位置,地形,土壌などがその絶妙のバランス
を崩すことなく,森が保護され,特殊・希少な自然生態系が維持されてきた結果である。
特に,高尾山に常緑広葉樹林,落葉広葉樹林(ブナ林等),中間温帯林(モミ,ツガ,等)
という複数の樹林があることは,極めて特殊である。とりわけ,通常日本海側の多雪地域
や太平洋側では海抜800メートル以上の地域にあるブナ林が高尾山では北西側の斜面の
凍結破砕作用によって海抜420メートルから生育していることは,奇跡的というべきで
ある。しかし,高尾山トンネルの掘削工事によって水脈が破壊されると,地下水起源の水
に依存して生息する植物の生育に深刻な影響を及ぼし,植物を餌とする昆虫,昆虫を餌と
する鳥類及びほ乳類の生育にも大きな影響を及ぼすこととなり,高尾山の上記のような特
殊・希少な自然生態系に与える影響は極めて深刻なものである。原判決は,このような高
尾山の自然生態系が有する極めて高い価値を十分に評価しておらず,不当である。」と主
張し,この主張に沿う書証(甲149(78頁以下),192,377の5,451,4
52)を提出し,また,原審証人Dの証言,控訴人Mの原審における供述,当審証人Nの
証言及び控訴人X17の当審における供述は,この主張に沿うものである。
(イ) 確かに,高尾山に控訴人らが主張するような植物及び動物を中心とし
た特殊・希少で貴重な自然生態系が維持されていることは認められる。
(ウ)(a) しかしながら,陸上植物への影響については,本件環境影響評
価1において,「計画路線周辺の植物相及び植物群落に大幅な退行的変化を生じさせない
こと,高尾山等の自然性の高い地域を中心に分布する注目すべき植物及び植物群落に著し
い変化を生じさせないこと,を評価の指標とした。事業による直接的影響については次の
ように評価される。計画路線の延長22.5kmのうち約12.4kmは,植生に対する
影響が最も少ないトンネル構造で計画している。さらに,改変される植物群落約38ha
のうち,盛土・切土のり面,環境施設帯約26haは原則として表土を保全し,潜在自然
植生の構成種を主とする樹林を速やかに創造することを基本とする等の環境保全のための
措置を講じるため,植物及び生育環境の変化,植物と生育環境との相互関係の変化は,工
事の施工中及び工事の完了後概ね10年の時点において著しいものではなく,計画路線周
辺の植物相及び植物群落に大幅な退行的変化は生じない。なお,緑の量については,全体
として約4ha減少する。「高尾山の自然林と杉林」(環境庁調査による特定植物群落)
等の注目すべき植物群落の分布地は改変を受けない。また,明り部に近接する62種類の
注目すべき植物の分布地のうち,南浅川のヒレノブキ,裏高尾のタカオスミレ,下恩方の
ヒメニラ,川口,大荷田川のバイカツツジ,青梅扇状地のオオチゴユリ等9種類の分布地
は一部が改変されるが,周辺にも残存するため著しい変化は生じない。裏高尾のタチガシ
ワ,大荷田川,多摩川のサトメシダ等7種類の分布地が改変されるが,改変地域のみに分
布する種はない。なお,改変される区域に存在する種で移植可能な場合は,現在の分布地
と類似した環境でなるべく現分布地の近くに移植し,保護を図る。その他の注目すべき植
物及び「高尾山の杉並木」等の天然記念物は改変を受けない。また,事業による間接的影
響を地下水,気象,大気等の状況から総合的にとらえると次のように評価される。一般に
森林を伐開したり,改変によって切り土・盛土のり面を造ったりすると,その周辺の微気
象が変化し,植物の生育環境は変化する。具体的には日照・気温の変化,風の侵入,土壌
の乾燥等の現象が生じやすくなり,単独で,もしくは足し合わされた形で植物はこれらの
作用を受けることになる。計画路線周辺は大部分が暖温帯(ヤブツバキクラス域)であり,
改変に伴う微気象の変化があってもその影響が比較的少ない植生域である。また年間の降
水量は,1300mm以上あり,植物の生育にとって十分な雨水がある。高尾山において
実施した水文調査結果から,植生に直接関係する表層土層は,十分湿潤の状態にあり多く
の水を貯留し得るとともに,植物が吸収する水分は降雨によって賄われる懸垂水帯の土中
水と考えられる。高尾山以外の計画路線周辺の表層土壌は,高尾山と基本的に同じローム
層(黄褐色森林土~黒ボク土)であり,同様な性質を有していると考えられる。計画路線
の大気汚染濃度の予測値は,植物が最も敏感に反応するといわれるSO2に関しては,西
ドイツで植物保護のために提案された基準値を下回っている。(資料編173ページ参照)
また,切土・盛土のり面,環境施設帯等に創造する潜在自然植生の構成種を主とする樹林
は,速やかに成長し改変部周辺の微気象等植物の生育環境を総合的に保全する。したがっ
て,本事業による陸上植物への影響は少ないと考える。」とされている(乙14の1・3
13頁以下)。
(b) 陸上植物への影響については,本件環境影響評価2においても,
「事業実施により直接改変される部分は,トンネル坑口と明かり部となるインターチェン
ジ部周辺に限定され,残りは生育環境,植物個体,植物群落に与える影響の少ないトンネ
ル構造で計画されている。改変部については,工事中は樹木の伐採等により影響を受け,
植物個体,植物群落の消失,緑の量の減少が生じるが,工事の完了後は改変部の一部にお
いて植栽等の実施に伴い,生育環境はある程度回復し,植物個体の種類数,個体数の回復
が考えられ,緑の量が補填される。注目すべき種の中で,改変部で生育を確認した種は,
ホラシノブ,トウゴクサバノオ,カンアオイ,タカオスミレ,ヤマユリ,アマナ,キンラ
ン,シュンラン,ササバギンラン,サイハイランの10種である。これらの中で,トウゴ
クサバノオ,カンアオイ,ヤマユリ,キンラン,シュンラン,ササバギンラン,サイハイ
ランの7種については,周辺地域に分布が確認されており,生育状況の変化は少ない。ホ
ラシノブ,タカオスミレ,アマナの3種の中で,ホラシノブについては,計画路線が橋梁
で計画されている沢沿いに確認していることから,主な生育環境は維持されると考えられ
る。また,必要に応じて移植等の適切な保全対策を講じることで影響は少ないと考えられ
る。タカオスミレ,アマナについては,既存資料により調査範囲外でも生育が記録されて
いること,また,できる限り移植等の適切な保全対策を講じることから影響は少ないと考
えられる。改変部にかかる注目すべき植物種の移植の際に,必要に応じて専門家の意見を
参考に,移植先,移植時期,移植方法等について検討し,最善の方法で実施し,できる限
り種の保存に努める。非改変部については,新たに生じる林縁において,土壌の水分,日
照の状況の変化が考えられたが,乾燥化に耐性のあるスギ・ヒノキ植林とコナラークリ群
集が大部分であることから,植物個体,植物群落への影響は少ないと考えられる。注目す
べき種の中で,新たに生じる林縁付近で生育を確認した種は,ウスベニニリンソウ,イチ
リンソウ,フッキソウ,ギンランの4種である。4種ともに生育環境の変化により消失す
る可能性はあるものの,イチリンソウとフッキソウは周辺地域に分布が確認されており,
影響は少ないと考えられる。ウスベニニリンソウについては,既存資料により調査範囲外
でも生育が記録されていること,また,できる限り移植等の適切な保全対策を講じること
から影響は少ないと考えられる。ギンランについては,現地調査において,調査範囲外で
確認していることから,必要に応じて移植等の適切な保全対策を講じることにより影響は
少ないと考えられる。注目すべき植物群落については,改変部から約100m以上離れて
いるため,工事中,工事の完了後ともに影響はないと考えられる。補足調査において,新
たに改変部で生育を確認した注目すべき種は,イチリンソウ,ヤマネコノメソウ,フッキ
ソウ,エビネの4種が直接改変される位置に,また,アズマイチゲ,トウゴクサバノオ,
カンアオイの3種が新たにインターチェンジ等の構造物が空間を占有する位置で確認され
た。これらについては,周辺地域に分布が確認されており,生育状況の変化は少ない。ま
た,非改変部について新たに生じる林縁付近で生育を確認した種は,カンアオイ,フッキ
ソウ,ヤマネコノメソウの3種である。3種とも生育環境の変化により消失する可能性は
あるものの,周辺地域に分布が確認されていることから,必要に応じて移植等の適切な保
全対策を講じることにより影響は少ないと考えられる。また,現地調査において確認され
なかった注目すべき種についても既存資料においてもその存在が記載されており,工事の
実施に先立ち,注目すべき種を確認した場合には,改変部の詳細な調査を行い,適切な保
全対策を講じる。さらに工事中は,必要に応じて土砂流出防止柵の設置,廃油やセメント
濁水等の計画的な管理・処理,粉じんの発生を抑えるための適宜散水を実施し,生育環境,
植物個体,植物群落への影響に配慮する。なお,道路照明については,指向性を持つ照明
器具の採用等事業実施段階において検討していくほか,のり面等の植栽による遮光の効果
で,植物への影響は最小化できるものと考える。以上により,本事業による植物への影響
は少なく,適切な保全が図られると評価される。」とされている(乙19の1・240頁
以下)。
(エ)(a) また,陸上動物への影響については,本件環境影響評価1にお
いて,「計画路線周辺,特に自然公園に指定されている高尾山等自然性の高い地域内の動
物及びその生息環境に著しい変化を生じさせないこと,を評価の指標とした。事業の実施
に伴う動物及びその生息環境の変化,動物と生息環境との相互関係の変化は,切土・盛土
のり面,環境施設帯等には原則として表土を保全し,潜在自然植生の構成種を主とする樹
林の速やかな創造を基本とする等の環境保全のための措置を講ずることにより,動物の生
息環境は復元され,動物に対する道路の影響は緩和されるため,工事の施工中及び工事の
完了後概ね10年後の時点において著しいものではない。なお,工事の施工中の影響を極
力少なくするため,盛土・切土等の施工直後可能な限り速やかに潜在自然植生の構成種を
主とする生育の速い幼苗植栽手法により早期に安定した植林を創造し速やかに動物の生育
環境が復元されるよう配慮する。(資料編321ページ参照)また,注目すべき動物であ
るオオムラサキの成虫の分布域の一部が改変されるが,幼虫が生息する食餌木は保全され,
また,ウスバシロチョウの分布域は周辺地域に十分残存する。さらに,動物の豊かな分布
を示す高尾山周辺については獣道の確保等,動物の生息環境保全のための措置を講じるた
め,自然公園等の自然性の高い地域においても動物及びその生息環境の変化は著しいもの
ではない。したがって,本事業の実施による陸上動物への影響は少ないと考える。」とさ
れている(乙14の1・375頁)。
(b) 陸上動物への影響については,本件影響評価2においても,「事業
実施により直接改変される部分は,トンネル坑口と明り部となるインターチェンジ部周辺
に限定され,残りは動物の生息環境,動物相,注目すべき種に与える影響の少ないトンネ
ル構造で計画されている。改変部については,工事中は樹林の伐採等により影響を受け,
移動能力の小さい小型哺乳類,両生類・爬虫類,昆虫類,クモ類・土壌動物の個体数の減
少が考えられるが,周辺の生息環境に比べその面積は小さく,周辺には同様の生息環境が
存在している。工事の完了後は改変部の一部における植栽等の実施に伴い,生息環境はあ
る程度回復し,市街地周辺や耕作地等で良く見られる小型哺乳類,両生類・爬虫類,昆虫
類等が生息するようになると考えられる。(参考として,換気所における騒音対策事例を
資料編3-87)(P.253)に示す。)注目すべき種として現地調査で確認した鳥類
のオオタカ,ハチクマ,ハイタカ,両生類のカジカガエル,昆虫類のムカシトンボ,ハル
ゼミ,ゲンジボタル,オオムラサキ,クモ類のカネコトタテクモ等35種は,確認地点が
改変部から離れている,あるいは改変部に営巣地,生息地が限定されていないことから影
響は少ないと考えられる。カワセミについては,河川沿いを主な生息環境として利用して
いる種であり,インターチェンジの設置により新たな障害物が河川沿いに出現することと
なり,行動範囲が分断される可能性があるものの,改変部分には営巣地は確認されておら
ず,上下流側の環境は変化しないため,工事中,工事の完了後とも影響は少ないと考えら
れる。その他,既存資料に記録のある種についても前述のとおり影響は少ないと考えられ
る。非改変部については,工事中,工事の完了後ともに動物の生息環境,動物相は変化し
ないと考えられる。また,改変部周辺で新たな林縁が生ずるが,周辺の生息環境に比べて
その面積は小さく,動物の構成種の変化はほとんどないと考えられる。なお,工事中は,
必要に応じて土砂流出防止柵の設置,廃油やセメント濁水等の計画的な管理・処理,粉じ
んの発生を抑えるための適宜散水等を実施し,動物の生息環境,動物相への影響に配慮す
る。以上により,事業の実施による陸上動物への影響は少なく,適切な保全が図られると
評価される。」とされている(乙19の1・295頁)。
(オ)(a) さらに,水生生物への影響については,本件環境影響評価1に
おいて,「計画路線周辺の水生生物及びその生育環境に著しい変化を生じさせないこと,
を評価の指標とした。事業の実施に伴い,注目すべき種であるゲンジボタル及びヘビトン
ボを含む水生生物の生育環境は一部消失するものの,その範囲は僅かであり,大部分は残
存する。また,濁水の発生防止,ゲンジボタル等の生息に適した護岸とする等の環境保全
のための措置を講じるため,水生生物及びその生育環境の変化は,工事の施工中及び工事
の完了後においても著しいものではない。したがって,本事業による水生生物への影響は
少ないと考える。」と評価されている(乙14の1・391頁)。
(b) 水生生物への影響については,本件環境影響評価2においても,
「案内川については,河川内工事を実施しないよう工事計画等に配慮し,河川に近接した
場所の工事においては,必要に応じて鋼矢板による締切等止水性の高い工法を採用し,濁
水の河川への流出を防止することから,工事中は河川の生息環境は維持され,水生生物相
への影響は少ない。工事の完了後は,インターチェンジが河川と交差する部分において,
日照の状況の変化がおこり,生息環境及び水生生物相の構成種が変化する可能性があるが,
面積的にはごく一部であり,上下流の環境は変化しないことから,影響は少ないと考えら
れる。注目すべき種については,現地調査において案内川でヘビトンボが確認されたが,
計画路線との交差位置から約400m離れており,影響は少ないと考えられる。その他,
既存資料に記録のある種についても前述のとおり影響は少ないと考えられる。以上のこと
から本事業による水生生物への影響は少なく,適切な保全が図られると評価される。」と
されている(乙19の1・309頁)。
(カ) 以上の陸上植物,陸上動物及び水生生物への影響に関する本件環境影
響評価における各評価は,その前提となる現況調査の手法,予測の手法及び評価の指標の
いずれについても,また,上記の各評価の結論においても,いずれも特段不合理な点は認
められず,上記の各評価は信用できるものというべきである。したがって,これらの本件
環境影響評価の結論に照らせば,控訴人らの高尾山トンネルの掘削工事による高尾山の自
然生態系への影響に関する主張は,その主張に沿う前掲証拠(甲149(78頁以下),
192,377の5,451,452,原審証人Dの証言,控訴人Mの原審における供述,
当審証人Nの証言及び控訴人X17の当審における供述)を踏まえて検討しても,採用す
ることができないものというべきである。
(3) まとめ
控訴人らは,八王子城跡トンネルの掘削工事及び高尾山トンネルの掘削工事に
よる八王子城跡付近及び高尾山の自然生態系の破壊を主張するが,以上のとおり,八王子
城跡トンネルの掘削工事及び高尾山トンネルの掘削工事による自然生態系への影響は少な
いものと認められるから,本件道路の完成・開通によって生ずると予測されるとする八王
子城跡付近又は高尾山の自然生態系の破壊を理由とする控訴人らの本件道路の建設工事の
差止請求もこれを認容することができないものというべきである。
6 景観について
(1) 被侵害利益
控訴人らは,八王子城跡トンネルの掘削工事及び高尾山トンネルの掘削工事を
含む本件工事による八王子城跡及び高尾山並びに裏高尾の歴史的文化的自然景観の破壊を
主張し,景観権ないしは景観利益の侵害を理由として本件道路の建設工事の差止めを請求
するが,控訴人らが八王子城跡及び高尾山(明治の森高尾国定公園及び都立高尾陣場自然
公園)並びに裏高尾の景観に対して何らかの具体的な権利を有しているとは認められない
から,景観権が侵害されるおそれがあることを理由とする本件道路の建設工事の差止請求
は認容することができないものである。
(2) 国立景観訴訟最高裁判決
最高裁平成18年3月30日第一小法廷判決・民集60巻3号948頁(国立
景観訴訟最高裁判決)は,「都市の景観は,良好な風景として,人々の歴史的又は文化的
環境を形作り,豊かな生活環境を構成する場合には,客観的価値を有するものというべき
である。」,「良好な景観に近接する地域内に居住し,その恵沢を日常的に享受している
者は,良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有するものとい
うべきであり,これらの者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益(以下「景観利益」
という。)は,法律上保護に値するものと解するのが相当である。」,「この景観利益の
内容は,景観の性質,態様等によって異なり得るものであるし,社会の変化に伴って変化
する可能性のあるものでもあるところ,現時点においては,私法上の権利といい得るよう
な明確な実体を有するものとは認められず,景観利益を超えて「景観権」という権利性を
有するものを認めることはできない。」,「建物の建築が第三者に対する関係において景
観利益の違法な侵害となるかどうかは,被侵害利益である景観利益の性質と内容,当該景
観の所在地の地域環境,侵害行為の態様,程度,侵害の経過等を総合的に考察して判断す
べきである。そして,景観利益は,これが侵害された場合に被侵害者の生活妨害や健康被
害を生じさせる性質のものではないこと,景観利益の保護は,一方において当該地域にお
ける土地・建物の財産権に制限を加えることとなり,その範囲・内容等をめぐって周辺の
住民相互間や財産権者との間で意見の対立が生ずることも予想されるのであるから,景観
利益の保護とこれに伴う財産権等の規制は,第一次的には,民主的手続により定められた
行政法規や当該地域の条例等によってなされることが予定されているものということがで
きることなどからすれば,ある行為が景観利益に対する違法な侵害に当たるといえるため
には,少なくとも,その侵害行為が刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり,
公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなど,侵害行為の態様や程度の面におい
て社会的に容認された行為としての相当性を欠くことが求められると解するのが相当であ
る。」と判示している。
(3) 控訴人らの主張について
ア 控訴人らは,上記の国立景観訴訟最高裁判決を根拠として,本件道路の建設
や八王子ジャンクションの建設による橋梁,高架構造物,トンネル坑口等の人工構造物が,
明治の森高尾国定公園や都立高尾陣場自然公園の山地景観,特に高尾山の自然生態系を含
んだ山体としての歴史的文化的自然景観,裏高尾の落ち着いた歴史的街並み景観を破壊す
るものであると主張し,さらに,本件における高尾山や八王子城跡のように公共財として
あらゆる人に利用の機会を提供する性質をもつ歴史的文化的自然景観については,その恵
沢を享受する個人であれば,誰でもその個人的利益(自然景観利益)を有し,それは法的
保護に値するものであると主張し,その利益(自然景観利益)の侵害を理由として,本件
道路の建設工事の差止めを求める。
イ しかし,そもそも,国立景観訴訟最高裁判決は,歴史的及び文化的に形成さ
れた「都市」における景観が問題となった事案に関するものであり(国立市自体が,関東
大震災後の復興計画の一環として,大学と街とが一体となった「学園都市」を目指して創
られたものである。JR国立駅南口から一橋大学の敷地を東西に分けてまっすぐに南方の
JR谷保駅の方向に伸びる国立市のメインストリートである大学通り(東京都道146号)
は,4車線の車道の両側に自転車レーンが設けられ,煉瓦敷きの歩道は9メートルのグリー
ンベルトで縁どられ,通り沿いには,171本の桜の木,117本のいちょうの木などが
交互に植えられている。),国立景観訴訟最高裁判決の趣旨が「都市」の景観ではなくて
「自然」の景観が問題となっている本件のような場合にそのまま当てはまるか,疑問であ
る。なぜなら,国立市におけるような「良好な都市の景観」には,多かれ少なかれ当該都
市の住民と行政機関とが共働して良好な都市の景観を創出し保存する行為があり,これら
の者の積極的な人為が関与し寄与しているのであって,保存されるべき「良好な都市の景
観」の範囲やその恵沢を日常的に享受している者の範囲も比較的明確であるのに対し(行
政区画や大学通りからの距離等によって画することができる。),「良好な自然の景観」
にはその出現や保存においてほとんど人為が関与していないのが通常であり,また,「良
好な自然の景観」の概念自体も非常に不明確であり,何をもって「良好な自然の景観」と
いうべきか必ずしも判然とせず(およそ自然はすべて良好な景観ともいい得るのである。)
,その恵沢を日常的に享受している者の範囲も極めて曖昧であるからである(住居から自
然景観の構成要素である山や川や空や海等の一部でも日常的に視認できれば,住居との距
離に関係なく「良好な自然の景観」の恵沢を日常的に享受しているといえるのか,さらに
は,直接視認できる地域に居住していなくてもその景観を視認することができる場所に少
なからず訪れていれば,その者も「良好な自然の景観」の恵沢を日常的に享受していると
いえるのか,もしそうであれば,それはもはや「良好な自然の景観」の恵沢の享受する主
体を制限しないに等しく,その結論は明らかに不当であろう。)。
ウ 仮に,上記の点をしばらく措き,国立景観訴訟最高裁判決の趣旨が本件にそ
のまま当てはまるとしても,裏高尾町に居住していない別紙控訴人目録3に記載の控訴人
らしたがって別紙控訴人目録1に記載の控訴人らが八王子城跡及び高尾山並びに裏高尾の
景観について景観利益を有していないことは明らかである。なぜなら,これらの控訴人ら
は「良好な景観に近接する地域内に居住し,その恵沢を日常的に享受している者」とはい
えないというべきであるからである。これらの控訴人が高尾山や裏高尾等に少なからず訪
れていても,それをもって高尾山や裏高尾等の「恵沢を日常的に享受している」というこ
とはできない。
そして,仮に裏高尾町に居住している別紙控訴人目録2に記載の控訴人らに
おいて高尾山及び裏高尾の景観について(仮にこれらの景観が良好な景観であるとして)
景観利益を有しているとしても(八王子城跡については,その距離的関係から,景観利益
を有していないものと認められる。),その景観利益は私法上の「権利」ではなく「利益」
に過ぎないのであるから,この景観利益を根拠として本件道路の建設工事の差止めを求め
ることはできないものというべきである。けだし,景観利益は人格権や物権のように排他
性を有するものではなく(そもそも,景観利益の性質上,個人が景観利益を排他的に保有
し支配するということは観念できないものである。),また,景観利益は仮にそれが侵害
された場合であっても被侵害者に直接に健康被害をもたらすような性質のものではないの
であるから,そうであれば,そのような利益に過ぎない景観利益にそれが侵害されるおそ
れがあることを理由として本件道路の建設工事の差止権能を認めることは,そのような利
益の保護としては過大に過ぎるからである。国立景観訴訟最高裁判決も景観利益に対する
侵害のおそれがあることを理由とする差止請求までは許容していないものと解される。
エ なお,仮に上記の点をしばらく措き,景観利益が侵害されるおそれがある場
合にこれを理由とする差止請求が許されるものとしても,本件において,本件道路の建設
工事の差止めを認容するためには,前記一2に記載のとおり,本件道路の建設工事が,侵
害行為の態様と侵害の程度,被侵害利益の性質と内容,侵害行為の持つ公共性ないし公益
上の必要性の内容と程度,等を比較検討するほか,被害の防止に関して採り得る措置の有
無及びその内容,効果等の事情をも考慮して,違法性を有するものであることが必要であ
るところ,本件全証拠によるも,本件道路の建設工事によって生じると予測される高尾山
及び裏高尾の景観の変化につき,本件道路の建設工事が控訴人らとの関係において違法性
を有するものとは認められないから(景観利益が違法に侵害されるものとは認められない
から),景観利益の侵害を理由とする控訴人らの本件道路の建設工事の差止請求は認容す
ることができないものである。
7 圏央道の公共性・公益性について
(1) 首都圏全体の広域的視点からの公共性・公益性について
ア 先に原判決を引用して述べたとおり,圏央道は,首都圏から放射状に伸びる
高速自動車国道と相互に連絡することにより,広域的な利便性を高めるとともに,他の環
状のネットワークである外環道や中央環状線と連絡し,長距離輸送交通や観光交通等の都
心部を通過するだけの交通をバイパスさせることにより,慢性的に発生している都心部の
交通混雑・交通渋滞を緩和し,首都圏全体の円滑かつ安全な交通の確保を図るものであり,
さらに,これによって,地域間交流の拡大及び産業活動の活性化を促し,東京近郊に位置
する八王子市や青梅市等の都市の発展にも貢献するとともに,都心部一極集中型から多極
分散型への転換を図り,首都圏全体の調和のとれた発展に寄与するものであって,首都圏
全体の広域的視点からの公共性・公益性を有するものであると認められる(乙77)。
イ 控訴人らは,上記の首都圏全体の広域的視点からの公共性・公益性を認定し
た原判決に対し,① 都心部の渋滞を緩和する圏央道のバイパス効果は小さい,② 圏央
道に交通需要が認められるとする根拠が抽象的ないしは不明である,③ 仮に首都高速の
交通量が減少したとしても,必ずしもそれが首都高速の渋滞解消に直接的につながるわけ
ではない(平成17年の首都高速の交通量は平成11年の交通量に比べて8.3パーセン
ト減少したが,渋滞は依然として横這い又はむしろ増加の傾向にある。),④ 都心部を
通過する交通のうち,その走行距離が20キロメートル以上の交通は,約25万台/日あ
り,そのうち,圏央道の外から来て都区部を通り圏央道の外に抜けるいわゆる外外交通は
4万台/日であり,これが都心部通過交通のうち圏央道に転換する可能性のある理論上最
大の交通量であるが,それでも都区部交通量705万台/日のわずか0.6パーセントで
あり,圏央道建設による実際の都心部渋滞の緩和効果はせいぜい1万数千台/日程度にと
どまり,都区部交通量705万台/日の0.2パーセント程度に過ぎない,⑤ 圏央道よ
りも都区部の渋滞緩和効果に直接的・具体的な効果を持っている中央環状線のうち,未開
通部分であった池袋から新宿までの間の開通(平成19年12月22日開通),新宿渋谷
線の開通(平成22年3月28日開通)及び品川線の開通(平成25年度開通予定)によ
って,首都高速の渋滞は既に相当程度解消されており又は解消されることが見込まれてお
り,圏央道による都区部の渋滞緩和効果は一層限定的なものとなる,と主張する。
ウ しかしながら,平成14年交通流動調査業務報告書(甲251,271)は,
平成11年度交通センサスによる交通量の現況と当時の道路網を基に,QV式モデル(各
道路に段階的に配分される交通量(Q)によって,その道路の速度(V)を低減させ,各
ルート間の競合性と各道路の容量を考慮するもの。)を使用して,現況シミュレーション
を実施し,都区部通過交通に関する現況分析及び圏央道の内外交通内訳に関する分析を行
ったものであるが(その調査結果及び予測手法は信用できる。),その結果によれば,都
区部における交通量は705万台/日であるが,都区部内に起点又は終点を持たずに都区
部の道路を通過した交通(都区部通過交通)の交通量は,その約6パーセントに当たる4
2万台/日であり,走行量では,全体が6812万台キロメートル/日であるのに対し,
都区部通過交通の走行量は,その約14パーセントに当たる927万台キロメートル/日
を占めており,この都区部通過交通(交通量42万台/日,走行量927万台キロメート
ル/日)のうち,一般国道16号以遠(一般国道16号が通過する市町村を含む。)に起
点及び終点を持つ交通は,交通量で35パーセントに当たる15万台/日,走行量で48
パーセントに当たる448万台キロメートル/日であり,圏央道以遠(圏央道が通過する
市町村を含む。)に起点及び終点を持つ交通は,交通量で10パーセントに当たる4万台
/日,走行量で14パーセントに当たる132万台キロメートル/日である(甲251,
271・23,26頁,乙99の2・2頁,乙145・12~13頁)。したがって,こ
れらの交通(圏央道又は一般国道16号の外外交通)の相当程度は圏央道が開通すること
により都区部を通過することなく起点から終点に到達することが可能となり,圏央道への
転換需要となり得るものと考えられる。原判決のこの点の判示は相当というべきである。
なお,本件事業区間のうちあきる野インターチェンジから八王子ジャンクシ
ョンまでの区間は平成19年6月23日に開通したが,開通後の交通量については,平成
19年8月の平均日交通量において,圏央道の利用交通(八王子西インターチェンジから
八王子ジャンクションまでの区間の交通量2万6400台/日)のうち約5割(1万40
00台/日)が放射道路である中央道と関越道を連続利用しており(乙185・1枚目及
び3枚目),圏央道の環状道路機能が発現していることが確認されており,また,開通後
2年間の交通量を取りまとめた結果(平成19年7月から平成21年6月までの平均日交
通量)においても,上記区間の利用交通(2万1700台/日)の約4割(9200台/
日)が中央道と関越道を連続利用しており(乙241),引き続き圏央道の環状道路機能
が生かされていることが確認されており,これらからしても,上記の圏央道への転換需要
が裏付けられていることが分かる。
エ 控訴人らは,前記イの①ないし⑤のとおり主張して,原判決を批判するが,
①の主張の根拠として控訴人らが掲げる石原論文(甲170)は,その基本的な論旨とし
ては,圏央道による都区部の渋滞解消以外の有用性にも着眼して圏央道の必要性を説くも
のであり,②及び④については,上記で述べたところ(平成14年交通流動調査業務報告
書によれば,圏央道への転換需要が認められること,あきる野インターチェンジから八王
子ジャンクションまでの区間の開通後に圏央道の環状道路機能が発現していること)に加
え,圏央道の外外交通の交通量のみを圏央道への転換需要と捉えることが妥当でないこと
(圏央道の外外交通は,その走行距離が長く,交通量のみでは計れない転換効果も存在し
ており,また,目的地までの所要時間を考慮した場合には,一般国道16号の外外交通も
圏央道への転換需要と見込むことが合理的である。)を原判決も正当に判示しており,③
及び⑤については,確かに,都区部の交通量の多さのみが交通渋滞を引き起こす原因では
なく,外環道や中央環状線の整備によって首都高速の渋滞がより直接的かつ効率的に軽減
されることが期待されることは事実であるが(甲488の1~7),しかし,これらの事
情を踏まえて検討しても,なお,上記のとおり,一般国道16号以遠の外外交通の転換に
よる都区部の渋滞緩和の効果が存在すると考えることは妥当であって,そのような渋滞緩
和の効果を期待することが不合理であるとはいえず(前記のとおり,あきる野インターチ
ェンジから八王子ジャンクションまでの区間の開通により,中央道と関越道を連続利用す
る交通量も相当程度あることが確認されている。),控訴人らの上記主張は採用すること
ができないものというべきである。
オ なお,控訴人らは,平成19年6月の八王子ジャンクションの一部開通の際
の被控訴人らによる記者発表資料(乙187)とその後の懇談会資料(甲333)との文
言の相違や,交通量データ(乙185)がその後に訂正された事実(甲329)を捉えて,
広域的視点からの公共性・公益性を根拠付けるデータには信頼性がないと主張するが,こ
の主張を踏まえて検討しても,被控訴人らが作成したこれらの資料やデータが恣意的に作
出されたものであるとは認められず,また,それらが誤った内容であるとも認められず,
それによって首都圏全体の広域的視点からの公共性・公益性に関する上記の判断が左右さ
れることもないというべきである。
(2) 地域的視点からの公共性・公益性について
ア 先に原判決を引用して述べたとおり,本件事業が行われる東京都多摩地域に
おいては,南北方向の幹線道路として,一般国道16号,同411号等があるが,これら
の道路は,八王子市,あきる野市,青梅市等の既成市街地を通過していることから,各所
で慢性的な交通渋滞を引き起こし,これらの交通渋滞が沿線の環境悪化や交通事故を誘発
し,様々な問題を引き起こしている。こうした問題に対処するために計画された圏央道が
整備されると,圏央道が多摩地域(八王子市,あきる野市,青梅市,等)の南北方向の幹
線道路として機能し,現在一般国道16号等の幹線道路を使用している交通の一部が圏央
道に流入し,これにより上記幹線道路の交通混雑が解消しあるいは交通渋滞が緩和され,
上記幹線道路から周辺の市街地生活道路に流入している通過車両も排除され,地域全体の
交通の流れが改善されるとともに,既設幹線道路・市街地生活道路について交通事故等が
減少し,本来の生活道路としての機能回復が図られるものと認められ(乙77・25~2
6頁,乙78・345~351-1頁),地域的視点からの公共性・公益性もあるものと
認められる。
イ 控訴人らは,原判決が認定した上記のような地域的視点からの公共性・公益
性につき,その認定の根拠となった一般国道16号や同411号の渋滞度や交通量等のデー
タについて,その正確性やそれについての評価に問題があるとし,本件事業に地域的視点
からの公共性・公益性はないと主張する。
しかしながら,先に原判決を引用して認定したとおり,① 平成8年3月に
供用が開始された鶴ヶ島ジャンクションから青梅インターチェンジまでの区間の供用開始
の効果として,一般国道16号の交通量が減少し,鶴ヶ島市から青梅市までの所要時間が
短縮したこと,② 平成14年3月に供用が開始された青梅インターチェンジから日の出
インターチェンジまでの区間の延伸効果として,圏央道の全区間における交通量が増加し,
並行する一般国道16号の交通量が減少し,あきる野市役所と鶴ヶ島市役所との間の移動
時間が減少し,周辺市街地生活道路の交通事故が減少したこと,③ 平成17年3月に供
用が開始された日の出インターチェンジからあきる野インターチェンジまでの区間の延伸
効果として,圏央道の全区間における交通量が増加し,並行する一般国道411号の交通
量が減少したこと,等の事実が認められる。
また,先に原判決に付加して認定したとおり,① 平成19年6月に開通し
たあきる野インターチェンジから八王子ジャンクションまでの区間の開通直後(平成19
年6月27日)の交通量調査によれば,一般国道411号の八王子市丹木町三丁目交差点
付近においては,交通量が約2割減少し,あきる野インターチェンジから八王子市左入町
交差点までの所要時間も約3割減少したこと(乙187),② 上記区間の開通後(平成
19年9月27日)の交通量調査によれば,一般国道16号の昭島市小荷田交差点におい
ては,大型車交通量が減少し,渋滞長も本線・外回りの右折レーンにおいて約3分の1に
短縮し,上記区間の開通に伴う交通量減少効果が実際に確認されたこと(乙185・1枚
目及び6枚目),③ 上記区間の開通1年後(平成20年6月24日)の調査においても,
昭島市小荷田交差点においては,上記区間開通前の交通量との比較の結果,大型車交通量
が約14パーセント減少し,渋滞長も本線・外回りの右折レーンにおいて約39パーセン
ト減少したこと(乙218・5枚目),等の上記区間の開通に伴う交通量の減少が引き続
き確認されたこと,④ 上記区間の開通後(平成19年8月)の月平均日交通量も,一般
国道16号で約10パーセント,一般国道411号(上り線)で約21パーセントの減少
が確認されたこと(乙185・1枚目及び5枚目),⑤ 上記区間の開通1年後の交通量
調査の結果によると,圏央道と一般国道16号との間に存在する生活道路において,大型
車の交通量が,開通前に比べて,田園通りでは約25パーセント,新奥多摩街道では約2
4パーセント,それぞれ減少し,朝夕のピーク時においても,田園通り,奥多摩街道,新
奥多摩街道で8パーセントから37パーセント減少しており(乙218・1枚目及び4枚
目),他方,圏央道を利用する大型車は,上記区間の開通前と比べて,約211パーセン
ト(約4600台)増加しており,市街地生活道路と高規格幹線道路との機能分担が進ん
でいることが窺われること(乙218・4枚目),等の事実が認められる。
これらの事実によれば,圏央道が多摩地域(八王子市,あきる野市,青梅市,
等)の南北方向の幹線道路として機能し,現在一般国道16号や同411号等の幹線道路
を使用している交通の一部が圏央道に流入することにより上記幹線道路の交通混雑が解消
しあるいは交通渋滞が緩和され,上記幹線道路から周辺の市街地生活道路に流入していた
通過車両も排除されて,地域全体の交通の流れが改善されるとともに,既設幹線道路・市
街地生活道路について交通事故等が減少し,本来の生活道路としての機能回復が図られる
ものと認められる。
ウ 控訴人らは,原判決が一般国道16号の八王子市滝山町一丁目の渋滞を認定
したことにつき,滝山町一丁目では現実に渋滞は生じていない旨を主張し,その根拠とし
て,滝山町一丁目の一般国道16号沿道には運送会社の事業所が4か所も存在しているこ
とを挙げるが,運送会社の事業所が4か所存在しているからといって,直ちに滝山町一丁
目に渋滞が発生していないということはできず,この点の控訴人らの主張は採用すること
ができないものである。控訴人らは,また,原判決が滝山町一丁目の混雑度につき明確に
認定していないことを批判するが,滝山町一丁目の混雑度が1.0を超えることは控訴人
らも認めるところであり(滝山町一丁目の混雑度につき,控訴人らは1.4と主張し,被
控訴人らは2.25と主張する。),混雑度が1.0を超えるということは,その道路区
間が持つべきであるとして計画時に設定された交通量の水準を実交通量が超えていること
を意味するものであって(乙186),滝山町一丁目の渋滞を認定した原判決に誤りがあ
るということはできない。なお,滝山町一丁目の混雑度に関する控訴人ら及び被控訴人ら
の各主張の差異は,代表交差点である堂方上交差点における青信号比の捉え方の相違に起
因するものと考えられるところ,一般国道16号の同交差点における相互方向の青信号時
間のみを考慮した(同交差点における一般国道16号から他道路への進入等に関する青信
号時間を考慮しなかった)被控訴人らの青信号比の捉え方が不合理であるとはいえないこ
とは,先に原判決に付加して認定判断したとおりである。
エ 控訴人らは,圏央道のあきる野インターチェンジから八王子ジャンクション
までの区間の供用開始後の一般国道16号や同411号の交通量の減少や渋滞長の減少に
関するデータの信頼性及びそれについての評価には問題があると主張するが,上記のデー
タは実際に実施された交通量の調査に基づくものであり,この調査の手法及びその結果並
びに調査結果についての評価に特段不合理な点があるとは認められないから,これらの交
通量調査によるデータは信頼することができるものというべきであり,控訴人らの上記主
張も採用することができない。
(3) 地元関係者による期待
本件道路の建設を含む本件事業に首都圏全体の広域的視点からの公共性・公益
性が認められること及び地域的視点からの公共性・公益性が認められることは,多くの地
元住民や沿道自治体の首長等から圏央道の必要性を前提として早期の供用開始が求められ
ていることからも(乙8,11の1~8,乙96の1~9,乙97,98,247),裏
付けられるものである。
(4) 費用便益分析について
ア 費用便益分析の結果
(ア) 費用便益分析は,道路事業の効率的かつ効果的な遂行のため,社会・
経済的な側面から道路事業の実施の妥当性を評価するものであり,道路建設に伴う費用の
増分と便益の増分とを金銭に換算して比較することにより,事業の評価を行う手法である。
実際の費用便益分析の実施に当たっては,国土交通省道路局及び同省都市・地域整備局が
作成した「費用便益分析マニュアル」(マニュアル)に基づき行われているところ,マニ
ュアルは,学識経験者から構成される検討委員会において,パブリックコメントの結果や
海外事例等を踏まえて審議・決定されるものであり,作成時点における最新のデータと知
見に基づいて作成され,平成10年6月のマニュアル策定後,平成15年8月,平成20
年11月と順次改定が行われているものである(乙245の1~3)。
(イ) 費用便益分析マニュアルに基づく具体的な分析手法は,大要,(a)
便益は,道路整備が行われる場合と行われない場合の交通量推計を用い(対象地区のO
D表(Origin-Destination Table,ゾーン間の交通の移動量を
表形式で表現したもの。)を作成し,分布交通量を推計し,その配分手法に関してはQV
式を用いた配分を原則とする。),走行時間短縮,走行経費減少,交通事故減少の各項目
について,道路投資の評価として定着している消費者余剰を計測することによって算出し,
算出した各年次の便益の値を割引率(4パーセント)を用いて現在価値に換算し,これに
より総便益の現在価値を算出するものであり,(b) 他方,費用は,道路整備に要する
事業費(用地費を含む。),供用後に必要となる維持管理費を算定し,事業費及び維持管
理費についても割引率を用いて基準年次における現在価値を算定し,これにより総費用を
算出するものであり,(c) そして,算出された総便益の現在価値を算出された総費用
の現在価値で除して費用便益比を求めるというものであって,その手法は合理的かつ妥当
なものと認められる(甲439の1,乙245の1~3,弁論の全趣旨)。
(ウ) そして,被控訴人らは,これまで,事業評価監視委員会の開催に当た
り,当該時点における最新のマニュアルに基づき費用便益分析を行ってきた。すなわち,
平成11年1月20日,本件事業の再評価に関し,学識経験者等の第三者から構成される
事業評価監視委員会が開催されたが,その際,被控訴人国から同委員会に対して本件道路
を含む道路整備の効果に関する説明がされ,同委員会は,本件事業の継続を了承した(乙
92の1,2)。また,事業評価監視委員会は平成14年12月19日及び平成18年1
2月7日にも開催され,被控訴人国から同委員会に対して本件道路を含む道路整備の効果
に関する説明がされ,同委員会は,本件事業の継続を了承した(乙93の1,2・14~
19頁,乙244)。そして,これらの事業評価監視委員会に資料として提出された各時
点での最新の費用便益分析結果によれば,青梅インターチェンジから八王子ジャンクショ
ンまでの区間の費用便益比(基準年は平成11年度)は「2.2」とされ(乙92の2・
21頁),日の出インターチェンジから八王子ジャンクションまでの区間の費用便益比
(基準年は平成15年度)は「2.7」とされ(乙93の2・13頁),さらに,八王子
ジャンクションから相模原インターチェンジ(仮称)までの区間の費用便益比(基準年は
平成18年度)は「2.9」とされている(乙246・13頁)。
以上によれば,本件事業の公益性は費用便益分析の観点からも認められる
ものというべきである。
イ 控訴人らの主張について
(ア) 控訴人らは,被控訴人らの行った費用便益分析につき,① 既開通区
間の実績事業費は既に約1.5倍近くに膨張しており,他方,便益を過大に評価している
誤りがあり,実際の費用便益比は1.0を下回っている,② 被控訴人らは費用便益分析
に用いた道路網やリンクごとの交通量などについてデータの開示を拒んでおり,その正確
性を検証することができない,③ 被控訴人らは,費用便益分析についてコンサルタント
会社に対する丸投げ的な業務委託をしており,同社の作業内容を確認しておらず,その信
用性を疑わせる種々の疑惑がある,④ 別訴においてK教授が指摘したような種々の問題
がある,などと主張して批判し,⑤ また,控訴人らが行ったミープラン(MEPLAN,
コンピューター土地利用交通総合分析モデル)による費用便益分析によれば,圏央道の八
王子ジャンクションから相模原インターチェンジ(仮称)までの費用便益比(平成42年
を基準とする。)は0.38となる(甲429),と主張する。
(イ) しかしながら,前記ア(イ)のとおり,被控訴人らの行った費用便益
分析は,合理的かつ妥当な手法である費用便益分析マニュアルに従って行われたものであ
り,被控訴人らがコンサルタント会社に対してマニュアルに従った分析を行うことを委託
したことが不相当であるとはいえず(委託契約の中には,コンサルタント会社がマニュア
ルに従った分析を行うべき旨の条項がある(甲439の・40頁)。),コンサルタント
会社がマニュアルに従わずに恣意的な分析を行ったことを認めるに足りる証拠もない。控
訴人らが主張する「疑惑」は,あくまでも控訴人らによる疑いの域を出ないものであって,
控訴人らのその主張を踏まえて検討しても,マニュアルに基づいてなされた費用便益分析
の結果の信用性が減殺されるものではない。
なお,費用便益分析後に事業費が膨張した事実があっても,そのことによ
って直ちに既になされた費用便益分析の結果の合理性が失われるものではなく,便益が費
用を上回るものとして着工された事業につき,その後の経済事情の変化(材料費や人件費
の高騰等)により改めて費用便益分析をすれば費用便益比が1.0を下回ることになると
しても,もしそれに従って事業を中止すれば,施工部分の撤去費用や原状回復費用が新た
に発生し,また,買収用地が適正な価格で処分できなければ更に損失が発生するのである
から,費用便益比が著しく低下して事業の公共性・公益性を踏まえて検討してもなお事業
の継続自体に明白な合理性を欠くに至ったような特別の場合を除き,当該事業を直ちに中
止すべきことにはならず,そのような場合に事業を中止すべきか否かはもっぱら事業者の
裁量に委ねられているものというべきであって,当該事業を継続したからといって直ちに
それが不当であるということもできないものというべきである。
(ウ) また,被控訴人らが費用便益分析に用いた道路網やリンクごとの交通
量などについてデータが開示されていないからといって,直ちにそのデータが改ざんされ
ているということはできず,また,分析の結果が不正確であるということにもならない。
(エ) K教授の指摘する問題点については,同教授は,圏央道による環境汚
染の社会的費用をも考慮すること,外環道の完成等をも前提とする「プロジェクト実施の
前後」の比較ではなく,区間ごとの「プロジェクトのみの実施の有無」の比較によるべき
であること,間接的影響を受ける道路網(外環道や首都圏交通網)による便益を排除する
こと,消費者余剰の増大分の評価・測定という方法論を正しく採用すべきこと,交通需要
予測は,道路交通だけでなく,鉄道,船,歩行,自転車などすべての交通手段による交通
需要予測から道路配分交通量を予測して分析すべきであること,などを主張するものと認
められ(甲424),これらの主張によれば,同教授は,「費用」や「便益」の概念の捉
え方,「費用」と「便益」の比較の仕方,等において,マニュアルとは少なからぬ点で考
え方を異にしていると認められ,そうとすれば,同教授によるこれらの指摘中にはもちろ
ん傾聴すべき点はあるが,費用便益分析を控訴人らが行った方法ではなく同教授の指摘す
る方法で行わなければならないとまではいえないから,同教授の上記のような指摘も,マ
ニュアルに従って被控訴人らが行った費用便益分析の結果を誤っていると評価するまでに
は至らないものというべきである。
(オ) さらに,控訴人らが主張するミープランの手法は,経済学の一般均衡
理論,レオンチェフの産業連関表分析,交通配分のロジット式を基礎とし,土地利用と交
通計画を関連付けて分析する点に特徴があり,国勢調査のデータなどから当該地域におけ
る基礎産業の立地を入力し,そこに従事する雇用と世帯数を推計し,これらの世帯につい
て,地価,家計所得,地域の魅力度,等から世帯ごとの居住地域を推計し,所得と職業に
基づく属性によって行動パターンを4段階に分類し,それぞれの世帯を構成する人間がど
のような交通手段を用いて移動するかを推計し,このデータを基礎として,圏央道の完成
等の将来における変動要因を入力してシミュレーションを行うものであるが(甲482,
弁論の全趣旨),このような推計手法は,マニュアルに従った費用便益分析の手法とは基
本的な発想・考え方を異にするものであり,雇用,世帯数,居住地域の各推計の合理性や,
所得と職業によって4段階の行動パターンに分類された世帯ごとの交通手段の推計の合理
性,そして,仮説の正当性についてはなお検討を要するものと考えられるのであって(ミー
プランのような土地利用交通総合分析モデルについては,ミープランとは異なる理論的基
礎や手法による分析モデルが各国に複数存在し,ミープランは1つの分析手法を提案する
ものであって,ミープランが最も信用できるものともミープランのみが唯一信用に足るも
のともいえず,また,ミープランはイギリスで開発されたものであり,その採用実績は,
イギリス運輸省をはじめとしてヨーロッパを中心とした諸国が中心であり(甲482),
国情の異なる日本においてその分析手法がそのまま妥当するかはなお検討の余地がある。)
,したがって,このミープランの分析結果によっても,被控訴人らがマニュアルに従って
行った費用便益分析の結果が誤りであるということはできないものである。
ウ 以上のとおりであり,控訴人らの主張を踏まえて検討しても,本件事業が費
用便益分析の観点からも公益性を有するものであるとした前記判断は左右されないという
べきである。
8 行政法規違反について
(1) 控訴人らの主張
控訴人らは,本件事業の実施については,文化財保護法違反,種の保存法違反,
自然公園法違反,都市計画法違反,環境影響評価手続違反,土地収用手続違反,等の行政
法規に違反する行為がある旨を主張する。
(2) 文化財保護法違反について
ア 旧文化財保護法(平成16年法律第61号による改正前のもの)91条1項
は,史跡名勝天然記念物の現状を変更し又はその保存に影響を及ぼす行為をしようとする
際には,関係省庁の長はあらかじめ文部科学大臣を通じて文化庁長官の同意を求めなけれ
ばならないと定めているところ,被控訴人国は,史跡八王子城跡に与える影響について資
料を提出し,八王子城跡トンネル工事開始前の平成10年4月28日に文化庁長官の上記
同意を得ているものである(乙203)。そして,同意に際してどのような資料に基づき
どのような検討をするかということは,原則として,文化庁長官の判断に委ねられるもの
というべきであるから,そうとすれば,上記の同意が同項の規定に違反することはないと
いうべきである。
イ 控訴人らは,「観測孔2の水位低下,御主殿の滝の滝涸れ及びオオタカの営
巣放棄に八王子城跡トンネルの掘削工事がその原因として関係していたことからすると,
文化庁長官の同意は,八王子城跡トンネルの掘削工事により史跡である八王子城跡が毀損
されるおそれがあることを軽視し十分に検討することなくなされたものであることが明ら
かであるから,実質的に旧文化財保護法91条2項に違反する。」と主張するが,先に認
定判断したとおり,観測孔2の水位は,八王子城跡トンネル掘削工事の完了により今後元
の状態に戻る可能性が十分にあるものと認められ,また,御主殿の滝の滝涸れは八王子城
跡トンネル掘削工事に起因するものとは認められず(平成17年のこの地域の小雨傾向に
起因するものと認められる。),さらに,下恩方地区全体からみれば,オオタカの営巣・
繁殖はなお維持されていると認められるから,結局,控訴人らの主張はその前提を欠くも
のというべきであり,採用することができないものである。仮にこれらの点をしばらく措
くとしても,文化庁長官の同意は資料に基づいて実際に検討した結果によりなされたもの
と認められ,また,検討した資料の内容が重要な部分において誤っていたとか検討の方法
が極めて杜撰であったとかの事情は認められないから,そうとすれば,文化庁長官の同意
に瑕疵があったということはできず,文化財保護法違反の問題は生じないというべきであ
る。
(3) 種の保存法違反について
種の保存法9条は,国内野生動植物種の生きた個体を「捕獲,採取,殺傷また
は損傷してはならない」と規定しているところ,控訴人らは,被控訴人らが八王子城跡ト
ンネルの掘削工事によって八王子城跡トンネルの北口坑口付近におけるオオタカの営巣を
放棄させたことがオオタカに対する上記の「殺傷」又は「損傷」に該当する旨を主張する。
しかしながら,前記のとおり,オオタカを含む陸上動物に対する影響は少ない
との本件環境影響評価の結論を踏まえまたオオタカ検討会による「オオタカとの共生をめ
ざして」(乙194)及び「オオタカとの共生をめざして・その2」(乙195)が提案
する保全対策を施した上での八王子城跡トンネルの掘削工事を,オオタカに直接に向けら
れた種の保存法9条にいう「捕獲」等の行為と評価することはできず,また,そもそも,
先に認定判断したとおり,下恩方地区全体においてはオオタカの営巣・繁殖は放棄されて
おらずなお維持されているのであるから,控訴人らの上記主張はその前提を欠くものとい
うべきである。
(4) 自然公園法違反について
ア 自然公園法(平成21年法律第47号による改正前のもの)によれば,国定
公園の特別地域内において工作物を新築等する場合には都道府県知事の許可を受けなけれ
ばならないが(同法13条3項),国が行う行為については,例外的に許可を必要とせず,
あらかじめ都道府県知事に協議をしなければならないと定められている(同法56条1項)
。
イ 控訴人らは,「東京都知事は,国土交通省との協議において,国土交通省か
ら提出された図面に不整合があるのに,また,トンネル掘削工事の影響を判断するのに最
も基本的かつ重要な資料である水平ボーリングコア等の資料の提出を受けないで,さらに
は,代替案の検討をすることもなく,形式的に同意しているのであって,これら一連の手
続は,実質的に自然公園法56条1項に違反するものである。」と主張する。
しかし,被控訴人らは,本件事業について,明治の森高尾国定公園の特別地
域内に工作物を建設することから,自然公園法56条1項に基づき東京都知事に協議を行
い,東京都知事より異存ない旨の回答を受けているのであって(乙204),東京都知事
がこの協議に際してどのような資料の提出を求め,提出された資料についてどのように検
討するかということは,原則として,東京都知事の判断に委ねられるものというべきであ
るから,控訴人らの上記主張は採用することができないものである(東京都知事の検討し
た資料の内容が重要な部分において誤っていたとか,検討の方法が極めて杜撰であったと
かの事情は認められない。)。
ウ なお,昭和49年版の環境白書の中で,当時のL自然環境保全審議会自然公
園部会長の談話(O談話)が引用されており,その内容は,自然公園内における道路建設
について,「今後国立公園等における道路の新設については,慎重でなければならないば
かりでなく,過剰利用の抑制と健全な利用の促進の見地から,場合によっては既存の道路
においても自動車交通の規制を検討する必要もあると考えられる現在において,原則とし
て公園利用の観点とか経済的,社会的観点等から,その道路が是非必要であり,他にこれ
に代わる適切な手段が見出せないことが前提とされなければならない。更に,その場合に
おいても,事前に当該地域の自然環境について,地形,地質,気象,動植物等の科学的調
査を行い,① 原始的自然環境を保持している地域,② 亜高山帯,高山帯,急傾斜地,
崩壊しやすい地形・地質の地域等緑化復元の困難な地域,③ 稀少な野生動植物,昆虫等
の生息生育又は繁殖している地域,④ 優れた景観を保持している地域,等道路建設に伴
う人為的要因が大きな自然環境の破壊の誘因となるおそれのある地域は,あらかじめ慎重
に避けるよう配慮されるべきである。また,これまで道路の建設に関連して度々指摘され
てきた自然破壊の例を十分考察し,それを繰り返すことのないよう,計画,設計,施工等
の各段階を通じて,自然環境に対する影響が最小限度にとどまるようなあらゆる考慮を払
うべきである。」というものである(甲168,弁論の全趣旨)。
控訴人らは,上記O談話が,生物多様性条約(平成5年条約9号)8条(a)
が「保護地域又は生物の多様性を保全するために特別の措置をとる必要がある地域に関す
る制度を確立すること。」として同条約の締約国に確立することを求めている「制度」に
該当するから,O談話は法規範性を有し,高尾山が上記の②ないし④のいずれの要件にも
該当するにもかかわらず,本件事業の施行は慎重な配慮及び自然環境に対する影響が最小
限度にとどまるような考慮を欠くものであるから,O談話に反しており,違法であると主
張する。
しかしながら,O談話は,自然環境保全審議会自然公園部会の審議において
各委員から出された意見を取りまとめ,自然環境保全の考え方を整理要約したものであり,
自然公園内の道路建設についての将来的な方向性を示唆するものではあるとしても,環境
白書に引用された審議会の部会長の個人的な談話に過ぎず,それに法規範性を認めること
は困難であるから,控訴人らの上記主張は採用することができない。仮にこの点をしばら
く措くとしても,本件事業の施行に際しては,前記のとおり,本件環境影響評価及び本件
環境影響照査によって,自然環境に対する影響が予測・評価されており(大気汚染や騒音
のほか,陸上動植物,水生生物,地形地質,景観,等への影響が予測・評価されており,
環境基準を下回るものあるいは影響が少ないものと評価されている。),かつ,自然環境
に対する影響を最小化するよう措置されているのであるから,本件事業の施行がO談話又
は生物多様性条約8条(a)の趣旨に反するということはできないものである。
(5) 都市計画法違反について
ア 控訴人らは,「本件道路に関する東京都知事の都市計画決定は,住民に対す
る説明が不十分なまま,東京都環境影響審議会から出された答申も反映されることなく決
定されており,また,昭和63年12月20日の八王子都市計画審議会の瑕疵ある採決の
上にされた八王子市長の意見を前提になされたものであって,都市計画法16条1項及び
18条1項に違反する。」と主張する。
イ しかし,都市計画の案を作成するに当たってこれに住民の意見を反映させる
ための措置を講じるか否かは,都市計画決定権者である都道府県知事の裁量に委ねられて
おり(都市計画法16条1項は,都道府県又は市町村は,「次項の規定による場合を除く
ほか,都市計画の案を作成しようとする場合において必要があると認めるときは,公聴会
の開催等住民の意見を反映させるために必要な措置を講ずるものとする。」と規定してい
る。),控訴人らが主張する関係市町村での説明会も任意で開催されたものに過ぎないか
ら,この説明会における説明内容や手続いかんが都市計画決定の違法性を基礎付ける事由
になると解することはできない。
ウ また,都市計画法18条1項の規定に基づく都道府県の都市計画決定に際し
ての関係市町村の意見聴取及び都道府県都市計画審議会の議決についても,都道府県知事
は,関係市町村の意見形成に際して著しい瑕疵があり関係市町村の意見を聴取したものと
は認めることができないようなあるいは都道府県都市計画審議会の議決を経たものとは認
めることができないような特段の事情がある場合を除き,関係市町村の意見に拘束される
ことなく都市計画決定をすることができるものである(乙121・231~233頁,乙
215・101頁)。控訴人らは,「昭和63年12月20日に開催された八王子都市計
画審議会が本件事業について審議を行った際,審議会議事録によれば,審議の途中で質疑
打ち切りの動議が出され,他の委員からは質疑続行の動議が出され,採決の結果,質疑打
ち切りの動議が「異議なし」として可決され,質疑続行の動議は賛成者少数として否決さ
れたものとされて質疑が打ち切られ,そして,諮問第7号八王子市都市計画道路の変更に
ついての採決が行われたが,当時の八王子都市計画審議会条例6条3項によれば,審議会
の議事は,「可否同数のときは,会長の決するところによる。」とされており,この「会
長の決する」とは,審議会採決の席上で決しなければならないのに,審議会長は,可否同
数であったにもかかわらず,それを行わず,賛成多数により可決されたものと宣言して閉
会し,そして,その2時間後に,記者会見で,賛成6反対6の可否同数で自分の1票を賛
成に加えた旨を説明しているのである。そうとすれば,審議会長の措置は,「可否同数の
ときは,会長の決するところによる。」との上記の定めに反するものであり,違法である。
」旨を主張し,都市計画決定手続の違法が後続手続である本件事業認定を違法ならしめる
ものであると主張する。
確かに,証拠(甲233,236)によれば,八王子都市計画審議会におけ
る採決の経緯は控訴人ら主張のとおりであったと認められ,八王子都市計画審議会の決議
の手続には八王子都市計画審議会条例(甲234)に反する瑕疵(審議会長が審議会の採
決の際に可否同数である旨を宣言した上で自分の1票を加える手続をとるべきであったの
にそれをしなかった瑕疵)があったものと認められる。
しかし,仮にそのような瑕疵のない手続がとられていたとしても,上記事実
によれば,結果は可決となっていたと認められるから,上記の瑕疵は軽微なものというこ
とができ,都市計画法18条1項の規定に基づく関係市町村の意見聴取について著しい瑕
疵があり関係市町村の意見を聴取したものとは認めることができないような特段の事情が
あったとはいえないから,この点に関する控訴人らの上記主張も採用することができない
(乙215・101頁以下)。
(6) 環境影響評価手続違反について
ア 控訴人らは,本件環境影響評価には数々の誤りがあり,平成10年の改正前
の東京都環境影響評価条例29条に従い再度環境影響評価を実施すべきであった,改正後
の都条例36条に従い再度環境影響評価を実施すべきであった,平成11年6月に環境影
響評価法が施行されたことからも再度環境影響評価を実施すべきであった,被控訴人らが
事業認定を受ける際に行った本件環境影響照査1も限定された項目の調査にとどまり到底
適正なものとはいえない,と主張する。
イ しかしながら,環境影響評価制度は,事業の実施前に環境影響評価を行い,
その結果を事業に反映させることをその趣旨とするものであり(環境影響評価法1条),
環境影響評価法は,既に実施されている事業について環境影響評価を再度行うことまで求
めるものではない。すなわち,環境影響評価書の公告後における環境影響評価その他の手
続の再実施を定めた環境影響評価法32条1項の規定及びこれを受けて定められた「環境
影響評価法の施行について」(平成10年1月23日付け環境庁企画調整局長通知(乙2
05))の第8の1(1)によれば,対象事業を現に実施中の事業については環境影響評
価その他の手続の再実施の対象とはされていないことが明らかであるところ,本件事業は,
平成5年12月に着手し(乙206),環境影響評価法が施行された時点(平成10年政
令第170号により平成11年6月12日施行)において既に工事実施中であったのであ
るから,そもそも環境影響評価法の対象事業とはならないのであり,環境影響評価その他
の手続の再実施の対象ともならないものであって,控訴人らの上記主張はその前提を欠く
ものである。
ウ また,環境影響評価法の施行に伴い,東京都環境影響評価条例が改正され
(平成10年12月25日公布,平成11年6月12日施行。),その後,同条例は,平
成12年10月13日に改正され(平成13年1月6日施行),平成14年7月3日にも
改正されているが(平成15年1月1日施行),環境影響評価の再実施については,新都
条例63条及び64条(旧都条例28条及び29条)に規定されており,これによれば,
(ア) 新都条例63条(旧都条例28条)は,同62条(旧27条)に基づく事業内容
の変更に伴い変更の届出があった条例対象事業について,当該変更が環境に著しい影響を
及ぼすおそれがあると認めるときの環境影響評価の手続の全部又は一部の再実施を定める
ものであるが,本件事業は,同62条(旧27条)に掲げる事項の変更を行っておらず,
当該変更の届出は行っていないから,環境影響評価の再実施は必要とならず,(イ) ま
た,新都条例64条(旧都条例29条)は,環境影響評価書の縦覧期間の満了後5年を経
過した後に工事に着手しようとする場合の環境影響評価の再実施を定めるものであるが,
本件事業は,平成元年2月21日に環境影響評価書の縦覧を終了し,それから5年を経過
する前の平成5年11月8日に旧都条例29条に基づき着工届が提出されているから,同
規定によっても環境影響評価の再実施は必要とならないものである(弁論の全趣旨)。
エ さらに,控訴人らは,上記のとおり,被控訴人らが事業認定を受けるに際し
て行った本件環境影響照査1も限定された項目の調査にとどまり到底適正なものとはいえ
ないものであったと主張するが,そもそも,本件環境影響照査1は,本件環境影響評価以
降に得られた新たな知見に基づき,本件事業の実施が環境に及ぼす影響について補足的に
行われたものであって(平成32年の将来交通量を基礎として,一般国道20号以北の地
域の大気汚染,騒音,振動及び低周波空気振動を予測する。),これは,都条例によって
実施が義務付けられている環境影響評価ではなく,新土地収用法により事業認定を受ける
に当たって参考資料として起業者ら(被控訴人ら)が提出するものに過ぎないから,すな
わち,都条例に基づく環境影響評価は都市計画法の都市計画決定手続に合わせて行われる
ものであるが,本件環境影響照査1はあくまでも新土地収用法により事業認定を受けるに
当たって任意に行われたものであるから,そのような照査である本件環境影響照査1の不
十分さを主張して本件環境影響評価につき環境影響評価の再実施をすべきであったという
控訴人らの主張は採用することができないものであり,また,本件環境影響照査1の上記
のような位置付けからすれば,その調査項目が不十分であるともいえないものというべき
である。
(7) 土地収用手続違反について
ア 控訴人らは,「第1次収用手続及び第2次収用手続のいずれにおいても,実
際に行われた事業説明会,公聴会,社会資本整備審議会,等の意見聴取等は,いずれも,
住民参加の拡充の必要性の認識に基づき情報公開や住民参加の手続を保障することにより
その透明性や公正性を確保し事業認定の信頼性を高めるという新土地収用法の趣旨(事業
説明会の開催,公聴会の開催,社会資本整備審議会からの意見聴取,事業認定理由の公表,
等を義務付けるものである。)に反するものであり(事業説明会や公聴会における起業者
の説明は一方的かつ誠実さに欠ける態様でなされ,質問にも十分に答えず,形骸化したも
のであり,社会資本整備審議会の委員の構成も起業者側に偏り,議事録も公開されず,認
定理由の公表も限定的なものであった。),違法である。」と主張し,その主張に沿った
証拠を提出する(甲308,441の1,2,442の1,2,527)。
イ しかし,事業認定に際して必要となる利害関係人に対する事業説明会の開催
(新土地収用法15条の14。なお,本件事業における土地収用手続については,事業認
定申請の時期との関係で平成13年法律第103号による改正後の同条の適用のない部分
もある。もっとも,上記改正の際の衆参両院の国土交通委員会の附帯決議においては,新
法の公布後かつ施行前に事業認定申請がされたものについても改正法の内容を踏まえた運
用を図ることが求められている(弁論の全趣旨)。)は,起業者と利害関係人との合意の
形成までをも目的とするものではなく,控訴人らの主張する点(質問への不十分な回答,
終了予定時刻における説明会の打ち切り,等)を前提としても,利害関係人との情報共有
や合意の形成に向けた努力が全くなされず事業説明会の開催が形骸化したもの(開催の体
裁を整えるためだけのもの)であったとまでは認められず,また,公聴会(同法23条)
についても,起業者と利害関係人や公述人との合意の形成までをも目的とするものではな
い上,控訴人らの主張する点(質問への不十分な回答,無内容な回答,等)を前提として
も,利害関係人との情報共有や合意の形成に向けた努力が全くなされず公聴会の開催が形
骸化したもの(開催の体裁を整えるためだけのもの)であったとまでは認められない。さ
らに,社会資本整備審議会(同法25条の2)の委員についても,法学界から2名,法曹
界から1名,都市計画・都市経営に関する学会から2名,環境問題の研究者から1名,経
済界から1名が選ばれており,これらの者のうち2名はマスコミ関係者でもあるのであっ
て,平成13年の土地収用法改正の際の参議院国土交通委員会の附帯決議2項及び衆議院
国土交通委員会の附帯決議1項(社会資本整備審議会の委員につき「法学界,法曹界,都
市計画,環境,マスコミ,経済界等の分野からバランスのとれた人選を行うとともに,事
業推進の立場にある中央省庁のOBの任命は原則として行わないこと。」とするもの)の
趣旨にも沿っているのであり,その人選が不公正で偏りがあるものとは認められない(乙
121・221頁,弁論の全趣旨)。
ウ 控訴人らは,東京都収用委員会は,公共事業を円滑に進めるという立場から,
一方的,強権的,独断的に審理を進め,起業者の収用裁決申請を認めたものであって,公
正公平を旨とする新土地収用法の趣旨から程遠いものであり,収用裁決手続自体に違法性
があるとも主張するが,本件全証拠によっても,東京都収用委員会において収用裁決手続
自体を違法ならしめるような手続がなされたと認めるに足りる証拠はないから,控訴人ら
のこの点の主張も採用することができない。
9 まとめ
以上のとおりであり,本件道路の建設には公共性・公益性が認められ,行政法規
違反は認められないところ,(ア)① 本件道路の完成・開通によって生じると予測され
る大気汚染が環境基準を超えて控訴人らに受忍限度を超える大気汚染被害をもたらすもの
と認めることはできず,② 本件道路の完成・開通によって生じると予測される騒音が環
境基準を超えて控訴人らに受忍限度を超える騒音被害をもたらすものと認めることはでき
ず,③ 本件道路の完成・開通によって生じると予測される振動又は低周波空気振動が要
請基準等を超えて控訴人らに受忍限度を超える振動被害又は低周波空気振動被害もたらす
ものと認めることはできないから,これらを理由とする本件工事の差止請求は認容するこ
とができないものであり,(イ)① 本件道路の建設工事・完成・開通によって生ずると
予測される八王子城跡付近又は高尾山の水脈への影響はさほど大きなものとは認められず
又は工事の終了によって元の状態に回復する可能性が十分にあるものと認められるから,
控訴人らの受忍限度を超える被害が八王子城跡付近又は高尾山の水脈に生じるおそれがあ
るとは認められず,したがって,八王子城跡付近又は高尾山の水脈破壊を理由とする控訴
人らの本件工事の差止請求はこれを認容することができず(そもそも,控訴人らが八王子
城跡付近又は高尾山の水脈に対して何らかの具体的な権利又は利益を有しているとも認め
られない。),② 本件道路の建設工事・完成・開通によって生ずると予測される八王子
城跡付近又は高尾山の自然生態系への影響は少ないものと認められるから,控訴人らの受
忍限度を超える被害が八王子城跡付近又は高尾山の自然生態系に生じるおそれがあるとは
認められず,したがって,八王子城跡付近又は高尾山の自然生態系の破壊を理由とする控
訴人らの本件工事の差止請求はこれを認容することができず(そもそも,控訴人らが八王
子城跡付近又は高尾山の自然生態系に対して何らかの具体的な権利又は利益を有している
とも認められない。),③ 本件道路の建設工事によって生じると予測される八王子城跡
及び高尾山並びに裏高尾の景観の変化について,仮に裏高尾町に居住する別紙控訴人目録
2に記載の控訴人らが高尾山及び裏高尾の景観について景観利益を有しているとしても
(八王子城跡については景観利益を有しない。),それが違法に侵害されるおそれがある
ものとは認められないから,八王子城跡及び高尾山並びに裏高尾の景観破壊による景観利
益の侵害を理由とする控訴人らの本件工事の差止請求はこれを認容することができないも
のである(そもそも,景観利益を根拠として本件工事の差止請求をすることもできないも
のである。)。
五 損害賠償請求(当審における新たな請求)について
1 控訴人らの請求
原判決言渡し後の平成19年6月23日に本件道路のうち下恩方町北浅川橋から
裏高尾町八王子ジャンクションまでの部分が完成・開通し,また,八王子ジャンクション
の一部も完成・開通して,中央道と圏央道の北浅川橋方面との相互通行が可能となったこ
とから,(ア) 裏高尾町に居住する別紙控訴人目録2に記載の控訴人らにおいて,人格
権ないし人格的利益の侵害たる生活環境破壊を受けて,これにより精神的苦痛を被ってい
るとして,また,八王子城跡付近及び高尾山の水脈や自然生態系が破壊されて精神的苦痛
を被っているとして,さらに,高尾山及び裏高尾の良好な景観に近接する地域内に居住し
その恵沢を日常的に享受していたことから景観利益を有していたところ,高尾山及び裏高
尾の良好な歴史的文化的自然景観が破壊されたために景観利益が侵害され,これにより精
神的苦痛を被っているとして,さらには,裏高尾地区の平穏で静かな環境が破壊されて精
神的苦痛を被っているとして,被控訴人らに対し,慰謝料各100万円の連帯支払を求め,
(イ) 裏高尾町に居住していない別紙控訴人目録3に記載の控訴人らにおいて,たとえ
裏高尾町に居住していないとしても,上記控訴人らは高尾山及び裏高尾の良好な歴史的文
化的自然景観を愛しその恵沢を享受すべく足繁く同地域を訪れかつ同地域の自然保護に日
常的に関心を持って協力してきたのであるから,別紙控訴人目録3に記載の控訴人らにお
いても高尾山及び裏高尾の景観について景観利益を有しており,そして,高尾山及び裏高
尾の良好な景観が破壊されたためにこの景観利益が侵害され,これにより精神的苦痛を被
っているとして,被控訴人らに対し,慰謝料各10万円の連帯支払を求める。
2 生活環境破壊について
(1) 裏高尾町の八王子ジャンクション近辺に居住する別紙控訴人目録2に記載
の控訴人らは,上記のとおり,八王子ジャンクションが一部完成・開通し本件道路が八王
子ジャンクションまで開通したことによって大気汚染,騒音,振動及び低周波空気振動が
発生し,圧迫感をもたらす高架構造物が出現したとして,これによって人格権ないし人格
的利益の侵害たる生活環境破壊を受けていると主張し,裏高尾町に居住する控訴人X1,
同X8は,当審における本人尋問において,八王子ジャンクションの完成によって背後に
高く建設された道路やその橋脚等の人工構造物によって強い圧迫感を感じている旨を供述
している。
しかし,八王子ジャンクションの一部完成・開通及び本件道路の八王子ジャン
クションまでの開通によって裏高尾地区に環境基準を超えた大気汚染及び騒音が発生しあ
るいは要請基準等を超えた振動及び低周波空気振動が発生して上記控訴人らに社会共同生
活上受忍すべき限度を超える大気汚染被害,騒音被害,振動被害及び低周波空気振動被害
が生じているものと認めることはできず,また,高架構造物によって社会共同生活上受忍
すべき限度を超える圧迫感被害が生じているものと認めることもできず,上記控訴人らの
生活環境がその社会共同生活上受忍すべき限度を超えて破壊されているものと認めること
はできないから,その余の点について判断するまでもなく,上記控訴人らの生活環境破壊
を理由とする損害賠償請求は認容することができないものである。
(2) 上記控訴人らが主張する騒音については,確かに,八王子ジャンクション
のランプ部分の道路(特に,圏央道から分岐して中央道下り線(相模湖方面)に合流する
道路)を通行する車両のタイヤと路面との摩擦音や走行音等の騒音が発生し,以前と比べ
てやかましくなったことは否定できないとしても,しかし,それが受忍限度を超える騒音
とまでいうことはできないものと認められ,また,圧迫感については,確かに,八王子ジ
ャンクションのランプ部分の道路の至近の位置に居住する控訴人X1,同X18,同X1
9,同X20,同X21,同X8,同X22においては,背後に高く建設された道路やそ
の橋脚等の人工構造物によりそれなりの圧迫感を感じる生活を送っているものと認められ
るが,しかし,八王子ジャンクションのランプ部分の道路下や橋脚の周囲には広い空間が
確保されており,八王子ジャンクションによって上記控訴人らの日照・通風が妨げられる
こともなく,また,上記控訴人らが居住する家屋とその背後に高く建設された八王子ジャ
ンクションのランプ部分の道路や橋脚との間には相当の距離があるものと認められるから,
そうとすれば,同控訴人らの受けている上記の圧迫感はなお社会共同生活上あるいは公益
性のある圏央道の建設のために受忍すべき限度内にあるものというべきであり,したがっ
て,上記のとおり,上記控訴人らの被控訴人らに対する騒音又は圧迫感を理由とする損害
賠償請求は認容することができないものである。
3 水脈及び自然生態系の破壊について
八王子城跡付近及び高尾山の水脈や自然生態系に対して控訴人らが何らかの具体
的な権利又は法律上保護されるべき利益を有しているとは認められないから,これが侵害
されたことを理由とする損害賠償請求は既にこの点において認容することができないもの
である。
仮に上記の点をしばらく措くとしても,本件道路及び八王子ジャンクションの各
一部が完成・開通したことによって八王子城跡付近又は高尾山の水脈に生じた影響はさほ
ど大きなものではなかったと認められ又は本件工事の終了によって元の状態に回復する可
能性が十分にあるものと認められるから,また,自然生態系に生じた影響も少ないもので
あったと認められるから,これらが控訴人らの受忍限度を超えるものであったとは認めら
れず,八王子城跡付近及び高尾山の水脈や自然生態系の破壊を理由とする控訴人らの損害
賠償請求も認容することができないものである。
4 景観利益の侵害について
(1) 控訴人らは,前記のとおり,八王子ジャンクションが一部完成しまた本件
道路が八王子ジャンクションまで完成したことによって裏高尾及び高尾山の良好な歴史的
文化的自然景観が大きく破壊されたと主張し,裏高尾町に居住する控訴人X1,同X8,
同X2,同X6,同X9は,当審本人尋問において,八王子ジャンクションの一部完成に
よって景観がひどく破壊された旨を供述し,控訴人X10,同X11,同X12,同X1
3,同X14,同X15,同X16は,八王子ジャンクションの一部完成によって高尾山
の山頂付近からの北側の景観・眺望に大きな変化が生じた旨を陳述する(甲240の2,
16,42,66,107,125,143)。
(2) 確かに,上記の証拠のほか,甲第209号証の1,第231号証,第23
2号証,第377号証の1及び6に添付された各写真,甲第448号証並びに控訴人X1
の当審における本人尋問調書に添付された写真によれば,八王子ジャンクションのランプ
部分の道路やその橋脚等の人工構造物によって裏高尾の従前の山並み景観や里山景観ひい
ては街並み景観が変わり(もっとも,裏高尾町の都道浅川相模湖線を駒木野バス停方面か
ら小仏バス停方面に進むとき,八王子ジャンクションが右手に見えるのはおおむね荒井バ
ス停付近から裏高尾バス停付近までであり,その他の地点から八王子ジャンクションを直
接見ることはない。),また,高尾山の山頂付近から北側下方(裏高尾町側)を見下ろす
景色・眺望も八王子ジャンクションの一部完成と本件道路の八王子ジャンクションまでの
完成によって変化を受けたものと認められる(甲231)。なお,八王子ジャンクション
が一部完成しまた本件道路が八王子ジャンクションまで完成したこと自体によって高尾山
の景観(高尾山を対象とする景観)が変化したものとは認められない。
なお,本件道路が八王子ジャンクションから更に南伸して,八王子ジャンクシ
ョンと高尾山トンネル北坑口とを結ぶ高架橋(裏高尾橋。長さ約420メートル,幅約4
0メートル,地上高さ約60メートル)が完成すると,裏高尾の景観は少なからず変化す
るものと推測されるが(甲377の6の添付写真),高尾山の景観(高尾山を対象とする
景観)は高架橋及び高尾山トンネルの完成によっても,そのトンネルの位置からして,全
体的にはさほどの変化は生じないものと推測される。
(3) しかし,本件事業においては,景観に与える影響の低減について一定の配
慮もなされている。すなわち,本件環境影響評価1においては,本件事業の周辺地域に明
治の森高尾国定公園や都立高尾陣場自然公園等の山地景観が存在することから(乙14の
1・72頁,15の1・72頁),高尾山からの眺望や裏高尾における眺望など地域景観
の特性等を考慮して代表的眺望地点を選定し,現地踏査及び写真撮影によるフォトマップ
の作成等により調査した上(乙14の1・420~426頁,15の1・420~426
頁),景観の変化について予測を行い(乙14の1・427~453頁,15の1・42
7~453頁),道路構造形式,デザイン,色彩,等について各種調査をし,詳細な設計
を行うとともに,構造物の設置される箇所の歴史的文化的自然的な条件を十分に検討し,
必要に応じて専門家の意見を設計に反映させるなどして,構造物が本来持つべき機能と視
覚的機能とを調和させ,景観的配慮を行い,盛土・切土のり面や環境施設帯等には速やか
に樹林による緑の創造を図り,人工構造物の全体若しくは一部を視界から覆い隠すなどし
て,道路と周辺景観との融合を図ることにより,本件事業による景観への影響を少なくす
るよう配慮されている,と評価されている(乙14の1・454,455頁,15の1・
454,455頁)。そして,現に八王子ジャンクションについては,裏高尾町の住宅が
中央道より南側に存することから,施設の大半(ランプ部分の道路,換気塔,等)を中央
道より北側に設置するよう配慮されており(乙255),また,高尾山トンネルについて
は,山中に単独の換気塔を設けることなく高架橋を通じて八王子ジャンクション内の地下
に設けられた換気室にダクトにより排気を引き込み,先に開通した八王子城跡トンネルの
排気と集約して処理を行うこととされており,景観に与える影響の低減に一定の配慮をし
ているものと認められる。
(4) もとより,裏高尾町に居住する別紙控訴人目録2に記載の控訴人ら(特に,
控訴人X1ら八王子ジャンクションの至近の位置に居住する控訴人ら)が八王子ジャンク
ションの出現によって抱いた不快感ないし嫌悪感は,被控訴人らによる上記のような一定
の配慮によっても解消されるものではないが,仮に別紙控訴人目録2に記載の控訴人らに
おいて裏高尾の景観について自然景観利益を有していたとしても(なお,別紙控訴人目録
3に記載の控訴人らが裏高尾の景観について景観利益を有しないことは,前記四6(3)
ウのとおりである。),先に述べたように,良好な自然の景観の恵沢を享受する自然景観
利益は,それが法的保護に値するものであるとしても,排他性を持つ人格権とは本質的に
異なるものであり,たとえそれが侵害されたとしても直接に被侵害者の生活環境破壊や健
康被害をもたらすような性質のものではないのであるから,そうとすれば,自然景観利益
についての保護の範囲はおのずと限定的なものとならざるを得ず,これに反比例して受忍
の範囲はおのずと広くならざるを得ないものであって,このような観点から本件における
前記のような景観の変化を検討すると,もともと,裏高尾地区には八王子ジャンクション
の建設以前から中央道(片側2車線)が存在し,JR中央線も(複線)走っており,路線
バスも行き交っていて,古い歴史的な民家ばかりが存在していたわけでもなく,八王子ジ
ャンクションが建設される以前においても裏高尾地区に完全な自然の景観や深い静謐が保
たれていたわけではないことをも考慮すれば,前記のような景観の変化はなお上記控訴人
らの受忍の限度内にあるものというべきであって,仮に上記控訴人らが裏高尾の景観につ
いて自然景観利益を有していたとしても,それが違法に侵害されたとまではいえないもの
というべきである。
長年裏高尾に居住してきた上記控訴人らにとっては,突然に出現した巨大な高
架構造物である八王子ジャンクション等は嫌悪すべき存在であろうが,しかし,法の世界
においては,現時点ではその嫌悪感を保護することはできないものである。
(5) なお,国立景観訴訟最高裁判決によれば,本件道路及び八王子ジャンクシ
ョンの各一部完成により前記のような景観の変化を生じさせたことが景観利益の違法な侵
害となるか否かは,被侵害利益である自然景観利益の性質とその内容,当該自然景観の所
在地の地域環境,侵害行為の態様,程度,侵害の経過等を総合的に考察して判断すべきこ
ととなり,少なくとも,本件道路及び八王子ジャンクションの各一部完成により前記のよ
うな景観の変化を生じさせたことが「刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであった
り,公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなど,侵害行為の態様や程度の面に
おいて社会的に容認された行為としての相当性を欠くこと」が必要であるが,本件全証拠
によっても,本件道路及び八王子ジャンクションの各一部完成により前記のような景観の
変化を生じさせたことが刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり公序良俗違
反や権利の濫用に該当するものであったりするなど侵害行為の態様や程度の面において社
会的に容認された行為としての相当性を欠くものとは認められないから,本件道路及び八
王子ジャンクションの各一部完成により前記のような景観の変化を生じさせたことが上記
控訴人らに対する不法行為を構成するものとはいえないというべきである。この点からも,
上記控訴人らの自然景観利益の侵害を理由とする損害賠償請求は認容することができない
ものである。
(6) なお,控訴人らは,本件道路の建設によって高尾山の完全性という山体自
体の価値が破壊されると主張し,控訴人X5の原審における供述及び陳述(甲193),
原審証人Dの証言及び陳述(甲207の1),控訴人X23の当審における供述・陳述
(甲377の4)は,この主張の趣旨に沿うものであるが,「高尾山の完全性」や「山体
自体の価値」なる概念は極めて不明確であって,それらの恵沢を享受する利益なるものを
不法行為における法律上保護される利益とみることはできないものである。
5 裏高尾地区の環境破壊について
控訴人らは,「裏高尾地区は南は明治の森高尾国定公園に北は都立高尾陣場自然
公園に接しており,谷間に立地した集落は穏やかで静かなたたずまいを見せている。裏高
尾に住む控訴人らはこのような平穏で静かな環境の中でその恵みを受けながら日々生活し
てきた。しかし,本件道路の建設による橋梁や高架構造物等の人工構造物は,裏高尾地区
の平穏で静かな環境を破壊するとともに,裏高尾の落ち着いた歴史的街並み景観をも破壊
し,さらには,圏央道の建設に反対した住民とこれを受け入れた住民との間に深刻な対立
をもたらし,かつての良好な隣人関係をも破壊したものである。」旨を主張する。
しかし,裏高尾地区の平穏で静かな環境について裏高尾町に住む別紙控訴人目録
2に記載の控訴人らが何らかの具体的な権利又は法律上保護されるべき利益を有している
とは認められないから,これが侵害されたことを理由とする上記控訴人らの損害賠償請求
は既にこの点において認容することができないものである。
仮にこの点をしばらく措くとしても,前記の「景観利益の侵害について」の判断
(前記4(4))と同様に,裏高尾地区の環境の変化はなお上記控訴人らの受忍の限度内
にあるものというべきであるから,被控訴人らに不法行為が成立するということはできず,
上記控訴人らの上記損害賠償請求も認容することができない。
6 まとめ
以上のとおりであり,控訴人らの主張を検討しても,控訴人らの損害賠償請求を
認容することはできないものである。
第五 結論
よって,別紙控訴人目録1及び2に記載の控訴人らの本件工事の差止請求を棄却し
た原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却し,別紙控訴人目録2及び
3に記載の控訴人らの当審における新たな請求(損害賠償請求)を棄却することとして,
主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第8民事部
裁判長裁判官 原田敏章
裁判官北村史雄は退官のため,裁判官小出邦夫は転官のため,いずれも署名押印す
ることができない。
裁判長裁判官 原田敏章