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マンション居室工事による階下の騒音

概要

本件は、マンションの居室改装工事によって受忍限度を超える騒音が発生したことについて、工事を設計監理した一級建築士及び工事を施工した業者が階下の住人に対して不法行為責任を負うとされる一方、注文主の責任は否定された事例である。(東京地裁平成9年10月15日判決) 判例タイムズ982号229頁 確定

事件の概要

X1:原告(マンション居住者) X2:原告(マンション居住者、X1の妻) X3:原告(マンション居住者、X1の長女) X4:原告(マンション居住者、X1の二女) Y1:被告(一級建築士) Y2:被告(工事施工者) Y3、Y4:被告(マンション居室工事の注文主Aの相続人)  Xらは、都内にある本件マンション(一階は事務所・店舗、二階以上が住居)の七〇二号室に居住していたが、その真上の部屋である八〇二号室に入居することになったAが、昭和六十三年八月三日から部屋の改装工事を行った。  この際に発生した振動により、Xらの七〇二号室の洗面所の洗面台の下に組み込まれていた給湯管の持出し管が折損し水漏れが発生したり、また、騒音・振動が受忍限度を超えるものであったため、ホテルに一時退避しなければならないなどの損害を被ったとして、この工事を設計監理した一級建築士Y1、工事を施工したY2、工事を注文したAの相続人であるY3、Y4に対して、不法行為に基づき総額四百六十五万円余の損害賠償を請求した。  争点は、  1.工事によって七〇二号室に受忍限度を超える騒音・振動が発生したか  2.工事の騒音・振動によりXらが被った損害はいくらか  3.工事の騒音・振動についてYら三名に責任があるか、 であった。

理由

本件マンションは、昭和四十八年に建築された十三階建のマンションであって、二階以上はすべて居宅である。本件マンションは、JR某駅の東南約三百メートルに位置し、用途地域は商業地域であり、北西側は交通量がかなり多い道路(平成二年二月二十三日金曜日の調査では、路線バスが一日に二百本以上通り、十分間の通過車両数は、午前九時に六十五台であるほかは、午前十時、午後零時、二時、六時とも約百台であった)に面していることが認められる。 [争点1.について]
本件マンション改装工事によって発生した騒音・振動が受忍限度を超えるものかどうかは、騒音・振動の程度、態様、発生時間帯、改装工事の必要性、工事期間、騒音・振動の発生のより少ない工法の存否、そのマンション及び周辺の住環境等を総合して判断すべきであると解する。  本件工事による騒音・振動は床衝撃音が主であるが長時間継続するものではなく断続的で、その発生は三ヶ月間だけで昼間に限られていること、Aが八〇二号室について本件工事をすることを計画したことには不当と解すべきところはなく、設計内容に違法なところはないこと、本件工事で使用された電動工具より騒音・振動の発生の少ない機器が当時開発されていたり、マンション・リフォームについて騒音・振動の発生の少ない工法が当時開発されていたりしたことはないこと、Aは八〇二号室にピアノを置く予定でいたが取りやめ防音工事を中止したこと、七〇二号室における暗騒音は窓を閉めた状態で五十デシベル、窓を開けた状態で六十四デシベルであることなどを考慮して判断すると、ダイヤモンドカッターが使用された昭和六十三年八月三日ないし六日……の騒音並びに台所の既存タイルはがし工事がされた九月十三日の騒音は、受忍限度を超えたものであるというべきである。もっとも、右各日に発生した騒音の音量、持続時間、総時間等からすると、七〇二号室から退出してホテル等に一時避難しなければならない程度であるとまで認めることはできない。

[争点2.について]
給湯管等の修理代:七〇二号室の給湯管に対してかなりの振動が伝わっているので、右給湯管は本件工事の振動によって折損したことが推認されるところである。したがって、給湯管の折損によってX1が支払った修理代二万八千円及び給湯管の折損に伴い破損した洗面所戸棚の修理代二万三千円は、本件工事と相当因果関係がある損害である。  軽井沢の山荘利用、ホテル及びリゾートホテルの宿泊代など:Xらが主張する本件工事の騒音・振動から避難するための軽井沢の山荘の利用代、避難するためのホテルの宿泊代や担当医師からX2の気分転換のため転地して静養することを勧められたとするリゾートホテルの宿泊代などは本件工事の騒音・振動との間に相当因果関係があると認めることはできない。  Xらの精神的損害について:X1は、当時某会社の専務取締役の地位にあったが、本件工事がされているときに七〇二号室に在室していたことが非常に少なく、慰謝料支払を要する程度の被害を受けた事実は立証されていないというべきである。また、担当医師より、X2の頭痛等の症状等は本件工事の騒音・振動による精神的変化を原因とするとの事実など、X3の強迫神経症等や、X4の神経症等は本件工事の騒音・振動が原因であるとの診断を受けた事実などが認められる。以上より、本件工事により被った精神的苦痛に対する慰謝料は、X2は二十万円、X3は十万円、X4は十万円が相当である。

[争点3.について]
Y2の責任について:本件工事によって七〇二号室の受忍限度を超える騒音が発生したので、本件工事に施工したY2は、損害を被ったXらに対し、民法七〇九条に基づく賠償責任がある。なお、Y2は、昭和六十三年当時、特にマンションリフォームを意識して開発された騒音対策部品はなく、低振動・低騒音の工具が開発されていなかったため、建築業者が通常手に入れることのできる機材等を利用して工事を行う限り、一定の騒音の発生は不可避であったと主張しているが、右主張の通りであっても、Y2が責任を免れる根拠となるものではない。  Aの責任について:Aは、民法七一六条の注文者であるところ、Y2に対し本件工事を注文したことに過失があるとは解せられないし、Y2に対し本件工事について何らかの指図をした事実を認めるべき証拠もないので、本件工事による騒音の発生について責任はない。なお、Aは、八〇二号室にピアノを置くため防音工事をする予定でいたがピアノを置くことを取りやめ、その旨をY1に伝えているが、これを指図とみても受忍限度を超える騒音が発生したこととは無関係である。  Y1の責任について:本件工事によって七〇二号室に受忍限度を超える騒音が発生したが、Y2は、Y1の指示・設計に基づいて施工した(解体工事及び台所の既存タイルはがし工事は、Y1の指示・設計に従うものであり、その際にダイヤモンドカッター及び振動ドリルを使用することが予定されていた)ので、Y1は、民法七一九条の共同不法行為者として、Y2とともに損害を被ったXらに対し賠償責任がある。

解説

本判決は、マンション居室改装工事によって受忍限度を超えた騒音が発生したことにより、給湯管が破裂したり、X2らが精神的疾患に罹患したなどの損害を被ったとする事案で、工事を設計監理した一級建築士及び工事を施工した業者が階下の住人に対して不法行為責任を負うとされる一方、注文主の責任は否定された事例である。  注文主の責任が認められなかった理由は、改装工事を依頼したことに過失がないこと、その改装工事について指図はしておらず、また、騒音・振動の発生のより少ない工法は存在しなかったこと、工事が昼間に限られていたことなどが考慮されたためである。  しかし、どのような注意をしても、受忍限度を超える工事しかできないとすれば、そのような工事を設計すること、工事を引き受けること自体に過失があると同時に、階下の住人に対して受忍限度を超える騒音・振動が発生していることが判明した後も、注文主が、そのような受忍限度を超える損害を発生させている工事の中止をしないことについては、事情によっては、注文主にも過失がある場合も考えられる。  確かに、注文主の不作為に対して不法行為責任を課すことは困難な問題を生じるが、階下の住人の強い抗議を考慮して、苦情を受けた施工者が注文主に対して工事の中止を打診しているなどの事情がある場合には、漫然と工事の中止を指示しなかった注文主にも責任が認められる余地はあり得ると考えるべきであろう。


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