建物の建築内容に問題ないとして請負代金請求が認められた事件
【事件分類】請負代金請求事件、損害賠償請求事件
【判決日付】平成19年4月27日
主文
1 被告は,原告から193万5740円の支払を受けるのと引換えに,原告に対し,
433万4725円を支払え。
2 原告は,被告から433万4725円の支払を受けるのと引換えに,被告に対し,
193万5740円を支払え。
3 原告のその余の請求及び被告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,第1事件及び第2事件ともに,これを100分し,その1を原告の負
担とし,その余を被告の負担とする。
5 この判決は,1項及び2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 第1事件請求
被告は,原告に対し,433万4725円及びこれに対する平成13年3月7日か
ら支払済みまで1日当たり千分の1の割合による金員を支払え。
2 第2事件請求
原告は,被告に対し,1億7207万3574円及びこれに対する平成15年3月
28日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告からゴルフ用品販売店舗兼住宅の建築工事を請け負った原告が,被告
に対し,同建築請負契約に基づき,請負残代金433万4725円(本工事残代金100
0万円と追加変更工事代金253万7500円の合計1253万7500円から相殺した
820万2775円を控除した残額)及びこれに対する弁済期が経過した後である第1事
件訴状送達の日の翌日(平成13年3月7日)から支払済みまで,約定の1日当たり千分
の1の割合による遅延損害金の支払を請求する事案(第1事件)と,被告が,原告に対し,
原告が行った上記建築工事について多数の重大な瑕疵があるとして,上記請負契約に基づ
く瑕疵担保責任又は債務不履行責任に基づき,上記瑕疵と相当因果関係ある損害の一部で
ある1億7207万3574円及びこれに対する第2事件訴状送達の日の翌日(平成15
年3月28日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金を請求する
事案(第2事件)である(なお,被告は,「主位的に,建物の建替え等に要する費用の一
部1億7015万円を請求し,予備的に,瑕疵修補費用等の損害金1億7207万357
4円を請求する。」旨の主張をしているが,いずれにしろ被告は,瑕疵担保もしくは債務
不履行を原因として原告に対し損害賠償請求をしているものであり,その請求額の上限を
1億7207万3574円としているものと解されるので,本来の意味での主位的,予備
的請求として取り扱う必要はないものと善解した。)
1 争いのない事実等(括弧内に証拠を掲記する事実以外は,当事者間に争いがない。)
(1)当事者
原告は,建築請負を目的とする株式会社であり,被告は,ゴルフ用品の販売・ク
ラブの製作修理等を業として行う株式会社A(以下「A」)の代表取締役である。
(2)本件請負契約の締結
原告と被告は,平成9年11月13日,原告を請負人,被告を注文者として,A
の店舗兼住宅(以下「本件建物」という。)の新築工事(以下「本件工事」という。)に
係る請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。
ア 工事名 A新築工事
イ 工事場所 足立区(以下略)(以下「本件敷地」という。)
(住居表示 足立区(以下略))
ウ 建物の概要
主要用途 店舗・住宅
工事種別 新築
建築面積 延べ588.03平方メートル
構造 鉄骨造3階建
エ 請負代金 1億2600万円(消費税を含む。)
オ 支払方法
(ア)契約時 4000万円
(イ)上棟時 4000万円
(ウ)完成引渡時 4600万円
カ 工期 平成9年9月29日から平成10年3月25日
キ 違約金
被告が請負代金の支払を完了しないときは,原告は被告に対し,遅滞日数1日
につき支払遅滞額の千分の1に相当する違約金を請求することができる。
(3)本件建物の引渡し
原告は,同年4月14日,本件建物を被告に引き渡した。
(4)工事代金の支払
被告は,原告に対し,本件工事代金として,合計1億1600万円を支払った。
(5)原告による相殺の意思表示
原告は,被告に対し,平成19年1月19日の本件第15回弁論準備手続期日に
おいて,本件請負契約に基づく請負残代金のうち,433万4725円を除いた残りの部
分と被告の原告に対する被告の第2事件請求に係る損害賠償請求権とを対当額で相殺する
旨の意思表示をした。
(6)同時履行の抗弁
原告は,被告が,第1事件に係る請負残代金を支払うまで,被告の主張する第2
事件に係る損害賠償金の支払を拒絶すると主張し,被告は,原告が,第2事件に係る損害
賠償金を支払うまで,原告の主張する第1事件に係る請負残代金の支払を拒絶すると主張
している。(当裁判所に顕著な事実)
2 争点及び当事者の主張
(1)争点1(本件建物の完成の有無-第1事件)
ア 原告
原告は,平成10年3月30日までに,追加変更工事を含めて本件工事を完成
した。
イ 被告
否認する。本件工事は完成していない。
(2)争点2(本件工事に係る追加変更工事の合意の有無及びその代金額-第1事件)
ア 原告
本件工事には,別紙追加工事一覧表(以下「追加表」という。)及び変更工事
一覧表(以下「変更表」という。)の原告欄記載のとおりの追加変更工事(以下「本件追
加変更工事」という。)が存在した。この追加変更工事により増加した工事代金額は,追
加表の小計欄記載の111万1302円と変更表の小計欄記載の142万6198円の合
計である253万7500円となる。
イ 被告
本件追加変更工事についての被告の主張は,追加表及び変更表の被告欄記載の
とおりである。
(3)争点3(被告の主張する本件建物の瑕疵の存否及びその程度,瑕疵と相当因果関
係ある損害の額-第2事件)
ア 被告
(ア)本件建物については,別紙瑕疵一覧表の被告欄記載のとおり,重大な欠陥が
あり,強度・安全性に欠け,これを除去するには基礎部分から本件建物を取り除き,建物
全体を解体して建て替えるほかない。特に,本件建物の2階及び3階の床部ワイヤーメッ
シュの施工不良は,床部コンクリートを全て除く必要があり,その補修工事により建物躯
体部分に相当の打撃を与えることは明らかで,建物の安全上建替えが必要である。本件建
物の建替えに必要な費用は,下記のとおり合計1億8115万円となる。
a 新規建替え費用相当額 1億3700万円
(a)建築工事費 1億2800万円
(b)設計監理費 900万円
b 解体・取壊し費用相当額 1580万円
c 建替工事期間中の休業補償 2835万円
工事期間は210日間と見積もられ,その休業損害は,1日当たり13万
5000円であるから,損害額は2835万円となる。
d 合計 1億8115万円
(イ)仮に,本件建物を建て替えるまでの必要はないとしても,本件建物には別紙
瑕疵一覧表の被告欄記載のとおりの重大な瑕疵があり,これによる損害は,以下のとおり
1億7207万3574円となる。
a 瑕疵修補費用 1億4888万4999円
b Aの工事期間中の休業損害 1620万円
被告が,別紙瑕疵一覧表記載の不具合の改修工事を行った場合,少なくと
も約120日間を要すると予想され,Aはその間休業を余儀なくされる。
1日当たりの補償を13万5000円とすると,1620万円を要するこ
ととなる。
c 雨漏りによる備品の損害 98万8575円
d 慰謝料 600万円
原告が,本件請負契約において説明義務に違反し,同契約に基づく適切な
工事を行わなかったことに対する慰謝料としては,原告主張の本件請負契約代金の5パー
セントである600万円が相当である。
e 合計 1億7207万3574円
(ウ)原告は,瑕疵担保責任ないしは債務不履行責任により,上記損害を被告に賠
償すべき義務があるから,被告は,1億7207万3574円の限度で損害賠償請求をす
る。
イ 原告
(ア)原告の主張は,別紙瑕疵一覧表の原告欄記載のとおりであり,被告が瑕疵と
主張するもののうち,実際に瑕疵と認められるものは限られており,また,いずれも補修
可能なものであって,本件建物を建て替えなければならないほどの重大なものはない。
(イ)床部コンクリートの亀裂は,ワイヤーメッシュ上のコンクリートが厚すぎる
ことから生じたコンクリートの収縮亀裂であるが,この瑕疵は,被告が主張するように構
造上の強度を弱めるものではなく,その補修はエポキシ樹脂を注入することで十分であり,
被告が主張するように床工事を全てやり直さなければならないとか,本件建物を解体して
建て替えなければならないなどということはない。
(ウ)損害額については争う。瑕疵の補修費用は,原告が別紙瑕疵一覧表で主張し
ている820万2775円を超えることはない。
被告とAとは別人格であるから,Aの休業損害が被告の損害となる余地はな
い。また,被告の主張するような慰謝料が発生する余地もない。
第3 当裁判所の判断
1 前提事実
前記争いのない事実等に加え,証拠(甲5,6,40,41,46,乙30,同B,
同C,原告代表者本人,被告本人,)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1)被告は,従前から,本件敷地の一部60坪程度を所有していたところ,平成8年
ころ,上記所有地に隣接する第三者所有地を購入した上,ゴルフ用品販売店舗兼住宅を建
築する計画を立て,その建築にあたり,原告及び株式会社D(以下「D」という。)との
間で設計について協議を進めることとなった。
(2)原告及びDは,当初,上記被告所有地(約60坪)に購入予定地(約200坪)
を加えた約260坪の敷地(以下「当初予定地」という。)に,3階建の店舗兼住宅を建
築する設計を行い,被告に対して見積りを出すなどした。ところで,当初予定地の南側の
公道に面した部分のうち,幅員2,6メートル程の部分は,都市計画法の計画道路にかか
っていたことから,同部分については鉄筋コンクリート造の建物を建築することができな
いことや,鉄筋コンクリート造とその他の構造とを組み合わせた建物を建築するとなると
費用が嵩むことなどから,原告と被告は,建築予定の建物の構造について,鉄骨造とする
ことを合意した。
(3)被告は,同年中に,上記購入予定地を購入し,当初予定地全体の所有者となった
ことから,同年12月ころ,建築確認申請を行ったものの,種々事情があって,当初の設
計については計画を見直すこととなり,平成9年4月には同確認申請を取り下げた。
(4)その後,被告は,平成9年5月ころまでに,上記のとおり購入した土地の一部8
0坪程度を売却したため,Dは,売却後の残地と従前からの所有地を敷地とすることを前
提に本件建物の設計を行った(この敷地が本件敷地である。なお,本件敷地についても,
南側の公道に面した部分のうち,幅員2,6メートル程の部分が都市計画法の計画道路に
かかっていることは従前と同様であった。)。被告は,これに基づいて同年10月に建築
確認を受けた上,原告と被告は,同設計に基づいて,同年11月に本件請負契約を締結し
た。
(5)本件請負工事については,現場責任者として,原告従業員のC(以下「C」とい
う。)が,またその補助者として部下であるB(以下「B」という。)が担当していたが,
実際に本件工事現場における工事管理はBがほとんど行っており,Cは,Bからの報告を
受けて重点的に管理を行う態勢であった。また,Dは,本件工事竣工前に倒産してしまい,
本件工事において,原告は同事務所と連絡をとることが困難な状況となっていた。
(6)本件建物は,平成10年4月14日に被告に引き渡された。被告は,上記引渡後,
ほどなくして,本件建物の店舗部分においてAの営業を行うとともに,住居部分に家族と
ともに居住し,現在に至っている。
2 争点1(本件建物の完成の有無-第1事件)について
前記前提事実に加え,証拠(甲6)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,本件建物
について,平成10年4月14日引渡しを受け,自ら経営する会社において店舗での営業
を開始し,かつ,本件建物に居住していることが認められる。また,被告の主張する瑕疵
についても,後記で判示するとおり,その修補は可能である上,その瑕疵の内容に照らす
と,本件建物の重要な部位が未施工であって建物としての効用を有していないとまでは到
底評価できない。
以上によれば,本件工事は,予定された最後の工程まで一応完了したものというこ
とができる。
したがって,本件建物については,遅くとも上記引渡し時点までには完成していた
ものと認められる。
3 争点2(本件工事に係る追加変更工事の合意の有無及びその代金額-第1事件)に
ついて
(1)上記争点にかかる当裁判所の判断は,追加表及び変更表の「当裁判所の判断」欄
記載のとおりである。
これによれば,追加工事代金として81万3802円が,変更工事代金として1
03万6473円が各認められ,その合計額は185万0275円となる。
(2)したがって,被告は,原告に対し,本工事代金残金1000万円及び追加変更工
事代金185万0275円の合計1185万0275円を支払う義務を負うことになる。
4 争点3(被告の主張する本件建物の瑕疵の存否及びその程度,瑕疵と相当因果関係
ある損害の額-第2事件)について
(1)別紙瑕疵一覧表番号(以下「番号」という。)1(建物の揺れがひどい,シャッ
ターが真っ直ぐ納まらないなど,基礎鉄骨工事の欠陥がある)について
ア 証拠(甲21ないし23)及び弁論の全趣旨によれば,E株式会社は,平成1
3年11月15日午後1時から翌16日午後1時までの間,本件建物における振動調査を
実施したこと,その調査方法は,本件敷地,本件建物の1階,3階寝室及び3階キッチン
に振動レベル計を設置し,24時間連続して,本件敷地の地表面及び本件建物の床面にお
ける振動を,建物短辺の水平方向(X),建物長辺の水平方向(Y)及び鉛直方向(Z)
の3方向で測定するというものであったこと,上記振動調査(以下「本件振動調査」とい
う。)の結果によれば,振動記録波形を検討した上で,本件建物の1階及び3階について,
本件建物の前面道路を大型車が通過したために振動量が大きくなった2ケースと,前面道
路を大型車が通過していないにもかかわらず振動量が最も大きかった1ケースと,前面道
路を大型車が通過していないこともあって振動量が小さかった2ケースを選択し,これら
の5ケースを詳細に分析したところ,振動量が最も大きかった1ケースについては,X,
Y,Zの各方向で,マイスター曲線(人の一般的な感じ方を基準に振動の程度を分類した
もの)の「よく感じる」の下限の範囲内にあったものの,他の4ケースにおいては,いず
れの方向でも,「ようやく感じる」の範囲にあり,「強く感じる」の範囲に達するような
振動は発生しなかったこと,鉛直方向(Z)の加速度振幅の最大値については,3階寝室
が2.27gal,3階キッチンが1.82gal(いずれも3ないし4Hzにおけるも
の)であるところ,上記数値はいずれも,日本建築学会作成の「建築物の振動に関する居
住性能評価指針」における建築物の床に生じる鉛直振動により建物の居住性能を評価する
基準によれば,住居の居室,寝室において,この範囲を上回らないようにすべきレベルで
ある基準(V-3)を下回っていること,以上の事実が認められる。
さらに,証拠(甲21)及び弁論の全趣旨によれば,本件振動調査が実施され
た日は,被告の都合に合わせて何の作為もなく任意に選択されたものであること,本件振
動調査の検査主体であるE株式会社は,第三者検査機関として神奈川県知事の指定を受け
ていること,実際に測定を担当した者も振動についての公害防止管理者の資格保有者であ
ること,調査に用いられた計量器も検査に合格したものであることなどが認められるので
あって,これらの事情に照らせば,本件振動調査の結果の信用性に疑問を抱くような事情
は見当たらないから,これを採用するのが相当である。
そうすると,本件建物に生ずる振動は,社会通念上受忍限度の範囲内にあるも
のと推認され,瑕疵と評価しうるほどのものではないというべきである。
イ 被告は,「原告には,本件請負契約の締結前に,被告に対し,鉄骨構造である
本件建物に生ずる振動について説明すべき義務があったところ,原告はこの義務に違反し
た。」という趣旨の説明義務違反の主張をしている。
しかし,証拠(被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,本件建物の構造を鉄骨
構造にすることは,本件請負契約を締結した際の被告の希望でもあったこと,また,当時
の被告は,鉄筋コンクリート構造と比較して,鉄骨構造の建物が揺れやすいものであるこ
とについて,一応の知識を有していたことなどが認められる。加えて,本件建物に生ずる
振動自体が瑕疵とまでは評価できないものであることは既に説示したとおりであるから,
本件建物の計画段階において,原告が被告に対し,鉄骨造の建物に生ずる振動に関する説
明をする義務があったとまで解することはできないのであって,いずれにしろ,被告の主
張を採用することはできない。
ウ 被告は,「原告は,被告に無断で,本件建物の杭長を10メートルから8メー
トルに変更しているところ,このことが本件建物に異常な振動が生ずる原因となっている
から,これは債務不履行ないしは瑕疵に当たる。」という趣旨の主張をしている。
証拠(甲3,15,17,19,20,41,46,乙4の1,13の1ない
し5,証人H)及び弁論の全趣旨によれば,本件建物の基礎については,当初杭長10メー
トルの杭を打ち込む予定であったところ,ボーリング調査を行うことによって,杭長が2
メートル程度短くできるとのDからの説明があり,そのため,原告が敷地内の地質調査を
行ったこと,この調査結果によれば,杭長8メートルの杭でも支持力に問題がなかったこ
とから,原告は,同杭長を前提に契約金額を見積もった上,確認申請についても変更届を
提出していること,他方,契約書添付の図面にはそのまま10メートルの杭長の図面を添
付してしまったものの,本件請負契約において,被告が特に杭長についての具体的な指示
を行ったり,これにこだわって契約を締結したわけではないこと,以上の事実が認められ
る。
以上によれば,本件建物の杭長が現状の8メートルであることに構造上の問題
はなく,かつ,当事者間の合意内容においても,杭長について特段の合意があったとまで
は認められないから,杭長が契約書添付の図面と異なることをもって,債務不履行がある
とはいえないし,瑕疵であるとまで評価することもできない。この点に関する被告の主張
は理由がない。
また,杭長が8メートルであることによって,本件建物における振動が受忍限
度を超えるものになったことを認めるに足りる証拠もなく,この点についての被告の主張
も理由がない。
エ 被告は,本件建物の道路側シャッターについて,右上がり傾斜で上下するとい
う瑕疵があり,この瑕疵は,本件建物の地盤や基礎工事に欠陥があることを示すものであ
るという趣旨の主張をし,また,シャッターについては取り替える必要があると主張して
いる。
シャッターに上記被告の主張するとおりの瑕疵があることは当事者間に争いが
ないところ,このことが本件建物の地盤や基礎工事に欠陥があることを示すものであるこ
とを認めるに足りる証拠はない。
証拠(甲37,39,71)及び弁論の全趣旨によれば,上記シャッターの瑕
疵の修補は,機器調整による修正が可能であって,シャッターを取り替えるまでの必要は
ないというべきであり,修補費用としては2万5000円が相当であると認められる。被
告は,上記金額について低廉過ぎると主張するが,上記2万5000円を超える損害が発
生していることを認めるに足りる証拠はない。
オ さらに,後記(4)(番号17の当裁判所の判断)で説示するとおり,ハイベー
スのアンカーボルトの締め付けが本件建物の振動を招いていることを認めるに足りる証拠
もなく,その他,被告が指摘する本件建物の床及び壁の亀裂,シャッターの傾斜について
も,本件建物の振動が受忍限度を超えることを示す現象であるとまでは認められない。
なお,被告が提出する調査検討報告書(乙6,以下「本件報告書」という。)
は,「本件振動調査により得られたマイスター曲線における数値を,日本建築学会の規定
する水平振動に関する評価基準に当てはめてみたところ,標準的なよりどころであるラン
クⅡを超えてランクⅢをも超過する結果が得られた。」とするものであるが,そもそも上
記評価基準は,強風によって建物に生じる水平振動を評価する場合の基準であって,この
基準の適用範囲の周波数は0.1ないし1.0Hzの低周波振動に関するものであるから,
本件振動調査のように3ないし4Hzの振動に関するものは,そもそも上記評価基準の対
象外のものであると解されるのに,本件報告書は,独自の見解に基づいて,本件振動調査
の結果を無理に上記評価基準に当てはめているものであって,その当てはめの基準が不明
である上,その基準がどのような合理的根拠を有するのかについても何ら説明がないこと
などに照らして,到底信用できないものである。
(2)番号2(カーテンウォール及びそれに付随するボーダー工事が設計図面どおり施
工されていない)について
ア 被告は,カーテンウォールが設計図面どおりに施工されていないことが瑕疵に
当たると主張するので,検討する。
証拠(乙1ないし3,証人C,同B)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本
件建物のカーテンウォールについて,設計変更前の設計図に基づいて製作図を作成した後,
さらに設計変更により製作図を作り直したこと,しかし,カーテンウォール業者は,変更
前の製作図に基づいて製品を製作し現場に搬入したこと,そのためC及びBにおいて善後
策を検討したところ,本件建物の消防隊進入口の位置を移動すれば,上記搬入されたカー
テンウォールでも寸法上本件建物に納めることができ,かつ消防法上の問題も解消できる
ことが判明したこと,そこで,C及びBは,被告に対し,以上の顛末を説明した上で搬入
されたカーテンウォールを取り付けることの了承を求めたところ,被告はやむを得ないも
のとしてこれを了承したこと,そこで,原告は,本件建物の消防隊進入口の位置を移動し,
上記搬入されたカーテンウォールを取り付けるという施工を行ったが,このような施工で
も消防法上は問題がないこと,以上の事実が認められ,これに反する被告本人の供述は採
用しない。
そうすると,カーテンウォールが当初設計と異なることは一応瑕疵であると評
価しうるものの,その後現状について被告の了解を得ていることに照らし,瑕疵の程度は
重要であるとまではいえず,かつ当初設計どおりに施工し直すとすれば,全てのカーテン
ウォールを取り替えざるを得ないから,過分の費用を要するものというべきである。
また,カーテンウォールと一階店舗入口上部軒天の下端ボーダーとの通りが悪
いことが施工不良によるものであることは当事者間に争いがないところ,その内容に照ら
すと瑕疵と評価しうるものではあるが,証拠(甲8,71,乙2)及び弁論の全趣旨によ
れば,その瑕疵の程度が重要であるとまではいえず,かつ,その補修を行うについては,
過分の費用を要するものと認められる。
したがって,いずれの瑕疵も,その補修費用が直ちに損害となるものではなく,
変更後の設計図どおりに本件建物が施工されなかったことによる価値減少分が損害になる
と解されるところ,証拠(甲71)及び弁論の全趣旨を総合すれば,その損害は,原告の
自認する175万円が相当であると認められる。被告に上記金額を超える損害が発生して
いることを認めるに足りる証拠はない。
なお,被告は,2階カーテンウォールの塗装が,耐用年数の異なる焼付塗装と
手塗りに分かれていると主張するが,そのような事実を認めるに足りる証拠はない。
イ 被告は,本件建物のカーテンウォールの取付が被告の主張するとおりの方法
(座金の板厚を6ミリメートルとすること,ボルト孔のサイズを13ミリメートル以内と
すること,高圧ボルトを使用することなど)で施工されていないことを根拠にして瑕疵に
当たると主張する。
しかし,証拠(甲33,証人F)及び弁論の全趣旨によれば,製造メーカーで
あるG株式会社が作成したカーテンウォールの製作図によると,取付に際して普通ボルト
を使用する仕様になっており,座金の板厚も4.5ミリメートルとされていること,本件
建物のカーテンウォールの取付は,上記製作図に従って施工されていること,ボルト孔に
ついての被告の指摘が本件のカーテンウォールに当てはまる基準であることを認めるに足
りる証拠はないこと,以上の事実が認められ,以上によれば,カーテンウォールの取付に
瑕疵があるとの被告の主張は理由がない。
(3)番号3(試打室の寸法違い)の点について
ア 証拠(甲13,17,41,乙2,3,証人B)及び弁論の全趣旨によれば,
被告は,当初から本件建物内に試打室を設けることを予定していたため,DのIに対し,
試打室に入れる機械の候補としてブリジストンスポーツ株式会社製の「サイエンスアイ」
(甲13)のカタログを渡しており,Dは上記カタログに基づいて1回目の設計を行った
が,これによれば,試打室は,壁芯から柱芯まで3メートル90センチの幅で設計されて
いたこと,その後,2度目の確認申請の図面が作成されたが,その際被告はIに対し他の
カタログ等の資料を渡したことはなく,結果として試打室の設計変更はされなかったこと,
Bは,本件建物の施工途中で,被告に対し,試打室に入れる機械の納入業者との打合せを
したい旨を要望していたが,被告から明確な回答がないまま工事が進行したこと,現状で
は,試打室には,「サイエンスアイ」ではなく,同じブリジストンスポーツ株式会社製の
「サイエンスアイフィールド&ビデオシステム」が設置されているが,この機械の設置の
ためには横幅4メートルが必要であるため,試打室の横幅が不足しており,ビデオカメラ
部分が隣の工房にはみ出していること,以上の事実が認められ,これに反する被告本人の
供述は採用できない。
イ 以上認定の事実によれば,現状の試打室は,「サイエンスアイフィールド&ビ
デオシステム」の設置のためには狭いことが認められるものの,上記経緯に照らすと,少
なくとも,設計が開始された当初の試打室は,原・被告の合意の下で「サイエンスアイ」
を設置するものとして設計がされていたと認められる。
そして,その後,試打室の仕様を「サイエンスアイフィールド&ビデオシステ
ム」を設置するものに変更することについて,原告と被告の間で合意が成立したことを認
めるに足りる証拠はないから,そうすると,原告において,「サイエンスアイフィールド
&ビデオシステム」が設置できるように試打室の設計変更を行わなかったとしても,原告
に約定違反はなく,従って,試打室の設計について瑕疵があるとは評価しえないものであ
る。また,上記経緯に照らすと,被告の主張する試打室のスインチ及び蛍光灯の位置につ
いても,瑕疵であるとの評価はできないというべきである。
(4)その他,被告主張にかかる瑕疵についての判断は,別紙瑕疵一覧表の「当裁判所
の判断」欄記載のとおりであり,これらの判断の中で認定した損害を越える損害が被告に
発生していることを認めるに足りる証拠はない。
(5)以上によれば,本件建物の瑕疵について,被告が原告に請求することができる損
害賠償の合計額は,別紙瑕疵一覧表の合計欄記載のとおり945万1290円であるとこ
ろ,これまで説示してきたとおりの瑕疵の内容及びその損害額に照らすと,その瑕疵が構
造上重大なものであるとはいえず,本件建物について,基礎部分から撤去し,解体及び再
築を要するほどの修補が必要であるとは到底認められない。
被告は,本件建物床スラブデッキの施工不良(番号52)について,その施工を
やり直す必要があることを前提に,修補のためには本件建物の建替えが必要である旨を主
張するが,番号52における当裁判所の判断に記載したとおり,上記床スラブについては,
瑕疵が認められ修補は必要であるものの,そのために施工をやり直す必要があるとまでは
認められないから,被告の主張はその前提を欠くものであって失当である。
なお,被告は選択的に債務不履行責任を主張するが,前記第3の2記載のとおり,
本件建物は完成しているところ,請負契約における瑕疵担保責任は,請負人の完成後の債
務について,一般的な債務不履行責任を制限した特則であると解するのが相当であるから,
特段の事情のない限りは,本件建物の瑕疵について,原告に債務不履行責任が生じる余地
はないというべきである。
5 まとめ
(1)第1事件について
ア 以上によれば,原告の被告に対する本件請負残代金債権として,前記第3の3
(2)記載のとおり,1185万0275円の債権が認められるところ,原告は,第1事
件において,その一部である433万4725円を請求しており,同事件において一部請
求の対象となっていない本件請負契約に基づく残代金債権は751万5550円となる。
イ 原告は,前記第2の1(5)記載のとおり,被告の原告に対する瑕疵担保責任
に基づく損害賠償債権(前記4で判断したとおり945万1290円である。)と上記一
部請求の対象となっていない本件請負契約に基づく残代金請求債権751万5550円と
を,その対当額において相殺しているから,その残額は193万5740円となる。被告
は,瑕疵担保責任に基づく損害賠償金の支払と,本件請負契約に基づく残代金の支払につ
いて,同時履行を主張しているから,そうすると,原告の第1事件にかかる請求は,被告
に対し,上記瑕疵担保責任に基づく損害金193万5740円を支払うのと引換えに,本
件請負契約に基づく残代金の一部433万4725円の支払を求める限度で理由があるこ
とになる。
(2)第2事件について
前記のとおり,被告の原告に対する瑕疵担保責任に基づく損害賠償金は,原告か
らの相殺により193万5740円となるところ,原告は,同損害賠償金の支払いと,第
1事件にかかる請負契約残代金の支払いについて,同時履行を主張している。そうすると,
被告の第2事件にかかる請求は,原告に対し,上記請負残代金433万4725円を支払
うのと引換えに,瑕疵担保責任に基づく損害賠償金193万5740円の支払を求める限
度で理由があることになる。
6 結論
よって,原告の第1事件請求については,前記5(1)記載の支払を求める限度で
理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却することとし,被告の第2事
件請求については,前記5(2)記載の支払を求める限度で理由があり,その余は理由が
ないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第22部
裁判長裁判官 大久保正道
裁判官篠原康治,同崇島誠二については,いずれも転補につき,署名押印することがで
きない。
裁判長裁判官 大久保正道