スポーツセンターの騒音について差止めと損害賠償請求が棄却された事件(詳細版)

【事件分類】騒音差止等請求事件
【判決日付】平成24年2月20日

主文

 一 原告らの請求をいずれも棄却する。
 二 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一 請求
 一 被告は、原告乙山花子に対し二一三万一〇〇〇円、原告戊田春夫ことボウタ・ハル
オに対し二〇〇万円、原告甲野太郎、原告乙山松夫、原告丙川竹夫ことヘイカワ・A・タ
ケオ及び原告丁原梅夫に対し各一〇〇万円並びにこれらに対する平成二三年一二月一二日
から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
 二 被告は、別紙物件目録記載の建物から発生する音量が五五デシベルを超えないよう
に防音措置をせよ。
 三 被告は、以下の時間帯において、第三者をして別紙物件目録記載の建物を運動場と
しての利用に供させてはならない。
 (1) 日曜日以外の日 午後八時から午前一〇時までの間
 (2) 日曜日 終日
第二 事案の概要
 本件は、被告が管理運営するスポーツセンターである別紙物件目録記載の建物(以下
「本件施設」という。)から発生する騒音(以下「本件騒音」という。)により精神的苦
痛を受けたなどとして、本件施設の近隣に居住する原告らが、被告に対し、不法行為によ
る損害賠償請求権に基づき、慰謝料等の支払を求めるとともに、人格権に基づき、本件騒
音の差止め及び一定の時間帯における本件施設の使用差止めを求めた事案である。
 なお、原告らは、平成二三年一一月七日の本件第一七回弁論準備手続期日において、請
求を拡張した(慰謝料額の増額。以下「本件請求拡張」という。)。
 一 前提事実(当事者間に争いがない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によって容易に
認められる事実。なお、証拠等によって認定した事実については、末尾に証拠等を掲来す
る。) 〈編注・本誌では証拠の表示は省略ないし割愛します〉
 (1) 当事者等
 ア 被告は、人材派遣業等を営む株式会社丙山の代表取締役であり、被告が所有する《
住所略》の土地(以下「本件土地」という。)上において、本件施設を管理運営している
日系ブラジル人である。
 イ 原告らは、本件施設の近隣に居住する住民である。
 (2) 原告らの自宅と本件施設との位置関係等
 ア 原告乙山松夫(以下「原告松夫」という。)及び原告乙山花子(以下「原告花子」
という。)は、本件施設の東側に隣接する敷地上の自宅に居住し、原告花子は、同敷地内
で○○を経営している。また、原告甲野太郎(以下「原告甲野」という。)、原告丁原梅
夫(以下「原告丁原」という。)、甲田夏夫(以下「甲田」という。)及び被告は、本件
施設の西側に隣接する敷地上の自宅に居住しており、原告戊田春夫ことボウタ・ハルオ
(以下「原告戊田」という。)及び原告丙川竹夫ことヘイカワ・A・タケオ(以下「原告
丙川」という。)は、原告丁原及び甲田の各自宅の西側の道路をはさんだ敷地上の自宅に
居住している。原告甲野の自宅の壁面と本件施設の壁面との間の距離は約四七・五センチ
メートル、原告松夫及び原告花子の自宅の壁面と本件施設の壁面との間の距離は約一七一・
六センチメートルであり、原告らの自宅と本件施設との位置関係は、別紙位置関係図のと
おりである。
 イ 原告らの自宅及び本件施設の所在地は、都市計画法八条一項一号の規定による第一
種住居地域に当たる。
 (3) 本件施設の建設経緯及び使用状況等
 ア 被告は、平成一五年一二月ころ、本件土地に、柱と屋根のみで周囲に防護ネットを
張った施設(以下「本件旧施設」という。)を設けたが、平成一六年三月に原告松夫から
本件土地に隣接する同所《番地略》の土地を買い受けた上、同年四月ころ、同施設の周囲
に塩化ビニール製の透明な波板状の外壁を設置して本件施設を建てた。
 イ 本件施設は、被告の経営する学校(以下「本件学校」という。)の生徒(幼稚園か
ら高等学校までの年齢に相当する子供が含まれる。)の運動施設として使用されているほ
か、フットサル場として一般に有料で貸し出されている。平成一八年一〇月当時の本件施
設のフットサル場としての営業時間は、平日については午後〇時から午後一〇時まで、土
曜日、日曜日及び祝祭日については午前八時から午後一〇時までとされていた。
 (4) 騒音に関する公法上の規制等
 ア 環境基準
 環境基本法は、環境の保全について、基本理念を定め、並びに国、地方公共団体、事業
者及び国民の責務を明らかにするとともに、環境の保全に関する施策の基本となる事項を
定めることにより、環境の保全に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって現在及
び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与することなどを目的とする法律であり、
同法一六条一項は、政府は、騒音等に係る環境上の条件について、人の健康を保護し、及
び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準を定めるものとしている。そし
て、「騒音に係る環境基準について」(平成一〇年環境庁告示第六四号、改正平成一七年
環境省告示第四五号)は、同項の規定に基づき、騒音に係る環境上の条件について、生活
環境を保全し、人の健康の保護に資する上で維持されることが望ましい騒音の基準(以下
「環境基準」という。)を定めており、第一種住居地域における環境基準は、昼間(午前
六時から午後一〇時まで)においては五五デシベル以下と定められている。なお、騒音の
評価手法は、等価騒音レベル(時間とともに変動する騒音(非定常音)を、連続した一定
の騒音レベルに換算した値。LAeq)によるものとされ、時間の区分ごとの全時間を通
じた等価騒音レベルによって評価することが原則とされている。
 イ 規制基準
  (ア) 騒音規制法は、工場及び事業場における事業活動等に伴って発生する相当範
囲にわたる騒音について必要な規制を行うことなどにより、生活環境を保全し、国民の健
康の保護に資することを目的とする法律であり、同法二条二項は、特定施設(工場又は事
業場に設置される施設のうち、著しい騒音を発生する施設であって政令で定めるものをい
う。)を設置する工場又は事業場(以下「特定工場等」という。)において発生する騒音
の特定工場等の敷地の境界線における大きさの許容限度(以下「規制基準」という。)を
定めている。同法では、都道府県知事が、住居が集合している地域、病院又は学校の周辺
の地域その他の騒音を防止することにより住民の生活環境を保全する必要があると認める
地域を、特定工場等において発生する騒音等について規制する地域として指定し、同地域
について、環境大臣が定める基準(特定工場等において発生する騒音の規制に関する基準)
の範囲内において、時間及び区域の区分ごとの規制基準を定めることとされており、埼玉
県生活環境保全条例及び同施行規則では、第一種住居地域における規制基準を、昼間(午
前八時から午後七時まで)については五五デシベル、夕(午後七時から午後一〇時まで)
については五〇デシベルと定めている。なお、騒音の大きさの決定は、騒音計の指示値が
変動せず又は変動が少ない場合はその指示値とし、騒音計の指示値が不規則かつ大幅に変
動する場合は測定値の九〇パーセントレンジ上端値(LA5、L5)とする、とされてい
る。また、市町村長は、特定工場等から発生する騒音が規制基準に適合しないことにより、
周辺の生活環境が損なわれると認められる場合には、特定工場等を設置している者に対し
て改善勧告をすることができ、勧告に従わない場合には改善命令を出すことができるとさ
れており、改善命令に従わない者に対する罰則も設けられている。
  (イ) 本件施設は、騒音規制法上の特定工場等に該当せず、埼玉県生活環境保全条
例上の指定騒音工場等にも該当しないため、規制基準の適用を受けない。
 二 争点
 (1) 本件騒音が受忍限度内のものであるかどうか(争点一)
 (2) 本件騒音により原告らが受けた損害等(争点二)
 三 争点に対する当事者双方の主張
 (1) 争点一(本件騒音が受忍限度内のものであるかどうか)について
 (原告らの主張)
 ア 本件騒音の程度、種類・性質等
 本件施設が使用されている時間帯における本件騒音は、平成一八年八月八日及び平成一
九年八月三日の測定時において、一時間ごとの等価騒音レベルで、ほぼ常時、環境基準で
ある五五デシベルを超過しており、騒音が激しい時間帯には六三・二デシベルに達してい
る。また、同測定時において、一時間ごとの九〇パーセントレンジ上端値をみても、ほと
んどの時間で規制基準を超過している。本件施設の所在する埼玉県と隣接する東京都では、
条例によって、環境基準よりも厳しい騒音の基準値が定められているところ、人口密集等
により他の地域よりも騒音被害が大きいと考えられる東京都において、環境基準よりも厳
しい騒音の基準値が定められているのは、本来、住民の環境保持のためにはそのような厳
しい基準値によることが望ましいからである。したがって、東京都の条例による騒音の基
準値を超えた段階から、受忍限度を超過する騒音になり得るとの推定が働くものと解すべ
きであり、そうであれば、同条例よりも緩やかな騒音の基準を定める環境基準は、受忍限
度との関係においては、単なる目標値と解すべきではなく、環境基準を超過する騒音は受
忍限度を超えるものと解すべきである。
 また、本件騒音の種類は、フットサル場として使用されている際には、ボールを蹴る音、
ボールが壁等に当たる音、ホイッスルの甲高い音、プレイヤーや観客の叫び声等であり、
本件学校の生徒の運動のために使用されている際には、子供の叫び声、スピーカーから流
れる音等であるところ、これらの音は、一般的に人が不快に感じるとされる高い音、衝撃
的な音、突発的に発生する音に当たる。しかも、被告は、本件施設を、休業日を定めるこ
となく、ほぼ連日、午前八時ころから午後一〇時ころまで断続的かつ不規則に使用させて
いる。
 イ 原告らの被害の内容・程度
 本件施設と原告らの自宅との距離は非常に近く、原告らは、本件騒音により精神的苦痛
を受けている。特に、原告花子は不安障害を発症し、原告戊田は白血球の異常増加、重度
の不眠症を発症している。
 ウ 土地利用の先後関係等
 本件施設及び原告らの自宅の所在地は第一種住居地域であり、幹線道路から外れた住宅
地である。また、原告らはいずれも本件施設の建設前から現住居地に居住しており、本件
施設の建設前においては非常に静かな環境下で生活していた。したがって、原告らの静か
な環境で居住する権利は保護されるべきである。
 エ 本件施設の公益性、公共性
 被告は、授業料を受け取って経営している本件学校の運動施設として本件施設を使用し、
本件施設をフットサル場として使用させる際にも使用料を受け取っているのであり、営利
目的で本件施設を運営しているにすぎない。また、道路や飛行場の場合とは異なり、原告
らが本件施設から利益を受けることもない。したがって、本件施設に公益性、公共性は認
められない。
 オ 本件の経緯及び被告による防音措置等
 被告は、本件施設を建設するに当たり、隣接する住宅との距離を考慮せず、防音壁も設
置しないなど、騒音についての配慮を行わなかった。また、被告は、本件施設の建設後に、
原告らとの間で本件騒音について話し合った際、防音工事の見積りを出したことはあった
ものの、結局、費用が高いことなどを理由にこれを実施しなかった。さらに、原告らは、
警察署や町長等を通じて被告に対して騒音の改善を促したが、被告は全く改善しようとせ
ず、原告らが本件訴え提起前に申し立てた騒音等の防止及び損害賠償請求調停(以下「本
件調停」という。)においても、誠意ある対応をしなかった。
 また、被告が防音対策のために行った措置のうち、塩化ビニール製外壁については、こ
れを取り付けたことによって、音が反響するようになり、かえって騒音が増した。また、
防音ネットについても、天井からぶら下げただけであるため、勢いよくぶつかったボール
は、結局は壁にぶつかってしまう。そのため、被告が行った防音対策のための措置は、大
きな大会の開催を取りやめたことを除き、効果がなかった。
 カ まとめ
 以上によれば、本件騒音は受忍限度を超えているというべきであるから、原告らは、被
告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求並びに人格権に基づく本件騒音の差止め(環境
基準である五五デシベルを超過する騒音の差止め)及び本件施設の使用差止めを求めるこ
とができる。
 (被告の主張)
 ア 本件騒音の程度、種類・性質等
 環境基準はあくまで「維持されることが望ましい基準」であり、目標値であるから、本
件騒音がこれを超過したからといって、直ちに受忍限度を超えるものと解すべきではない。
また、本件施設は規制基準の適用も受けない。原告らは、受忍限度の判断に当たって東京
都の条例の定める騒音の基準値を参考とすべきである旨主張するが、騒音問題は一定レベ
ルまでは総合的な政策判断によるものであり、埼玉県では、東京都の条例より後に制定し
た条例において、東京都の条例を踏襲していないのであるから、原告らの前記主張は失当
である。
 また、本件施設から発生する騒音は、平成一八年八月八日、平成一九年八月三日のいず
れの測定値においても、等価騒音レベルの一六時間平均値で五七ないし五八デシベルであ
り、環境基準をわずかに上回るにすぎない。とりわけ、生活に影響があると思われる午後
八時から午後一〇時までの時間帯における一時間ごとの等価騒音レベルは、ほとんどの時
間帯において環境基準を下回っている。しかも、この程度の騒音は、室内であれば防止し
得るものであり、現に、本件施設に隣接する被告及び甲田の自宅では、ほとんど全ての時
間帯において、室内での等価騒音レベルは五〇デシベル以下である。さらに、判例上も、
行動の自由や営業の自由との調和の観点から、騒音の規制が認められているのは午後一〇
時から午前六時までの時間帯であることが多いところ、本件施設は同時間帯には使用され
ていない。
 イ 本件施設の公益性、公共性
 本件施設は、我が国において行政から十分な支援を受けられない日系ブラジル人の子供
に、十分な教育やレクリエーションを提供するために建てられたものであり、その使用時
間の大半は、本件学校の生徒の体育の授業や遊技によるものである。また、フットサル場
としての使用についても、日系ブラジル人や日本人に健全な娯楽の場を提供すると同時に、
本件学校の運営費を獲得するためのものである。被告は、本件施設を専ら私益のために管
理運営しているわけではなく、本件施設は公益性、公共性が高いというベきである。
 ウ 本件の経緯及び被告による防音措置等
 被告は、本件施設から発生する騒音を低減するために、相当額の費用を負担して、塩化
ビニール製外壁の取付け、壁面への防音ネットの取付け、床と壁との間へのスポンジの取
付け等を実施した上、大きな大会を取りやめ、使用終了時刻も一〇分繰り上げて午後九時
五〇分とした。特に、大きな大会の取りやめは、本件施設の重要な目的の一つを失わせる
ものであり、本件学校の運営費の獲得が困難となるという点でも大きな痛手であるが、被
告は、騒音低減のためにこれを実施した。また、被告は、本件訴訟において、費用の一部
を負担した上で二重窓を設置することなど、本件解決のための合理的な提案をしたが、原
告らが拒絶したために実現に至らなかった。
 エ まとめ
 以上によれば、本件騒音は受忍限度内のものというべきであるから、原告らは、被告に
対し、不法行為に基づく損害賠償請求並びに人格権に基づく本件騒音の差止め及び本件施
設の使用差止めを求めることはできない。
 (2) 争点二(本件騒音により原告らが受けた損害等)について
 (原告らの主張)
 ア 被告は、故意又は重大な過失によって、本件施設が建てられてから現在に至るまで、
長期間にわたって、本件施設から受忍限度を超える騒音を発生させ続けたものであり、こ
のような被告の不法行為によって、原告らは、精神的苦痛等の被害を受けた。
 イ 本件騒音により原告らが受けた損害の額
  (ア) 原告花子について 二一三万一〇〇〇円
  a 原告花子は、日中は○○で、夜間は自宅で、本件騒音を受け続けた結果、不安障
害を発症している。また、原告花子は、本件騒音により、本件施設が完成した平成一六年
四月ころから本件請求拡張まで約七年六か月もの間、平穏で快適な生活を奪われ、精神的
苦痛を受け続けてきた。このような原告花子の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額は、
二〇〇万円を下らない。
  b また、原告花子は、○○の防音のためにガラスやサッシを交換したほか、美容室
敷地内に本件施設の利用者が無断駐車することを防ぐためにポールを設置するなどしてお
り、これらの工事のための費用として一三万一〇〇〇円を支出した。
  c したがって、本件騒音により原告花子が受けた損害は、合計二一三万一〇〇〇円
である。
  (イ) 原告戊田について 二〇〇万円
 原告戊田は、工場で夜勤をしており、昼間に自宅で睡眠をとっているが、本件騒音によ
るストレスが長期間継続した結果、白血球の異常増加、重度の不眠症を発症している。ま
た、原告戊田は、本件騒音により、本件施設が完成した平成一六年四月ころから本件請求
拡張まで約七年六か月もの間、平穏で快適な生活を奪われ、精神的苦痛を受け続けてきた。
このような原告戊田の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額は、二〇〇万円を下らない。
  (ウ) 原告甲野、原告松夫、原告丙川及び原告丁原について 各一〇〇万円
 原告甲野、原告松夫、原告丙川及び原告丁原は、いずれも本件施設の近隣に居住してお
り、本件騒音により、本件施設が完成した平成一六年四月ころから本件請求拡張まで約七
年六か月もの間、平穏で快適な生活を奪われ、精神的苦痛を受け続けてきた。このような
原告甲野、原告松夫、原告丙川及び原告丁原の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額は、
各一〇〇万円を下らない。
 ウ 本件請求拡張について
 なお、被告は、本件請求拡張に係る主張は、時機に後れた攻撃防御方法に当たり、信義
則にも反するから、却下されるべきである旨主張する。しかしながら、本件請求拡張は、
本件騒音による継続的不法行為に基づく損害賠償請求の範囲を、本件訴え提起後(口頭弁
論終結時まで)の精神的苦痛まで拡張するものであるところ、本件では、本件訴え提起後
の騒音についても、当事者双方の攻撃防御が尽くされている。したがって、本件請求拡張
によって訴訟の完結を遅延させることはないから、時機に後れた攻撃防御方法には当たら
ない。また、和解が試みられている際に請求を拡張してはいけない旨の明文規定も先例も
ないから、本件請求拡張が信義則に反するともいえない。
 エ よって、原告らは、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、原告花
子について二一三万一〇〇〇円、原告戊田について二〇〇万円、原告甲野、原告松夫、原
告丙川及び原告丁原について各一〇〇万円並びにこれらに対する口頭弁論終結の日である
平成二三年一二月一二日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の
各支払を求める。
 (被告の主張)
 ア 原告らの主張に対する認否
 アは否認ないし争う。イ(ア)のうち、a及びcは否認し、bは否認ないし因果関係を
争う。イ(イ)、(ウ)は否認ないし争う。
 イ 本件請求拡張について
 本件請求拡張は、既に約四年間にわたる審理が行われ、証人・本人尋問も終了して念の
ために和解が試みられていた時期になされたものである。したがって、本件請求拡張に係
る主張は、時機に後れた攻撃防御方法に当たり、信義則にも反するから、却下されるべき
である。
第三 当裁判所の判断
 一 前記前提事実並びに《証拠略》によれば、以下の事実が認められる(なお、証拠等
によって認定した事実については、末尾に証拠等を掲記する。)。
 (1) 本件騒音の程度等について
 ア 本件騒音の測定結果について
  (ア) 株式会社環境総合研究所(以下「環境総合研究所」という。)が、平成一八
年八月八日、同月一〇日、平成一九年八月三日及び同月七日に、原告らの依頼を受けて、
本件施設と原告甲野の自宅敷地との境界線上の高さ一・五メートルの位置において本件騒
音の測定を行った結果は、別紙騒音測定結果一覧表のとおりであり、等価騒音レベルの一
六時間平均値は、平成一八年八月八日が五八デシベル、同月一〇日が五七デシベル、平成
一九年八月三日が五七デシベル、同月七日が五八デシベルであった(なお、これらの測定
はいずれも、前記第二の一(4)アの「騒音に係る環境基準について」により定められた
測定方法に従って行われたものである。)。
  (イ) 社団法人埼玉県環境検査研究協会(以下「埼玉県環境検査研究協会」という。
)が、平成一九年一二月一四日及び同月一五日に、株式会社丙山の依頼を受けて、被告及
び甲田の自宅室内(いずれも一階で、本件施設に面した壁面から一・八メートル離れた地
点上の高さ一・二メートルの位置)において本件騒音の測定を行った結果、本件施設使用
時における等価騒音レベルは、不在時には三八ないし四〇デシベル、在室時には四五ない
し四七デシベルであった。
  (なお、本件騒音の測定については、原告甲野がハンディタイプの騒音測定器で測定
した結果をまとめたものとして、《証拠略》も提出されている。しかしながら、同測定は、
測定場所及び測定方法等が明確でなく、正確性が担保されているとはいえない。)
 イ 騒音に対する評価等について
  (ア) 中央環境審議会は、平成八年に諮問を受けた「騒音の評価手法等の在り方に
ついて」に対する答申において、一般地域における騒音影響に関する屋内指針を四五デシ
ベル以下とすることが適当である旨答申している。
  (イ) トステム株式会社の二重窓の商品カタログでは、「暮らしを取り巻く様々な
騒音レベル」として、「静かな教室・事務所」の騒音レベルは五〇デシベル程度、「デパー
トの中・普通の会話」の騒音レベルは六〇デシベル程度とされており、「六〇デシベル未
満が好ましい騒音レベル」との記載がある。
  (ウ) 守田栄著「新版 騒音と騒音防止(第二版)」と題する文献では、「身近に
ある騒音の例」として、「平均的な事務所内」の騒音レベルは五〇ないし六〇デシベル程
度、「普通の会話」の騒音レベルは六〇ないし六五デシベル程度とされている。
  (エ) 埼玉県環境検査研究協会が前記ア(イ)の測定結果をまとめた報告書には、
「騒音レベルと身近な音との比較」として、「静かな事務所」の騒音レベルは五〇デシベ
ル程度、「普通会話」の騒音レベルは六〇デシベル程度である旨の記載がある。
  (オ) 環境総合研究所は、平成二〇年四月二八日付けの原告ら代理人あてファック
スにおいて、本件騒音について、等価騒音レベル五七ないし五八デシベルに対して環境基
準が五五デシベルであり、防音シートによっても、二ないし三デシベルの騒音低減効果は
得られるかもしれないが、環境基準の指標である等価騒音レベルはいわゆる音の平均値的
な数値といえ、平均値を二ないし三デシベル低減したとしても、人間の感覚的にはそれほ
ど効果を実感できないかもしれない旨指摘している。
 ウ 二重窓及びペアガラスによる防音効果等について
  (ア) 二重窓(二重サッシ)とは、既存の窓の内側に内窓を取り付けるものであっ
て、遮音効果があるとされている。これに対し、ペアガラス(複層ガラス)とは、二枚の
ガラスの間に乾燥した空気の層を封じ込めたガラスであり、通常は防音効果は期待できな
い。
  (イ) 原告甲野の自宅並びに原告松夫及び原告花子の自宅(ただし、一階の寝室の
一部のみ)は二重窓を設置しており、原告戊田の自宅、原告丁原の自宅(ただし、一階の
み)、甲田の自宅及び被告の自宅はペアガラスを設置している。
 (2) 本件騒音の種類・性質について
 ア 本件施設がフットサルのために使用される際に本件施設から発生する騒音としては、
プレイヤーや観客の掛け声や歓声、拍手、ホイッスルの音、シューズが床に擦れるキュッ
という音、ボールを蹴る音、ボールが壁や柱に当たる音などがある。これらの騒音のうち
特に音量が大きいのは、突発的、瞬間的に発生する、強く蹴ったボールが壁や柱に当たる
音、ゴールの時などに聞こえる歓声、拍手である。しかしながら、これらの音は、フット
サルが行われている時間帯に常時聞こえるものではなく、原告は代理人がビデオ撮影を行
った平成二二年一月二七日の夜間においても、約三〇分間で数回程度にとどまっていた。
他方で、本件施設がフットサルのために使用されている時間帯であっても、プレイヤーが
走ってパスを回している場合には、本件施設から発生する騒音はそれほど大きなものでは
なく、前記ビデオ撮影の行われた、本件施設に隣接する原告らの自宅の屋外においても、
通常の会話に支障を及ぼすほどのものではなかった。
 また、本件施設がフットサルのために使用されている場合の騒音の大きさは、プレイし
ているグループやプレイエリアによっても大きく異なり、掛け声等をあまり発しないグルー
プがプレイしている場合や、原告らの自宅から離れた側でプレイしているときには、本件
施設から発生する騒音はそれほど大きなものではなく(例えば、原告ら代理人がビデオ撮
影を行った日のうち、平成二二年一月二七日にプレイしていたグループは、プレイヤーの
掛け声等が比較的大きいが、同年四月一日及び同月一七日にプレイしていたグループは、
掛け声等が小さく、ほとんど聞こえない。)、前記ビデオ撮影の行われた、本件施設に隣
接する原告らの自宅の屋外においても、通常の会話に支障を及ぼすほどのものではなかっ
た。
 イ 本件施設が子供の運動のために使用される場合には、子供特有の高い声は聞こえる
ものの、シューズが床に擦れるキュッという音、ボールを蹴る音はあまり目立たない。
 ウ 前記「新版 騒音と騒音防止(第二版)」と題する文献では、多く騒音とみなされ
る音の具体例について、「音色の不快な音 これも多分に比較的なものであり主観的なも
のであるが、ある音はその音色自体がきわめて不愉快であって聞くに耐えない。のこぎり
の目立などが代表的な例である。一般的には可聴音のうちで高い音の成分が不快であり、
連続する純音性のものが不快である。また衝撃的な音が不快であり、予期できるものより
突発性のものが不快である。」との記事がある。
 (3) 原告らの被害の程度等について
 ア 原告花子は、平成一八年六月一三日及び平成一九年三月二二日において、埼玉県本
庄市内の病院で、不安障害との診断を受けた。
 イ 原告戊田は、平成一五年九月に勤務先の健康診断において白血球の異常を指摘され
たことを契機に、埼玉県本庄市内の病院を受診するようになった。同病院の医師は、原告
戊田の症状等について、重度の不眠症であり、ストレス性白血球増多も伴っている旨診断
しているが、原告戊田は、平成一八年六月以後は病院を受診していない。また、原告戊田
は、本件施設が建てられる以前から現在に至るまで、一〇年以上にわたって、継続的に夜
勤を行っており、その勤務時間は一二時間と定められていたものの、一か月に一〇〇時間
以上の残業をすることも多く、勤務時間も不規則であった。
 (4) 本件訴え提起に至る経緯等について
 ア 原告花子、原告戊田らは、平成一六年ころから本件訴え提起に至るまで、本件騒音
について、町役場や警察署への相談、自治会役員等を交えた被告との話し合い等を行った
が、結局、話し合いはまとまらなかった。この間の平成一七年一二月には、原告甲野、原
告花子らが、自治会長に対し、二〇〇名以上の署名(以下「本件署名」という。)を添え
て、本件施設により発生する騒音等の問題を解決するために本件施設の移転・撤去を要請
する旨の嘆願書を提出した。もっとも、原告甲野らが本件署名を集めるために作成した署
名用紙には、被告に対して問題解決の要求を行う旨記載されているのみであり、本件施設
の移転若しくは営業停止又は本件騒音の差止め等を求めるための署名である旨明確に記載
されているわけではなかった。また、本件署名をした者の中には、本件施設から遠い場所
に居住しており、およそ本件騒音の被害を受けることが考えられない者が多数含まれてい
る一方、本件施設のすぐ近くに住んでいるのに署名をしていない者もおり(例えば、本件
施設の南側に道路をはさんで隣接している《住所略》、本件施設の北側に道路をはさんで
隣接している同《番地略》の住民は、ほとんど署名していない。)、署名を拒否する者も
いた。
 イ 原告らは、平成一八年一一月一七日、本庄簡易裁判所に対し、被告を相手方として
本件調停を申し立てたが、同調停は、平成一九年五月三〇日に不調に終わり、原告らは、
同年八月七日、本件訴えを提起した。
 (5) 本件騒音の低減のために被告が行った措置等について
 ア 本件訴え提起前の措置等について
  (ア) 被告は、平成一六年六月ないし同年七月ころ、約五五〇万円の費用を支出し
て、本件旧施設の周囲に塩化ビニール製の透明な波板状の壁を取り付けた。また、被告は、
同年七月ころ、約一五〇万円の費用を支出して、本件施設の壁の内側に、ボールが直接壁
に当たらないようにするためにネットを張った。さらに、被告は、平成一九年ころ、約七
〇万円の費用を支出して、本件施設の壁と床の間や柱にスポンジを張った。
  (イ) また、被告は、平成一八年三月、本件施設に遮音シート、グラスウール(吸
音断熱材)等を張る工事の見積りを取った(見積額は一四二一万七二一〇円)。被告は、
見積額が多額であったことから、その半額をa町に負担して欲しい旨希望したが、認めら
れなかったため、結局、同工事を行うには至らなかった。
 イ 本件訴え提起後の措置等について
  (ア) 被告は、平成二〇年二月、本件施設に採光防音シートを張る工事の見積りを
取ったが(見積額は六二八万二五七〇円)、原告らとの間で費用負担等の点で折り合いが
つかなかったことなどが原因で、同工事の実施には至らなかった。
  (イ) 原告らは、平成二〇年六月ころ、環境総合研究所から紹介を受けた騒音対策
の専門業者に騒音対策のコンサルティングを依頼した場合、当面約七〇万円の費用がかか
るが、同費用を原告らが負担することは困難であるとして、被告に対し、被告において同
業者との協議を進めて欲しい旨の希望を伝えたが、被告はこれに応じなかった。
  (ウ) 被告は、平成二〇年一〇月ころ、原告らの自宅の窓サッシガラスをペアガラ
スに交換する工事の見積りを取ったが(見積額は一八八万円)、原告らとの間で費用負担
等の点で折り合いがつかなかったことなどが原因で、同工事の実施には至らなかった。
  (エ) 原告らは、平成二〇年一二月ころ、本件施設の内側に遮音用シートを張り、
吸音材を充填するなどの防音工事の見積りを取ったが(見積額は四七一万八七〇〇円)、
被告との間で費用負担等の点で折り合いがつかなかったことなどが原因で、同工事の実施
には至らなかった。
  (オ) 被告は、本件訴え提起後、本件施設の使用終了時刻を一〇分繰り上げて午後
九時五〇分までとしたほか、平成二〇年ころには、本件施設の内外数か所に「大声を出さ
ないで下さい。」などと記載した看板を設置した。
 ウ 本件施設の使用状況の変化等について
  (ア) 平成一九年一月二一日から同年六月二日まで
 平日は、日中については、毎日、体育の授業及びサッカー大会等で子供が本件施設を使
用していたほか、夜間についても、週三日程度、大人が本件施設を使用していた。また、
土曜日は、夜間については、毎週、大人が本件施設を使用していたほか、日中についても、
大人が使用したり、本件学校の行事のために使用されるなどしていた。日曜日については、
同年四月中旬ころまでは、毎週、日中の時間帯を中心に本件施設が使用されていたが、同
月中旬ころ以降は、日中に、本件学校の行事等のために使用されたことが二日間あったも
のの、それ以外の使用はなかった。
  (イ) 平成二〇年五月二三日から同月二九日まで
 平日は、日中については、毎日、主として子供が本件施設を使用しており、夜間につい
ては、五日間のうち二日間において、大人が使用していた。土曜日、日曜日については、
いずれも日中に、大人が本件施設を使用していたが、夜間の使用はなかった。
  (ウ) 平成二一年一〇月五日から同月二一日まで
 平日は、日中については、毎日、正午前後に約一時間使用されており、夜間については、
毎日、午後八時ころから午後一〇時ころまでの約二時間使用されていた。土曜日について
は、昼ころから午後一〇時ころまでの間に最長で五時間程度使用されており、日曜日につ
いては、一日は正午前後に約一時間使用され、もう一日は正午前後の約一時間と、午後三
時ころから午後一〇時ころまで使用されていた。
  (エ) 被告は、本件訴え提起後、大きな大会の開催を取りやめた。
 (6) 原告ら以外の本件施設の周辺住民の反応について
 原告ら以外の本件施設の周辺住民は、被告に対し、本件騒音に関する苦情を述べていな
い。
 (7) 土地利用の先後関係について
 原告らは、いずれも本件旧施設が建てられる以前から現住所地の自宅に居住していた。
 (8) 本件学校開設の経緯及び本件施設の公益性ないし社会的価値について
 被告は、ブラジルで日本人の両親の間に生まれ、大学卒業後、体育の教師をしていたが、
同じく教師をしていた妻と婚姻し、平成元年ころ来日した。来日後、被告は、人材派遣会
社を設立するなどして、多くの日系ブラジル人に雇用の場を提供したが、こうした事業を
行っているうちに、劣悪な環境、劣悪な雇用条件で苦しい生活を送っている日系ブラジル
人に対し、援助の手を差し伸べたいと考えるようになった。とりわけ、言葉の問題や日本
人の日系ブラジル人に対する差別意識等から、学校にも行かず、日系ブラジル人だけでグ
ループを作り、社会にとけ込めない現実に危惧の念を抱いた。こうした問題を様々な観点
から検討した結果、被告は、日系ブラジル人の雇用問題に対する対策だけでは、日系ブラ
シル人の地位向上や日本社会との融和は実現できず、子供の生活の安定、日本語の語学教
育や日本の生活習慣の教育等が必須であるとの結論に達し、生徒(幼稚園から高等学校ま
での年齢に相当する子供)を対象とする学校を開設することとし、その後その一環として
本件施設を建てた。被告は、生徒の保護者から徴収する授業料で、本件学校を運営してい
る。現在、約六〇名の生徒が本件学校に通っているが、最も多いときには、埼玉県のみな
らず、群馬県や栃木県等の他県の生徒を含め約二〇〇名の日系ブラジル人の生徒が在籍し
ていた。
 本件施設は、本件学校の生徒の体育の授業やサッカー大会等の行事に使用されているほ
か、フットサル場として一般に貸し出されており、被告は、本件施設をフットサル場とし
て貸し出す場合には、使用料を徴収している。被告は、本件施設を地域の祭で使用するこ
とを提案したこともあり、本件施設を日本代表のフットサルチームが使用したこともある。
 二 争点一(本件騒音が受忍限度内のものであるかどうか)について
 (1) 以上の認定事実に基づき、本件騒音の程度、種類・性質、原告らの被害の内容・
程度、本件の経緯、本件騒音低減のために被告が行ってきた措置等、土地利用の先後関係、
原告ら以外の近隣住民の反応、本件施設の公益性ないし社会的価値等の観点から、本件騒
音が受忍限度内のものであるかどうかを検討する。
 (2) まず、本件騒音の程度についてみると、騒音レベルは、前記一(1)ア(ア)
において認定したとおり、本件施設と隣接した敷地上にある原告甲野の自宅との敷地境界
線上で五七ないし五八デシベルであり、環境基準及び規制基準を上回っている。しかしな
がら、前記前提事実のとおり、環境基準はあくまで「維持されることが望ましい基準」で
あって、いわば政策目標であるから、本件騒音が環境基準を超過したからといって、直ち
に受忍限度を超えるということはできない。また、前記前提事実のとおり、規制基準は、
都道府県知事が騒音について規制する地域として指定した区域に限って適用されるもので
あり、規制基準を遵守しなかった者に対しては行政指導や罰則まで規定されていることに
照らすと、その適用範囲を安易に拡張すべきではないから、本件施設のように規制基準の
適用を受けない施設から発生する騒音が規制基準を超過したからといって、直ちに受忍限
度を超えるということはできない。
 この点につき、原告らは、騒音が激しい時間帯における騒音レベル(平成一八年八月八
日午後二時から午後三時までの一時間の等価騒音レベル)が六三・二デシベルに達してい
たことや、一時間ごとの九〇パーセントレンジ上端値が規制基準を超過していた点を問題
視する。しかしながら、前記一(1)ア(ア)において認定したとおり、本件騒音の騒音
レベルは、本件施設の使用時においても、一時間の等価騒音レベルで五五デシベル前後に
とどまった時間帯もあり(平成一八年八月八日午後三時から午後四時までは五五・九デシ
ベル、平成一九年八月三日午後八時から午後九時までは五四・五デシベル)、また、前記
前提事実のとおり、環境基準においては、時間の区分ごとの全時間を通じた等価騒音レベ
ルによって評価することが原則とされているのであるから、一時間の等価騒音レベルの最
大値を殊更取り上げ、これを環境基準と比較することは、必ずしも適切とはいえない。ま
た、前記のとおり、本件施設は規制基準の適用を受けないのであるから、一時間ごとの九
〇パーセントレンジ上端値が規制基準を超過していたことを格別問題視することも相当で
ない。
 さらに、原告らは、東京都の条例が環境基準よりも厳しい騒音の基準値を定めているこ
とに依拠して、環境基準を超過する騒音は受忍限度を超えるものと解すべきである旨主張
する。しかしながら、前記のとおり、環境基準はあくまで政策目標にとどまる上、騒音に
関する公法上の規制は地域性を考慮して定められているものであるから、騒音が問題とな
っている施設の所在する地域と異なる地域において環境基準より厳しい公法上の規制が設
けられているからといって、環境基準を超過する騒音が受忍限度を超えるものと解するこ
とは不合理である。
 しかも、本件施設から発生する騒音は、環境基準と比較しても、わずか二ないし三デシ
ベル超過しているにとどまるところ、前記一(1)イ(オ)において認定したとおり、こ
の程度の差では人間の感覚的にはそれほど実感できないかもしれない旨の指摘がある。ま
た、五七ないし五八デシベルという本件騒音の騒音レベルについては、前記一(1)イ
(イ)ないし(エ)において認定したとおり、普通会話と同程度で、好ましい騒音レベル
の範囲内である旨の指摘もある。これらの点に照らすと、本件騒音は、少なくとも、一般
的に日常生活に重大な影響を及ぼすほどのものとはいえない。
 さらに、前記一(1)ア(イ)、イ(ア)、ウにおいて認定したとおり、本件施設に隣
接する被告及び甲田の自宅では、防音効果が期待できないとされるペアガラスしか使用し
ていないにもかかわらず、室内での騒音レベル(不在時)は、本件施設の使用時において
も、一般地域の騒音影響に関する屋内指針値である四五デシベルを下回っている。そして、
別紙位置関係図のとおり、本件施設との位置関係において被告及び甲田の自宅とほぼ同条
件にある原告松夫及び原告花子、原告甲野並びに原告丁原の各自宅においても、室内での
騒音レベルは同程度と推認でき、本件施設からより離れている原告戊田及び原告丙川の自
宅であればさらに騒音レベルは低いものと推認できる。
 (3) 次に、本件騒音の種類・性質についてみると、前記一(2)ア、イにおいて認
定したとおり、本件施設がフットサルのために使用される際に発生する騒音のうち特に音
量が大きいのは、強く蹴ったボールが壁や柱に当たる音、ゴールの時などに聞こえる歓声、
拍手であり、突発的、瞬間的に大きな音がするが、それ以外の時間帯において本件騒音か
ら発生する騒音はそれほど大きなものではなく、また、子供が使用する場合に発生する騒
音のうち問題となるのは、子供特有の高い声くらいである。そして、これらの騒音は、原
告らの自宅の屋外においても、通常の会話に支障を及ぼすほどのものではない。また、こ
れらの音は、自動車や工場機械からの音と異なり、これを騒音と感じるか否かは主観的要
素も大きいと考えられる。
 この点につき、原告らは、前記一(2)ウの文献に依拠して、本件騒音の種類は、一般
的に人が不快に感じるとされる高い音、衝撃的な音、突発的に発生する音に当たる旨主張
する。しかしながら、本件騒音がこれらの音に当たるとしても、同文献においても、音の
感じ方は多分に比較的なものであり、主観的なものであるとされており、本件騒音が、誰
もが不快に感じるような種類・性質のものであるとまではいえない。
 (4) また、原告らの被害の内容・程度についてみると、原告花子は、本件騒音によ
り精神的苦痛を受け、不安障害を発症した旨主張し、診断書を提出するほか、本人尋問及
び陳述書において、これに沿う供述をする。しかしながら、不安障害との診断については、
患者の主訴に依存する要素が大きいと考えられ、必ずしも客観性の担保されたものとはい
えない上、原告花子の供述によっても、耳鳴り等の症状が現れたのは、本件施設が建てら
れて約一年半も経過した後からである。そうすると、これらの証拠によって直ちに、本件
騒音によって原告花子が不安障害を発症したと認めることはできず、他にこれを認めるに
足りる的確な証拠もない。しかも、原告花子の供述によっても、前記のような症状は、平
成二二年一一月に実施された本人尋問の一年くらい前から解消されており、同尋問時には
通院していなかったというのであるから、その程度は比較的軽いものであったと推認でき
る。
 また、原告戊田は、本件騒音により白血球の異常増加、重度の不眠症を発症した旨主張
し、診断書を提出するほか、本人尋問及び陳述書等において、これに沿う供述をする。し
かしながら、前記前提事実及び前記一(3)イにおいて認定したとおり、原告戊田が白血
球異常を指摘されたのは、本件施設が建てられるより前のことである。また、原告戊田は、
長期間にわたって、ほぼ夜勤専門で日常的に長時間の残業を行っていた上、原告戊田の自
宅は本件施設に隣接しているわけではない。これらの点に照らすと、診断書や原告戊田の
供述によって直ちに、本件騒音によって原告戊田が白血球異常や重度の不眠症を発症した
と認めることはできず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠もない。しかも、前記一
(3)イにおいて認定したとおり、原告戊田は、平成一八年六月以降は通院していないと
いうのであるから、前記各症状の程度は比較的軽いものであったと推認できる。
 さらに、その余の原告らも、本件騒音によって精神的苦痛を受けている旨主張し、自ら
又は家族が本人尋問又は証人尋問においてこれに沿う供述をするとともに、同旨の記載の
ある陳述書を提出する。しかしながら、前記一(4)ア、(6)において認定したとおり、
本件施設の周辺住民のうち、被告に対して苦情を述べているのは原告らだけであり、本件
署名にさえ参加していない者も多いことなどに照らすと、原告らが、本件騒音によって、
日常生活に大きな影響を受けるほどの精神的苦痛を受けていたとは、直ちに認め難い。
 しかも、前記一(5)ウにおいて認定したとおり、本件施設の使用頻度は、本件施設が
建てられた当時と比較すると減少しており、原告らが特に問題視していた大会も開催され
なくなっているから、本件騒音は低減していると考えられる(この点については、原告ら
及びその家族も、その尋問及び陳述書において認める旨の供述をしている。)。
 (5) 次に、本件の経緯及び本件騒音低減のために被告が行ってきた措置等について
みると、前記一(5)ア、イにおいて認定したとおり、被告は、本件施設について、本件
訴え提起までの間に、数百万円の費用を支出して、壁の取付け、壁の内側へのネット張り、
壁と床の間や柱ヘのスポンジ張りなどの防音対策をとってきた。また、同イにおいて認定
したとおり、被告は、本件訴訟においても、結果的に費用負担等の点で折り合いがつかず
に実現しなかったものの、相応の負担をして防音シート等を設置する旨の提案をしたほか、
収入の減少につながり大きな痛手であるにもかかわらず、大きな大会の開催を取りやめた。
さらに、本件施設の使用終了時間を一〇分繰り上げ、本件施設の内外に大声を出さないよ
うに注意する看板も設置した。このように、被告は、本件訴え提起の前後を通じて、相応
の費用を支出して、本件騒音を低減するための様々な措置を実施し又はその実施を提案し
てきた。そして、これらの措置の中には、結果的に騒音を低減する効果が十分でなかった
ものがあり、また、費用分担等の点で折り合いがつかなかったために実現しなかったもの
もあるが、そうであるとしても、被告が本件騒音低減のために相応の費用を支出して努力
してきたことは、受忍限度の判断に際して考慮されるべきである。
 なお、原告らは、本件訴訟前に、被告に対し、警察や行政を通じて本件騒音の改善を促
したにもかかわらず、被告は全く改善しようとしなかった旨主張するが、前記のとおり、
被告は、本件訴訟前においても騒音低減のための一定の防音工事を行っていたものである
から、同主張は失当である。また、原告らは、本件調停が不調に終わった点について、被
告の態度が不誠実であったためである旨主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠は
ない。
 (6) さらに、土地利用の先後関係についてみると、前記一(7)において認定した
とおり、原告らは、いずれも本件施設が建てられる以前から現住居地に居住しており、い
わゆる先住性が認められるものの、これによって直ちに本件騒音が受忍限度を超えるとい
うことはできない。また、本件施設の公益性ないし社会的価値についてみると、同(8)
において認定したとおり、被告は、本件施設をフットサル場として一般に貸し出して使用
料を徴収する一方で、我が国に住む日系ブラジル人の地位向上や日本社会との融和を実現
するためには、日系ブラジル人に対し日本語の語学教育や日本の生活習慣の教育等が必須
であるとの考えの下に本件学校を開設し、その体育の授業、サッカー大会等の行事に本件
施設を使用しており、さらに、地域住民や外部の団体にも広く使用を認めているのである
から、本件施設は、少なくとも、単なる営利目的の施設とはいえず、一定程度の社会的価
値の認められる施設であるといえる。
 (7) 以上のとおり、本件騒音の騒音レベルは環境基準をわずかに上回っているもの
の、これによって直ちに騒音が受忍限度を超えるとはいえないこと、本件騒音は、原告ら
の自宅外においても日常会話が困難なほどのものではなく、室内では更に低減されている
こと、本件騒音は、これを騒音と感じるかどうかは主観的要素も大きいと考えられる種類・
性質のものであること、原告らが本件騒音により受けたと主張する各症状が本件騒音によ
って生じたとは必ずしも認められないこと、本件施設の使用頻度の減少等に伴い、本件騒
音が低減していること、被告が、本件訴え提起の前後を通じて、相応の費用を支出して防
音工事を行い又は行うことを提案した上、原告らが最も問題視していた大会の開催を取り
やめるなど、本件騒音の低減のために努力をしてきたこと、本件施設の周辺に居住する原
告ら以外の住民は被告に対して本件騒音に対する苦情を述べていないこと、本件施設が単
なる営利目的の施設ではなく、一定程度の社会的価値が認められることなどを総合的に考
慮すると、本件騒音は、本件施設が建てられた当時から現在に至るまでを通じて、受忍限
度内のものにとどまるというべきである。
 したがって、争点一に対する原告らの主張は理由がない。
第四 結論
 以上に認定、説示したところによれば、その余の争点につき判断するまでもなく、原告
らの被告に対する請求はいずれも理由がないから、これらを棄却すべきである。
 よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 栗田健一 裁判官 飯塚 宏 伊澤大介)

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